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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第53話 強襲

 突如、襲撃してきたハーピュアンの娘たちによる火壺の攻撃によって、あっという間に小屋は炎上してしまった。
 それもそのはずである。この小屋は、反乱奴隷が攻め寄せてきた時に橋を焼き落とすための火種(ひだね)となる(まき)(しば)、そして大量の油が貯蔵された倉庫だったのだ。そうした火種に引火し、もはやその火の勢いは手がつけられないものとなってしまった。
「な、なんたることだ……!」
 この駐屯所を預かる中隊長は、紅蓮の炎を巻き上げて燃え盛る倉庫を前に、愕然としてしまった。
 しかも、ハーピュアンによって倉庫が焼かれたのも偶然ではないようだ。何しろ、ハーピュアンたちはこの燃料を貯蔵していた倉庫を燃やしただけで、他には手を出そうとすらしていなかった。そればかりか先程から倉庫の上を飛び回り、火を消そうとする者たちを牽制するばかりである。
 明らかに、この倉庫に橋を焼き落とすための火種がしまわれていたのを確信しての行動だ。
 いったい、いつ倉庫のことが敵側に知れてしまったのかと考えた隊長に、思い当たることがあった。
「そ、そうか! この前のときに」
 マーベン銅山襲撃からホルメア国の目を逸らせるために行われたと思われた先日の軍事行動。あれは陽動であるのと同時に、実際に自分らが渡し場を攻め寄せた時に、この駐屯所がどのような対応に出るかを確かめる威力偵察のようなものだったのだろう。
 それに気づかず、こちらを監視する敵の前で柴や油を倉庫から出し入れしてしまったのだ。
 しかし、中隊長は敵の思惑にまんまと乗ってしまった自分を悔やむ暇はなかった。
 突如、ドドドドドッと激しく太鼓が乱打される音が轟いたのである。
 それとともにコンテ河の西側に広がる草原が、いっせいに動いた。いや、草原が動いたのではない。草原の草むらの中に四つ足となって身を潜めていたゾアンたちがいっせいに動き出したのだ。その数はおよそ三百あまり。おそらくは本隊より先行した急襲部隊であろう。
「いかんっ! 橋を、橋を焼き落とすのだ!」
 思わずそう叫んでから、中隊長はハッとする。いくら橋に使用されている木材は燃えやすいように油を染み込ませてあるとはいえ、松明程度の火を押しつけたからといって燃えるものではない。本来ならば橋の上に柴を積み、その周囲に油をまいてから火を放つ予定であったのだ。
 ところが、そのための肝心の柴と油は、今まさにそれが貯蔵してあった倉庫とともに燃え上がってしまっている。これではとうてい橋を焼き落とすのは不可能だ。
 もはやここで防戦するか撤退かしか選択はない。
 しかし、防戦するにしても、この駐屯所にいる兵士は、わずか百名あまりである。いくら二重の柵で防御しているとはいえ、いまだに迎撃態勢も整えられずに慌てふためく部下たちの有様では、ゾアンたちに簡単に押し切られてしまうのは目に見えていた。
 中隊長は決断する。
「撤退だっ! 撤退するのだ!」
 意地を張って踏みとどまっても、無駄死にするだけだ。ここは速やかにゾアンたちの襲撃を後方のガラフ砦に伝えて対策を講じるのが最善である。
「急げっ! 柵を破られれば、もはや逃げきれはしないぞ!」
 そう叫んでいる間にも、最初の柵に取りついたゾアンたちが横木を掴んでゆさぶり、結わえてある縄を山刀で叩き切り、突破しようとしている。柵がふたつとも押し破られてしまえば、もはや自分らとゾアンの間を(さえぎ)るものはない。そうなれば四つ足で馬のような速さで追撃してくるゾアンを前に、徒歩で逃げるしかない兵たちは下手をすれば全滅してしまう。
 部下の兵士たちもそれは十分承知しており、隊長の撤退の指示とともに蜘蛛の子を散らすように持ち場を離れて逃げ出し始めた。
 ホルメア兵が撤退してから間もなく、敵の抵抗がなくなったゾアンたちは難なく柵を押し破って、駐屯所に流れ込んだ。
「追撃は不要だっ!」
 血気に(はや)り、逃げて行ったホルメア兵を追いかけようとした一部の戦士らをガラムは一喝してから指示を出す。
「それよりも敵兵が隠れていないか捜索しろ!」
 ガラムの命を受けて、ゾアンの戦士たちは数人でひとつの組を作ると駐屯所に散った。もともと狭い駐屯所である。さほど時をおかずに捜索は終え、敵兵が潜んでいないのが確認された。
「おう、《猛き牙》よ。ホルメアの奴らは、みんな逃げ出して、人っ子ひとり残っておらんぞ」
 ズーグの報告にガラムはひとつうなずいてから、後ろを振り返る。そこにいるのはガラムを補佐する副官であり、ズーグの姪でもある娘クラガ・ブヌカ・シシュルがガラムの指示を待っていた。
「ドヴァーリンらへ合図を送れ」
「はい! わかりました、大将軍閣下!」
 シシュルが複雑な拍子で太鼓を叩いているのを眺めていると、ズーグが声をかけてきた。
「ところで、ガラムよ」
 ズーグが(あざな)ではなく名前で呼ぶところから、おそらくは私的な会話だろう。そう思ったガラムも肩から力を抜いて気軽に返事する。
「何だ、ズーグ?」
 いかにも不機嫌そうな顔でズーグは言う。
「なぜ大将軍様が、緒戦――しかも、このような最前線に出てきているのだ?」
 ガラムは、さすがにバツが悪いのか顔をそむける。
「今はまだソーマが立てた策のまま動くだけだ。大将軍といってもやることがない。それならば、こうして皆の動きを確認するのも重要ではないだろうか?」
 もっともらしい言い訳を口にするが、ズーグの顔もまともに見られないようでは、何の説得力もない。案の定、ズーグは噛みついた。
「貴様は、大族長になった時もそうだ! 俺に任せるなどと格好つけておきながら、何のことはない。結局、自分も一緒に出てきているではないか!」
「……そうだったか?」
 さらにバツが悪くなったガラムは、ズーグに対してほとんど背中を向ける格好となる。そのガラムの肩をズーグは、むんずと掴んだ。
「なあ、大将軍閣下様よ。やはりおまえとは、一度しっかりと片をつけねばならんようだなぁ」
 今まさに人を頭から喰らおうとする虎か熊のような表情で言うズーグに、さすがのガラムも背筋に冷や汗をひとつかく。
 すると、ちょうどその時、コンテ河の上流から何かがやって来るのがガラムの視界の片隅に映った。
「むっ! ドヴァーリンたちがやって来たようだな! 《怒れる爪》よ、逃げた敵が偵察に戻ってこないとも限らない。戦士らを引き連れて、周囲の警戒に当たってくれ!」
 そう言い残すと、ガラムはシシュルを連れて足早に立ち去る。その背中に向けて、ズーグは苦々しく言い捨てた。
「ガラムめ。逃げたな……」

                    ◆◇◆◇◆

 ホルメア国の西部にあるガラフ砦は、コンテ河の渡し場とルオマの街の間にある小さな砦である。
 そのガラフ砦は、コンテ河の渡し場から撤退した兵の報告によって騒然となった。
 当初の計画では、ホルメア国軍よりも先に反乱奴隷たちが攻め寄せてきた場合には、こちらから橋を焼いて国内への侵入を防ぐはずであった。それが橋を焼き落とすどころか、逆に奪われたとあっては一大事である。
「攻め寄せてきたゾアンどもは、三百程と見て間違いないのだな?」
 状況確認を取る砦の隊長に、コンテ河の渡し場から撤退してきた中隊長が「そのとおりです」と答えた。
 それに砦の隊長は、ふむと腕組みをして考える。
 渡し場を襲撃してきたのは、人数からして一部のゾアンとハーピュアンによる急襲部隊と見て間違いないだろう。
 何しろ反乱奴隷は、翼で空を翔けるハーピュアンと四つ足となって馬のような速さで駆けるゾアンばかりではない。人間や、それよりも足が遅いディノサウリアンやドワーフたちも多数含まれている。さらに数千人分の糧食などの運搬も考えれば、その行軍はもっと遅くなるはずだ。いくらなんでも、そうした足の遅い大軍をこちらの放っていた斥候が戻るよりも早く動かせたとはとうてい思えない。
 おそらくはゾアンやハーピュアンなどの機動力に優れた種族だけの急襲部隊によって、まずはコンテ河の橋頭堡(きょうとうほ)を確保し、その後に本隊がやってくる手筈なのだと推測した。
 それならば、まだ挽回(ばんかい)の余地はある。
 反乱奴隷の本隊が到着するよりも早く、橋を焼き落とせば良いのだ。
 このまま橋を占拠された状態では、反乱奴隷たちに国内へ好き勝手に出入りされてしまう。そんな事態となれば、下手をしたら足の速いゾアンたちによってホルメア全土が略奪されかねない。何としてでも、橋を焼き払い、敵の侵攻を食い止めねばならなかった。
「騎兵を集めろ。それと、火壺の準備だ。明日の夜明けとともに、渡し場の橋を焼き払うぞ」
 おそらくは橋の手前でこちらを待ち受けているであろうゾアンたちを騎馬の突進力を活かして突破し、火壺を投げて橋を焼き払おうという算段である。
 もともとゾアンたちはその機動力の高さを活かした奇襲や急襲を得意とする種族だ。逆に足を止めての防衛は、その種族の特性を活かせないばかりか、装備も軽装なため苦手としている。ハーピュアンにいたっては、言わずもがなだ。
 それならば十分に勝算はある。
 そう考えた隊長は砦中の騎兵と大量の油壺を用意させた。
 そして、馬や騎竜にまたがった騎兵を中心に、軽装のみの歩兵たちからなる奇襲部隊を編成すると、隊長自らが夜のうちにガラフ砦から渡し場へと向かったのである。
 奇襲を成功させるために松明などは使えない。わずかな月明かりだけを頼りにした行軍の足は遅く、奇襲部隊がコンテ河の渡し場近くまでやって来たときには、すでに夜も明けて東の空が白み始めた頃だった。
 こちらの襲撃を警戒しているであろうゾアンの目を逃れるために、まずは渡し場の手前にある小さな丘の(ふもと)に身をひそめる。
「よし、火壺に火をつけろ!」
 隊長の指示により、壺の口に詰め込まれた布へ松明で次々と火がつけられる。そして、火がつけられた順に、馬上の騎兵に火壺が渡された。この火壺の首には長い革紐がつけられており、それを持って火壺を振り回して、その遠心力で投擲(とうてき)するのだ。
「よいかっ! 目的は敵を討ち取ることではない。橋を焼き払うことだ! それを忘れるなよ!」
 騎兵すべてに火壺が行き渡ってから、隊長は再度部下に念を押す。
「歩兵は騎兵の撤退の援護とゾアンどもが火を消そうとするのを妨害するため、遠くから矢を射かけろ。ただし、これもゾアンを倒すよりも牽制が目的だ!」
 薄暗い中で部下たちがうなずく気配を確認してから隊長は、馬の横腹に蹴りを入れて自ら先陣となって斜面を駆け上がった。
「行くぞ、我に続けぇー!」
 そして、その後を騎馬隊と歩兵隊が雄叫びを上げて続く。
 丘を上りきれば、あとは渡し場までは遮るものなどない平地である。そこからは渡し場の様子が手に取るように見えた。
 やはり、こちらの襲撃を予想していたらしい。東の空に顔を覗かせたばかりの太陽の光を受け、ゾアンたちが橋の手前に布陣しているのが見える。
 しかし、弓矢や馬上の人間を叩き落とす長柄の武器などを使わないゾアンたちならば恐れることはない。この勢いのまま突入し、橋に火壺を投げて、後は一目散に逃げればよい。
 すでにこちらの襲撃に気づいて動き始めたゾアンたちを威圧するためにも、咽喉が潰れんばかりに叫び声を上げて突入しようとした。
 ところが、渡し場に近づくにつれ、その声がしだいに小さくなる。それにともない全速力で駆けさせていた馬の脚も緩み、ついには止まってしまった。
 それとは反比例に大きくなるのは、兵たちのざわめき声である。
「な、何だあれは……?」
「そんな馬鹿な……!」
「た、隊長?! これはいったい……?!」
 指示を求める兵たちの声を背中で聞きながら、隊長は答えられない。
「……私が見ているのか、夢か? それとも幻なのか?」
 なぜならば、今目にしている光景が理解できず、どうすれば良いか教えて欲しいのは隊長自身だったからである。
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