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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第68話 スノムタの屈辱8-黒壁(前)

 重装槍歩兵による密集陣形の中から、激しく太鼓が乱打される音が鳴り響く。
 それに、いったい何事かと投石の手を休めるゾアンたちの前で、重装槍歩兵たちがザッと音を立てて動き始めた。前列の一部が後退し、その穴を埋めるように隣の部隊が横にずれる。そして、そのずれた部隊の後ろから、新たな部隊が前へと出て来た。
 そうして出て来た重装槍歩兵たちの装備は黒一色。
「ついに出て来たか!」
 ガラムは緊張を帯びた声で言う。
 父祖らから何度となく話に聞かされてきたホルメア国の黒い兵士たち――「黒壁」の重装槍歩兵に間違いない。
 ゾアンたちが注視する中で重装槍歩兵の密集陣形の壁の色が、まるで舞台の早変わりの仕掛けでも見ているかのように赤茶色から黒へと変わった。
「総員、盾構えっ!」
 前列と中列の交代が終わるとガイウス連隊長の掛け声とともに、いっせいに黒い盾が壁のように並べられる。
「――槍、構えっ!」
 続いて、穂先だけを白く輝かせた黒く長い柄の槍がいっせいに突き出される。
「――前進せよっ!」
 そして、軍靴の音も高らかに前へと進み出した。
 それに、これが「黒壁」か、とガラムは息を飲む。
 盾を構え、槍を突き出して前に進む。
 たったそれだけでもこれまでとは別格の敵だというのが良くわかる。
 先程までの重装槍歩兵たちによる統率の取れたと思っていた動きも、今の動きの前では稚拙なものでしかなかった。これは一糸乱れぬどころか、あたかも合わせ鏡のように同じ人間が無数に映っていると言われた方が納得できるほどの統率だ。
 そして、それにもましてすごいのが、この圧迫感である。
 まだ相手はこちらへ向かって進軍しているだけだというのに、大嵐の風に立ち向かった時のように、ちょっとでも気を抜けば後ろに吹き飛ばされてしまうような威圧感を受けた。
「攻撃だ! 投石をせよ!」
 敵の威圧感に呑まれている戦士らに向けて、ガラムは叫ぶ。
 それにようやく我に返ったゾアンの戦士らは、慌てて投石紐による投石を再開した。
 しかし、投石を開始してからすぐにゾアンの戦士たちは顔に困惑の色を浮かべる。
 その気持ちは、ガラムにもわかった。
 投石の手ごたえが、先程までと違うのだ。
 それまでは、たとえ盾で防がれていても、相手に痛手を負わせた手ごたえがあった。しかし、それが一変したのである。
 まるで巨岩を徒手空拳で殴りつけた時のように、こちらの攻撃が通じないばかりか、かえってこちらが痛手を負ってしまう。そんな手ごたえである。
 そのガラムの直感は間違いではなかった。
 前面に押し出してきた「黒壁」の重装槍歩兵たちが持つ盾は、他のものより厚みがあり、また金属での補強部分も多い特注の盾である。たとえゾアンの筋力によって投じられる石でも、難なく弾き返すという代物だ。
 しかし、それだけに重量もあり、並の兵士では手に余るものだった。
 だが、「黒壁」への入団試験のひとつに、この盾にさらに(おもり)をつけた上で、一日中構え続けるというものがある。しかも、意地の悪い先輩らが容赦なく棒を突き入れ、石を投げつけるのを防御しなければならないというものだ。
 密集陣形において盾は自分の身を守るだけではなく、隣の仲間を守るものでもある。そのため、もし少しでも盾を下げようものならば、「貴様は隣の友を殺すつもりか!」と容赦ない罵声と鉄拳を浴びせかけられるのだ。
 そんな試験に合格し、さらに鍛錬を積んだ「黒壁」の重装槍歩兵たちは、この重い盾ですら難なく保持し続けられる。
 しかも、「黒壁」の兵たちは、単に重装備に頼っているわけではない。
 彼らは投石が当たる寸前に、盾をわずかに傾けるのだ。角度をつけて受けられた投石は、直撃せずに弾かれてしまう。そのため盾の損傷は驚くほど少なかった。
 その光景に、ガラムの背筋の毛が逆立ってくる。
 この雨あられのように投げつけられる投石を見極め、とっさにそれに反応できるとは、いったいどれほどの修練を積んでいるのか想像もつかない。
 さらに敵の前進する速度も、先程とは段違いだ。投石をものともせず、ずんずんとこちらへ攻め寄ってくる。
「獣どもめ、どうした?! 石投げ遊びにつきあってやっているのだ。もっと気合いを入れてかかってこい!」
 馬上で傲然(ごうぜん)と胸を反らしてうそぶくガイウス連隊長に、近くにいた大隊長が言う。
「連隊長殿! 閣下の訓練を思い出しますな!」
 それにガイウス連隊長はうなずく。
「うむ。――お互いに毎日身体中に青痣(あおあざ)を作ったな」
「痛さのあまり、夜も眠れませんでしたな」
「顔までボコボコにされ、せっかくの美男だった俺も今ではこの面だ」
「ハッハッハッ! 連隊長殿の顔は、生まれつきのものではありませんか!」
 そして、ふたりして大きな笑い声を上げた。
 ゾアンの投石を嘲笑ったガイウス連隊長だが、口で言うほど甘くは見ていない。部下の大隊長とのこのやり取りも、自分らは投石の訓練を十分積んでいるのだぞと兵らに暗に伝え、冗談をもって緊張をほぐそうという意図のものである。
 そのガイウス連隊長の狙いどおり、その十全の力を発揮した「黒壁」の重装槍歩兵の進撃を前に、たまらずガラムは後退を指示する。
「みんな下がれ!」
 ガラムの号令とともに打ち鳴らされるシシュルの太鼓の音に、ゾアンたちはいっせいに後退を始めた。
 そのとたん、最前列にいた「黒壁」の中隊の隊長たちが声を上げる。
「開っ! 速っ!」
 そのとたん互いに密着状態だった重装槍歩兵らが、わずかに互いの間を空けた。それとともに早歩きぐらいだった進軍の足が早まる。
「全軍停止! 攻撃開始……?!」
 そうとは知らずに、先程までと同じく十分距離を取ったつもりで再攻撃を指示しながら振り返ったガラムは、ぎょっとする。まだ投石するには十分な距離ではあるが、明らかにそれまでとは距離が空けられていない。
 それでもゾアンの戦士たちが投石を開始しようとすると、それよりも早く再び「黒壁」の中隊長たちが声を上げた。
「閉っ! 堅っ!」
 中隊長の号令とともに重装槍歩兵たちは速度を落とすと、再び互いに密着するように間を詰めて防御態勢を整える。それは、あたかも巨大な貝が捕食者の接近に気づき、開いていた口を閉じる姿を思い起こさせる光景であった。
 そして、その防御と言ったら貝というより、まさに黒鉄(くろがね)の壁だ。そのくせ、あれほど密集しているというのに、それを感じさせない速度でこちらに向かってくるのだから、ゾアンたちが投石を準備する間がほとんどない。
「みんな下がれ!」
 大半の戦士が投石をひとつ投げられた程度で、ガラムは後退を指示しなくてはならなくなってしまった。
「おい、ガラム! これは思った以上に奴らはやるぞ!」
 同胞たちとともに四つ足になって後退するガラムに、ズーグが併走しながら声を張り上げた。それにガラムも同意する。
「あれでは親父たちがやられたのも無理はない。意地を張って、戦士らに無駄な損害を出したくない。このまま退くぞ! ――ズーグ、そちらは任せた!」
「おうさ! そっちもしくじるなよ!」
 互いに笑みを交わし合った黒と赤のゾアンの勇者たちは、二手に分かれて走り始めた。

               ◆◇◆◇◆

「ふははははっ! どうした、獣どもめ! どこまで退くつもりだ?!」
 撤退を余儀なくされるゾアンたちに、ガイウス連隊長は高笑いを上げる。
「もうすぐ貴様らの本陣だぞ? もはや退く場所などありはしないのだ!」
 あれほど前へ突出していたゾアンたちも、「黒壁」によって押し込まれ、気づけば本陣のある砦の近くまで後退していた。これ以上は退く余地はなく、せいぜい本陣と合流するぐらいしかないだろう。
 しかし、本陣と合流とは言っても、そこにいるのは、せいぜい二、三百人ほど。その程度の小勢と合流したところで、今の大勢(たいせい)を覆しようもない。この勢いのままゾアンごと本陣を押しつぶしてしまえばよいのだ。
 そう勝利を確信したガイウス連隊長であったが、彼が予想もしなかった事態が発生する。
 何と、本陣の手前まで退いたゾアンたちが二手に分かれると、そのまま自分らの本陣を避けるようにして左右へと撤退を始めたのである。
 これにはガイウス連隊長も呆気に取られてしまう。
「奴らは馬鹿なのか? これでは本陣が丸見えではないか!」
 ガイウス連隊長が言ったように、ゾアンたちが左右へ分かれて撤退してしまったため、その後ろにあった敵本陣の姿が自分らの前にさらけ出されてしまったのである。
「こ、これは、いったいどういうことでしょう?」
 部下の大隊長が困惑するのも無理はない。
 さらけ出された敵本陣には、反乱奴隷たちの頭目である「破壊の御子」を名乗る男の大将旗が(ひるがえ)っているのだ。あそこに敵の頭目がいる本陣なのは間違いない。
 指揮官がいる本陣とは、いわば軍の頭部である。それなのに、その頭を捨てて身体だけが逃げるようなものだ。とうてい考えられない事態であった。
「しょせんは複数の亜人種どもの寄せ集め。不利を悟り、他種族を見捨ててでも逃げるのを選んだのだろう」
 もっとも妥当と思われる予測を口にするガイウス連隊長に、大隊長が問いかける。
「ゾアンどもを追撃いたしますか?」
 今後、あの投石攻撃をここよりも広い戦場で行われれば、それが「黒壁」といえど苦慮するに違いない。この場で徹底的にゾアンたちを叩いておいて、今後の憂いを減らしたいところだ。
 しかし、ガイウス連隊長はすぐさま否定する。
「無理だ。やめておけ」
 四つ足となって本気で逃げるゾアンを人間の足で追いつけるはずもない。それに、それよりも目の前にある敵本陣を突く方が重要である。あそこさえ攻め落とせば、それでこの戦いは勝利で終わるのだ。
 そして、敵の大将旗を掲げている集団が、今さらながら慌てふためいて砦の中に逃げ込もうとしている姿が見える。
 たとえ即席の砦とはいえ、立てこもられるのは面倒だ。しかし、今ならば砦の扉が閉まる前にたどり着けるだろう。
 そう判断したガイウス連隊長は吠える。
「このまま前進! 敵の指揮官を圧殺せよっ!」

挿絵(By みてみん)
予定より文章量が増えたので前後編で分割 orz
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