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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第74話 スノムタの屈辱14-絶叫(前)

「やったかっ! やってくれたかっ!!」
 激しく燃え上がる平衡錘投石機の姿に、ヒュアキスは歓声を上げた。
 熟練兵隊は見事に自分の期待に応えてくれたのだ。
 おそらくは、熟練兵隊にもかなりの被害が出たであろう。そうした勝利の礎となって散った多くの同胞たちに感謝と敬意の念を抱きながらも、今はただ勝利の喜びを噛み締めたのである。
 しかし、しばらくしてヒュアキスはおかしなことに気づいた。
 自分らの本陣が焼かれたのである。それを見れば、誰だって動揺するものだ。
 それだと言うのに、今こちらを包囲殲滅しようとしているゾアンたちは毛ほども動揺していない。そればかりか、さらに戦いの音が激しくなって聞こえてくる。
 いや、それだけではない。
 敵の本陣を落としたというのに、前方からは挙がってしかるべきはずの味方の勝鬨(かちどき)の声が、いつまで経っても上がってこないのだ。
 これは、何かおかしい。
 そう思ったヒュアキスは、たまらず前へと駆け出した。
 敵本陣に近くなるにつれ、兵の密度が増してくる。そのため途中で馬を乗り捨てなければならなかった。徒歩となったヒュアキスは、まるでごった返す市場のような人波を掻き分けて前へと進んだ。すると、前方から同じように馬を乗り捨ててやってきた伝令兵と鉢合わせになる。
「いったい何があった?! 敵はどうしたのだ?! 反乱奴隷の頭目を討ち果たしたのではないのか?!」
 今にも胸倉を掴まんばかりの勢いで問い質すヒュアキスに、伝令兵は必死の形相で答える。
「奴らは逃げました!」
「何だと?!」
 一瞬、ヒュアキスは呆気に取られた。
「ど、どういことだ?! 奴らの本陣を制圧して投石機を焼き払ったのではないのか?!」
「投石機に火を放ったのは、我々ではありません! 奴らが逃げる際に火を放ったのです!」
「では奴らはどこへ?!」
 その問いに返した伝令兵の言葉に、ヒュアキスはあっと驚いた。

                   ◆◇◆◇◆

 熟練兵隊の猛攻を前にした蒼馬たちは、何と本陣を捨てて撤退したのである。その際、敵の追撃の足を鈍らせるとともに、敵に再利用されないためにも投石機に火を放っていた。
 ヒュアキスが見たものは、その煙と炎であったのだ。
 そして、撤退した蒼馬たちが向かったのは、後方の河に()けられた橋である。
 多くの者たちは、蒼馬たちが背水の陣を敷いていると思い込んでいた。
 しかし、そもそも蒼馬は橋を焼き落としてはいない。きちんと退路を確保していたのだ。それでもなお多くの人から背水の陣と思われていたのは、その橋に理由がある。
 橋はジェボアとホルメアをつなぐ重要な交易路の要として、大竜が通れる程度には広く丈夫なものだった。
 だが、蒼馬たちは総勢七千もの軍勢である。それほどの軍勢にとってみれば、そんな橋ですらあまりに小さく狭い。
 仮にその橋を使って撤退しようとすれば、そこへ数千の兵が殺到し、かえって身動きが取れなくなってしまう。
 だからこそ多くの者たちは常識的に考えて、その橋を退路と見なしていなかったのである。
 また、橋の前で砦の建設をしているように偽装していたのも、あたかも自分がその場にとどまって戦おうしているように見せかけるための蒼馬の策でもあった。
 ところが、実際に退却する直前に本陣に残っていたのは、四百から五百人程度。たったそれだけの人数ならば、はじめから織り込んだ上でのものであれば、短時間のうちにその橋を使って対岸へ撤退するのも不可能ではない。
「急いで! でも、慌てないで!」
 そうして河を渡った蒼馬は、大きな声で号令をかける。すると、一緒に橋を渡って撤退していたエルフやドワーフたちは、橋のたもとに凹の字の横陣を敷いていく。
 すべては想定のうちである。
 不世出の天才戦術家ハンニバルが、地球の軍事史にその名を刻んだ「カンナエの戦い」。数で上回る敵を包囲殲滅するという今なおも色あせぬこの軍事的偉業に魅せられ、何人もの将軍らが多勢の敵に包囲殲滅をしかけて自滅していった。
 その多くは、敵に中央突破されての敗北である。
 ただでさえ敵より兵が少ないのに、包囲するのに兵を()いたがために薄くなってしまった中央部分が敵主力を止められずに突破され、分断してしまったところを各個撃破されたのだ。
 ましてや、今回はその中央部分にいた敵兵は、わずか五百人ばかり。しかも、敵の指揮官である蒼馬自身までもがいたのだ。
 熟練兵による本陣突破を指示したヒュアキスの判断は、決して間違いではない。
 蒼馬だとて、逆の立場ならそうする。
 誰であろうと、中央突破を狙う。
 誰であろうと、それが最善の手だと思う。
 そうせずにはいられない。
 そう思わざるを得ない。
 それならば――。
「その最善を最悪に変えてやるんだ!」
 橋を渡って追撃してくる「黒壁」熟練兵に向けて、蒼馬は大きく腕を振る。
「攻撃開始! 敵に橋を渡らせるな!」
 蒼馬の号令とともに、いっせいに弓矢と投石による攻撃が始まった。
 熟練兵たちは逃げも隠れもできない橋の一本道を渡るしかない。それに対して、蒼馬たちは凹の字に横陣を敷き、その攻撃を一点に集中させることができるのだ。
 さすがの熟練兵たちも真正面ばかりか左右からも飛んでくる矢と投石の猛攻に橋の上でバタバタと倒れていく。
 そうした攻撃の中でも一際目立ったのが、ゾアン唯一の弓兵ファグル・グラシャタ・シャハタである。
 かつては自己流だったシャハタの弓は、エルフ弓箭兵からの手ほどきを受けて、五年前とは比較にならないほど、その腕を上げていた。しかし、それでも生粋の弓の名手であるエルフ弓箭兵と比べれば、どうしても一段劣っている。
 だが、その矢の威力だけならば、エルフ弓箭兵らのはるか上をいっていた。
 それもそのはずである。
 彼が手にしている弓は、エルフィンボウであった。
 弓騎兵に優先的に回され、エルフ弓箭兵隊の中ですら持つ者が少ないエルフィンボウを彼が持っていたのは、それが蒼馬からの下賜(かし)品であったからだ。
 エルフィンボウを製作したエラディアは、最初に完成した一張りを蒼馬へと献上していたのである。
 しかし、他人を傷つけられないという恩寵を持つ蒼馬にとっては、せっかくのエルフィンボウも飾りにしかならない。だが、飾るだけでは、この時代の最強武器ともいうべきエルフィンボウは、あまりにもったいなさすぎる。
 そこで蒼馬は、こちらの世界に落ちてきた当初からシェムルとともに自分の護衛を務めてきたシャハタに、これまでの感謝の気持ちとしてエルフィンボウを贈ったのだ。
 弓を蔑視するゾアンの村では戦士になれずに腐っていた自分に、存在意義と戦う機会を与えてくれた蒼馬に、シャハタは深い恩義を感じていた。もともと褒美などもらわずとも命をかけて尽くす気ではあったが、この贈り物には喜んだ。感激したと言ってもいい。
 それだけに、このときのシャハタの発憤(はっぷん)のほどは言うまでもない。
 贈られたエルフィンボウの弓弦を絶え間なく鳴らし、シャハタは次々と熟練兵を射ぬいていったのである。
 ちなみに蒼馬はシャハタに贈る前に、献上してくれたエラディアの了承を得ていた。自分の提案を快諾してくれたエラディアだったが、その時やけにニコニコと微笑んでいたのが不思議だった蒼馬だが、すぐにその微笑みの理由がわかる。
 何しろ、贈られたエルフィンボウは、まるでシャハタにあつらえたような出来だったのである。
 そうしてエルフィンボウを手にしたシャハタの活躍に感化され、エルフ弓箭兵とドワーフ工兵たちも奮起する。誰もがひとりとして敵に橋を渡らせてなるものかと、激しく矢を射り、石を投げつけた。
 こうした彼らの奮戦によって、熟練兵たちは橋を渡ることができなかった。
 しかし、これで終わる熟練兵隊ではない。
「亀甲隊形! 何としてでも橋を突破しろっ!」
 熟練兵は、投石と矢の集中攻撃に対して亀甲隊形を組んで抵抗した。
 亀甲隊形とは、密着するような隊列を組んだ重装歩兵たちが、前面だけではなく左右や頭上にまで盾の壁を作る防御重視の隊形だ。部隊の動きは遅くなるが、射撃武器に対する防御力が高く、主に敵の射撃武器が降り注ぐ中で敵の城塞などに取りつくために用いられる隊形である。
 隊形の名のとおり、まるで一匹の巨大な亀のようになった熟練兵たちは、投石と矢の嵐の中をものともせずに、確実に前へと進んでいった。
 このまま橋を突破してやる。
 そう思った亀甲隊形の熟練兵たちの前に、巨大な影が立ち塞がった。
 それは、ディノサウリアンたちである。
 その数はわずか百名にも満たないものだったが、いずれもが人間をはるかに上回る巨体を誇り、溢れ出さんばかりの闘志に牙をガチガチと鳴らす一騎当千の猛者たちだ。
 その先頭に立つのは、もちろんディノサウリアンの中でも最強の戦士ジャハーンギルである。
 彼は大きく両腕を広げて自分の奥底から沸き立つ歓喜とともに名乗りを上げた。
「我こそは竜の末裔(すえ)にして、竜将たるジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージなり!」
 ディノサウリアンにおいて戦士種と呼ばれるティラノ種に生まれたジャハーンギルにとって、もはや戦いとは存在理由にも等しい。
 そんなジャハーンギルが、これまで戦いに参加せずにジッとおとなしくしていたのは、ひとえに蒼馬から自分が切り札だと言い聞かされてきたためだ。
 切り札だと言われてしまえば、しかたがない。
 今すぐにでも前線に飛び出して敵を蹴散らしたい気持ちをグッとこらえ、ジャハーンギルは今の今まで我慢し続けてきたのだ。
 そして、ついに自分の出番がやってきたのである。
 しかも、それはこの戦いの最終局面という大舞台で、殿(しんがり)となって敵の追撃を阻むという大役なのだ。
 これに興奮せずにいられるジャハーンギルではない。
「我を見よ! 我を知れ! 我こそは竜将ジャハーンギル!」
 いつになく激しい闘争心に燃えたジャハーンギルは、その叫びとともに愛用の鎖つきの鉄球を熟練兵たちへ目がけて投じた。
 ただ投げたといっても、それは人の頭ほどもある鉄球である。しかも、ジャハーンギルの怪力によるものとなれば、もはやその威力は砲弾と変わりない。
 鉄球は「黒壁」御自慢の盾を粉砕すると、その向こうにいた熟練兵を吹き飛ばし、亀甲隊形の奥深くに突き刺さった。
 そのあまりの威力に呆気に取られる熟練兵を前に、さらにジャハーンギルは鉄球とつながる太い鎖を握った腕を大きく振るう。すると、鎖は身をくねらせる大蛇のように左右に振れ、周囲にいた熟練兵たちをなぎ倒した。
 しかし、それだけではジャハーンギルの猛攻は終わらない。
 ジャハーンギルは雄叫びを上げて亀甲隊形にできた亀裂に突っ込むと、その猛威をいかんなく発揮した。
 その腕の一振りごとに、熟練兵数人が血しぶきを上げながら木端(こっぱ)のように宙を舞い、次々と河へと叩き落とされる。熟練兵の数名が決死の覚悟で足に組みつこうとするが、彼らはジャハーンギルにことごとく踏み潰され、橋の上で血反吐を吐いて絶命した。
 これにはさすがの「黒壁」熟練兵隊もたじろいだ。
「何なんだ、あの化け物はっ?! ディノサウリアンといっても、限度があるだろう!」
 そもそも人間よりはるかに強靭なディノサウリアンを倒すには、長柄の武器を使って多人数でいっせいに襲いかからねばならない。
 ところが、橋の上では同時にかかれたとしても、せいぜい三人が限度。それでは、あの化け物のようなディノサウリアンをとうてい倒せるとは思えなかった。
 熟練兵たちは「黒壁」のためならば、死をも恐れない。
 だが、無駄死にだけは恐れる。
 そして、この状況でジャハーンギルに戦いを挑むのは、まさに無駄死にでしかない。
 ジリジリと後退する熟練兵たちの姿に、調子に乗ったジャハーンギルは、そのまま橋を渡って向こう岸まで攻め入ろうとした。
「親父! 俺たちは、橋で敵を食い止めろって言われただろ!」
 そんなジャハーンギルを制止したのは、彼の三男のパールシャーである。
 普段ならば息子の言葉などには耳も貸さないジャハーンギルであったが、この時ばかりはピタリと足を止めた。そして、キョロキョロと周囲を見回して自分の位置を確認したかと思うと、突然くるりと敵に背を向けたのである。
 これには熟練兵たちも虚を突かれた。
 今がジャハーンギルを討つ恰好の好機だというのに、橋の中ほどへとノシノシと戻る背中を見送ってしまったのだ。
 しばらくして、ようやく我に返った熟練兵たちが剣を手にジャハーンギルの背中に殺到した。
 だが、その熟練兵の前にメフルザード、ニユーシャー、パールシャーの三兄弟が割って入る。三兄弟はそれぞれの手にした獲物によって、熟練兵たちを次々と斬り倒し、叩き潰し、突き殺していった。
 しかし、ジャハーンギルは、そんな息子たちの奮戦にも見向きもしない。橋の中ほどまで戻ると、何を思ったのかジャハーンギルは後方の蒼馬がいる辺りに向かって大きく胸を張った。
 そして、鼻息も荒く、こう叫ぶ。
(われ)万夫不当(ばんぷふとう)!」

挿絵(By みてみん)
 更新をお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
 先週半ばに風邪をひいたため執筆が滞ってしまいました。
 布団の中で何もできないのがつらいので、かねてより欲しかった最強アイテム「ポメラDM200」を購入! これぞ後れを挽回する最善の手とばかりに、土日の二日間かけて喫茶店で執筆。ところが書き上げた文章をポメラの操作に慣れていないため、誤って喪失。
 これが蒼馬の「最善を最悪に変える」というフレーズを産んだという、冗談のような本当の話がありました。

今回も長くなったので前後編。前話で蒼馬が(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブルだった理由は次話で説明されます。というか、もうバレバレですが・・・
+注意+
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