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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第58話 逆鱗

 ホルメア国の最西端の街ルオマとコンテ河の渡し場の間にある小さな砦ガラフ。
 平時は二百人ばかりが常駐するだけの辺境の砦だ。だが、ボルニスの街の反乱奴隷が不穏な動きを見せるようになってからは、その五倍にあたる一千の兵が押し込められて、不測の事態に備えていた。
 ところが、現在はさらに多くの人間が、このガラフ砦に集まっていた。
 砦に新しくやってきたのは、渡し場を占拠した反乱奴隷たちを討伐するためにやってきた公称では三万人、実数でも二万人に近い討伐軍である。ただでさえ人で溢れ返っていたガラフ砦は、とうてい新しくやってきた二万人もの人員を収容しきれるはずもなく、討伐軍の多くは砦の周囲に天幕を張って野営していた。
「ここにおられる諸将並びに諸卿らには、今さら言うまでもないが、我らの目的は反乱を起こした奴隷どもの討伐である!」
 そうしたガラフ砦を取り囲むようにして設営された無数の天幕の中でも、一際大きな天幕の中で声を張り上げたのは、ホルメア国最強の軍団「黒壁」の実質的な指揮官であるヒュアキスであった。
 この天幕の中で行われていたのは、アレクシウス王子を筆頭に、「黒壁」の将校らに参陣してきた諸侯らなど、討伐軍の主だった面々が顔を合わせての軍議である。
「反乱奴隷どもはハリボテの砦によって兵を驚かして追い払ったというのは、すでに聞き及んでいると思う。その後、奴らはこの渡し場前に陣取り、上流の山々から伐り出してきた資材を運び込み、着々と砦の建設を進めているということだ」
 状況を周知させるヒュアキスが言葉を切ると、アレクシウスが問いかける。
「反乱奴隷どもは、いかほど砦に集まっている?」
「殿下にお答えします! 敵の総数は、およそ七千から八千。しかし、そのすべてを収容できるだけの大きな砦ではございません。どんなに詰め込んだとしても、せいぜい千人程度。奴隷どもの大半は、砦の手前に布陣していると斥候(せっこう)から報告が上がっております」
 それにアレクシウスは驚いた顔になる。
「ほう。それは意外であったな……」
 自分たち討伐軍の勢いを食い止める防壁として砦を使うものとアレクシウスは思っていた。そして、本隊は川向こうに後詰として置き、砦を突破した討伐軍を攻撃しながら後退する消耗戦に持ち込んで来るだろうと読んでいたのに、逆に砦の前に布陣するとは意外である。
「敵本隊が砦の前に布陣しているということは、奴隷どもはこの地で我らを迎え撃たんということか?」
「はっ! 殿下のおっしゃるとおりと思われます」
 ヒュアキスが同意するのに、アレクシウスは笑い声を上げた。
「何と愚かな奴らだ! たった一度、数に勝る軍勢を打ち破っただけで、調子に乗っているようだな」
 ひとしきり嘲り笑ったアレクシウスは、ヒュアキスに問う。
「して、ヒュアキスよ。図に乗っている奴隷どもに対し、我らはどのように対処する?」
「はい。我が軍を五つの部隊に分けようと考えております。――まず、弓兵大隊と軽装歩兵大隊からなる第一軍」
 ヒュアキスは天幕の中央に置かれた大きな卓に広げられた地図の上に、駒をひとつ置いた。
「『黒壁』を中核とした重装槍歩兵連隊からなる第二軍。参陣なされた諸侯の方々と、戦車と軽装歩兵を集めた第三、第四軍」
 次に最初に置いた駒の後ろに一番大きな駒を置き、さらにその左右に駒をひとつずつ置く。
「そして、最後方に第五軍を配置させます」
 最後に第四軍を示す駒のやや離れた後ろの位置に駒をひとつ置いた。
「まず、第一軍で戦端を開きます。弓矢と投槍にて敵の陣形を乱したところで、第二軍である重装槍歩兵連隊が密集陣形にて前進し、敵を粉砕いたします。第三、第四軍が第二軍の側面を守りつつ、機を見て両側面から攻撃を開始すれば、敵は一気に崩れましょう。
 そして、アレクシウス殿下は後方の第五軍にて全軍の指揮をお執りください。万が一、不測の事態が発生した場合には第五軍を率いて対処していただきます」
 アレクシウスは満足げに大きくうなずいて見せた。

挿絵(By みてみん)

 ヒュアキスの提言は、面白味のない定石どおりの戦い方である。しかし、こちらの兵数が敵を圧倒している現状では、下手に奇をてらった戦い方より、こうした真正面から大上段に構えて相手を叩き切るような正攻法こそ、その力を発揮できるというものだ。
 これには誰も異論はあるまいと思いつつ、軍議の慣例として「異論はないか?」と諸将や諸侯らに確認する。
「よろしいですかな、殿下」
 ところが、アレクシウスの予想に反して、諸侯のひとりが挙手をし、発言の許しを求めた。
 自分の思ったとおりにならなかったのに、わずかな不快感を覚えながらアレクシウスは、その領主の名前を記憶の底から拾い上げる。
「カントビアス男爵であったな。――許す。何か意見があれば述べられよ」
 その領主は、いち早くマーベン銅山陥落の報せを王都へもたらしたカントビアス男爵であった。カントビアス男爵は、今回の討伐軍にもどの諸侯よりも早く参陣していたのだ。
 カントビアス男爵は、まずアレクシウスに発言を許可してくれたことへ感謝の言葉を述べてから、おもむろに話し出した。
「ヒュアキス殿がおっしゃったように、反乱奴隷どもは渡し場に留まり、砦を造っていると聞きます。ならば、このまま我らが軍を進めていけば戦いとなるのは、この辺り」
 カントビアス男爵は、渡し場の手前に広がる平野を地図の上で指し示した。
「このコンテ河の渡し場とその周辺一帯は、起伏も少ない平野が広がっております。森や山などもなく、まさに大軍を展開させ、その力を発揮するに十分な土地でありましょう」
 そこで、カントビアス男爵はアレクシウスへ視線を向ける。すると、アレクシウスは「さもありなん」と言わんばかりにうなずいて見せた。
 一拍の間を置いてからカントビアス男爵は、噛み砕くようにゆっくりと告げる。
「それ故に、おかしくはございませぬか?」
 この言葉に、アレクシウスはわずかに眉を寄せた。
「この地は、誰がどのように見ても数に勝る敵軍を迎え撃てるような場所ではございません。むしろ大軍をもって寡兵(かへい)の敵を叩き潰すのにこそ利する地でございます。追い詰められて戦う場を選べなかったというのならばともかく、我らに先んじて兵を動かした反乱奴隷どもが、果たしてこのようなところを戦いの場に選ぶでしょうか?」
 アレクシウスは内心で、奴隷ごときがそれほど頭の回るものかと鼻で笑った。しかし、それを言葉にするよりも早く、ヒュアキスが「確かにおかしく思えますな」と賛同するような言葉を洩らしたため、その機会を失ってしまう。
「……なるほど。(けい)は、反乱奴隷どもに何らかの考えがあっての行動というのだな?」
「御意にございます。殿下」
 アレクシウスとカントビアス男爵のやり取りに、天幕の中にいた諸侯らからざわめき声が洩れた。
 いまだ反乱奴隷の奇襲部隊に領地を侵略される危険がある中で諸侯らがこの討伐軍に参加したのは、今度こそ反乱奴隷討伐が成功されるものと判断した上でのものである。ところが、ここにきて反乱奴隷がこちらに勝つつもりで動いていると聞かされたのだから、動揺せずにはいられなかった。
 今さら動揺を示す諸侯らとそのきっかけとなったカントビアス男爵に不快を覚えながらも、アレクシウスは地図を指し示す。
「だが、卿の言うとおり渡し場とその周囲は平野。とうてい策を(ろう)する余地などありはしない。もし、奴隷どもが策を弄しようとすれば、森や谷などがあるこのガラフ砦までとっくに進軍してきているだろう」
 動揺する諸侯らに言い聞かせるように、アレクシウスはゆっくりとした口調で言った。
「それでもなお(けい)は、『破壊の御子』とやらが何をたくらんでいると言うのだ?」
 アレクシウスの問いに、天幕の中の視線がカントビアス男爵に集まる。そうした視線の圧力を受けながら、カントビアス男爵はしばしの沈黙の後に、こう言った。
「……わかりませぬ」
「わからぬとは、どういうことだ?」
 苛立たしげなアレクシウスの追及の言葉にたじろぎながらも、カントビアス男爵は言う。
「非才なる我が身では、奴がいったい何を目論んでいるかはわかりかねます。――されど、五年前の討伐軍撃退ばかりか、先日はわずかな精鋭部隊をホルメア国内深くまで浸透させてのマーベン銅山襲撃。そのすべてを()した『破壊の御子』が、大軍が利するこのような地を何の考えもなく決戦の場所に選ぶとは、私にはとうてい思えないのです」
 カントビアス男爵はアレクシウスだけではなく、天幕に居並ぶ諸将や諸侯らにも向けて、とうとうと語る。
「戦に虚実(きょじつ)ありとの言葉がございます。虚とは守りが弱きところ。実とは守りが堅きところ。実を避けて虚を突いて戦わんとすれば、敵は虚を実に、実を虚に見せかけます。また、それはこちらも同じ。故に、戦は虚々実々(きょきょじつじつ)と申すのです。
 また、虚とは偽り。策を意味いたします。それに対して実とは、実際の兵力や行動を意味いたします。
 冷静に彼我(ひが)を比べてみれば、我らより反乱奴隷が実――兵力に劣っているのは明らか。ならばこそ、奴らは『虚』を――策を用いてくると見るべきです。
 そして、『破壊の御子』はまさに『虚』を()くする希代(きたい)の策略家。奴ならば、何か恐ろしい策をもって、我らを迎え撃たんとしているように私は思います」
 これからいよいよ反乱奴隷どもを討伐するという段階なのに、それに水を差すような発言である。現に、せっかく参陣していた数少ない諸侯らも動揺し、不安げに顔を見合わせ始めていた。
 その有様に、アレクシウスは舌打ちを洩らしそうになるのをこらえながら尋ねる。
「では、卿はいかようにせよと言うのだ?」
僭越(せんえつ)ながら申し上げます。――ここは相手の思惑に乗るべきではございません。こちらは大軍の利を活かし、軍団をいくつかの部隊に分けて、渡し場を遠巻きに包囲するのです。そして、昼夜を問わず威圧をかければ、奴らはいつか必ず音を上げ、渡し場より討って出るか、撤退するでしょう」
 カントビアス男爵の献策に、居並ぶ諸侯や諸将は「なるほど」とうなずきあった。
 しかし、アレクシウスひとりだけは例外である。
 何しろアレクシウスにとっては、この反乱奴隷討伐はダリウス将軍の呪縛を断ち切るものだったのだ。
 これまでアレクシウスはホルメア国の将軍として自分が指揮した戦いは、そのいずれにおいても勝利で飾って来た。ところが、そうしてアレクシウスが、いくら戦歴を積み重ねても、いくら勝利を勝ち取っても、常にその前にはダリウスの功績が立ちはだかるのだ。
 しかし、今回の戦いの相手は、そのダリウスを打ち破った敵である。これに打ち勝てば、誰もがダリウス将軍よりも自分が勝ると認めざるを得なくなるだろう。長年、自分を呪縛してきたダリウスの影をついに断ち切れるのだ。
 その千載一遇(せんざいいちぐう)の好機となる戦である。平地における軍団同士の対決である会戦という華々しい舞台で、大勝利で飾りたいという強い執着心があったのだ。
 そんな自分の献策には乗り気ではない顔のアレクシウスを翻意(ほんい)させようと、カントビアス男爵はさらに言いつのる。
「殿下、どうか御熟慮を。何も軍をぶつけるだけが戦ではございません。威をもって敵を調伏するのもまた、王者の戦いではありませぬか」
 カントビアス男爵としては、ダメ押しの提言のつもりであった。
 しかし、これが思わぬ失言となってしまう。
「……! 今、何と言った……?」
 アレクシウスが憤怒の形相で椅子から立ち上がったのである。
ご心配をおかけしましたが新PC購入。財布が痛いよヽ(`д´)ノ ウワァァァン
Windowsのアップデートだけで土日が潰れた(´・ω・`)ショボーン
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