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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第52話 狼煙

 熱狂冷めやらぬ中、蒼馬はみんなへ新たに告げることがあった。
「今回の戦いは、多くの者たちが参戦する大きなものだ。僕ひとりの力では、そのすべてを指揮するのは難しい。そこで、僕は数名を将に任命し、各部隊を率いてもらおうと思う」
 蒼馬の言葉に、みんなは「おお!」と感嘆の声を上げた。
 将ともなれば、周囲から一目も二目も置かれるようになる。その将に、いったい誰が選ばれるのかと、誰もが期待と羨望を胸に蒼馬が挙げる名を待った。
「まずは、ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージ!」
 最初に名が挙がったのは、ディノサウリアン最強の戦士であるジャハーンギルだった。
「あなたを竜将に任じます! 親衛隊として僕の身辺の警護と、監軍(かんぐん)を任せます!」
 この人事に、ジャハーンギルを知る者の間からどよめきが起こった。
 いくら勇猛無比なディノサウリアンとはいえ、蒼馬の下にいるのはわずか七十余り。これでは兵として用いるより、その勇名と個々の戦闘力を(かんが)みて、親衛隊として蒼馬の身辺を警護させ、またその存在によって蒼馬の威厳を高めるというのならば最適な人事である。
 ところが、問題なのはそれに加えて監軍の役職も与えたことだ。
 監軍とは、味方の将兵らが軍規違反を犯さないか監視し、場合によっては逮捕や罰則を与える軍内部の警察機構――今でいう憲兵(けんぺい)のような役職である。そのような大事な役職をジャハーンギルに与えるという蒼馬の人事に納得しづらかったからだ。
 しかし、そう思うのも無理はない。ジャハーンギルといえば、日頃は領主官邸の庭でゴロゴロと昼寝をするばかりで何かをするわけでもなく、そればかりか好き勝手に振る舞う、いわば軍規をもっともないがしろにしているといっても過言ではない人物なのである。
 もっとも、蒼馬自身もまたこの人選に当初は難色を示していたのだ。
 実は、ジャハーンギルを監軍に強く推したのは、誰であろうソロンである。ソロンはジャハーンギルの監軍への推挙に困惑する蒼馬へ、こう言ったのだ。
「あの者は、頭ごなしに規律や命を守るように言っても、かえって反発いたします。それよりかは、むしろ監軍の職と重い責をお与えください。さすれば、あの者は奮起し、率先して軍規を守ることでございましょう。そして、普段は好き勝手な振舞いをするあの者が率先して軍規を守る姿は、それだけで他の者に軍規の重さを知らしめることになるのです」
 これに蒼馬は、なるほどと納得した。もちろん、それだけですべての不安が解消するわけではない。念のため、ジャハーンギルが暴走しないように保険をかけておくのも忘れない。
「メフルザード、ニユーシャー、パールシャー!」
 続けて蒼馬は、ジャハーンギルの三人の息子の名を呼んだ。呼ばれた三人はピンッと尻尾と背筋を伸ばす。
「三名は父を補佐し、その責務の達成に尽力してくれ」
 父親に負けぬ凶暴性をにじませるメフルザードは規律を守らせるための脅威として、寡黙だが実直なニユーシャーと他種族に対しても温厚なパールシャーのふたりは暴走しがちな父親と長兄の抑えとして役目を果たしてくれるだろう。
 次に蒼馬は斧槍を担いだドワーフの戦士の名を呼ぶ。
「ドヴァーリン! あなたを地将に任じ、ドワーフ重装歩兵を任せます。また、ノルズリはその副将とします!」
 ドヴァーリンは無言で自分の胸甲を叩いて受諾を示し、マーベン銅山のドワーフたちの戦士長であったノルズリはホッホッと髭を揺らして笑う。
「ドワーフのみんなには重装歩兵として活躍してもらうけど、それ以上に陣地の構築や兵器の組み立てなどの工兵としての役割も期待している。僕らが()って戦う陣に絶大な信頼を寄せられるのは、ドワーフの高い技術があればこそだ」
 無言で手にした斧槍や戦槌の柄頭で地面を突き鳴らして応じるドワーフから、今度は美しい森の妖精たちへと視線を移す。
「エラディア・オールドウッド! あなたを弓将に任じ、エルフ弓箭兵を任せます。また、戦地での会見や交渉の場が持たれたとき、その采配もお願いします。会見や交渉は刃を用いない戦いです。ある意味、実際に刃を交えるよりも過酷で重要な戦いであると言えます。心してください!」
 エラディアもまた激しい高揚(こうよう)に包まれているはずなのに、それを表には出さず、いつもと変わらぬ優雅さをもって一礼して拝命する。それにあわせて、彼女の背後に整列したエルフたちが矢をつがえない弓の(つる)をいっせいに鳴らした。
「ピピ・トット・ギギ! あなたを鳥将に任じます。将とは言っても率いるのは、わずか二十にも満たない同族の者たちだけです。しかし、ハーピュアンの力は絶大だと僕は信じている。その翼によって成し遂げられる伝令の速さ。斥候の確かさ。そのすべてにおいて、他の種族を凌駕している。だからこそ、わずか二十に満たない者しか率いていないあなたを将としました。その意味をしっかりと胸に刻んでください」
 ピピは片膝をつくと、興奮に震える翼を大地に伏せるように広げて恭順の意を示した。それに合わせて他のハーピュアンたちも翼を地に伏せる。
「マルクロニス! あなたを人将に任じます。また、その希望によりセティウスを副将につけます。あなた方の責務は重大です。世の人々は、僕らを人間族に敵対する種族の反乱と見なしています。このままでは国を興しても、それは人間以外の種族の国となってしまう。そうならないためにも、人間もまたともに戦い、国を興す力となったことを世に示さなくてはなりません。全力を尽くしてほしい!」
 平原にあったホルメア国の砦で中隊長補佐までしていたマルクロニスはそのいくつもの刀傷が刻まれた顔に不敵な笑みを浮かべ、同じく砦の小隊長であったセティウスは憮然(ぶぜん)とした顔で、ふたりはともに腰に()いた剣を半ばまで抜いてから音を立てて鞘に納めた。
 これでディノサウリアン、ドワーフ、エルフ、ハーピュアン、人間と五つの種族の将が任命された。
 これで残された種族は、いまだ蒼馬の下にはいないマーマンを除けばゾアンだけである。
 ゾアンといえば、蒼馬を最初に支持した有力種族であるのと同時に、今なお彼の最大兵力を担っている種族だ。その重要な種族の戦士らを率いる将となれば、これまで名を挙げられた将たちよりも権限や責務は大きなものとなるだろう。
 それだけに、次に名を呼ばれるのが誰なのか気にならない者はいない。
 そして、みんなの脳裏に浮かぶのは、黒毛の勇者ファグル・ガルグズ・ガラムである。
 ガラムは自他ともに蒼馬の第一の臣と認めるシェムルの実の兄で、蒼馬からの信頼も篤い。そればかりか、ソルビアント平原のゾアンの中でも最初に蒼馬を受け入れた〈牙の氏族〉の族長であり、また平原すべてのゾアンを率いる大族長でもある。さらには平原最強との呼び声も高い勇者ともなれば、誰もが納得する人事であろう。むしろ、彼以外がゾアンの将となるのはありえなかった。
「《怒れる爪》クラガ・ビガナ・ズーグ!」
 ところが、蒼馬が呼んだのはズーグの名であった。
 みんなが一様に驚く中で、ひとりだけ妙に納得した顔のズーグが「おう!」と応じる。
「あなたを獣将に任じます。また、その副将にメヌイン・バララク・バヌカをつけます!」
 まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった〈たてがみの氏族〉の若君であるバヌカが驚いた顔になる。
「僕が率いる軍の主力は、間違いなくゾアンの戦士たちです。その活躍こそが戦の勝敗を決すると言って過言ではありません。他のみんなが十全に働いたとしても、ゾアンの戦士が負ければ、すなわちそれは僕らの敗北です。両名とも、その責務を十分に理解して努めてほしい」
 任せろと言わんばかりに胸を張るズーグとは対照的に、ガラムを差し置いてゾアンの副将に任じられたバヌカはしきりと周囲の反応を気にして挙動不審になる。また、そのバヌカの動揺が伝わったかのように、ゾアンたちの間からもざわめき声が洩れ聞こえた。
 そのざわめきを打ち消すように、蒼馬は叫んだ。
「そして、《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラム!」
 ついに呼ばれたガラムの名に、ゾアンたちは驚いて口を閉ざした。
 すでにこの場にいる六種族のそれぞれの将が決められたばかりである。もはや将となっても率いる種族がないのだ。それなのに、ここに来てなぜガラムの名前が呼ばれたのか、疑念と期待をこめて蒼馬の言葉を待つ。
 そして、蒼馬は大きく息を吸い込むと言い放った。
「あなたを他の六将を指揮し、統括する大将軍に任じます!」
 それに、ゾアンたちは手を突き上げて歓声を上げた。
 当の本人であるガラムは、しばらく蒼馬の言葉を理解できず茫然としてしまう。その間にも、周囲にいた同胞らはガラムの背中や肩をバシバシと音を立てて叩いて、手荒い祝福をする。
 ようやく事態を理解したガラムは、訳知り顔で隣に立つズーグを(にら)んだ。
「おい、ズーグ。おまえは知っていたのか?」
「いいや」と、ひょいと肩をすくめる。「だが、こうなるだろうぐらいには思っていたがな」
「それなら、そうと俺に教えろ」
 ガラムは八つ当たりとは思いつつも、そう文句のひとつも言いたくなる。しかし、それにズーグは、その片方だけの目を細めてニヤニヤと笑う。
「それじゃあ、つまらんだろ? ――それに、さっきのおまえの顔と言ったら」
 こらえきれないという風に肩を震わせながら笑いを洩らすズーグに、ガラムは本気で殴ってやろうかと考えてしまう。
 しかし、それを実行する前に、シェムルがやって来て蒼馬とともに台の上に立つように伝えてきた。
 まるで子犬でも追い払うように、シッシッと手を払うズーグに見送られたガラムはシェムルとともに台に上がる。
「できれば、こういうことはあらかじめ伝えて欲しいものだ」
 開口一番に、そう苦情を伝えると蒼馬は困った顔になる。
「それが、シェムルが黙っていた方が良いって言うものだから」
 ガラムは妹をギロリと睨む。
 しかし、シェムルはその豊かな胸の前で腕を組むと、したり顔で言う。
「《猛き牙》は意外と女々しいからな。事前に伝えれば、きっと『俺には荷が重い』とか言って、《怒れる爪》を推挙しかねない。それならば、こうしていきなり(おおやけ)でぶちまけてしまえば、腹をくくるというものだ」
 自分の考えを名案とばかりに語る妹に、ガラムは思わず「馬鹿か、おまえは!」と怒鳴りつけてしまいそうになるのをぐっとこらえる。
 そんなガラムに蒼馬は声をかけた。
「ガラムさん。僕は戦までの道筋を作り、そして戦での大まかな流れを予想して勝利する方策を立てました。ですが、戦とは生き物です。何がどうなるかわかりません。そんな戦の呼吸を読み、予想していなかった事態に対応するためには、あなたの勇者としての判断が必要です。いざとなれば僕に成り代わり全軍を指揮し、僕らを救ってください」
 ここまで蒼馬に言われてしまえば、確かに腹をくくるしかない。ガラムは、それでもため息をひとつ洩らした。
「わかった。――俺で良ければ、全力を尽くそう」
 ガラムの答えに、蒼馬は破顔した。
「では、大将軍。出陣の号令をお願いします」
 ガラムは蒼馬の隣に立つと、みんなの方を向く。
 その場にいる者すべての視線が自分に集まるのを意識しながら、ガラムは声を張り上げる。
「我が同胞たちよ! 姿形(すがたかたち)も異なる戦友らよ! いざ、戦わん!」
 そして、その太い右手を空へと突き上げる。
「出陣だっ!」
 それに、みんなはいっせいに唱和する。
「「おうっ!!」」
 それを見届けたガラムは、隣に立つ蒼馬へと目を向けた。
「ところで、ソーマ」
 ガラムに声をかけられた蒼馬は、「なんでしょうか?」と首をかしげる。
「これで俺が大将軍になったわけだが」
「それが、何か?」
「それで、おまえの立場は何になるのだ?」
 蒼馬は、しばし目を見開いたまま硬直する。それから、あっと口を開く。
 まったく考えていなかった。
 軍の体裁を整えるために、それぞれの種族ごとに将と、その上に大将軍を配することしか考えておらず、自分のことをすっかり忘れていた。
 ガラムを大将軍にしたのだから、自分はそれよりも上の立場でなければならない。それにはボルニスの街の領主では、少し物足りないだろう。
 族王という称号はもらっているが、それはあくまでゾアンに対してだけのものだ。六種族の混成軍を率いるには、相応しくない。
 かといって王を名乗るのも、どうかと思う。
「えっと……どうしましょう?」
 引きつった笑みを浮かべる蒼馬に、ガラムとシェムルはそろってため息を洩らした。
「相変わらず、おまえは抜けているな」
「あまり私に恥を掻かせるな、我が『臍下の君』よ」
 ゾアンを代表するこの兄妹ふたりにそろって呆れられたのだった。

                    ◆◇◆◇◆

 その日、コンテ河の渡し場に立つ見張りの兵士が、それを見つけたのは太陽も西へと傾きかけた時分である。
 マーベン銅山襲撃を終えた反乱奴隷の軍が退いて以来、渡し場は平和なものであった。
 再び、ボルニスの街に反乱奴隷の兵が集まっているという話もあったが、この前は街を出てからここに来るまでずいぶんと日数がかかったのだ。そいつらが再びここにやって来るのも、まだ当分先だろう。
 そんな気の緩みから、反乱奴隷たちが退いたばかりの頃は緊張をもってボルニスの街がある方を見張っていたものだが、今では仲間と雑談しながらになっていた。
「ん? 何だ、あれは……?」
 そんな中で、ひとりの兵士が西の空を指差して言った。仲間の兵たちがそちらの方に目を向けると、西の空にいくつかの小さな影が見えた。
「鳥だろ? それがどうした?」
「何だ? ずいぶんとでっかい鳥じゃねーか?」
 暇を持て余していた兵たちは、恰好(かっこう)の暇つぶしとばかりに口々に適当なことを言う。
 しかし、それもわずかな間だけである。
 しだいに近づき、大きくなっていく影の正体がわかった兵士らは、血相を変えて声を張り上げた。
「ハ、ハーピュアンッ?! て、敵襲! 敵襲だぁーっ!!」
 敵の襲撃の報せに、にわかに渡し場の駐屯所が騒がしくなる。
 だが、それはあまりに遅すぎた。
 その翼で千里を翔けると言われたハーピュアンの飛行速度をもってすれば、ホルメアの兵士たちが迎撃態勢を整えるよりも早く、駐屯所の上にたどり着くなど造作もないことだ。
 次々と駐屯所の上に飛来したハーピュアンの娘たちは、その足に赤子の頭ほどの小さな壺を革紐で吊るしてぶら下げていた。その壺の口からは、飛行による激しい風にあおられた赤い炎が千切れ飛んでいる。
「みんな、私に続けー!」
 人間の少女のような甲高い声で叫んだピピが、橋のたもと近くにある小屋に目がけて突進した。そして、小屋にぶつかる寸前でピピは足で掴んでいた壺の革紐を放し、急上昇する。
 慣性の法則のまま小屋へと飛んだ壺は、壁にぶつかると砕けて中身の黒い液体を周囲にまき散らした。
 それは油である。
 まき散らされたその油は、次の瞬間には引火して、赤々とした炎を躍らせた。
 しかも、それで終わりではない。ピピに続いて次々とハーピュアンの娘たちが同じ火壺を小屋へと叩きつけた。このハーピュアンの爆撃に、小屋は(またた)く間に炎上し、空へと黒い煙を立ち上らせたのである。
 それは「破壊の御子」ソーマ・キサキと西域の雄ホルメア国との本格的な戦いを告げる開戦の狼煙(のろし)であった。
今回は種族ごとに将が任命されましたが、このときの将がすべて破壊の御子の七腕将とは限りません。

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