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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第77話 スノムタの屈辱17-屈辱

 今まさにアレクシウスまでもが蒼馬の包囲殲滅の腕に抱かれようとしている渡し場の戦場に、百人ばかりの部隊が到着した。
「な、なんたることだ! まさか『黒壁』が、このような……!」
 それはカントビアス男爵であった。
 アレクシウスの逆鱗に触れ、後方での待機を命じられていたカントビアス男爵であったが、戦いの成り行きが気になり、いてもたってもいられずに処罰を覚悟の上で遅ればせながらやってきたのだ。
 しかし、そのカントビアス男爵をしても、この地で繰り広げられている戦いの様相は想像し得ないものであった。
 ダリウス将軍の密書により不安を感じながらも、討伐軍は反乱奴隷の倍の兵を(よう)すばかりか、ホルメア最強の軍団である「黒壁」までもが参戦しているのだ。
 これで負けを予想しろというのは、ホルメア国の人間ならば無理な話である。
 しかし、実際に戦場にやってきてみれば、遠目でもわかる黒い鎧の軍団は千々に乱れ、残った軍も今まさにゾアンによって包囲されようとしているのだ。その光景は、ホルメア国の人間にとっては悪夢としか思えないものだった。
「閣下! いかがなさいます?!」
 言外に退却を求める臣下の声に、カントビアス男爵は自分の迷いを振り切るように断言する。
「隊列を整えよ!」
 退却ならば、あえて隊列を整える必要はない。すなわちカントビアス男爵の命令は、あの戦場に加わるというものだ。臣下の騎士が悲鳴にも似た声を上げる。
「おやめください、閣下! これだけの兵では、とうていかないません! 自殺するようなものです!」
 そんなことぐらいは、カントビアス男爵とてわかっている。しかし、それでもなお撤退する訳にはいかなかった。
「あそこにはアレクシウス殿下がおわすのだ! 我らの命にかえてでも御救いせねばならん!」
 反乱奴隷たちに次代のホルメア国王の首を取られるなど、とうてい許されることではない。何としてでもアレクシウスを救出せねばならなかった。
 しかし、状況は最悪である。
 アレクシウスの所在を示すホルメア王国旗は、ゾアンの包囲のただ中にあるのだ。アレクシウスを救出するには、あのゾアンたちの包囲を突破し、活路を開かねばならない。それには、自分の手勢百人はあまりに少なかった。
 だが、やらねばならぬ!
 そう自分を奮い立たせたカントビアス男爵は、自らが乗る戦車を先陣に立てると、戦場を目がけて突撃していった。

                    ◆◇◆◇◆

 戦場に現れたカントビアス男爵とその兵たちの存在は、すぐに上空を飛ぶハーピュアンによって捕捉された。
 すぐさまそのハーピュアンは、その大きな翼をはためかせ、足や身体全体をくねらせ、空中でクルクルと舞い踊る。
 それは空を飛ぶハーピュアンが地上にいる同胞たちとコミュニケーションを取るために発展させたボディランゲージであった。
 それを蒼馬の近くにいたハーピュアンが解読して伝える。
「あたらしい、敵、集団、くる。――ソーマ様! 東より新手の敵部隊が現れたようです!」
「新手の敵部隊だって?!」
 新たな敵の出現だというのに、どこか蒼馬の口調は安堵のような響きがあった。
 すぐに蒼馬はそのハーピュアンに空からその部隊の偵察を命じる。
 それから自らの目でも確認しようと、ジャハーンギルから何とか奪い返した遠眼鏡を右目に当てて、その敵部隊を探す。
 しかし、蒼馬がいる河の西側の岸は東側よりやや低く、ハリボテの砦を建てていた小さな丘が邪魔になって見えない。
 それでも何とか見ようと、その場でピョンピョンと跳ねるが、焼け石に水である。
「モラードさん! ちょっと肩を貸して!」
 そこで目をつけたのは、近くで黒旗を支えているディノサウリアンのモラードだった。蒼馬の剣幕にびっくりしたモラードは、その小さな目を見開いてから、こくこくと頷く。
 いったん手にしていた黒旗を他の者に預けてから膝をついたモラードの背中に、蒼馬は飛び乗る。
「早く立って! 早く、早く!」
 背中に乗った蒼馬に急かされ、モラードはゆっくりとその巨体を起こした。
 モラードの背中の上で、さらに背伸びをして新手の敵を見つけようとした蒼馬だったが、それでもまだ見えない。蒼馬はモラードの背中をよじ登り、その両肩の上に立った。
「ソーマ! 危ない! やめろ!」
 下からはシェムルの悲鳴のような声が上がるが、今の蒼馬の耳には届かない。ぐらぐらと身体を揺らしながらも遠眼鏡で必死になって敵を探す。
「あと、ちょっと。あと、ちょっと……!」
 何と蒼馬はモラードの肩の上でつま先立ちになった。それにシェムルは全身の毛を逆立てて、声にならない悲鳴を上げる。
「……! 見えたっ!」
 そう叫んだとたん、ついにバランスを崩して蒼馬がモラードの肩から転げ落ちた。しかし、幸いにも蒼馬は前へと落ちたため、とっさに伸ばされたモラードの腕に受け止められて事なきを得る。
 モラードに地面へ降ろされた蒼馬をものすごい形相をしたシェムルが待ち構えていた。
「ソーマッ! おまえは何度危ないことをするなと私に言わせるんだ!」
 しかし、今の蒼馬は激怒するシェムルにすらかまっていられなかった。
「来た! やっぱり来た!」
 一瞬しか見えなかったが、間違いない。
 蒼馬は、自分がもっとも恐れていた事態が起きたと確信した。 
「シェムル! ガラムさんたちへ太鼓で連絡! 大至急! ここからが正念場だ!」

                    ◆◇◆◇◆

 決死の覚悟で敵へと突撃したカントビアス男爵とその兵であったが、この時、ゾアンたちは不可解な行動を取る。
 第五軍の後方まで回り込もうとしていたゾアンたちだったが、どこからか太鼓の音が鳴り響くなり、いっせいに後退を始めたのである。
 これにはカントビアス男爵も驚いた。
 自分らは、わずか百人ばかり。わずかな兵力を割いて当てるだけで、ひともみにして押しつぶせる程度の小勢に過ぎない。
 だというのに、ゾアンたちはせっかくの包囲を解いたばかりか、恐れをなしたように後退しているのである。
 それは異常な光景であった。
「閣下! これは、どういうことでしょう?! 敵が退いていきます!」
「わからん!」
 カントビアス男爵にとっても、これは予想外の事態であった。
 しかし、同時に思わぬ幸運でもある。
 理由はわからないがゾアンたちが後退した今しか友軍を救出する好機はない。
 包囲が解かれたことで、そこから雪崩を打って敗走し始める友軍のただ中で、カントビアス男爵はアレクシウスの姿を求めて声を張り上げる。
「殿下ぁ! アレクシウス殿下は、どこにおわす?!」
 何度かそうしているうちに、それに応える声が上がる。
「おお! カントビアス男爵殿か!」
 それは「黒壁」の将校アドミウスであった。
 その肩には、精根尽き果てた様子でぐったりとしているアレクシウスが支えられている。
「おお、アレクシウス殿下! ご無事でしたか!」
 しかし、悠長に生存を喜んでばかりはいられなかった。今は謎の後退をするゾアンたちが、再び襲ってこないとも限らない。一刻も早くアレクシウスを後方に逃がさねばならなかった。
「殿下とアドミウス殿に馬を!」
 カントビアス男爵の命でふたりの騎士が下馬すると、その馬をアレクシウスとアドミウスに譲った。その馬に息も絶え絶えなアレクシウスの身体を押し上げるアドミウスに、カントビアス男爵は告げる。
「ここは私が殿軍(でんぐん)を引き受ける! 貴公らは殿下をお連れして、急ぎ退却されよ!」
「かたじけない……!」
 敵は騎馬並の速度で駆けるゾアンたちだ。しかも今は自らの倍に達する敵を蹴散らしたばかりで勢いにも乗っている。そんなゾアン相手にわずか百人程度で殿(しんがり)を務めれば全滅は必至である。 
 しかし、今はそれを議論している余裕はない。
 アドミウスはわずかなりとも助けになればと、直率の「黒壁」の精鋭百騎すべてをカントビアス男爵に預ける。
 いくら精鋭無比で知られる「黒壁」といえど、わずか百騎では焼け石に水だ。しかし、その黒い鎧が近くにあるだけでも頼もしい。カントビアス男爵は感謝の言葉とともに、兵を預かった。
 アレクシウスを連れてアドミウスが後退するのを見送ったカントビアス男爵は兵らに声を張り上げる。
「よいか! 我らが役目は、武勲を挙げることにあらず! 敵の追撃を食い止めること! 隊列を組んだまま後退するぞ!」
 カントビアス男爵は、いつでもこちらは戦うぞという威勢を示しつつ、ゆっくりと後退していった。

                    ◆◇◆◇◆

 そんなカントビアス男爵の兵を前に、こちらも同胞の戦士たちを集めて隊列を整え終えたズーグは、ガラムに声をかける。
「おい、ガラムよ」
 その声に含まれた微妙な色に、ガラムは気づく。
「ああ。言われんでもわかっている」
 自分もまたズーグと同じ意見である。それを蒼馬へ伝えるべく、シシュルに太鼓での伝達を頼む。
「太鼓による連絡。大族長《猛き牙》が追撃の許可を求めています!」
 シシュルが叩いた太鼓の音を聞いたゾアンのひとりが、蒼馬へ太鼓の拍子を読み解いて伝えた。
 しかし、それを蒼馬は拒絶する。
「ダメだ! 陣形を整えて待機!」
 普段からは想像も出来ない蒼馬の険しい形相に、周囲の人々は反論できなかった。
 捕らえられ、檻に入れられたばかりの猛獣さながらのピリピリとした緊張感を漂わせる蒼馬は、声を荒げて叫ぶ。
「周辺の偵察隊からの報告はまだっ?!」
「も、もうすぐ戻ってくると思われます」
 この蒼馬の剣幕にみんなは恐れをなし、間もなく偵察隊が次々と戻ってきたときには、誰もがホッとせずにはいられなかった。
「河の上流および下流に敵影なし!」
「後方の街方面にも敵影なし!」
 戻ってきたゾアンやハーピュアンの偵察兵の報告が蒼馬のところへ集まってくる。
 しかし、そのいずれも敵は目の前で敗走しているものだけという事実を裏付けるものでしかなかった。
 それに、しだいに蒼馬もおかしいと思い始める。
 そんなところへ先程、敵部隊を直接偵察するために出したハーピュアンが舞い戻ってきた。
「新たな敵は、先程の一部隊のみです! 旗は藍色に山猫。ホルメアの貴族名鑑によれば、ホルメア国のカントビアス男爵の兵と思われます!」
 それに蒼馬は、きょとんとした顔になった。
 何度か目をパチクリさせてから、蒼馬は不思議そうに尋ねる。
「……藍色に山猫? 黒地に金獅子じゃなくて?」
「はい。間違いなく、藍色に山猫でした」
 蒼馬は、しばし目を見開いた。
 どうやら黒地に金獅子に見えた旗は見間違いだったようだ。
 しかし、これはいったいどういうことだろう?
 そう激しく混乱する蒼馬に、シェムルが遠慮がちに声をかける。
「なあ、ソーマ」
 シェムルはわずかに言い澱む。
 この戦いを前にして、蒼馬はゾアンである自分でもそれとわかるぐらい焦燥してまで必死に対策を練り続けたのだ。そんな蒼馬にこんなことを言うのは、さすがのシェムルとて心苦しい。
「――おまえの考えすぎだったんじゃないのか?」
 シェムルの言葉が、すとんっと蒼馬の()に落ちた。
 ようやく蒼馬は、自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づく。
 それからゆっくりと右へ左へと首を回して周囲を見渡した。
 すると、みんなが自分を注視している。
 どうにも逃げ場がなさそうだ。
 窮地に陥った蒼馬は「ハハハ……」と乾いた笑いを洩らす。
 そして、蒼馬の口から後世にまで伝わる名言が洩れた。
「ダリウス将軍は、どこ……?」
 ダリウス将軍を超えんとしたアレクシウスにとっては、はなはだ屈辱的なことではあるが、蒼馬が警戒していたのはダリウス将軍ただひとり。アレクシウスなど、はなから眼中にすら入れられていなかったのである。
 これが、この戦いを「スノムタの屈辱」と呼ぶ所以(ゆえん)である。
 ようは蒼馬の取り越し苦労だったというオチでした。
 以前、作中でも書いたように蒼馬はダリウス将軍を異常なほど警戒していました。
 そのダリウス将軍が謹慎させられたと聞いてホッとしていたところに、ジェボアの商人ギルドやマーマンたちに手紙を送るなど暗躍していると知り、びっくり。さらにはラビアンの渡し場での策略やその後のコンテ河近くの領主の動きなど、ダリウス将軍の陰を感じ取った蒼馬は、完全に敵はダリウス将軍と思い込んでしまいました。
 そして、ダリウス将軍を倒すための秘策「ゾアンの顎」を用意し、さてワリウス王でも挑発して渡し場の戦場に誘き出してやろうかと思っていたところに、何もしないうちに討伐軍が進軍。
 ダリウス将軍が警戒もせずに進軍するなんて絶対におかしい! きっと僕の策が見破られたんだ! でも、ダリウス将軍がどんな手を使うか予想できない! このままじゃ僕らは負けてしまう! 負けちゃうよ、どうしよう!ヽ(`д´)ノ ウワァァァン  と錯乱していたのです。

 この辺りの流れをほぼすべて読み切っていた読者がいたのが恐ろしい orz
 でも、まだまだ蒼馬には一昼夜にして城塞都市を破壊したり、山の上に築かれた強固な砦を崩落させたりした伝説があるんだからな!
 先読みされたって悔しくないんだからな!ヽ(`д´)ノ ウワァァァン
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