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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第56話 真正面

 ホルメア国の王都ホルメニアにあるダリウスの邸宅に、ズガンッという激しい打撃音が轟いた。
「先手を取られたか……!」
 殴りつけたまま拳を卓の上に突き立てたダリウスは、ギリリッと歯を噛み締めた。
 その卓の上に広げられているのは、つい先程かつての部下よりひそかに届けられた「破壊の御子」率いる反乱奴隷によるコンテ河襲撃を報せる手紙である。
 いったん兵を退いた「破壊の御子」が再侵攻してくるのは、もう少し後になるとダリウスは思っていた。
 一度でも兵に矛を収めさせたのだ。どうしても兵から戦意が失せてしまう。再び兵たちに戦意を取り戻させて侵攻して来るには、それ相応の時間がかかると読んでいた。
 ところが、その予測をはるかに上回る早さでの再侵攻である。
 いったい如何なる魔法を使ったのか、報せを読む限りでは渡し場を襲撃してきたゾアンたちの戦意は(いちじる)しく高いようだ。
 そして、それにもまして先手を取られたのが口惜しい。
 寡兵(かへい)で大軍を相手にする時は、常に先手を取らねばならない。受けに回れば押しつぶされてしまうからだ。忌々(いまいま)しいことだが、そのことを「破壊の御子」は熟知している。ダリウスは、自分を打ち破った敵なのだからそれぐらいは当然とする想いと同時に、苛立ちを感じていた。
「とにかく今は、少しでも情勢を知らねばどうにもならぬ」
 ダリウスは急ぎ王宮や国軍の中にいる知り合いに向けて、内密に情勢を教えて欲しいと手紙を出した。
 そうして躍起(やっき)になって「破壊の御子」について情報収集をするダリウスのところへやってきたのは、元宰相のポンピウスであった。
「……なんと! ハリボテの砦で、我が国の兵を追い払ったのか?」
 ポンピウスが(たずさ)えてきた情報に、ダリウスはまず小さく目を見張った。それに、ポンピウスは小さくうなずいて見せる。
「そうだ、ダリウス。陛下は、いたくお怒りになられている。『破壊の御子』を生きたまま捕え、御自らの手で生皮を剥いでやると(おお)せだ」
 その時のワリウス王の醜態を思い出し、ポンピウスは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 ダリウスもその時の光景をおおよそ察したが、今はそれよりも「破壊の御子」への対策が大事だ。
「しかし、無念だ。もっと軍団を急がせておれば……」
 ダリウスにとって返す返すも無念なのは、先んじて渡し場を占拠されたことだった。
 コンテ河の渡し場は、ボルニスの街を攻略する上での隘路(あいろ)なのである。ここさえ押さえておけば、急激な街の拡大にともない防備が追いついていないボルニスの街など、いかようにも攻められたのだ。
 戦勝を祈願しての前祝などと称して、アレクシウス殿下と「黒壁」を宴で何日も王都に留め置かずに西へと急がせていたならば、もしかしたら間に合ったのではないかと思うと、口惜しくてならない。
 しかし、今はそれを悔いる暇すらない。
「すまぬが、ポンピウス。いくつか書状をしたためてもらいたい」
「それは良いが、何を書くのだ?」
 ダリウスはしばし考えてから、こう言った。
「反乱奴隷が河を渡って貴殿の領土に入るやも知れぬ。マーベン銅山の二の舞に注意されたし、とな」
「それだけで良いのか?」
「うむ。それだけで良い」
 ポンピウスが書状の準備をしている間に、ダリウスは先日来からずっと卓の上に広げたままとなっている地図の上に目を落とした。
 自然と目が向くのは、「破壊の御子」が居座るという渡し場である。
「……何もない。森も山も谷も窪地もない、ただの平地だ」
 地図の上では、渡し場の手前には平地が広がっているだけだ。
「まさか、奴め……。――いや、そのようなわけが……」

                    ◆◇◆◇◆

「コンテ河沿いに、ホルメアの領主の兵らしき姿?」
 近隣の偵察に出していたゾアンの戦士からの報告に、蒼馬は眉をしかめた。
「はい。せいぜい騎竜にまたがった奴が数人ですが、何度か河をうかがっている姿が確認されています。ですが、こちらに気づくと、すぐに逃げてしまいます」
 ゾアンの答えを聞いた蒼馬は、近くにいたドヴァーリンに声をかける。
「ドヴァーリンさん。資材運搬の船を襲撃されたって報告はあります?」
「そんな話は、わしのデカい耳にも、入っとりゃせんわい」
 蒼馬の問いに、ドヴァーリンは即座に否定した。
 それに蒼馬は、さらに顔を曇らせる。
 てっきり上流からここまで資材を運ぶ船でも襲撃しようとしているのかと思えば、そうでもなさそうだ。かといって、自分らを偵察しているにしては、ホルメア兵の目撃報告が河沿いの広範囲に広がりすぎている。
 そうなると考えられるのは、河そのものを調べている可能性だ。
「もしかして渡河できる場所を探している?」
 その自分の推測に、蒼馬は顔をしかめてしまう。
「嫌な動きだ……」
 今回の渡し場を急襲したのは、コンテ河を大軍が渡る唯一の橋を占拠するのはもちろん、ホルメア国の耳目を集める意味もあった。
 今、蒼馬が一番恐れているのは、自分がやったマーベン銅山襲撃の意趣返しだ。
 マーベン銅山を襲撃したように、ホルメア国が少数の部隊をひそかに渡河させて、自分らの本拠地であるボルニスの街への襲撃。これをやられると、蒼馬にとっては痛手もいいところだ。
 何しろコンテ河を渡られてしまえば、自分らの拠点であるボルニスの街まで敵の侵攻を遮るものはない。さらに「黒壁」との戦いに備えて、ほぼすべての戦力をここに投じているため、たとえ少数の部隊でも、街に甚大(じんだい)な被害が生じる恐れがある。
 また、街そのものを襲撃されなくても、後方に敵の部隊がいるだけでも脅威であった。とにかく人が足らず、兵站(へいたん)の防衛には最低限の戦士しか配置できていない。そんな脆弱(ぜいじゃく)な兵站線では、たとえ少数の部隊でも簡単に寸断されてしまう恐れがある。
 そうさせないためにも、あえて砦がハリボテであったと噂まで広めて、ホルメアの耳目をここに釘付けにしようとしたのに。
 そう頭を悩ませる蒼馬に、ズーグが声をかける。
「どうする、ソーマ殿? 俺が戦士らを率いて、この辺りのホルメア貴族どもを蹴散らしてこようか?」
 ホルメアにとって辺境に過ぎないこの辺りの領主となれば、せいぜい騎士をひとりかふたり抱えていれば良いような弱小領主ばかりである。ゾアンの猛将ズーグが百人も戦士を引き連れていけば、簡単に制圧できるだろう。
「いや。やめましょう」
 しかし、蒼馬はその提案を退けた。
 もしかしたら、そうして兵を小分けにしたところを襲撃し、各個撃破する算段かもしれない。または、そうやって周辺の制圧に戦力を割かせたところで、ここを攻めようという策の可能性もある。不用意には戦力を動かせない。
 それよりも今はここに敵を寄せつけない方が重要である。
 何と言ってもここでの作業が今後の戦いでの趨勢を決めるものなのだ。もし敵が攻め寄せてきた場合、仮に追い返せたとしても、ここでの作業が(とどこお)れば、すべてが台無しになってしまう。
「とりあえずは河沿いにゾアンの戦士とハーピュアンの人による巡回を増やしましょう。あと、ソロンさんに街の警備と周辺の警戒を強化するように伝えてください」
 足の速いゾアンの戦士たちと、空を翔けるハーピュアンに警戒してもらえば、大丈夫だろう。
 そう決断したものの蒼馬の顔は晴れなかった。
「『敵を弱めんと欲するならば、まず敵の嫌うところを()せ』か……」
 蒼馬が口ずさんだのは、「ダリウスの指南書」の一節である。
 何の確証もない。
 だが、どうしてもあの人の名前が脳裏に浮かんでは、消えてくれなかった。

                    ◆◇◆◇◆

「なぜ、奴は動かぬのだ……?」
 早馬での報せを受けたダリウスは、卓の上に広げたホルメア国西部の地図を前に、その眉間にしわを寄せた。
 辺境諸侯に頼み、コンテ河の周辺に騎士や兵を動かせて見せたのは、ホルメア国内部にさらに侵攻してくるであろう「破壊の御子」の足を鈍らせる策である。
 その思惑どおり「破壊の御子」は渡し場から動こうとしていないというのに、ところがダリウスは苛立っていた。
「ダリウスよ。おまえの策が成功したというのに、何を苛立つ?」
 まるで狭い檻の中でうなり声を上げてうろつく獅子さながらに苛立ちをあらわにするダリウスをポンピウスはなだめた。
「この程度の策でおとなしくなるような奴ならば、わしも苦労はせぬ!」
 思わずカッとなって怒鳴り返してしまったダリウスだったが、自分の声に我に返ると、すまぬと小さく謝罪した。それに気にするなという風に、ポンピウスは首を小さく横に振ってから、ダリウスに尋ねる。
「私には、単に砦の建造に力を注ごうとしているように思えるのだが、そうではないのか?」
 コンテ河の渡し場の手前は、起伏も少なく大軍を展開するのに最適な平地である。そのようなところで自分らに倍する敵を迎え撃とうというのは、愚の骨頂だ。それよりも強固な砦を築いて敵の大軍を防ぎとめるというのは、まっとうな策に思えた。
「それはありえぬ」
 しかし、ポンピウスの言葉をダリウスは一刀両断するかのように切り捨てる。
 上流にある山々から伐り出してきた木材が河を使って次々と渡し場には運び込まれ、砦が強化されていると聞く。だが、いくら防備を強化しようとも、そのような即席の砦などたかが知れている。一万五千を超えるホルメア国軍の攻撃をとうてい受け切れるわけがない。それがわからぬ「破壊の御子」でもないだろう。
 ダリウスは、この渡し場の砦はホルメア国内侵攻への単なる橋頭堡(きょうとうほ)に過ぎず、そこからさらにホルメア国内に混乱をもたらせるものとばかり考えていた。
 その予測にポンピウスは疑問を投げかける。
「しかし、いくら勢いがあるとはいえ、反乱奴隷は総勢八千にも満たぬと聞く。少なくとも一万五千を数えるこちらの討伐軍を迎え撃つのに、あえて国の内部まで侵攻するというのは考えられぬのではないか?」
 国の内部まで侵攻すれば、その周囲をホルメア諸侯に囲まれることになる。領地を守るので精一杯な辺境の弱小領主らでは独自に兵を起こすとは考えにくいが、それでも周囲を敵に囲まれているという状況は、軍勢を率いる者にとっては悪夢だろう。
 ただでさえ兵力で自軍に勝る討伐軍との戦いを前にして、それは考えられないことではないかというポンピウスに、ダリウスは重苦しい声で告げる。
「わしが一番懸念していたのは――」
 ダリウスの指が地図上の一点を指し示した。
 しかし、それは反乱奴隷が挙兵したホルメア国の西ではなく、それとは正反対の東である。
「――国内を突破され、ラビアンの渡し場の裏を突かれることだ」
 ポンピウスは、度胆を抜かれた。
 何しろ自分らの倍する敵を目前にしておきながら、国を挟んで反対側にある砦を攻めるというのだ。これがダリウスの発言でなかったとしたら、ポンピウスも笑い飛ばしたに違いない。
 それでもとうてい信じられぬという顔のポンピウスに、ダリウスは断言する。
「あやつならば、それぐらいはやりおる。また、不可能ではないのだ」
 もともとゾアンたちは、ほとんど目印となるようなものがない広大な平原で居住していた種族である。そのため種族すべての者が見知らぬ土地でも迷わぬすぐれた方向感覚を有していた。そんなゾアンたちを分散進撃させ、今は手薄となったマサルカ関門砦やロイロップスの砦を襲撃させる。
 もしこれにロマニアが呼応すれば、砦は陥落し、ロマニア軍の渡河を許してしまうやもしれないと、ダリウスは語った。
 そして、ロマニア軍に渡河を成功させられれば、ホルメアはまたもや「破壊の御子」を相手にしている場合ではなくなる。その対応に再び「黒壁」を東へ戻さなければならなくなってしまう。
 そうなれば、状況はロマニア軍を打ち払う前に戻る。ホルメアとロマニアは睨み合って膠着(こうちゃく)状態に陥り、その間に「破壊の御子」はボルニスの街でのうのうと次の戦いに備えて牙を磨くことだろう。
「しかし、それにはロマニアの呼応が不可欠だろう。どうやってロマニアと呼応する?」
 そのポンピウスの疑問に、ダリウスは即答する。
「忘れたのか? 『破壊の御子』のところには有翼の種族ハーピュアンがいるのだぞ。奴らならば我が国とラビアン河を飛び越え、ロマニアと連絡を取り合うことなど造作(ぞうさ)もない」
 確かにハーピュアンの伝令がいれば、ダリウスが語った予測も現実味を帯びる。
 まさに、荒唐無稽(こうとうむけい)と言ってもいい策だ。だが、言われてみれば決して不可能ではないようにポンピウスにも思える。
 そんなことを考えつくとは、さすがはホルメア最高の将軍の智謀と感嘆するのと同時に、それほどの策ですら「それぐらいはやる」とダリウスに評せられる「破壊の御子」に、ポンピウスは今さらながら空恐ろしさを感じた。
 そんなポンピウスの様子にも気づかぬまま、ダリウスは独り言のように呟く。
「それ以外にも、他にももっと効果的な手も打てるだろう。それなのに、なぜ動かぬ? なぜ待ち構えるだけなのだ?!」
 ゾアンやハーピュアンだけではない。弓に卓越したエルフ、土木作業に秀でたドワーフ、凶暴無比なディノサウリアンたちまでいるのだ。渡し場を橋頭堡にすれば、もっといろいろな手が打てるだろう。
 ところが「破壊の御子」は、砦に執着するように渡し場から動こうとしていない。
「あやつは、何をたくらんでおる? 何をやろうとしておる?!」
 すでにダリウスは、ゾアンたちがラビアン河の渡し場に向けて移動した時の予想進路に領地を構える諸侯たちへ、ゾアンを見かけたときはすぐに報せて欲しいという書状を出していた。
 しかし、今のところはそうした報せはひとつとして届いていない。
 東の情勢が国ひとつを横断して西へと伝わるには、それ相応の時間がかかる。迫りくる「黒壁」を戦う前に引き返させようと思えば、とっくに動いていなければならない。それだというのに、いまだその気配すらないのだ。
「すでに討伐軍は、ルオマの街を出てガラフ砦へと進軍している。もはや『破壊の御子』とて、今さら討伐軍との衝突を避けられまい……」
 そこでダリウスは、自分の考えの誤りに気づく。
「いや。避ける気がないのか……」
 臆病なまでに戦いを恐れるという「破壊の御子」への分析が、いつの間にか先入観となっていたのだ。自軍より練度も兵数も勝る討伐軍との戦いは、必ずこれを避けると、決して「破壊の御子」は戦おうとはしないと思い込んでいた。
 しかし、状況のみを(かんが)みれば、自ずとひとつの解が導き出される。
「まさか、あやつめ……」
 そう考えれば、すべてが納得できる。
 ハリボテの砦で兵を追い払い、敵地に入りながらも、ただ砦を建造するだけでその場から動かない。いずれも、こちらを挑発し、自らのところへホルメア国軍を引きずり出そうという策である。
「奴め! 奴めっ! 『破壊の御子』めっ!」
 それらから推測される「破壊の御子」の意図は明白だ。
「ここか! ここでか?!」
 ダリウスは地図上のコンテ河手前の平地に指を突き立てた。
「ここで討伐軍を真正面から叩き潰そうというのかっ?!」
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