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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第83話 対局

「ほい。これで詰みですな」
 ソロンが宰相の駒を王の駒の前に置くと、ミュトスは、「参りました」と素直に負けを認めた。
「ふはははは。大将軍を取られてはたまらないと、王の守りをおろそかにしたのは失敗でしたな」
「いやはや、おっしゃられるとおり。戦車と弓兵の攻めに目を奪われ、まさかこちらから宰相が切り込んでくるとは思いませんでした」
 ソロンの指摘に、ミュトスはお恥ずかしいとばかりに額に手を当てて苦笑した。
「それでは、もう一局」
「次は、負けませぬぞ」
 そう言ってソロンとミュトスは互いの駒を並べ始めた。
 こうして将棋の対局をするようになってから、すでに五日が経過していた。
 その間、ソロンは一言たりとも降伏を勧める言葉を言わないどころか、戦いの話すらしていない。そのためか、ミュトスもまた純粋に将棋を楽しんでいるようである。
 職責からこの場に同席しなければならないアドミウスは、なぜ自分が将棋の対局を観戦しなければならないのだと思い始めていた。
 しかし、将棋を楽しんでいたのは事実であるが、ミュトスも自分の立場を忘れたわけではない。この将棋を通じて使者が何かを伝えようとしているのではないかと、必死に読み解こうとしていたのである。
 しかし、いまだそうした気配はなく、ただ将棋を指しているだけであった。
 そうなると、かえってミュトスは気になってくる。
 時間が経てば経つほど不利になるのは反乱奴隷たちの方だ。それなのに、こうして無為に時間を費やして良いのだろうか。反乱奴隷を指揮する者は、いったいどのような人で、何を考えて、このようなことを許しているのだろうか。
 しだいにミュトスは反乱奴隷を率いている破壊の御子ソーマ・キサキという男のことが気になってきた。
 しかし、そのまま「ソーマ・キサキはどのような人か?」と問うのは、相手の思惑どおりのような気がして、しゃくである。
 そこでミュトスは将棋にかこつけて、こう尋ねた。
「ソーマという方も、将棋がうまいのでしょうか?」
 それにアドミウスは、「これが狙いだったのか!」と緊張する。
 (かたく)なな態度を取る相手を説き伏せるのは難しい。いくら道理を説いても、損得を示しても感情によって撥ね除けられてしまうからだ。
 しかし、感情では拒絶しても、自分らが相対している敵の指揮官がいかなる者なのか気にならないわけではない。
 この老人は、そうした好奇心が頑なな感情を越えるまで待っていたのだ。
 そして、この老人はここぞとばかりに、破壊の御子がいかに素晴らしい人で降伏した方が良いと説いてくるだろう。
 そう警戒したアドミウスだったが、彼自身もダリウス将軍があれほど警戒し、自分らを手玉に取った破壊の御子がいかなる人なのか気になり、よけいな口を挟まずに耳をそばだてる。
 ところが、ソロンは意外なことを言い出した。
「いやいや。ソーマ様は、将棋は下手ですな。このわしに一度として勝ったことはありませんぞ」
 このソロンの言葉は、本当である。
 もともと「将棋を指して敵将を屈服させたら、かっこいいよね」と映画や漫画で見た展開にあこがれて将棋をやろうとした蒼馬だったが、ソロンばかりか一緒に習っていたシェムルにも連戦連敗。他の誰とやっても、まったくといっていいほど勝てない。ついには、最後の頼みの綱であったジャハーンギルにすら負け、早々に将棋をあきらめてしまうほど蒼馬には将棋の才能はなかったのだ。
 ちなみに、そんな蒼馬が唯一勝てたのは、エラディアただひとりだけである。だが、そのエラディアには、蒼馬を除けばソロンを含めた誰ひとりとして勝てた者はいない。
「ほう。それは意外ですな」
 この世界でも将棋は武将らに軍事演習のひとつとして認められているものである。ホルメア国最高の将軍ダリウスを退け、今度は最強軍団と名高い「黒壁」まで蹴散らした希代の策士が、将棋が下手というのはにわかに信じられなかった。
 そんなミュトスにソロンは言う。
「ソーマ様の故国にも将棋がございましてな。こちらとは少々やり方が違う。そのせいかもしれませぬ」
 将棋好きのミュトスには、それは気になる話だ。いったいどのように違うのか問う。
「駒の種類や盤の目の数は当然違いますが、もっとも大きな違いは取った相手の駒を自分の駒として使えることでしょう」
 それは面白い、とミュトスは思った。
 この世界の将棋もチェスと同様に取られた駒はそれで終わりである。しかし、取った相手の駒を使えるとなれば、その盤上での戦略は恐ろしいほど複雑かつ幅が広くなるだろう。
「試しにやってみますかな? わしはソーマ様の故国の流儀で、ミュトス殿はホルメアの流儀で」
「そ、それはないでしょう!」
 相手はこちらから取った駒が使えるのに、こちらはそれができないとなれば、とうてい勝負にならない。
 すると、ソロンは別の提案をする。
「では、逆にミュトス殿がソーマ様の故国の流儀。わしがホルメア国の流儀ではいかがでしょう?」
 これにミュトスも、ムッとした。
 どうせやるならば互いに同じ条件で良いはずだ。それをあえて自分の方が、それほど不利な条件でも良いとは屈辱である。これだけ対局を繰り返していれば、ソロンの方が何枚も上手の指し手であると理解していたが、さすがにそれほどの差があるとは思えない。
 それで負けて吠え面を掻くなよと言わんばかりの顔でミュトスは「それで受けましょう」と答えた。
 そうして、いざ始めようとしたときである。
 ソロンはいきなり盤上の自分の手駒から大将軍と太子の駒を取り除いたのである。その駒はいずれも現代日本の一般的な将棋では飛車角や金将にも相当する重要な駒だ。
 それに驚くミュトスの前で、何食わぬ顔でソロンが「まずは一手目」と駒を動かした。
 それは、王の駒である。
 しかも、何を考えているのか、いきなり敵陣へ向けて動かしたのだ。
 守りを固めるためでもなく、取られてはならないはずの王をいきなり敵陣へと進める。ミュトスには無意味どころか悪手にしか思えない一手であった。
 これはどういうことだと驚くミュトスに、ソロンは飄々(ひょうひょう)と言う。
「はて? 大将軍も太子もなく、王が後先考えず動くのがホルメア流と思っておりましたが、違いますかな?」
 それにミュトスばかりか、アドミウスもぐっと言葉に詰まった。
 ソロンは将棋で、ホルメア国の現状を示したのだ。
 大将軍であったダリウスは不興を買い、今なお謹慎中である。そして、アレクシウス王子は投降する兵に矢を射かけて以降は用意された自室に引きこもり、こうして使者が訪れても一度として顔を出そうとはしていない。
 そして、何よりも後先を考えずに感情のままにわめき散らすワリウス王。
 あまりに痛烈な皮肉である。
 しかし、それだけに反論しがたく、ミュトスはただ黙って将棋を指すしか出来なかった。

                   ◆◇◆◇◆

「ふむ。もはやわしに手はなし。これは詰みですな」
 ソロンは負けを認めると、手にした駒をバラバラと盤上に落とした。
 その対局は、やはりというかミュトスの勝ちであった。
 ソロンの痛烈な皮肉に反論も出来ずに集中力を著しく欠いてしまったミュトスは、対局中に何度となく初歩的な間違いを犯し、悪手を連発してしまっていた。
 しかし、それでもソロンに大将軍と太子という重要な駒がなく、また取った相手の駒を使えるミュトスの優勢は覆らず、ソロンは負けたのである。
 だが、ミュトスはこの勝ちをとうてい喜べるはずがなかった。
 これではまるで今のホルメア国では破壊の御子にどうあがいても勝てないと、自分で証明してしまったようなものである。
 勝った将棋に打ちひしがれたミュトスは続けて対局する意欲も失せ、また陽が西に傾いたので今日はお開きとなった。
「そういえば、ひとつ言い忘れておった」
 帰り際、見送りに来たミュトスとアドミウスに向けて、ソロンは思い出したように付け加えた。
「確かにソーマ様は将棋がお下手。しかし、それは将棋という盤に縛られているからですじゃ」
 どういう意味かとミュトスとアドミウスが眉を寄せると、ソロンはニカッと笑ってみせる。
「あの方の強さは、盤の外にございましてな。こちらが、いざ対局しようと思ったときには、すでに勝負がついておる。いやはや、相手にとってみれば、たまったものではございません。――それは、そこの御仁がよくご存じでしょう」
 そう言ってソロンが視線を向けたのは、アドミウスである。
 それにアドミウスは、ドキッとした。
 勝利を確信して戦いに赴いた戦場が、すでに死地であり、敵の倍の兵力を有しながら惨敗した渡し場での戦いは、まだ記憶に新しい。
 固まるアドミウスを尻目に、ソロンはカラカラと笑い声を上げて立ち去ったのでる。
次話「盤外の一手」だと思う

ネタ
蒼馬「これで詰みですな」
敵将「強すぎる! これでは実際に戦っても勝てない。城を明け渡しましょう」
蒼馬「ほっほっほっほっ!」
・・・
・・

蒼馬「ということがやってみたくて、将棋の盤と駒を作ってもらったよ!」
シェムル「また、わけのわからんことを……」
蒼馬「いいから! とにかくやってみよう。まず一手(コトッ)」
コトリ、コトリ、コトリ……
シェムル「(コトッ)これで詰みという奴じゃないか?」
蒼馬「……え?」

マルクロニス「詰みですな」
ガラム「これで俺の勝ちでいいのか?」
エラディア「うふふ。負けてしまいましたわ。お強いですね、ソーマ様」
ソロン「小僧、くっそ弱すぎるわ」

蒼馬「こうなったら、ジャハーンギルさん。将棋をやろう!」
ジャハーンギル「将棋か? 我はかまわないぞ」
コトリ、コトリ、コトリ……
パールシャー「失礼ですが、ソーマ殿」
蒼馬「ん? どうかしたの?」
パールシャー「私が言うのもなんですが、親父はこういう遊びは大人げないほど本気になってやり込むんです」
蒼馬「うん。それで?」
パールシャー「ですから、親父はかなり強いですよ」
蒼馬「え?」
ジャハーンギル「(コトッ)詰み。我の勝ち!」
パールシャー「しかも、大人げないですから……」
ジャハーンギル「我の勝ち! 我、強い! 我の方が強い!」
蒼馬「もう将棋なんてやらないからなぁ!ヽ(`д´)ノ ウワァァァン」
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