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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第63話 スノムタの屈辱3-騎射

「……あれは、騎兵か?」
 ラキウス将軍が呟いたとおり、土煙を蹴立てて敵の部隊の中から飛び出したのは、およそ百を数える馬にまたがったエルフたちである。
 その光景にラキウス将軍が最初に思い浮かべたのは、開戦の口上を述べる軍使なのか、というものだった。
 しかし、すでに互いに開戦の太鼓を打ち鳴らした後である。それなのに開戦の口上とは今さらだ。
 次に、早くも降伏を申し入れに来たのかと考えたが、それもないだろう。いくらなんでも、矢の一本射らずに降伏してくるとは思えない。
 それに降伏するならば、恭順を示す青い旗を掲げるのが習わしである。それが掲げられていないということは、あの騎兵たちは戦う意志があるということだ。
 だが、それならばなぜたった百騎だけなのかがわからなかった。
 馬は元来、臆病な生き物である。盾を構えて陣形を組んだ兵士たちを前にすれば、そのはるか手前で(おび)えてたたらを踏むだろう。騎兵にやれることといえば、馬に乗った人という形で敵を圧倒するか、馬の突進力を乗せた投槍によって攻撃するぐらいである。
 しかし、そうだとすれば歩兵を随伴(ずいはん)させていないのは変だ。せっかく騎馬の姿で圧倒し、投槍でこちらの陣形を乱したとしても、臆病な馬ではその乱れを突くことはできない。陣形の乱れたところへ突入させて、その傷口を広げる歩兵がいなければ意味はないのだ。
 では、いったいあの騎兵は何なのだ?
 そうこう考えているうちにも、エルフの騎兵たちは距離を詰めてくる。
「総員、止まれ! 敵は軽騎兵だ!」
 このまま迫ってくる騎兵に何の対処もしないわけにはいかない。ラキウス将軍は向かってくるエルフの騎兵たちを投槍によって攻撃をしてくる軽騎兵と決めて、兵に指示を出す。
「弓兵は矢をつがえよ! 軽装歩兵は盾を構えろ! 声を上げ、盾を打ち鳴らせ!」
 その機動力を活かして側面や後背に回り込んで攻撃してくる軽騎兵は難敵である。しかし、ああしてこちらが構えているところに真正面から来るのならば、話は違う。
 何しろ軽騎兵はその敏捷さを損なわないように、身に着けても軽装の鎧がせいぜいだ。まずは、こちらの射程に入ったところで矢の雨を降らす。それでも突っ込んでくるのならば、軽装歩兵の投槍で出迎えてやる。それだけで、たかが百騎程度ならば十分だ。
 エルフの騎兵たちが矢の射程に入り次第、射撃の号令を出すためにラキウス将軍は、その右手を上げた。
 ところが、である。
 エルフの騎兵たちは、矢の射程に入る手前で不意に横へと進路を変えてしまったのだ。
 こちらに馬の横腹を見せるように走らせるエルフの騎兵たちに、ラキウス将軍は困惑する。
 投槍で攻撃するのならば、敵を正面にしなければならない。馬にまたがって腰が固定された状態では、槍を投げるのにも上半身の力しか使えないからだ。それでは馬の突進力を乗せでもしなければ、とうてい人を殺せるほどの威力で投げられるものではない。
 こちらの兵たちの威嚇に驚いて、馬が勝手に逃げたのかとも考えた。
 だが、それにしてはその背中にまたがるエルフたちに馬の進路を変えようとしている様子はない。
 ああして馬の横腹を見せながら走らせて、どうしようというのだ?
 困惑しながらも、エルフの騎兵たちの様子を見定めようと目を細めたラキウス将軍だったが、そこで信じられない光景を目にする。
 走り続ける馬の背の上で、エルフの騎兵たちが上半身をひねって、こちらに何かを向けているのだ。その格好は投槍を構えているものではない。
 それはまるで――。
 ラキウス将軍は、ハッと気づく。
「……弓? まさか、馬上で弓を……?」
 ラキウス将軍の口から正答が洩れたとき、エルフの騎兵たちはいっせいに矢を放った。
 まだ距離が離れていたこともあり、エルフの騎兵の出方を見るために盾の陰から身体を出していた不運な兵士たちが、何人もその矢に当たり苦鳴を上げて地に倒れる。
 今さら慌てふためいて盾の後ろに隠れようとする兵士らに、エルフの騎兵たちは駆け続ける馬にまたがったまま次から次へと矢を射かけてくるのだ。
 しかも、それはただの矢ではない。こちらの弓矢の射程の外からだというのに、エルフの騎兵たちの矢は軽装歩兵が構えていた盾に突き立つと、しばらくその尾羽が震え続けるほどの威力を持っていたのである
 その光景にラキウス将軍は戦慄(せんりつ)した。
 遠目で見る限りエルフたちが持っている弓は短弓ほどの大きさでしかない。それなのに、こちらの弓を上回る射程に加え、この威力。これは、噂に聞くエルフィンボウでしかあり得ない。
 しかし、ラキウス将軍を戦慄させたのは、弓兵たちにとっては伝説の武器ともいえるエルフィンボウの存在ではなかった。
「ばっ、馬鹿なっ! なぜ騎兵が矢を?! どういうことだっ!」
 ラキウス将軍は困惑と恐れを込めて、誰にともなく怒鳴り散らした。
 おそらく現代人の多くは、このときのラキウス将軍の驚きと困惑は理解できないだろう。
 それほど馬上で弓矢を用いるということは、この世界ではありえないことだったのだ。
 それを説明にするには、セルデアス大陸の騎兵と戦車の歴史を語らねばならない。
 この世界において戦場での騎乗用の動物といえば、馬か騎竜のことである。
 ところが、古代のセルデアス大陸西域には馬や騎竜が生息していなかったのだ。
 その代わりに多くいたのは牛である。だが、生命の危険を感じればそれなりの速度で走る牛だが、ゆっくり歩く様を「牛歩」と言うように、その普段の脚は遅い。そのため騎乗用にはあまり適さない動物であった。
 そんな西域に最初に持ち込まれたのが、騎竜である。
 力や持久性では牛に劣るものの、二本脚で駆ける騎竜は人並みかそれ以上の速度で走ることができた。これに多くの国の王や将軍らは歓喜する。この騎竜を活用して兵を戦場で素早く動かせれば、これまでとは比較にならないぐらい戦術の幅が広げられるのだ。各国は先を競うようにして、この騎竜を買い求めたのである。
 しかし、それは騎乗用ではなく、もっぱら戦車を曳くためのものであった。
 それは、騎竜もまた騎乗用の動物としては、大きな欠点を持っていたからである。
 太くたくましい二本の後ろ脚で駆ける騎竜だが、その体型のために人が騎乗しようとすると脚の真上あたりの背に腰を下ろさなくてはいけない。だが、それでは騎竜が駆けるときの衝撃や揺れが騎乗した人に直接伝わってしまう。
 その衝撃や揺れは大きく、歩かせている時ならばともかく、走らせるとなると、もはやまたがるというよりしがみついていなければならないほどである。
 その光景を思い浮かべる手助けとなるのは、こちらの世界で行われているダチョウレースであろう。
 騎竜と同じ二本脚で駆けるダチョウを使ったこのレースの光景を映した映像は、動画投稿サイトでいくつも観ることができる。それらを観ればわかるように、大半の騎手は途中で振り落とされ、ダチョウだけがゴールするという展開もざらなのだ。むしろ騎手がゴールまで振り落とされずにしがみついていられるかを競うレースと言っても過言ではない。
 ダチョウよりも体格が大きく、またこの世界で独自に発展した(くら)があるとはいえ、二本脚の騎竜に乗るのがいかに大変なことなのか容易に想像できるだろう。
 また、騎竜にとっては人を背中に乗せて走るのは、大変どころの話ではない。その二本脚だけで甲冑を身に着けた人ひとりを背負わなくてはならないのだから、その負担は大きい。
 それに比べれば車輪のついた箱――戦車を曳く方が、はるかに楽なのだ。
 それは人間にとっても同様である。
 両手両足を使って必死に騎竜の胴にしがみつくよりかは、自分の足で立ってバランスを取れる戦車の方が、その負担ばかりか行動の選択肢の幅も広がる。
 このような理由から、西域ではまず戦車が発展したのである。
 しかし、だからといって騎兵がいなかったわけではない。
 戦車は地面の凹凸が激しいところや森などの障害物が多いところでは運用できず、また小回りが利かないなどの欠点も多い。そうした戦車が運用しにくい場所やより俊敏さが求められる伝令兵などでは、騎竜に直接またがる騎兵が使われてきたのである。
 その後、騎竜よりもはるかに乗りやすい馬が西域にもたらされても、それは大きく変わることはなかった。
 またがる場所が前後の脚の間にある胴体であり、騎竜よりも衝撃や揺れが小さい馬ですら、駆けさせるときには太腿で鞍ごと馬の胴体を締めるようにし、さらには鞍の突起を片手で掴んでいなければならない。
 そのため、騎兵の武器は、片手で扱えるものに限られていた。漫画や映画のように、長柄の武器を振り回すことなどできるはずもなく、ましてや両手を使う弓などは論外なのだ。
 しかし、現代日本人である蒼馬は違った。
 現代日本でも騎射の稽古であった流鏑馬(やぶさめ)は神事や競技大会などという形で残されている。また世界最大の版図を誇ったモンゴル帝国の礎ともなったのは、弓騎兵であるのは有名な話だ。
 そんな蒼馬にとっては、今後の戦いにおいて大きな力となるであろう弓騎兵を作り上げるのは、必然だったのである。
 そのため、蒼馬はボルニスを統治するようになった五年前から、すでにジェボアの商人ヨアシュを通じて大量の馬を購入し、その飼育と繁殖に莫大な予算をつぎ込んでいたのだ。
 しかし、そうして大量の馬を用意したからといって、そう簡単に弓騎兵は作れなかった。
 なぜならば、弓術にしろ馬術にしろ、それを習熟させるには驚くほどの時間がかかるからだ。ましてや、そのふたつを兼ね備えなければならないとなると、何十年かかるかわからなかった。
 それでも弓騎兵を諦められない蒼馬が白羽の矢を立てたのは、エルフの女性たちである。
 すでに十分な弓矢の技量を持つ彼女らならば、後は馬術だけを身に着けさせればよい。単純に考えれば、一から弓騎兵を育てるより、エルフの女性たちならば半分の時間ですむだろう。
 そう考えてエルフの女性たちにやらせてみた弓騎兵としての訓練だったが、そこで彼女たちは思わぬ力を発揮した。
 地上とは勝手が違うはずの騎射だったが、彼女たちは馬上において前後左右はもちろんのこと身体をひねって真後ろへも矢を簡単に射ることができたのだ。
 それができたのは、エルフが深い森の中で樹上生活をしていたせいである。
 エルフたちは狩猟をするときも地上に下りず、樹上から獲物を狩っていた。
 そのため、揺れ動く枝を足場にし、そこから射線を遮る枝葉の隙間を狙うために身体を反らしたりねじったり、また時には樹の幹に足をからませるだけで身体を固定して矢を射るのも珍しくはなかった。
 そうした不安定な状態でも正確に矢を射られるという特技が、エルフには備わっていたのだ。
 そんなエルフの彼女たちにとってすれば、蒼馬がこの世界にもたらした乗馬を補助する画期的な道具である(あぶみ)がついた馬からの射撃は、そう難しいものではなかったのである。
 エルフに、蒼馬のもたらした鐙。
 このふたつが合わさり、初めて弓騎兵が誕生したのである。
 しかし、エルフはともかくとして、蒼馬は鐙の存在を秘匿しているわけではなく、ホルメア国でも弓騎兵が生まれる可能性があった。事実、この五年の間に鐙の有用性はジェボアの商人を介してホルメア国にも広まりつつあった。
 ところが、ホルメア国はあえて騎兵に鐙を導入しようとはしなかったのだ。
 それは、既得権益を守るためである。
 これまで何度も述べたように、乗馬技術を学ぶには幼年期からの修練と乗る馬を維持するだけの富が必要であった。そのため、国からの援助を受けるか、貴族や富豪などの子弟に限られていたのである。
 つまり馬に乗れるということ自体が、一種のステータスだったのだ。
 しかし、その乗馬を容易(たやす)くする鐙は、いわば既得権益を侵害するものに他ならない。そのため、ホルメア国の貴族らは、鐙を「野蛮な道具」や「未熟者の杖」と卑下し、否定しなければならなかったのである。
 そして、ホルメア国は今その(あなど)りを高い代価として支払うことになった。
「どうした、貴様ら! なぜ矢を当てられぬのだ?!」
 ラキウス将軍が、配下の弓兵たちに向けて怒鳴り散らすのも無理はない。
 自らの動揺を飲み込み、兵たちを叱咤して、ようやくこちらからも矢を飛ばせるようになったのだが、その大半の矢はエルフの弓騎兵に届きすらしなかった。ようやく届いた矢もエルフ弓騎兵たちが通り過ぎた後の地面に突き立つばかりで、いっこうに命中する気配がないのだ。
 それに比べて、エルフの弓騎兵隊の矢は面白いようにこちらに当ててくるとあっては、ラキウス将軍でなくとも怒り狂うだろう。
 だが、この結果も当然だった。
 高速で移動する乗物から動かない的に当てるのと、その逆では難易度に大きな差がある。当然、高速で移動している乗物から動かない的に当てる方が、簡単なのだ。
 ましてやホルメア国軍の弓兵部隊は、その数にものを言わせて敵に大量の矢を降らせるのを目的として二千からの人間が密集している状態である。エルフ弓騎兵たちは矢を当てるだけならば、さほど狙いをつけずに射ても良いのだ。
 これでは勝負になるわけがない。
 さらに、こちらの矢が当たらぬのを良いことに、エルフの騎兵たちは蛇行するように馬を走らせながら、じょじょに距離を詰めてきていた。今は大盾のおかげで深刻な被害は出ていないが、このまま距離が縮まって矢の精度と威力が増していけば、こちらの被害は大きくなる。
 しかし、それでもラキウス将軍はエルフ弓騎兵に対して何ら有効的な手が見出せなかったのだ。
 そして、この光景には、ラキウス将軍のみならず討伐軍の後方にひかえていたアレクシウス王子や諸侯のみならず百戦錬磨の「黒壁」の将校らも激しい衝撃を覚えていた。
 彼らもまた自らが馬や騎竜にまたがり、それを知るだけに、エルフの弓騎兵がいかにこの世界では規格外な存在であるかを知っていたのだ。
 かつて古代ローマ帝国と敵対したパルティア人たちは偽装撤退し、追撃してきたローマ兵たちに向けて馬上で後ろ向きになって矢を射かける戦法を得意としていた。これはパルティアンショットと呼ばれ、現代では「捨て台詞」という意味にもなっている。
 また射手座ともなっている半人半馬の怪物ケンタウロスは、古代ギリシア人の馬に乗って弓矢を使う遊牧民族スキタイ人への恐れから生まれたという説がある。
 すなわち騎射とは、古代から現代でも日常に使われる慣用句を生み出し、また伝説ともなる人馬一体の怪物が作り上げられるほど衝撃をもたらすものだったのだ。
 これほどホルメア国の人間が動揺したのも無理はない。
 しかし、そうした動揺するホルメア国の将校の中にあって、ひとりだけ冷静にエルフ弓騎兵隊を見つめる男がいた。
「……閣下なら、こうおっしゃるだろうな」
 第一軍の前を右へ左へと馬を駆けさせながら矢を射続けるエルフ弓騎兵の姿を眺めながら、その男は言う。
「――くだらぬ。こけおどしにすぎぬ、と」
 ホルメア国最強の軍団「黒壁」の副軍団長ヒュアキスである。

挿絵(By みてみん)
 その男は、凡人である。
 その男は、凡将である。
 その男は、将軍の兜持ちである。
 そして、その男はホルメア最高の将軍にもっとも近いと言われた男である。

次話「スノムタの屈辱4-兜持ち」

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更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
年末の仕事が繁忙になったのと自宅の大掃除などで執筆時間が取れませんでした^^;
次回はもうちょっと早く更新する予定(予定は未定。決定にあらず)
そして、パルティアンショットを知っている読者多すぎヽ(`д´)ノ ウワァァァン

 今回は、薀蓄(うんちく)回。
 セルデアス大陸も、おおよそ地球と似たような戦車と騎兵の発展をたどっています。
 古代の地球でも人間は馬に乗るには苦労したそうです。
 あと、本作と同じく様々な作品で騎乗用のドラゴンを見かけますが、かねてより「あれって乗りにくいんじゃね?」と思っていました。
 作中にも書きましたが、衝撃や揺れが半端じゃないと思います。(あぶみ)があって腰を浮かせられれば多少はマシでしょうが、鐙がないと本当にしがみつくので精一杯でしょう。
 あと、馬の脚は構造上、常時爪先立ちの状態であるため長時間速く駆けられるそうです。
 それに対して獣脚類の恐竜に体格が近い騎乗用のドラゴンでは、短時間は馬並に駆けられても、長時間は無理だと思います。あと、馬は走って逃げるのに特化したため異常なまでに臆病だけど、肉も食べる騎竜なら威嚇してくる獲物を捕食するから馬より戦闘用に向いているかも。と、いろいろ想像するのは楽しいですね。
+注意+
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