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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第20話 衝撃

 後年、ソーマ・キサキには数々の異名がつけられている。
 その中でもっとも有名なのが『破壊の御子』というものだ。
 これは、もちろん彼自身が死と破壊の女神の御子であることから名づけられたものである。彼自身も自分の軍勢の士気を高め、逆に相手の軍勢の士気を落とすために、自ら死と破壊の女神の御子であるということを広めた時期もあったため、もっとも広く知られた異名であることに間違いない。
 他に有名なものとしては『ゲノバンダの息子』や『焦土の破壊者』などがあげられるが、そうした多くの異名の中でも『火』に関係すると思われるものが大きな割合を占める。
 これは、彼が多くの戦いで火攻めを好んで使っていたといわれているためだろう。
 しかし、彼の戦歴を調べれば、意外なことに火攻めをした記録はあまりない。
 それなのに彼が火攻めを好んで使っていたという誤った認識を持たれたのは、やはり彼の最初の戦いとされる「ホグナレア丘陵の戦い」と、後に起きる「ボルニッツの虐殺」におけるイメージが強いせいだと思われる。
 特に「ボルニッツの虐殺」は、自国領土内の都市ひとつを数万の人間とともに丸ごと焼き払うという当時としても常軌を逸した行為であり、近隣諸国に衝撃を持って広く伝えられたという。
 こうしたことが、蒼馬は火攻めを好んだという誤った認識が定着した原因だろう。
 しかし、実際のところ蒼馬は火攻めを好んでいたどころか、むしろ忌避していたように思われる。
 この当時、城塞や都市を攻めるときには大量の火矢を射て、防壁内部の家屋を延焼させ、防衛側を混乱させてから攻めることが多かった。ところが蒼馬は、もともと攻城戦そのものも好まなかったようだが、数少ない攻城戦においても将たちに火攻めを提言されたときに、それを頑として受け入れようとしなかったという記述がいくつかの文献に残されている。
 これは、世間のイメージとは逆に、蒼馬自身は火攻めを好まなかったことがうかがえる。
 そして、「ホグナレア丘陵の戦い」は公式に記録されている蒼馬にとって最初の戦いであり、またわずかなゾアンたちだけで八百人もの敵兵を焼き払うと言う快挙から、様々な人からその時の話を求められることが多かったが、それに話が及ぶととたんに蒼馬の口が重くなったという話もある。
 これは、ホーグナ国の特使として蒼馬と和平交渉を行ったビルグリット伯爵は、その日誌において『会食において、話題が「ホグナレア丘陵の戦い」に及んだ時、ソーマ・キサキは平静を装っていたが動揺しているように見えた。私がその戦いに賛辞を送ると、彼は笑顔とは裏腹に、なぜか不快に思っている様子だった』と書き残しているので事実であろう。
 また、それは当時から彼に従っていた〈牙の氏族〉と呼ばれる一部のゾアンたちも同様であった。彼らの多くは当時のことをあまり多くは語ろうとしない。
 何とも奇妙な話ではあるが、「ホグナレア丘陵の戦い」は壊滅的な被害を受けたホルメア国軍のみならず、火攻めを立案した蒼馬や実行したゾアンたちにも大きな衝撃を与えていたようである。
 しかし、そうした衝撃がなければ、それまでの戦い方に固執していたゾアンたちが、その後の蒼馬の革新的とも言うべき用兵に従うことはなかっただろうというのが、多くの歴史家たちが指摘していることでもある。

              ◆◇◆◇◆

 雨が上がった翌朝、ガラムはグルカカひとりを伴って、山道に立っていた。
 周囲を見回せば、そこは焦土であった。
 雑草や落ち葉や木々などの様々な色があふれていた山は、今は見る影もない。煤と燃え残った炭の黒、燃え尽きた灰の白。そのたった二色だけで構成された世界に変わり果てていた。空気はきな臭く、いまだにあちらこちらで燃え残った木々がくすぶっている。
「凄まじいな……」
 ガラムは、そうとしか表現できない光景に息をのんだ。
 その隣でグルカカも同意する。
「どれほどの人間が死んだのか見当もつかんぞ、族長。逃げ遅れた人間どもは、あのソーマという小僧の言うとおり、何か所かに分けて捕えてある。できるだけ助けるようにと言われているので治療はするが、大やけどを負って手遅れな兵士も多いぞ」
「この分では、逃げた兵士たちもどれだけ無事に砦にたどり着けることか……」
 このときの人間側の損害については、ゾアン側に詳細な記録は残っていない。
 参考となるのは、砦に残っていたマルクロニス中隊長補佐の残した日誌だけである。
 それによれば、山に火が上がったのを確認してから三日後からその後数日にかけて、最後尾にいた輜重隊だった兵士を中心とした二個中隊ほどの兵士が砦にたどり着いている。しかし、その兵士たちの姿はひどく、全身が煤と灰で汚れ、投石によって重傷を負った者や重度の火傷を負った者が数多くいた。そうした者の多くは懸命の治療の甲斐なく息を引き取り、その数は砦にたどり着いた兵士たちの四分の一にものぼったという。
 この当時の中隊はおよそ百名だったことから、生存者はおよそ百五十名ほどだと思われる。
 さらに、ゾアンたちの捕虜となり、その後に順次解放されて砦に戻った兵士が、最終的には二個中隊であったとある。
 これ以外にも砦に戻らず逃亡した兵士もいただろうが、もっとも近くの村でさえ砦からさらに二日は歩かなければならないため、それほど多くはないと思われる。また、その大半が飢えや怪我で命を落としたことは想像に難くない。
 こうして考えると、生き延びた兵士は多く見積もっても四百名前後だろう。
 八百名の兵士がほとんどまともに戦うこともできずに半数を失ったのは、まさに前代未聞の出来事だった。
 この当時の兵士たちは農閑期の農民や食い詰めた難民をかき集め、武器を持たせただけの場合が多く、国や指揮官に対する忠誠心は低かった。そんな軍勢が一度の戦闘で兵力の半分を失えば、それは壊滅と言っても過言ではない。仮に部隊を再編成しても、彼らの心に焼け付いた敗北の恐怖で、しばらくはまともに使うことはできなくなっているだろう。
「こちらの損害は、どうだ?」
 ガラムの問いに、グルカカは自らもなれない弓矢を使って皮がむけた手のひらに目を落としながら答えた。
「火をつけるときに誤って火傷した者、煙を吸って咽喉を痛めた者、なれない弓矢で手を怪我した者。その程度だ」
 壊滅した人間の軍勢に比べて、ゾアン側の被害は、その程度でしかなかった。
 それもまた驚異的な結果だ。それはゾアンたちが一方的に攻撃を加えるだけであったことを示している。
 その報告された結果に、ガラムはあきれたように呟いた。
「これは、何と言えばいいのか……」
「勝利と言って、間違いないのではないか?」
「馬鹿を言え、グルカカ」
 ガラムは大きなため息をつく。
「これが、ただの勝利であるものか。せめて、大勝利とでもいえ」
 ガラムの言うことも、もっともである。あれほどの戦力差がありながら、こちらは被害らしい被害もなく敵を壊滅させたのだ。これがただの勝利であるわけがない。
 ふたりの間を雪のような白い灰を運んだ北風が吹き抜ける。
 言うべきかさんざん迷ったグルカカだが、意を決して口を開いた。
「だが、族長よ。正直に言うが、俺は怖い」
 ガラムは何も答えなかったが、グルカカの言いたいことはよくわかっていた。
「これが、戦いと言えるのか? 少なくとも、俺たちゾアンが知る戦いではない」
 グルカカは叫びながら、焦土と化した周囲の光景を指し示した。
「これが死と破壊の女神アウラの力なのか?! これがあの小僧の力なのか?! 俺は恐ろしくてたまらぬのだ。いつか我々が、この光景の中に倒れることにならないかと!」
 グルカカの目には、灰塵と化した山に横たわる人間の兵士たちの死体が、明日のゾアンたちの姿と重なって見えた。
 ガラムはグルカカの抱く不安はわかっていた。
 これはゾアンにとって、あまりに異質なものである。こんなものに関わればゾアンはゾアンでなくなってしまうという恐怖感があった。
 しかし、氏族の未来を預かる族長としては、また別の思いがあった。
「グルカカよ。俺たちは変わらねばならぬのかもしれぬ」
「変わる……?」
「そうだ。かつて俺たちは、ゾアン同士で戦っていた。そこには名誉もあり、誇りもあり、礼儀もあった」
 ガラムはかつて平原で繰り広げられていた父祖たちが誇らしげに語ったゾアンの戦に想いを馳せた。
 しかし、それでは人間に勝てないことを優れた戦士であるガラムは感じ取っていた。
 個々の力で劣る人間たちは、数を集めて隊伍を組むことで、ゾアンを倒すことを学んだ。それに対してゾアンは何も学ばず、昔ながらの戦い方を繰り返すだけしかしてこなかった。
 まだゾアンの戦士たちが多かったときは、それでも良かった。しかし、長きにわたる戦いによってゾアンたちは多くの若者たちを失ってしまった。それに対して森や山を切り開いて勢力圏を広げた人間たちは急激に数を増やし、絶えることなく平原に兵士を送り込んでくる。
 ただでさえ数で劣るゾアンは、戦えば戦うほど、人間との戦力が広がってしまう悪循環に陥っていた。
 このままでは遠からず、〈牙の氏族〉のみならずゾアン自体が滅んでしまうだろう。
「このままでは俺たちゾアンは滅んでしまう。滅びぬためには、俺たちは変わらねばならぬのだ」
 そのためには、どうしてもあのソーマという人間の子供の力が必要になると、口には出さないが、ガラムはそう強く感じていた。
 しかし、このときガラムは知らなかった。
 このとき、蒼馬に大きな異変が訪れていたことを。

              ◆◇◆◇◆

 その時、蒼馬はシェムルに連れられて宿営地を訪れていた。
 雨が上がったばかりの宿営地は、いまだに焼け落ちた建物の残骸がくすぶり、いたるところで白煙を上げている。その中を何人ものゾアンたちが片づけをしている姿があった。
 そんな宿営地につくまでの蒼馬は、気分が高揚し、終始笑顔を絶やすことはなかった。自分の考えた策が見事にはまり、敵の軍勢を追い払ったのだ。嬉しくないわけがない。それに隣にいるシェムルが、蒼馬のおかげで被害らしい被害もなく勝てたことを嬉しそうに語るのだから、なおさらである。
 今回の戦いにおいて、どのようにして人間の軍勢を追い払うか考えたとき、蒼馬が思い出したのが有名な漫画「三国志」の博望坡(はくぼうは)の戦いの一幕であった。
 漫画の中で、夏候惇(かこうとん)が率いる一〇万の曹操軍が新野にいる劉備玄徳を攻めてきたとき、玄徳に迎えられたばかりの諸葛孔明は一計を案じ、博望坡と言うところに夏候惇を誘い込んだ。
 誘いとは知りつつも敵は小勢とタカをくくり追撃していた夏候惇に、副将の李典が「兵法の初歩に『難道いくにしたがって狭く、山川あいせまって草木の茂れるは敵に火計ありとしてそなえるべし』とある」と忠告する。夏候惇が周囲を見て、まさにその通りの地勢であることに気づいた時にはすでに遅く、玄徳軍の火計によって曹操軍は大混乱に陥り、副将の夏侯蘭を討ち取られるなど大敗を喫するというものだ。
 諸葛孔明が初めて策をもって大軍を打ち破るだけではなく、これによって当初は反感を抱いていた関羽や張飛たちから力量を認められ、信頼を得られるという人気の高い場面である。
 諸葛孔明は深慮遠謀(しんりょえんぼう)の軍師として、日本では人気が高い。
 蒼馬もまた三国志の中で好きな人物と問われれば、孔明の名を挙げるだろう。
 そんな孔明と同じように、敵の大軍を火攻めで撃退できた蒼馬は、このとき得意の絶頂であったのも無理はない。
 しかし、蒼馬は現実を甘く見ていたのだ。
 彼が知る戦いとは、あくまでゲームや漫画や小説の中でのできごとである。そこには戦場がいかに悲惨であるかまでは描かれていない。また、仮に描かれていたとしても、それは仮想のものにすぎず、圧倒的な現実の前にはかすんでしまうものだ。
 そして、それを蒼馬は身をもって知ることになった。
 どんなに精巧なCGや特殊技術でも追いつかない、圧倒的な迫力をともなう戦場の光景。辺り一帯に立ち込める異臭。苦しみにうめく人の声。いまだにくすぶる燃え落ちた建物から伝わる熱。息を吸うだけで口の中に広がる、煤の味。
 蒼馬の五感すべてが、それが現実であると蒼馬に訴える。
 それまで高揚していた気分が、冷水をぶっかけられたように冷めてしまう。
 そんな蒼馬の異常に気付いたのは、シェムルであった。
「どうした、ソーマ? 気分でも悪いのか?」
 しかし、シェムルの声にも気づかぬ様子で、蒼馬は前を見据えたまま動かない。
 その視線をたどると、燃え崩れた建物に下半身を押しつぶされ、そのまま焼け死んだと思われる兵士の死体があった。
 今にも断末魔の叫びが聞こえてきそうな、恐ろしい形相のまま丸焦げになった死体にシェムルはわずかに顔をしかめる。
「あの死体が、どうかしたか?」
 そう言いながら振り向いたシェムルは、ぎょっと目をむいた。
 蒼馬の顔から一切の血の気が消え失せ、真っ青になっていた。目を限界いっぱいまで見開き、その呼吸は全力疾走をしたばかりのように荒い。最初は小刻みに震えていたが、それはしだいに大きくなり、ついには痙攣(けいれん)のように激しく身体を震わせる。
「あああ……ああああっ!」
 口からは絞り出すような苦鳴がとぎれとぎれに洩れる。
「ソーマ?! どうしたんだ!」
 蒼馬の咽喉が鳴ったかと思うと、激しく嘔吐した。
 胃袋の中にあったものをすべて吐き出しても、それは止まらない。胃液と唾液がまざった粘液を開いた口からだらだらと垂らしながら、それでも身体は嘔吐しようと痙攣を続けた。
「ソーマ! ソーマ!? 誰か、お婆様を呼んでくれ! ソーマが大変なんだ!」
 シェムルの叫ぶ声を聴きながら、蒼馬は自分の吐瀉物(としゃぶつ)の中に顔を突っ込むようにして倒れ、意識を失っていった。
1/30,3/20,4/30 誤字修正
2014/6/15 誤字修正
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