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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第81話 論客

 破壊の御子ソーマ・キサキは、食事に関してもいくつかの逸話が伝わっている。
 そのひとつが飲み物についてである。
 破壊の御子ソーマ・キサキは、当時は飲料水としてもっとも飲まれていた葡萄酒やビールなどを好まず、もっぱらゾアンの茶や炒った大麦を煮出した汁や発酵させない果汁を飲んでいたと伝えられている。
 多くの歴史家は、これを「破壊の御子は、大麦や果汁を発酵させて酒にするのも待てないぐらいの短気であった」と説明しているが、これは誤りである。
 破壊の御子ソーマ・キサキの真実に迫る超一級の資料「シェムルの覚書」によれば「ソーマは酒に弱く、また好きでもない」という、およそ大陸全土にその悪名を轟かせた暴君とは思えない意外な姿が記述されているのだ。
 また、食べ物についても同様である。
 その「舌」と呼ばれた料理人マルコによって数々の料理をこの世に生み出した破壊の御子ソーマ・キサキは、美食の限りを尽くし、それに飽きると人間まで食らったと年代記などは大まじめに記述している。
 だが、実際に「シェムルの覚書」にある破壊の御子ソーマ・キサキが好んで食べたというのは、以下のようなものであった。
 まず、大麦ご飯に、ワカメだけの大豆のミトゥのスープ。それに魚の干物を焼いたものに、塩漬け野菜が少々。
 祝宴や他国からの客を迎え入れたときは、目を見張る豪華な食事を振る舞ったそうだが、普段のソーマはこのようないたって質素な食事を好んだという。
 これに臣下が、「もう少し豪華な料理を召されてはいかがでしょうか?」と勧めたこともあるが、そのたびに破壊の御子ソーマ・キサキはこう答えたという。
「私にとって、これほどの御馳走はない」と。

 そして、ルオマの街を前に数日かけて分厚い塁壁(るいへき)を持った陣を構築した蒼馬は、ちょうどその食事を摂っていた。
 これまではずっと兵と同じ兵糧玉の粥を食べていたのだが、敵が街にこもったまま出てこないので、ひさしぶりに落ち着いて食事を摂れるようになったのだ。
「ああ。この一椀のために生きている」
 久しぶりに味わう煮干しと昆布の風味が利いたミトゥ汁に、蒼馬はしみじみとそう洩らした。
 最近蒼馬の周囲では、ミトゥ汁には禁断症状を引き起こす怪しげな薬物でも入っているのではないかという疑惑すらささやかれている。だが、そんな疑惑など気にもかけず、蒼馬は心ゆくまで、久しぶりのミトゥ汁を堪能していた。
 しかし、完璧ではない。やはり、どうしても物足りないものがある。
「でも、豆腐か油揚げが欲しいよなぁ」
 相変わらず豆腐の開発を進めている蒼馬であったが、いまだに成功には至っていない。小麦を練って小さく短冊切りにし、油で揚げたものを油揚げの代用品にはしているものの、どうしても何か違うと思ってしまうのだ。
 そんな蒼馬の独り言を聞きとがめたシェムルが言う。
「トウフ? そんな危険なものはやめておけ」
 豆腐の何が危険なのかわからず、蒼馬は首をかしげた。
 その理由を聞こうとした蒼馬だったが、それよりわずかに早く、エルフの女官がやってくる。
「お食事中に失礼いたします、ソーマ様。――ただいま、あのお方が到着されました」
 それを聞くなり、蒼馬は残っていたミトゥ汁を飲み干して立ち上がった。
「うん、わかった。すぐに出迎えに行くよ」

                  ◆◇◆◇◆

 一頭のロバに曳かせた小さな荷馬車に乗って陣地にやってきたのは、仙人のように白い髭を胸元まで垂らした老人――ソロンである。
「やれやれ。この老体を呼びつけるとは、ひどい奴じゃて」
 わざわざ出迎えに出た蒼馬に対し、開口一番文句をつけてくるソロンに、ムカッとしたシェムルは憎まれ口を叩く。
「途中でくたばってくれるかと期待していたんだがな」
 しかし、ソロンはかえってうれしそうに「ヒョッヒョッヒョッ」と笑い声を上げる。
「獣の小娘の嫌そうな顔を見られただけでも、来た甲斐があったわい」
 そう言うと荷車の御者台の上に立ち、これ見よがしに元気に身体を動かして見せた。それに牙剥いて威嚇のうなり声を上げるシェムルをなだめつつ、蒼馬が言う。
「ソロンさん。別にシェムルを怒らせに呼んだわけじゃないんですからね」
 そうたしなめてから蒼馬は、自分の天幕までソロンを案内しながら、これまでの経緯を説明した。
 そうして蒼馬から説明を聞くソロンからは先程の道化じみた色は消え失せ、その顔は真剣そのものである。そうしていれば、どこぞの賢人と紹介されれば十人中十人が納得するであろう威厳と風格があるのだから、不思議な老人だ。
 蒼馬から一通りの説明を聞き終えたソロンは、天幕に入って勧められた椅子に腰を下ろすなり、単刀直入に尋ねる。
「それで、わしは何をすれば良いのかのう?」
 わかっているくせに(とぼけ)けるソロンに、蒼馬は苦笑しながら答える。
「ルオマの街の領主を説き伏せ、降伏させて欲しいんです」
 このまま力押しで攻めても、ルオマの街は落とせるだろう。
 しかし、それではせっかくの街が傷物になる。そして、何よりもこちらにもそれなりの被害が出てしまう。
 それよりも領主を説き伏せて街を無傷で丸ごといただいた方が、既存の統治機構をそのまま活用でき、その後の街の統治もしやすくなる。
 だが、敵対している領主を口説き落とすのは並大抵のことではない。
 ただでさえ自分たちは反乱を起こした奴隷という扱いなのである。相手がまっとうな交渉の席についてくれるかもわからなかった。仮に交渉の席についてもらえたとしても、そこから相手の悪感情を排し、理を説き、ときには情に訴えて説き伏せるのは至難の業である。
 それにはどうしても優れた論客が必要であり、そのためにわざわざソロンを呼び出したのだ。
「なるほど。しかし、それは難儀な役目よのぉ」
 ソロンは眉をしかめて腕組みをすると、これ見よがしに渋って見せた。それに蒼馬も心得たもので、成功すれば望みの恩賞を出すと約束する。
 すると、ソロンは指を一本立てて見せた。
「ならば、一本。――近々、五年前に仕込んだ『うえすきー』の樽をひとつ開けると聞いておる。そこから瓶一本いただきたい」
 この世界で初めての五年物の蒸留酒であった。すでにヨアシュからは莫大な購入金額を提示されている貴重な一品である。たとえ瓶一本でも、とてつもなく高価なものだ。
 しかし、蒼馬は快諾する。
「いいでしょう。たかがお酒一本で街ひとつが手に入れられれば、安い物です」
「ほほっ! さすが小僧はわかっておる!」
 満面の笑みを浮かべたソロンは、よいしょと椅子から立ち上がった。
「それでは、さっそく街に行って参りましょうかな」
 まるでそこらを散歩してくるとでも言わんばかりの気軽な口調である。それに蒼馬の方が慌てた。
「ですが、まだ贈答品の用意はできていませんが?」
 仮にも街の領主に会いに行くのだ。手ぶらではさすがに失礼である。しかし、ソロンが到着してから相談の上で贈答品を用意しようとしていたため、いまだその用意はしていない。
「ああ。いらん、いらん」
 ところが、ソロンは小蠅でも追い払うように手を振る。
「ルオマの街の領主の人となりは、それなりに聞いておる。下手な金品を送ればかえって気を悪くする気骨のある者らしい。つけてくれる兵も結構。荷物持ちの従者ひとりで十分じゃ」
 それに、しかしと不安げな顔になる蒼馬に、ソロンは「ああ」と思い出したように付け加える。
「その代わりと言っては何じゃが、すでに勝手に持ち出して来てしもうたが、小僧の将棋盤を借りたい」
 このセルデアス大陸にも、将棋は存在していた。もちろん駒の種類や盤の目の数などは違うが、交互に駒を動かして相手の王駒を取った方が勝ちという基本は変わらないものである。
 一時期、その将棋に入れ込んだ蒼馬がエルフとドワーフに頼んで特注で作ってもらった将棋盤があったのだが、それも今では蒼馬の自室の片隅で埃をかぶっているだけとなっていたのだ。
「あの将棋盤をですか?」
 蒼馬は、渋い顔になる。
 しかし、それは将棋盤を惜しんだわけではない。将棋に関して、少し恥ずかしい思い出が蒼馬にあったからだ。
「ルオマの街の領主は、大の将棋好きと聞いておる。ちょいと対局しようと思っておってな」
 宙に将棋の駒を動かす仕草をしてみせるソロンに、遊びにいくつもりかとシェムルは顔をしかめた。
 しかし、ソロンはニカッと笑ってみせる。
「なあに。すぐには無理じゃが、必ずやあの街を口説き落としてご覧にいれましょう」
 そう言ったソロンが杖をついて、ひょこひょこと天幕を出ようとしたのを蒼馬は呼び止める。
「ちょっと待ってください。実は、連れて行って欲しい人たちがいるんです」
 兵は必要ないと言ったはずだと渋るソロンに、蒼馬は違うと首を振る。
「投降兵の中に、ルオマの街の人間もいたんです。その人たちの家族に、安否を知らせる手紙を送りたいんですよ」
 すると、ソロンは「ほうっ」と小さく目を見張った。
「性格の悪い小僧のことだ。それだけではあるまい?」
「わかりますか?」
 もともと占領後の円滑な統治をするために、街の住民らの歓心を買おうと、ルオマの人間だった兵士の安否を知らせる手紙を持たせて捕虜の一部を解放しようとしていた蒼馬だったが、そこで予想していなかった反応が返ってきたのである。
 その出来事から、ソロンを送り込むのとは別口で街を攻める手を蒼馬は思いついていたのだ。
 それについて説明を受けたソロンは、再び「ヒョッヒョッヒョッ」と笑い声を上げる。
「いやはや、ソーマ様は性格が悪くていらっしゃる」
「いえいえ、ソロンさんにはかないません」
 日本人が見れば「越後屋と悪代官」にしか見えないふたりに、シェムルは呆れたようにため息をついた。
 すると、ちょうどそこへ蒼馬がもうひとり呼んでいた人物がやってきた。
「あのぉ、ソーマ様が呼んでいると聞いたんですがぁ」
 天幕の中に首だけ突っ込んで、そう言ったのは、ぽっちゃりとした頬の青年――蒼馬専属の料理人であるマルコであった。
「やあ、マルコ。待っていたんだよ。実は、君にちょっと頼みたいんだ」
「ほえ?」
 先程昼食を作ったばかりなのに、おやつか夕食のことを頼むのかなと思っていたマルコに、蒼馬はこう言った。
「ソロンさんと一緒に、君の力でルオマの街を落としてくれないか?」
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