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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第51話 熱狂

 その場に居合わせた者たちは皆、我が耳を疑った。
 これからいよいよホルメア国と雌雄を決しようという大事な戦いの前の出陣式である。その中にあって、これからみんなを率いて戦おうとする者が、戦いを否定したのだ。この誰もが予想どころか想像すらし得なかった状況に、その場に居合わせた者たちは戸惑いを隠せなかった。
 まず自分の耳を疑い、何かの聞き間違いではなかったのかと周囲の反応を確認し、それでもまだ信じられずにいるのも無理はない。
 しかし、そうした困惑する人たちに向けて、蒼馬は再度言った。
「僕は戦いが嫌いだ」
 繰り返された言葉に、自分の耳を疑っていた者たちも、それが聞き間違いではなかったのだと確信する。
 そして、その確信とともに、さらに困惑が広がった。
 しかし、そうした困惑を蒼馬は無視し、さらに驚くべきことを言う。
「それは、僕が臆病だからだ。臆病者だからだ」
 戦いが嫌いだという発言に続いて、今度は自分を臆病者だと卑下(ひげ)するのだ。この場にいるのは、これから命をかけて戦おうという勇猛果敢な男たちである。戦いを喜びとうそぶき、戦場での死を(ほまれ)と豪語する戦士たちを前にして、自らを臆病と評するとは信じられないことだった。
 みんなの不審の眼差しを集めながら、蒼馬は淡々と語り続ける。
「僕は怖い顔で睨まれるだけで、自分が悪いことをしたのではないかと気が気じゃなくなる。大声で怒鳴られるようなものなら、ギュッと胃が縮んで震え上がってしまう。
 悲しい顔をされるのも嫌だ。いたたまれない気持ちになって、自分まで悲しくなってしまうからだ。
 傷つき苦しむ人を見るのも辛い。何とかしてあげたいのに、自分にはその力がないのを思い知らされ、無力感に打ち震えるしかないからだ」
 蒼馬はみんなに見えるように、自分の右腕を高々と上げた。
「それに僕は軟弱だ。――この腕を見ろ。細くて弱々しい腕だ。とても剣や槍を持って戦える手じゃない。敵を打ち倒すどころか、誤って味方に向かって剣を投げつけてしまうだろう」
 次に、蒼馬は自分の身体を指し示した。
「僕の身体を見ろ。たくましさの欠片もない貧弱な身体だ。戦ったとしても、すぐに音を上げてしまうだろう。それどころか重い鎧を着ただけで息が上がって動けなくなるに決まっている」
 自分の言葉に唖然とするみんなの顔をぐるりと見回してから、蒼馬ははっきりと告げる。
「だから、僕は戦いが嫌いだ」
 蒼馬が語るにつれて、それを聞いていた者たちの目の色が変わる。
 それは、疑念の色であった。
 このようなことを言う奴に従って良いのだろうか? こんな奴について行って大丈夫なのだろうか?
 それは、侮蔑の色であった。
 こんな奴に俺たちは従わねばならぬのか? こんな奴について行かねばならないのか?
 そうした自分に向けられる視線の変化にも頓着(とんちゃく)せず、蒼馬はさらに語り続ける。
「でも、この手は戦うよりも、剣を握るよりも、もっと素晴らしいことができる。たとえば、この手は素晴らしいものを生み出せる。――そのひとつが、ゾアンの角細工だ。鋭い爪が生えたゾアンの手から生み出されたとは思えない、あの細かな意匠は目を見張るものがある」
 その言葉に、ゾアンの戦士たちはわずかに反応を示した。角細工とは、牛の角を磨いて細緻な絵柄を彫ったり、彫刻を彫り出したりするゾアンの工芸品のことである。
「エルフの木工もそうだ。ただ木材から彫り出すのではなく、個々の木が持っているねじれや歪みすらも内包し、ひとつの作品とするのは見事としか言いようがない」
 それにエルフの女たちは、得意げに耳をわずかに動かした。
「ガラスの器に至っては、もはや感嘆する他ないだろう。ただの砂が、あれほど美しく輝くガラスの器になるなんて、まさに魔法のようだ」
 ドワーフたちは、さも当然とすまし顔で自分の髭をさすった。
「多くの人たちが利用する、この街の地図。これは手が翼となったハーピュアンの協力があればこそだ。いや、ハーピュアンが地図を作ったと言っても良いだろう」
 それにハーピュアンたちは、自慢げに翼を動かして見せる。
「街の至る所にある建物や建築物の基礎として使われる大きな石。あれはディノサウリアンたちの怪力がなければ、とうてい運べなかったものだ。いわばこの街のすべての建物は、彼らの力によって建てられたと言ってもおかしくはない」
 当時は、なぜ自分らが土木作業に駆り出されねばならぬのだとブツブツと文句を言っていたディノサウリアンたちが、誇らしげに胸を張る。
「平原に広がる麦畑もまた、人の手によって(ひら)かれたものだ。その麦畑が収穫の時期となり、黄金色に輝いた麦の穂が風にそよぐ光景は感動以外の何ものでもない。
 この街もそうだ。五年前と比べ物にならないくらい大きく広がった町並みは、まさに多くの人々の努力の結晶と言っても過言ではないだろう」
 それには聴衆となっていた街の人々も大きくうなずいた。
「そして、この手は物を作るだけではない。この手は、誰かに触れることができる。誰かとつながることができるのだ。
 たとえば、友人の手を握ることができるだろう。苦しみも喜びも共有できる友人の手を握った時に伝わる熱と力強さ。それを感じるのは大きな喜びだろう。
 たとえば、この手は愛する者を抱きしめられるだろう。愛する者を抱きしめた時に感じる暖かさ。そして、伝わってくるその胸の鼓動は歓喜に違いない。
 たとえば、我が子を抱き上げることができるだろう。いまだ小さく頼りない命だが、いつかは自分と並び、そして追い越して行く命だ。そして、僕らの意志と命を遠い未来へとつなぐ、かけがえのないその大切な命の重さを感じるのは、いかなる喜びにも勝るものだろう」
 自分の語った言葉が十分に染み渡るのを待つように、しばらく口を閉ざしてから蒼馬は穏やかな口調で言う。
「だから、僕は戦いたくない」
 前より声を小さくして同じ言葉を繰り返す。
「だから僕は、戦いたくない」
 さらに声を弱めて言う。
「戦いなんてしたくない」
 しだいに小さく弱くなる蒼馬の声につられるように、広場はしんっと静まり返ってしまった。
 最悪だ。
 静まり返った広場の中で、ガラムはそう思った。
 これから自分らを率いて戦おうという者が、戦いを否定したのである。
 これで人命は尊いなどというきれいごとを言うのならば、甘い理想だと反発もできた。弱者のたわごとだと鼻で笑うこともできた。軟弱者の世迷言と軽蔑することもできた。
 ところが蒼馬が挙げたのは、ごく当たり前で平凡な幸せである。
 誰だって理解できる。誰だって経験したことはある。そんなごく当たり前で平凡な幸せだ。
 いくら勇猛な戦士であろうとも、友と酒杯を酌み交わす喜びを知らぬ者はいない。愛する者を抱く歓喜を否定できる者はいない。我が子を抱く愛おしさを拒絶できる者などいない。
 ごく当たり前だからこそ、誰もが共感してしまい、誰もが納得してしまう。そして、それを否定できない。
 これでは戦士らの士気があがるはずがなかった。むしろ、地に落ちたといっても良いだろう。
 もはやあの場からソーマを力ずくで引きずりおろしてでもやめさせなくてはいけない。
 そうガラムは決意し、足を前に踏み出そうとした。
 しかし、その足が止まる。
 それは蒼馬が立つ台の下にいるシェムルを見たからだ。
 シェムルの顔に浮かんでいたのは驚きでも不安でもない。そこに浮かべていたのは、苦笑である。しかも、それは否定するようなものではなく、明らかに好意的な苦笑である。
 自分の「臍下(さいか)(きみ)」が、また面白いことをやり始めた。
 そう信じて疑っていない者の笑みである。
「おい、ガラムよ。どうする?」
 そこに同じ心配をしていたズーグが、周囲をはばかるように声をひそめて言ってきた。
「落ち着け《怒れる爪》よ」
 ガラムは腹をくくる。
「ゾアンの中では変わり者で知られるおまえが、これしきのことで何を浮き足立つ」
 そう挑発的な笑みとともに言われてしまえば、ズーグは何も言えなくなってしまう。
 こうなれば自分も腹をくくるしかないと覚悟を決めたズーグが、ガラムと張り合うように腕組みをして正面へ向きなおると、ちょうど台の上に立つ蒼馬が口を開くところだった。
「だけど、それでも戦わなければいけないときがある」
 静まり返った広場に、決して大きくはないその蒼馬の声がやけに響き渡った。
「戦わなくっちゃいけないときがある!」
 さらに、先程よりやや語調を強めて言った。
「戦うべきときがあるっ!」
 そして、最後に大きく声を張り上げ、みんなに向けて言い切った。
「決して戦わない。誰も傷つけない。そう言った僕が殺されるのは構わない。僕は自分の信念を貫きとおしたという自己満足を抱いて死ねるのだから。そして、それで戦いが終わるというのならば、僕は誇りを胸に喜んで死を受け入れるだろう」
 今言ったばかりの言葉を振り捨てるように、蒼馬は大きく腕を横に振るった。
「しかし、それで戦いが終わるわけではない! 僕を殺した敵は――きっと奴らは、せっかく僕ら生み出したものを奪うだろう。作った者の熱意すら知ろうとしない奴らが、その血と泥にまみれた手で僕らが生み出したものを汚すのだ! 大事な者たちが寒さに震えぬようにと建てた家をそこに込められた想いも考えず焼き払うのだ!
 きっと奴らは、僕らの友人らを襲うだろう。昨日までともに笑顔で酒を酌み交わしていた友を、ともに夢を語り合った友を、ともに助け合った大切な友を、僕の血で塗れた剣や槍で切り裂き、刺し殺すのだ!
 きっと奴らは、僕らが愛する人々を襲うだろう。妻が夫の前で、娘が父の前で、母が子の前で、妹が兄の前で、恋人が恋人の前で、愛する者が人の皮をかぶったケダモノどもに襲われ、奪われ、(はずかし)められるのだ!
 きっと奴らは、僕らが夢を(たく)すべき子供らを奴隷にするだろう。怒声と拳を使い、その自由と尊厳を踏みにじり、忌まわしい首輪と手枷をはめ、恐ろしい格子のついた馬車に乗せて、どことも知れぬ場所へと連れて行かれる。そして、そこで死よりも耐え難い屈辱と、言葉では言い表せられない責め苦を味あわせられ、苦しんで苦しんで苦しんだ末に虫けらのように殺されるのだ!」
 蒼馬の言葉に、誰もが言葉を失ってしまう。
 ゾアンにとっては、それはほんの五年前までの自分らの境遇である。
 自分が、友人が、家族が、いつ人間たちに狩り出され、獣のように殺されてしまうのか。そんな不安の日々に(おび)えていたのは記憶に新しい。
 この場にいる多くの人間以外の種族の者たちにとっては、まさに自分らが体験したことである。
 彼らの多くは(なぶ)られ、(はずかし)められ、首輪と手枷をはめられて奴隷として、この地に連れてこられたのだ。すでに鞭で打たれた痕や首輪や手枷でできた傷は癒えていても、身体に押された焼印は、そして何よりも心に刻み込まれた傷は決して消えることはない。
 また、街の住民たちにとっても他人事(ひとごと)ではなかった。
 群雄が割拠し、相争うこの世界において、敵国に侵略された街が略奪を受けるのは、ごく当たり前のことなのだ。
 そして、そのことを思い浮かべる彼らの中には、ある種の(あきら)めがあった。
 このような世界なのだから、当然のことだ。強い者には逆らえないのだ。弱い者は諦めるしかないのだ、と。
 しかし、それを蒼馬は否定する。
「それは許してはいけないことだ」
 蒼馬は、はっきりと言った。
「それは許せないことだ」
 蒼馬は、断固とした口調で言った。
「それを許してなるものかっ!」
 蒼馬は、怒りをぶちまけるように言った。
「僕は臆病で軟弱な男だ。しかし、大事なものを、大切な人を、愛する人を奪われ辱められるのを見過ごしてまで信念を捨てないのは、臆病ではない。それは卑怯だ! 自らの信念を理由に逃げる卑怯者だ! 僕は臆病だが、卑怯者ではない。軟弱だが、卑怯者にはなりたくない!」
 そこで蒼馬は大きく息を吸って、殴りつけるような声で問いを発する。
「ならば、どうすればいいっ?!」
 この突然の問いに、みんなはとっさにその答えを求めようとしてしまう。
 そして、その答えにたどり着く前に、蒼馬は叫んだ。答えを求めようと、わずかにできた思考の隙間に(くさび)を打ち込むがごとく、力強い声で答えを叩きつける。
「戦うしかないのだ!」
 答えを求めて迷っていた者は、目の前に差し出された救いの糸のような答えに思わず手を伸ばしてしまう。たとえそれが救いの糸ではなく、人を釣り上げる針のついた釣り糸だとしても、それに手を伸ばさざるを得なかった。
 自らを臆病者だといった蒼馬を見下した者ほど、自らを軟弱者だといった蒼馬を軽蔑した者ほど、その蒼馬が戦うしかないと言えば、なおさら自分らも戦うべきだと思わざるを得ない。いや、そう思わされる。
 みんなの心の奥底から、ふつふつと熱い感情が湧き上がってきた。
 それは、戦意である。
 理不尽な暴力に対する怒りと暴虐な侵略者に対する憎悪は、熱い戦意となってみんなの心の中に(あふ)れ出した。
 しかし、それを爆発させるには、まだ早い。もっと抑圧し、もっとたぎらせなければ、ならないのだ。
 熱くなる者たちに向けて、蒼馬は自分らが置かれた現状を冷酷に告げる。
「だが、戦うには敵はあまりに強大だ。僕らを打ち倒そうとやってくるホルメア国は、西域の雄とまで呼ばれた強国。そして、僕らに差し向けられたのは、ホルメアが誇る最強の軍団『黒壁』だ」
 聴衆の間から、どよめきが上がった。
 かつて、この街はホルメア国の一部であったのだ。その住民ならば、一度ならずとホルメア最強の軍団「黒壁」の名は、その精強さとともに聞き及んでいる。
 そして、ゾアンの戦士からも苦いうめき声が洩れた。
 なぜならば、その軍団こそが三十年以上前に彼らの父祖を打ち破り、蹂躙(じゅうりん)し、ゾアンの手から平原を奪い取った因縁の敵だからだ。
「それに対して、僕らはたかだか辺境の一都市を有するにすぎない小勢力である。勢力圏の広さ、そこに住む人の数、蓄えられた糧食、生み出される富。そのいずれにおいても、僕らは劣っている。
 それだけではない! 今、差し向けられた敵の数は二万に達するというのに、僕らは総勢七千あまり。半分もいない。これで敵に打ち勝とうなどといえば、なんて身の程知らずだと呆れられるだろう。とんだ夢物語と鼻であしらわれるだろう。世間を知らぬ愚か者の妄言とせせら笑われるだろう」
 次々と蒼馬に突きつけられた冷酷な現実。
 しかし、それでみんなの戦意が衰えることはない。すでに蒼馬によって()きつけられた理不尽な暴力に対する怒りは、暴虐な侵略者に対する憎悪はたぎることはあっても、衰えることはないのだ。
 このたぎる想いをどう扱えば良いのか? 自分は何をすればいいのか?
 それがわからず、ただ迷っているだけなのだ。
 そして、蒼馬はその迷える想いに方向性を与える。
「しかし、思い出してほしい。
 いきなり平原にやって来た右も左もわからぬ、たったひとりの人間の子供が、人間と敵対するゾアンの信頼を得ることができると言って、誰が信じただろうか? 恐ろしいホルメアの兵士がこもる砦や街を攻め落とせると言って、誰が耳を傾けられただろうか? あのホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウス将軍が率いる大軍を撃退できると言って、誰が笑わずにいられただろうか? 辺境の一都市に過ぎなかったこの街をこれほど発展させると言って誰が夢物語だと思わずにいられただろうか?」
 蒼馬が次々と挙げたのは、この世界に落ちてから自分が成し遂げたことである。
 それを列挙していくのに、誇張を入れる必要はない。ただ自分の実績を積み上げるだけでよい。それだけ自分がなした功績が大きいのだという自負。誇張抜きであくまで淡々と挙げられる偉業ともいうべき事実の数々は、なおさら強烈な衝撃となってみんなの耳に届く。
「五年前ならば、誰に聞いても『そんな馬鹿なことはありえない』と一笑に付されるだろう。『不可能だ』と言われて正気を疑われただろう。しかし、それを僕は()()げたのだ。この僕が成し遂げたのだ!」
 聴衆の中から、おお! というどよめきが上がった。
 それは期待の声である。
 いかに恐ろしい敵が相手であろうとも、いかに強大な国が相手であろうとも、この人ならば負けない。この人ならば勝てるという期待が膨れ上がる。
 抑えつけられていた想いが、向かうべき方向性を得てほとばしろうとした。
「だが、僕では敵に勝てない!」
 しかし、それを蒼馬は自ら否定した。
 ただ自分に頼ってもらうだけでは困るのだ。
「戦いとは、ひとりでできるものではないからだ。それに僕は臆病者であり軟弱でもある。とうてい僕ひとりでは勝てはしないだろう。ならば、どうすればいい?!」
 蒼馬は、わかっていた。
 こういう風に言えば、必ず答えを返すであろう人がいることを。こう言えば、彼女ならば必ず答えを返すであろうことを。
 そして、彼女はその期待を裏切ることはない。
「それならば決まっている!」
 そう声を張り上げたのは、シェムルである。
「我らがソーマの剣となり戦い、ソーマの盾となり守れば良いのだ!」
 彼女は獣の神の御子である。そして、彼女に授けられた恩寵を知らぬゾアンはいない。そんな彼女の口から語られる言葉は、ゾアンたちにとってはまさに託宣(たくせん)に等しい。これに感化されないゾアンたちはいない。これに血が(ふる)い立たぬ戦士はいないのだ。
「そうだ! 我らが族王ソーマの命に従って戦えば良いのだ!」
「そうとも! 俺たちが族王とともに戦うのだ!」
「我らは族王の刃となるのだっ!」
 次々とゾアンの戦士たちから同意の声が上がる。そして、その熱狂はゾアン以外の者たちへと伝染する。
「俺たちもソーマ様の命に従い戦うぞ!」
「我が弓と矢は、ソーマ様のために!」
「この鱗にかけて、我が力をともにっ!」
「俺たちも剣を取って戦おう!」
 種族を問わず、その剣を自分へ捧げようという人々が上げる声に、蒼馬はしばしその身を浸す。それから、まるで見せつけるのかのように、手のひらを開いた右手をゆっくりと高く上げて見せた。そして、その場に居合わせた者たちの視線が自分の右手に集まるのを感じながら、蒼馬は何かを掴み取るかのように、ぐっと拳を握り締める。
 すると、あれほど声を張り上げていた者たちが、ぴたりと口を閉ざした。
 蒼馬は、ただ手を握り締めただけである。しかし、たったそれだけで、まるで自分らの心臓を掴み取られたかのような衝撃を覚えたからだ。
 みんなが口を閉ざしたのを確認した蒼馬は、さらに語りかける。
「五年前の戦いも、この五年の発展も、僕ひとりで成し遂げたものではない。僕だけの力ではなかった。
 そうだ! 僕とみんなの力が合わさってこそ、初めて不可能を可能とし、夢物語を現実のものへと変えたのだ! 僕だけの力ではない。僕とみんなの力によってだ!」
 蒼馬が成し遂げた偉業への崇敬。その偉業が蒼馬の力だけではなく、自らもその偉業を果たすための一端を担っていた。自分らもまた不可能を可能とした力の一部であった。
 それを聞いた者たちの胸の中で蒼馬への崇敬が、自分たちへの自尊心と万能感となって満ち(あふ)れる。
 目の前の人に従えば、何でもできる。目の前の人とともにならば、何も恐れることはない。この人とともにあればいいのだ、と。
「そして、今こそ僕が五年前に告げた約束を果たそう。ホルメア国との戦いに勝利した後に――」
 そこで蒼馬は皆の期待を煽るように、あえて一拍の間を置く。
「僕は、国を作る!」
 その言葉は強烈な爆発となって、聴いていた者たちの心を吹き飛ばした。
「そうだ! 僕は――僕らは、僕らの国を作るのだ。ディノサウリアンだから、マーマンだから、ドワーフだから、エルフだから、ゾアンだから、ハーピュアンだから、人間だからといって差別されない、僕らの国を。みんなが自由に生きられる僕らの国を。みんなが平等に生きられる僕らの国を。みんなが幸せに生きられる僕らの国を! 僕らの国をっ!」
 ゾアンは、その全身の毛を逆立てさせる。
 ドワーフは、蒸留酒を飲み干した後よりも熱い吐息を吐く。
 ディノサウリアンは、その鋭い牙を剥き出しにした。
 エルフは、その耳をピンッと立てる。
 ハーピュアンは、大きく翼を広げた。
 人間すらも、その握った拳に力を込める。
 蒼馬の前に整列する者たちは、その胸の内から湧き上がる熱い思いとともに、叫び、拳を突き上げようとした。
 しかし、それよりも一瞬早く、爆発するような歓声が上がる。
 それは、街の住民たちであった。
 自分を臆病だと、軟弱だと卑下した蒼馬の言葉に、誰よりも共感したのは戦士でも兵士でもなく、常に搾取(さくしゅ)され、奪われ、侵されてきた弱い立場にいる街の人間たちだったのである。
 彼らにとって同じく弱い存在であるといった蒼馬が、それでも戦いを選び、皆を守り、そして国を作ろうという宣言。それは、これまでの支配者が押しつけてくる理想ではなく、まさに自分らの中から出て来た想いと感じたのである。
 そして、そうした街の人々の大きく熱い歓声に巻き込まれるようにして、ゾアン、ドワーフ、ディノサウリアン、エルフ、ハーピュアンらも声を上げた。
 天を震わせ、大地を揺るがすかのような大歓声を前に、蒼馬は決断する。
 たとえ自分の甘言に騙されたとはいえ、こうして自分を信じてくれたみんなを鼓舞するためにならば、自分は何でも利用する。
 たとえそれが、自分が唾棄(だき)するような存在の名であろうとも、だ。
 みんなの熱い歓声を一身に集めながら、蒼馬はさらにダメ押しの言葉を叩きつける。
「僕は、死と破壊の女神アウラの御子! 僕らに(あだ)なす者に死を、僕らと敵対するものに破壊を、そして、僕を信じ、ついて来るみんなに勝利をもたらそう!」
 そして、蒼馬は大きく両腕を空へと広げる。
「僕は、『破壊の御子』! 『破壊の御子』木崎蒼馬だっ!」
 熱狂する者たちは、口々に蒼馬の名を呼ぶ。
「「ソーマッ! ソーマッ! ソーマッ!」」
 誰も彼もが声を()らして蒼馬の名前を連呼する。
 その爆発するような歓呼を全身に浴びながら、しかし蒼馬の心は冷え切っていた。
 そして、蒼馬は胸の中で自分に向けて吐き捨てる。
 このペテン師が――と。

                    ◆◇◆◇◆

「破壊の御子」ソーマ・キサキは、セルデアス大陸で最初の独裁者である。
 そう評するのは、破壊の御子研究の第一人者であるマーチン・S・アッカーソンだ。
 当時、セルデアス大陸のほとんどの国は、王は神より支配権を授かり、王の支配は民衆はもとより聖職者を含めた神以外の如何(いか)なる者の拘束も受けず、またその支配に逆らってはならないという王権(おうけん)神授(しんじゅ)の考えが当然であった。
 ところが、迫害されるゾアンや奴隷だった他の異種族を最初に従えた「破壊の御子」ソーマ・キサキは彼らの忠誠を得るために、その覇業の当初より種族による差別の撤廃と、すべての民衆の自由と平等の保障を(うた)わねばならなかった。
 それは他国における王の血統や神性による支配の否定ともなり、かえって多くの敵を生んだばかりか、皮肉にもソーマ・キサキ自身の統治において血統や神性に代わる新たな支配の正当性を確立しなければならない状況を生んだのである。
 そして、その中で「破壊の御子」ソーマ・キサキが選んだのは、民衆の支持であった。
 このホルメア戦役における出陣式において、「破壊の御子」ソーマ・キサキが何を言ったかは後世には伝わっていない。その直後におけるホルメア国との戦いにおける混乱と、また後の大改革における焚書によって、当時を知る貴重な資料となったであろう多くの記録が失われたためである。
 しかし、この出陣式において「破壊の御子」ソーマ・キサキの言葉を民衆たちが恐ろしいほどの熱狂をもって受け取ったのは間違いないようだ。
 焚書を(まぬが)れて現代にまで残る西域史や風聞録において「『破壊の御子』ソーマ・キサキは魔術によって民衆を洗脳した」「人々に怪しい薬を与え、忠誠を誓わせた」などという記述が見受けられる。
 実際に「破壊の御子」ソーマ・キサキが、そうした手段を用いたというのは疑わしい。むしろこれは、そう表現せざるを得ないほど「破壊の御子」ソーマ・キサキが熱狂的な支持を得たという事実を示唆(しさ)するものと考えるべきだ。
 また、当時ボルニスに立ち寄っていた旅芸人一座の座長が残した日誌には、次のような文章が書かれている。
「衝撃的な台詞。独特な間の取り方。大げさな身振り手振り。そして、同じ言葉を何度となく繰り返し、人の心に強く刻みつける手法。それは、計算された一幕の芝居を見ているかのようだった」と。
 このことからも「破壊の御子」ソーマ・キサキは、自らが率いる兵ばかりではなく、より多くの民衆の支持を集めることに重きを置いていたように思える。また、その思惑どおりに民衆たちは歓呼をもって「破壊の御子」ソーマ・キサキを支持したのであろう。
 すなわち「破壊の御子」ソーマ・キサキは、これまでの通説にあるように人間以外の異種族を使った恐怖と暴力をもって国を支配した暴君ではなく、多くの民衆に支持され、独裁権を付託(ふたく)された独裁者だったのである。
 そして、だからこそ彼は、世界を敵に回して戦い続けられたのだろう。
諸君! いよいよ戦いの時だ!ヽ(`д´)ノ
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