挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

213/250

第79話 追いやる

「後方より、ゾアンどもが追撃して参ります!」
 その報せに、アレクシウスは顔を青ざめさせた。
「急げっ! 急ぎ、ルオマの街へ向かうのだっ!」
 そう叫びながら自身も乗る馬に鞭を入れた。
 そんなアレクシウスを追うのは、ゾアンの戦士たちを率いるガラムとズーグであった。彼らは四つ足となり泥濘(でいねい)となった道に残された無数の足跡を追ってひた走る。
 途中、アレクシウスから置いて行かれたホルメア兵士を数多く見かけた。だが、その大半は疲れ切り、もはや抵抗する気力も無く泥の中にへたり込んでいる。
 それでも中には最期の抵抗をと武器を構える者もいたが、ガラムが「抵抗せねば、殺しはせん! 武器を捨てよ!」と叫ぶと、ほとんどの者が武器を捨てて降伏した。
 また、自分たちが率いるゾアンの戦士たちにもガラムは命じる。
「我らの狙いは、前を行く敵の指揮官だ! 雑兵どもには構うな!」
 ガラムとズーグは敗残兵を制圧するのは後続のマルクロニスやドヴァーリンに任せ、ひたすら前を逃げるアレクシウスを追いかけた。
 しかし、馬の脚にも負けぬと言われるゾアンだが、それは短い距離に限られた話である。長距離ともなれば、どうしても馬には(かな)わない。
 あとわずかなところまで行きながらも、アレクシウスを乗せた馬はゾアンたちを振り切り、ルオマの街までたどり着いたのである。
「開門! 開門!」
 先頭を走る騎士が大声を張り上げるのに、ルオマの街の街門がゆっくりと開く。そのわずかに開いた隙間へ乗っている馬ごとねじ込むようにして街に入ったアレクシウスは、安堵のあまり馬上でぐったりとしてしまった。
 しかし、それも門衛たちの叫びを聞くまでである。
「ゾアンだっ! ゾアンどもがやってきたぞ!」
 馬上で上半身を跳ね起こしたアレクシウスは、自分が入ってきた街門を振り返る。すると、そこでは全開に開かれた街門から続々と街へと雪崩れ込む兵たちと、そのはるか向こう側に自分らを追撃してきたゾアンたちの姿が見えた。
 その光景に、包囲されていた第二軍を救出しようとした自分らに混乱する味方をぶつけてきたゾアンたちの姿が重なる。
「い、急ぎ街門を閉じよ!」
 いまだ逃げてきた味方を収容しきっていない門衛たちは、アレクシウスの叫びに驚いた。
「しかし、いまだ味方を収容しきっておりません!」
「うるさい、黙れ! 私はホルメア国王子アレクシウスだぞ! 私の命が聞けんのかっ!」
 たかが門衛ごときでは、王子に抗弁できるはずもない。門衛の隊長は、門を閉めるように指示を出した。
 それに悲鳴を上げたのは、街に逃げ込もうとしていた兵士たちである。
 誰もが外に閉め出されてはたまらないと、必死の形相で門に殺到した。しかし、それを押しのけて、強引に街門が閉められてしまう。
 すると、門の外へ取り残された兵たちから、絶望の吐息がいっせいに上がった。
 その光景に街の手前で追撃を止めたガラムに、ズーグが声をかける。
「おい。どうするよ、ガラム」
 街の門の前には、少なく見積もってもニ百か三百ぐらいの敗残兵が取り残されている。あの程度の兵たちを蹴散らすのは訳ないが、街に近づいて敵の矢の射程に入ってしまうのは得策ではない。
 ズーグの問いにしばし考えてからガラムは言う。
「やむを得まい。――取り残された敵兵に降伏を呼びかけよう。武器を捨てて投降すれば命は取らんと言えば、素直に降るだろう」
 あれだけの数の兵士をみすみす街に入れてしまうほどガラムも甘くはない。かといって、それを蹴散らすためにこちらが危険を冒す必要も無かった。
 ガラムたちが降伏を呼びかけると、門から閉め出されてしまった兵士たちは戸惑った。
 このままこの場にとどまり続けても門が開く可能性は低い。ただでさえ度重なる敗走に疲れ切っているというのに、糧食ひとつ水一滴すら持ち合わせていないのだ。このままではゾアンたちが何もしなくても、遠からず自分らが倒れるのは目に見えている。
 そのうち覚悟を決めた者から、ひとり、またひとりと武器を投げ捨て両手を挙げてゾアンたちのところへ歩いて行った。そうして先に行った仲間たちが、殺されることなくゾアンたちに受け入れられるのを見て、さらに降る兵たちは増えた。
 ルオマの街の守備兵たちは、敵へ降る兵士たちの後ろ姿を防壁の上から痛ましいげに見つめるしかなかったが、そこに怒声が響き渡る。
「この不忠者どもが!」
 それはアレクシウスであった。
「ホルメア国のために命をかけて戦わず、敵に降るなど許されん!」
 そう叫ぶなり、手近にいた守備兵が持っていた弓矢を奪い取り、素早く矢をつがえて射る。その矢は、こちらに背を向けてゾアンたちへ降ろうとしていた兵のひとりの背中に突き立った。その兵はどうっとその場に倒れる。
 ざわりと空気が揺れた。
「で、殿下……! 何をなされるのですかっ?!」
 その場にいた守備兵の隊長は顔を青ざめさせる。
 反乱奴隷討伐軍には、このルオマの街からも少なからぬ兵たちが同行していたのだ。もし、あの兵がそのひとりであったのならば、自分たちは同じ街の人間を目の前で殺されたことになる。
 しかし、アレクシウスは怒鳴り散らす。
「何をではないわ! 何をしている! あの不忠者どもめを射殺せ!」
「で、ですが……!」
「貴様も不忠者か?!」
 アレクシウスの剣幕に、その隊長は顔を引きつらせた。そして、半ば泣きそうな表情になりながらも部下に命じる。
「敵に降る兵に矢を放て! 矢を放つのだっ!」
 しかし、すぐには誰も動けない。兵士たちは互いの顔を見合わせるばかりであったが、再び隊長が命令するのに、ようやく矢を射始める。
 それに投降しようとしていた兵士たちは仰天した。
 まさか味方に背中から射られるとは思いもしなかったのだ。慌ててゾアンたちのところへ走る兵士もいれば、投降はしないと街に向かって両手を振る兵士もいた。
 だが、そうした兵士の区別無く矢は降り注いだ。
 これにはゾアンたちも驚いた。
 早く投降するように大声で呼びかけ、こちらに走ってくるようにと腕を振る。
 しかし、街の外に取り残された兵士たちは、もはやどちらが自分たちの敵か味方かわからず混乱し、右往左往するだけであった。
 そんな兵士たちに矢の雨を降らしていた街壁の上に再び怒声が轟いた。
「馬鹿野郎ども! すぐさまこの馬鹿げたことをやめろ!」 
 しかし、それはアレクシウスではない。遅ればせながら防壁の上にやってきたアドミウスであった。
 もちろん、誰も好き好んで味方に矢を射かけていたわけではない。アドミウスの怒声に、むしろホッとした表情を浮かべて弓を下ろした。
 それにアレクシウスは憤怒の形相を浮かべてアドミウスを叱責する。
「貴様! たかが連隊長の分際で、私の命に逆らうというのか?!」 
 だが、アドミウスはそれに真っ向から抗弁する。
「殿下こそ、ご自分が何をされたかご理解されておられるのですか?!」 
 まさか抗弁されるとは思ってもみなかったアレクシウスはひるんだ。そんなアレクシウスにアドミウスは大きな声で語る。
「殿下は、こんな話をご存知か?!
 かつてロマニア国との小競り合いの中で、平民出の兵たちの部隊が敵地で孤立した。その部隊を率いていた男は、もはや撤退は困難だと判断すると、すぐさま敵に降伏してしまった。戦いが終わった後、互いの捕虜を交換する際に、多くの将軍が最後まで抵抗せずに降伏したその男と部下を捕虜交換するのを渋ったのだ。
 だが、たったひとりの将軍だけが、むしろその男とその部隊の交換を率先して進めた。そればかりではない。その将軍は、戻ってきた男と兵たちをわざわざ自ら出迎え、男によくぞ兵を無駄に殺さず生きて戻ったと賞賛したばかりか、その後もその男を重用したのだ!
 それが後に、どうなったかおわかりか?!」
 唐突に語られた話に困惑しているアレクシウスに、アドミウスは言葉を叩きつける。
「降伏した平民出の兵士とは、ボーグスという名の男。そして、それを救ったのはダリウス将軍閣下だ!」
 アレクシウスにダリウス将軍の名は禁句である。それを承知していたアドミウスだったが、もはや我慢ならなかった。
「ボーグスとその時助けられた兵たちは、ボルニスの街での戦いにおいて窮地に陥ったダリウス将軍を助けるために殿(しんがり)を買って出た。そして、最後の一兵までもが勇敢に戦い抜き、将軍が落ち延びられるまでの時間を稼いだのだ!
 力で脅せば兵たちは戦う! だが、その命を懸けようと思うのは、自分を理解してくれる将にだけだ!
 今、殿下は取り残された兵たちを敵に追いやったばかりではなく、心まで敵へと追いやったのですぞ! それだけではありません! ――周りをご覧になられよ!」
 アドミウスは大きく腕を振って周りを示した。
「殿下は、今ここにいる多くの者たちの心まで遠ざけてしまったのが、おわかりにならないのか?!」
 ようやくアレクシウスは、自分に向けられた兵たちの目に気づいた。
 その目にあるのは王族へ向ける敬意でも敬愛でもない。
 軽蔑の入り交じった失望の輝きである。
 自分に向けられるいくつもの目に、アレクシウスは恐れおののくように後ずさったかと思うと、顔を青ざめさせ、外套(マント)(ひるがえ)して街壁から逃走してしまった。
 後には恐ろしいほど息苦しい沈黙だけが残される。
 しばらくしてアドミウスは深いため息をひとつつく。それから大きな声を張り上げた。
「ここでのことは他言無用! 投降する兵たちに矢を射るように命じたのは私だとしておけ!」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ