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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第62話 スノムタの屈辱2-弓兵

 後世においてスノムタと呼ばれることになる平野に、開戦を告げる大太鼓の音が轟いた。
 その中をアレクシウスの第五軍から極彩色の派手な(いろどり)をした鳥の飾り羽をつけた兜をかぶり、純白のマントをたなびかせながら伝令兵が馬を駆る。
「伝令、伝令!」
 そう声を上げる伝令兵に、一般兵たちは慌てて道を空ける。下手に前を塞いだと思われれば斬り殺されてしまうからだ。
「アレクシウス殿下よりラキウス将軍への伝令! 兵を前に進めよ、とのことです!」
「伝令、ご苦労! 殿下には、このラキウスにお任せをと伝えよ」
 この第一軍を指揮するのは、国軍に所属する将軍ラキウスだ。
 彼が率いるのは、国軍と参陣した領主の一部の兵を合わせたおよそ二千の軍団である。その半数となる一千あまりは弓兵であった。
 弓兵の装備は、この当時としては平均的なものである。厚手の布を頬当てに垂らしたお椀状の青銅製の兜に、金属片をうろこ状に縫い付けた胴鎧と、足には脛まで革紐を巻きつけた革のサンダル。武器となるのは、その腰に吊るした短めの直刀と肩に担いだ弓だ。
 そして、残りの半数は軽装歩兵である。弓兵より視界を取らなくても良いため兜の頬当てが革ではなく金属となっている程度で、防具は弓兵とほとんど変わらない。
 大きな違いとなるのは、その手に持った盾だ。それは身長よりも大きな木の板に革を張り、金属片で補強をした大盾である。敵の弓兵との矢の応酬が始まれば、この大盾を持って二人組となった弓兵を敵の矢から守るのだ。
 また、その盾の裏側には三本から五本程度の短めの投槍が革紐で結びつけられている。もし敵が接近してきた場合には、それを投げつけて戦うのだ。
 ラキウス将軍は兜につけられた将軍位を示す紫色の房を揺らしながら声を張り上げる。
「皆の者、よく聞け! これより戦う敵はエルフの弓兵どもだ!」
 それに彼が率いる兵たちはどよめいた。
 優れたエルフの弓兵ひとりは、人間の弓兵十人に匹敵する。
 これはセルデアス大陸で広く知られるエルフの弓兵の強さを言い表した言葉だ。当然、若干の誇張はあるもののエルフがどれほど卓越した弓の腕前を持つかを表している。
 もちろん、同じ弓を扱う者であるホルメアの弓兵たちもそれは聞き及んでいた。
 しかし、動揺する兵たちを前に、ラキウス将軍はそれを笑い飛ばす。
「だが、恐れるに足らず! いくら優秀であろうとも、敵は少数! 我らの半分もおらず、また女ばかりだ! 俺たちの股倉の槍をくらわせてやれぬのが残念だが、代わりに矢をたっぷりとごちそうしてやろうではないか!」
 下品な冗談を交えて兵たちの緊張をほぐすと、さらに餌も目の前にちらつかせる。
「そして、エルフの弓兵を射殺すのは弓兵にとって最大の武勲ぞ! 明日の酒場で、酌婦(しゃくふ)どもに自分の武勇を語りたくば、見事エルフどもを射殺してこい!」
 それに弓兵たちは(ふる)い立ち、その手にした弓を高々と掲げて「おうっ!」と唱和した。兵らの士気が高まるのを見て取ったラキウス将軍は、右手を大きく振った。
「兵を前に進めよ!」
 それとともに太鼓が前進を意味する拍子で大きく打ち鳴らされる。その音に合わせ、第一軍の兵士らは軍靴の音も高らかに前進を始めた。

                    ◆◇◆◇◆

「お姉様。敵軍が動き出しました」
 敵の第一軍が動き出したのを見て取ったエルフの弓兵のひとりがエラディアへ声をかけた。
「開戦の口上を述べる軍使もなく、始めようというのですね」
 いつもの女官長服ではなく、色気のない短衣にズボンを穿()き、背中に弓と矢筒を背負ったエラディアは、あでやかな笑みを浮かべて皆に告げる。
「何の断りもなく女の肌に触れようとする無礼な殿方(とのがた)の横面を張り倒すのも、淑女(しゅくじょ)(たしな)み。その程度の嗜みは、心得ているでしょう?」
 エラディアの冗談に、エルフの女性らも冗談で返す。
「あら、お姉様。私は横面を張り倒すのではなく、てっきり股間を蹴り上げるものだとばかり思っておりました」
「私など踏み潰すものとばかり」
 しばらくエルフの女性たちは、ころころと笑い合った。
 それを聞いて(すく)み上がったのは、人間の男たちだ。
 エルフの弓兵に混ざって立つ彼らはすべて若い年頃の男たちばかりで、お仕着せのような軽装の鎧と身長よりも大きな盾を持っていた。彼らの多くは、ボルニスの街で行われた蒼馬の演説に感銘を受け、自ら軍に参加した志願兵たちである。
「新しく入った志願兵でかまいませんので、若い男を私の部隊にいただけないでしょうか?」
 出陣の演説から間もない頃、エラディアが蒼馬に願い出たのは自分の弓兵部隊への増員の要求であった。
 これを聞いた蒼馬は(いぶか)しげな顔をする。
 エラディアが率いる弓兵隊に所属するエルフの女性たちは、男たち――特に人間ともなれば近づくどころか、目にするのも嫌がると知っていた。エラディアたち女官ですら表面は笑顔を浮かべてはいるが、決して身近には寄せつけないのだ。それも、彼女らの経歴を考えれば当然であった。
 それなのに、わざわざ若い人間の男を部隊に入れるというエラディアの要求は意外である。何らかの理由があるのだろうとそれを尋ねると、エラディアはこう答えた。
「おそらく戦いの始まりは、矢の応酬となるでしょう。その際に防御用の大盾を持って敵の矢を防ぐ者が必要なのです」
 確かにこの世界の戦いは、最初に矢や投石などの射撃武器での応酬から始まる。
 正面からの矢の応酬ともなれば、いくらエルフたちが優秀な弓兵とはいえ、数の不利は否めない。せめて敵の矢を防ぎとめる防御用の大盾が欲しいのだろう。かといって、自分らの中から盾持ちを出しては、ただでさえ少ない弓兵がさらに減ってしまい、本末転倒となる。
 おそらく苦渋の決断なのだろうが、盾持ちの兵が欲しいと言うのもうなずける話だ。
 しかし、蒼馬は了承しかねた。
 何しろエラディアが要求したのは、新しく入ったばかりの志願兵である。まだ志願してから日も浅く、何の訓練もしていない彼らをいきなり戦場に投入しても役には立たないだろう。今は蒼馬の演説の熱に浮かされているが、実際の戦いという冷や水を浴びせかけられれば、それも消え失せるに決まっている。
 そんなことぐらい、エラディアが気づかぬはずがない。
 おそらくは、ただでさえ兵の少なさに頭を悩ませている自分のことを(おもんぱか)り、きちんと訓練した兵が欲しいとは言えないのだろう。
 そう推察した蒼馬は、エラディアに提案する。
「そういうことでしたならば、マルクロニスさんのところの兵を分けてもらえないか確認してみますよ」
 人間の兵の管理をしているのは、人将に任じられたマルクロニスだ。彼の下には、十分に訓練を積んだ人間の兵士たちが配属されている。
 もちろん、マルクロニスのところとて兵が余っているわけではない。しかし、開戦当初で相手の弓兵部隊を蹴散らす、とは言わないまでも退かせないことには、用意した策に支障をきたしてしまう。
 そのためにも、どうにか盾持ちの兵を捻出できないか、マルクロニスに何と言って相談を持ちかけようかと頭の片隅で考え始めた蒼馬に、エラディアは首を横に振って見せた。
「大丈夫でございます、ソーマ様」
 エラディアはニッコリと笑って見せる。
「私の姉妹たちが『一緒に行きましょう』とか『頼りにしています』と笑顔で声をかければ、素人だろうと百戦錬磨の兵士にも負けない踏ん張りを見せてくれるでしょう」
 ようは若い人間の男を色香で釣って、こき使おうというわけだ。そういうことならば自分の演説に感化されるような若くてうぶな男を要求したのも理解できる。
 しかし、そんなことをあでやかな笑みを浮かべて平然と言うのだから、恐ろしい。
 エラディアに圧倒された蒼馬は、こくこくとうなずくことしかできなかった。
 了承が得られたエラディアが立ち去ると、シェムルに向けて蒼馬は心の底からこう言った。
「女って怖いね……」
「私も女だが、あれは怖いぞ」
 シェムルもまた、しみじみと言ったものである。
 ふたりから怖い女と呼ばれたエラディアは、姉妹たちとひとしきり笑ってから、その口許(くちもと)を黒い布で覆う。
「やり方は各自に任せます。遠慮なくやりなさい。――では、野蛮な殿方を教育しに参りましょう!」
 同じように口許を黒い布で覆ったエルフの女性たちが「はいっ!」と唱和した。
「密集状態での矢の応酬となれば、数で劣る私たちが不利! 各隊の隊長は、自分の判断で適宜(てきぎ)味方との距離を空けながら前進!」
 その号令とともにエルフの女性らはいっせいに前へと歩き始めた。
 しかし、その中にあってエラディアとおよそ百名ばかりのエルフがその場に残った。自分とともに残った者たちへエラディアは笑いかける。
「さて、私たちも行きましょう。――相棒のご機嫌はよろしくて?」
 そう言いながらエラディアは自分の隣に立つ相棒の首筋をピシャリと軽く叩いた。

                    ◆◇◆◇◆

 味方同士で距離を取りながらこちらに進軍してくるエルフの弓兵たちに、ラキウス将軍は舌打ちを洩らした。
 通常、戦端を開く矢の応酬は、射程ぎりぎりのところから行われるものだ。そのため正確な狙いがつけられず、集団でいっせいに矢を放たなければ効果が薄い。
 ところが、エルフたちは密集せずに味方同士の距離を空けて、こちらに向かってきている。
 あのように敵の密度が薄くては、こちらの矢の大半が無駄になってしまう。それに対してエルフたちは自分らの技量で矢を集中させることで数の不利を補おうという算段なのだろう。
 それができると言わんばかりのエルフたちの隊列に、ラキウス将軍はかすかに不安を覚えていた。
 兵たちの手前、先程は恐れることはないと豪語したものの、ラキウス将軍もまたエルフの弓兵と戦うのは、これが初めてなのだ。
 しかし、それも無理はなかった。
 そもそもセルデアス大陸の西域には、エルフの数が少ない。
 それは平原が多い西域には、エルフが生活するような深い森が少ないからである。また、ただでさえ数少ないエルフはたいていが閉鎖的な森での環境を好み、よほどの変わり者でもなければ森の外には出てこない。ましてや傭兵となって戦いに参加する者となると、皆無に等しかった。
 そのため、この西域では歴戦の将軍といえど、エルフの弓兵部隊と交戦した経験を持つ者はほとんどいない。
 しかし、そんなラキウス将軍とてエルフの弓兵との矢の応酬をする愚かさは知っていた。
 このセルデアス大陸で軍事に関わる者にとって必読書ともなっている百年程前に大陸中央で活躍した帝国の名将インクディアスの書によれば、エルフの弓兵との正面からの矢の応酬は、ディノサウリアンとの乱戦やマーマンとの海戦などと並んで戦場で犯してはならない(あやま)ちのひとつとして挙げられているくらいだ。
 それほどエルフの弓が恐れられているのは、エルフがその耳で風の流れを読む優秀な射手だからだけではない。矢をつがえて引き絞った状態の弓を安定して保持できるというエルフの弓籠手と、そして何よりもエルフィンボウがあればこそだ。
 エルフィンボウといえば、短弓ほどの大きさでありながら長弓並の威力と射程を持つ弓である。弓を扱う者にとっては、もはや伝説の武器に等しいものだ。
 そして、驚いたことに反乱奴隷軍に加わるエルフの中に、その製造法を知る者がおり、すでにエルフィンボウが造られていると聞く。
 だが、とラキウス将軍は思った。
 一本の木から造られる丸木弓と異なり、エルフィンボウは様々な素材を貼り合せて造られるため、たった一張を造るのにも何か月――下手をすれば一年以上もかかるものらしい。
 それならばエルフを締め上げて製造法を聞き出し、ドワーフらも使って大量生産しておけば良いものを反乱奴隷の頭目はそれをしなかったそうだ。
 そのため、完成したのはわずか百張程だという。
 ならば恐れることはない。
 ラキウス将軍は、鼻息も荒く胸を張る。
 何にしろ、こちらにも切り札があるのだ。
 ラキウス将軍は、その視線を弓兵たちの中心へと向けた。
 そこにいるのは、異様な風体(ふうてい)の男たちだ。兜ではなく熊や山猫などの猛獣の毛皮を頭からかぶり、胴鎧の代わりに毛皮の胴衣を身に着けている。そして、肩には自分の身長よりも長い弓を担ぎ、まるで身体を(かし)げるようにして歩いていた。
 彼らはロマニア国よりさらに東に住むガウ族の狩人たちである。
 ガウ族はこれより二百年の後には歴史の中に消え去ってしまう運命にある少数民族だ。彼らについては「哲学者セネスの風聞録」において、次のように書かれている。
「ガウ族は毛皮をまとい、獣の肉を生で食す蛮族である。地を(たがや)すことを知らず、弓をもって獣を狩るのを生業(なりわい)としている。また、傭兵となる者もおり、そうした者は例外なく優れた弓兵である」
 そして、ガウ族の最大の特徴が、その弓だ。同じく「哲学者セネスの風聞録」に、こうある。
「ガウ族の狩人が持つ弓は、身長よりも大きい。この弓を使って普通の弓の倍以上も矢を飛ばす。この弓は習熟が難しく、長期間の訓練が必要だ。この弓を幼い頃から使うガウ族の男子は、左の胸から肩にかけて肉が山のように盛り上がっている。そのため、直立していても彼らは身体を(かたむ)けているように見える。右手の指も曲がったままで伸ばせない。だから、ガウ族の狩人を見分けるのは簡単なのだ」
 このように書かれているガウ族は、エルフが数少なかった古代セルデアス大陸西域においては間違いなく最強の弓兵であった。
 その最強の弓兵たちを連れてきたのは、「黒壁」の副軍団長ヒュアキスである。ヒュアキスは「知人から紹介された」といって、彼らを惜しげもなくラキウス将軍に譲ってくれたのだ。
 数においても圧倒的に有利であるばかりか、ガウ族の狩人たちもいるのだ。たとえエルフの弓兵といえども恐れることはない。
 そう自分に言い聞かせ、迫りくるエルフたちを見やったラキウス将軍だったが、その目を細める。
「何だ、あれは……?!」
 (いぶか)しげな声を上げるラキウス将軍が見つめる先では、エルフの弓兵たちの間から、何かが土煙を上げて飛び出してきていた。

挿絵(By みてみん)
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