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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第61話 スノムタの屈辱1-開戦

 スノムタの戦い。
 一般的には「スノムタの屈辱」という呼び名で知られる戦いだ。
 このスノムタの戦いは、ホルメア国と悪名高い「破壊の御子」との一大決戦である。この戦いが、この後の西域の歴史に与えた影響は大きい。それを証明するかのように、「西域史」をはじめ「哲学者セネスの風聞録」「ラミテスの叙事詩」などいくつかの文献の中において、この戦いに関する記述が見受けられる。
 しかし、いずれの文献においても、スノムタの戦いがどのようなものだったかについては不明確な部分が多い。そればかりか記述されている箇所についても、文献によっては差異があり、また場合によってはまったく真逆の内容が書かれているものさえあるのだ。
 そのため、現代においてスノムタの戦いを調べるには、複数の文献の記述を照らし合わせるなど多角的に考察する必要があるだろう。
 しかし、そうした内容の異なる記述がなされた複数の文献においても、ひとつだけ共通する点がある。
 それは、スノムタの戦いはホルメア国軍が「破壊の御子」の軍より多勢であったということだ。
 では、いったいどれほど双方の兵力に差があったのだろうか?
 ホルメア国側の兵力については、「ヒッポリオスの手記」が参考となる。これによれば、ホルメア国側の軍勢は、三万とも四万とも称していたという。著者のヒッポリオスはホルメア側の人間であったが、その個人的な手記にまで虚偽を含ませたとは考えにくい。そのため、これはホルメア国が実際に称していたものと考えて間違いないだろう。
 しかし、この数字をそのまま鵜呑(うの)みにするのは誤りである。
 当時は、味方を鼓舞し、敵を威圧するために、自軍の兵の総数を水増しして喧伝(けんでん)するのが普通であった。ヒッポリオス自身が真実を書いたとしても、その元となったホルメア国の公称がすでに水増しされた数字と見るべきだ。
 この当時、自軍の兵の総数を実数の五割から二倍増しして称するのが慣習であったという。それを踏まえれば、実数は公称の半分程度と考えた方が妥当である。
 さらに他の文献で見出されるホルメア国軍の隊列の長さや輜重(しちょう)隊の記録などの記述を考慮すると、その数は一万五千から二万程度だと推定される。これは公称の約半分であるという推測とほぼ同じ数字あり、実際もこれとあまり変わらない数字であったという裏付けとなるであろう。
 このような推定がなされるホルメア国軍に対して、「破壊の御子」側となるとさらにその推定は難しい。
 それは、ソーマ・キサキのせいである。彼は自軍の兵数を十倍以上も水増しして喧伝したかと思えば、逆に実際の半分以下の数を言い広めて敵の油断を誘うなど、その時々によって変えるため一貫性がないからだ。
 そのため、同じく「ヒッポリオスの手記」には、このとき「破壊の御子」は兵数を五千と公称していたとあるが、それが果たして水増しされたものなのか逆に過少されたものなのか判断するのが難しい。
 他の文献の記述を参考にしようにも、「破壊の御子」がスノムタの戦いに投じた兵の数は、その文献によってまちまちである。多いものではホルメア国とほぼ同数となる一万五千から、少ないものとなるとわずか一千程度であったというものまである。
 そのため、スノムタの戦いにおいて、「破壊の御子」がどれだけの兵を投じたかについては長年、歴史家の間の論争の種のひとつであった。
 しかし、近年になって発見された「シェムルの覚書」において、戦いを直前にしたソーマ・キサキ本人が口にした自軍の兵力についての記述が見つかっている。
 これによれば主力となるゾアンが四千人、エルフが四百人、ドワーフと人間がそれぞれ一千人を少し超える程度、ディノサウリアンとハーピュアンが合わせて百人程。合計すれば、およそ七千人から八千人程であったという。
 策謀が絡まないところにおいては、ソーマ・キサキは数字に細かい人間であったことでも知られている。そのソーマ・キサキが自分の半身とも信頼するシェムルに対してまで、わざわざ虚偽の数字を伝えたとはとうてい考えられない。そのことからも、この数字はかなり実態に近いものだったと考えて間違いないだろう。
 すなわち、スノムタの戦いはホルメア国軍一万五千から二万に対し、「破壊の御子」七千から八千という、およそ二倍の兵力差による戦いだったのだ。
 この二倍もの差がある両軍が布陣を終えて対峙(たいじ)したのは、ホルメア国の従軍書記の記述によれば「これより太陽がもっとも燃え上がらんとする(とき)」であったという。これは現代でいう午前九時から十一時にあたる。
 この時代は、日の出とともに兵が起床し、その後に食事をとらせてから布陣を行うため、どうしても時間がかかってしまう。しかし、それでもこれは時間がかかりすぎている。
 このように時間がかかったのは、討伐軍を率いたアレクシウスのせいだ。アレクシウスは兵たちに糧食を大盤振る舞いし、その上で食後の休憩まで与えていたのだ。これについて従軍書記は「さすがは王者の余裕」と称賛している。
 こうした従軍書記の残した記述から感じ取れる勝利を前提としているとしか思えない討伐軍の空気も、自軍の兵数が敵の二倍であったと考えれば当然であろう。
 しかし、その結末は今日、皆が知るところである。

                    ◆◇◆◇◆

 やや小高くなった丘の上に立ったアレクシウスはご満悦の表情を浮かべていた。
 眼下に広がるのは、布陣を終えた自軍の姿である。完全武装を整えた一万五千を超える兵士らが整然と布陣する光景は、アレクシウスでなくとも心を震わせるものがあった。
 アレクシウスは、やや顔を上げる。すると、はるか遠くにだが反乱奴隷たちがけなげにも自分らに対抗しようと布陣する光景が見て取れた。
 反乱奴隷たちも、こちらに合わせて軍を五つに分けているようである。
 遠目では定かではないが、まず手前にはエルフの弓兵と思われる四百ばかりの部隊がいた。その後ろには、おそらく反乱奴隷の主力であろうゾアンたちだ。その数は四千ばかりとなかなかのものである。しかし、それは各自が好き勝手に寄り集まっただけで、とうてい隊伍(たいご)とは言えないものだった。
 これでは、山賊や野盗の集団とまるで変わらないではないか。
 アレクシウスは失笑を洩らした。
 さらに、そんなゾアンの集団の両横にはドワーフと人間の混成部隊がふたつある。しかし、いずれも千人程度しかおらず、こちらの戦車部隊の敵ではないだろう。
 そして、それにもまして笑わせてくれるのが、敵の本陣だ。
 噂に聞く急造の砦の前に、これだけ遠くからでも見てわかるほど大きな黒旗が(ひるがえ)っている。あれが噂に聞く「破壊の御子」の大将旗なのであろう。あの旗の下に、この反乱奴隷たちの頭目がいると見て間違いない。
 ところが、その敵の大将がいる本陣だというのに、見える限りではたった百か二百程度しかいないのだ。おそらくは砦の中にも敵兵がいるのだろうが、それにしてもお粗末すぎる。
「殿下。何かおかしいことでも?」
 反乱奴隷の布陣をアレクシウスが嘲笑を浮かべて眺めていると、そこに黒い甲冑を身に着けた将校が声をかけてきた。それにアレクシウスは、わずかに眉をひそめる。
 見慣れぬ顔の将校だが、黒い甲冑を身に着けているところを見ると「黒壁」の将校らしい。しかし、「黒壁」の将校の中で、自分のそばに控えるのは、これまでずっとヒュアキスだったのだ。
「ヒュアキスは、どうした?」
 それに、その将校は素知らぬ顔で答える。
「ヒュアキス殿ならば、この戦いは傷つけられた我が国の威信を取り戻す大事な一戦。そのため、自ら『黒壁』を直接に指揮すると言い、第二軍の指揮を執っております」
 黒い兜を脱ぐと小脇に抱えて一礼する。
「今日だけはヒュアキス殿に代わり、このアドミウスが閣下のおそばに控えます」
 このアドミウスが、アレクシウスが率いる第五軍にいてもらいたいとヒュアキスから頼まれたのは昨晩のことである。その突然の頼みに、そのアドミウスは笑って尋ねた。
「さすがのおまえも、子守りには飽きたか?」
 子守りとは、「黒壁」の将校らの間でアレクシウスの補佐を皮肉った言葉である。アレクシウスが「黒壁」の将軍となって以来、ずっとその役目を引き受けていたヒュアキスを僚友たちは冗談をこめて「子守り役」と言っていたのだ。
「まあ、そのようなものだ」
 ヒュアキスは曖昧に答えたが、アドミウスにはわかっていた。
 この「黒壁」の中でも、ヒュアキスがもっともダリウス将軍の近くにいた将校である。そんな彼のダリウスへの尊敬と忠誠の念は、他の将校ですら認めざるを得ないものだ。
 そのヒュアキスが、ダリウス嫌いで知られるばかりか、事あるごとにダリウスを(おとし)める発言をするアレクシウスの補佐を務めてきたのは、ひとえにダリウスのホルメア国に尽くせと言う言葉からである。しかし、たとえダリウスの言葉があっても、それは忍耐の日々だったのだろう。
 そんなヒュアキスにとって、これから戦う相手は、そのダリウス将軍を打ち破り、将軍の名誉と経歴に泥を塗った憎い敵である。それを自分の手で打ち倒してやりたいというヒュアキスの気持ちは痛いほどわかった。
 しかし、アドミウスはあえてヒュアキスの想いに気づかぬふりをし、冗談めかして言ったものである。
「まあ、良いだろう。たまには子守りも悪くないものだ」
 そんなやり取りが交わされたとは知らないアレクシウスは、たかが反乱奴隷討伐にそこまで意気込まなくても良いものをと小さく笑いながら、アドミウスがそばに控えるのを許した。
 それに感謝の礼をひとつしてからアドミウスは言上する。
「殿下。すでに兵たちの準備は整いました。あとは、殿下の号令を待つばかりでございます」
 それにアレクシウスは、いかにも威厳があるように重くうなずいて見せた。
 それから自分専用の指揮官用の戦車に乗り込んだ。
 アレクシウスの乗ったのは、馬を六頭立てにした大型戦車であった。わざわざ指揮官以外に御者と太鼓の鼓手がひとりずつと護衛の戦士がふたり乗る六頭立ての戦車を選ぶあたり、彼のダリウスへのひそかな対抗心がうかがえる。
 しかし、ダリウスの大型戦車と大きく異なるのが、指揮官用の椅子がおよそ四メルト(約四メートルほど)の高さに組まれた(やぐら)の上にあることだ。これでアレクシウスは戦車にいながら、戦場全体を見渡して指揮を執るという。
 しかしながら、「黒壁」の将校の間では陰で「観客席」と呼ばれていることをアレクシウスは知らない。
「よし! 開戦の太鼓を叩けっ!」
 指揮官用の椅子に座ったアレクシウスの指示を受け、上半身が裸になった巨漢の鼓手(こしゅ)がその腕の筋肉を盛上げて、力いっぱい大太鼓を叩き始める。内臓を揺さぶるような大太鼓の音に合わせ、討伐軍の全兵士が手にした武器を打ち鳴らし、槍の石突で地面を突きながら「おうっ! おうっ!」と大音声を挙げる。
 それは遠く離れた蒼馬のところまで届いた。
 蒼馬は小さく苦笑を浮かべると、自分の右後ろに控えているシェムルに言う。
「どうやら、開戦前の軍使はないようだね」
 この時代でふたつの勢力が会戦を行う場合には、互いに自らの正統性を主張し、相手の非を唱える軍使同士の舌戦から入るのが普通である。それがないということは、ホルメア国軍はこちらを対等の敵とはみなさず、あくまで反乱奴隷として鎮圧するつもりなのだろう。
 まったくこちらを舐めてくれるものだと憤慨するシェムルに「だね」と同意してから、蒼馬も声を上げる。
「こちらも声を上げさせよう」
 シェムルは、こくりとうなずいてから、その腰に吊るしてあった太鼓を叩いた。すると、それに続いて、あちらこちらから連絡係のゾアンがシェムルの太鼓の拍子に合わせて太鼓を叩き始める。
 それにともないゾアンを皮切りに、皆も声を上げ始めた。
 そうして、互いの軍勢の気勢が最高潮に達したのを見計らったアレクシウスと蒼馬は、ほぼ同時に声を上げる。
「「兵を前に進めよっ!」」
 スノムタの戦い――またの名を「スノムタの屈辱」と呼ばれる戦いの始まりである。

挿絵(By みてみん)
地図にしてわかる数の違い。ちょっと差をつけすぎたか(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
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