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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第49話 恩寵

 それは、少女の姿をしていた。
 しかし、それは少女などという、かわいいものではない。
 これは、とてつもなく古いものだ。
 これは、とてつもなく恐ろしいものだ。
 先程から蒼馬の本能が最大級の警鐘を打ち鳴らし続けていた。
 それが誤りではない証拠となるのは、少女の額にギラギラと輝いている8と∞を組み合わせたようであり、互いの尻尾に食らいついた二匹の蛇がのたうつようにも見える不気味な刻印である。
 それは死と破壊の女神アウラの刻印だ。
「やっぱりいたのか、アウラ」
 半ば確信していたとはいえ、こうしてその姿を目の前にすると蒼馬は圧倒されるのを感じた。
「相変わらず覗き見が趣味みたいだな」
 今にも愛らしい少女の皮を破り、その中にいる何かがドロリッと姿を現すような恐怖と嫌悪にさいなまれながらも、蒼馬は自分を(ふる)い立たせるためにも憎まれ口を叩いた。
 そうしなければ目の前の少女に、恐怖で屈服してしまいそうだったからだ。
 そんな虚勢を張る蒼馬に、アウラはすねて見せる。
「ひどいわ、私の蒼馬。だって、こんなに良いものが観られるのよ。それを我慢なんてできるわけがないわ」
 アウラは自分の肩を抱き締めて感動に打ち震えて見せる。
「ああ! 何て感動的な光景なのかしら。いまだに優しい心を失わず、人が傷つき命を落とすのに心を痛める主君。そして、その主君にただひたすら忠義を尽くす臣。ああ、なんて美しいのかしら! なんて心を打つのかしら!」
 頬まで染めて陶酔したように語るアウラの顔が、一変する。
「でも、とてもとても滑稽(こっけい)だわ」
 その顔に浮かぶのは、汚物でも見下ろすかのような侮蔑の表情。
「しょせん悲劇と喜劇は、一枚の硬貨の表と裏。悲劇の主人公ですら視点を変えれば喜劇の道化に変わってしまう。本人は必死にもがいていても、遠くから眺めればそれは無様に手足を振り回す道化の踊り。苦悩するあなたも少し視点を変えれば、うじうじと思い悩む我儘(わがまま)な子供」
 アウラは、その白い咽喉を反らしてケタケタと笑う。
「だって、彼女はあなたの出発点であり到達点。彼女はあなたがこの世界に立つべき大地であり、(あお)ぎ見る大空。彼女こそがあなたの問いであり、求める解そのもの。
 それを承知しているくせに、苦しんで見せて、悩んで見せて、答えをねだるあなたは、駄々をこねる子供と同じ。ああ! なんて滑稽なのかしら。なんて無様なのかしら。ねえ、私の愚かな蒼馬」
 その痛烈な侮辱に、蒼馬は怒りの声を上げる。
「僕とシェムルのことをとやかく言うな、悪魔め!」
 しかし、蒼馬の罵倒にも何の痛痒(つうよう)にすら感じぬようにアウラは(あざけ)り続ける。
「あらあら。そんなに大事ならば、しっかり箱に入れたらどうかしら? もしも失くしでもしたら大変だもの。そう、大変なことになるわ。とってもとっても大変なことになる」
 そのアウラの口振りに、蒼馬はゾッとした。
「まさか、シェムルに何かするつもりなのか?!」
 嫌な予感に震える蒼馬に向けて、アウラはクスリと笑う。
「言ったはずよ、私の忘れっぽい蒼馬。私はあなたを見ているだけ。ただ見ているだけ。何かをするつもりはないわ」
「信じられるものか!」
 蒼馬は言葉を荒げて言い返す。
「おまえは、いつだって僕をいたぶって喜んでいる! 今の状況だってそうだ! ホルメアが攻めてきたのも、おまえの差し金じゃないのかっ?!」
 ホルメアとロマニアを(にら)み合わせて時間を稼ぐという策は、ほぼ成功していたはずなのだ。それが一気に覆されたばかりかホルメア最強の軍団が差し向けられようとしている。
 この状況は、自分を戦いにけしかけるアウラの望むものとしか思えない。
 その蒼馬の疑念に、アウラは嘲笑を浮かべた。
「この状況が、私の差し金ですって? ああ、なんて傲慢(ごうまん)なのかしら。ああ、なんて身の程を知らないのかしら。あなたは自分がこの世界のすべてを握っているとでも思っているの? この世界には、数えきれないほどの人がいる。そして、あなたの知らない人が、あなたの知らない目的をもって、あなたの知らない行動を取っている。それなのに、それらをすべて私のせいにするなんて、何て傲慢な私の蒼馬」
 アウラの嘲笑に、蒼馬は羞恥に顔を赤くする。
「そんなことはわかっている!」
 痛いところを突かれたが、それでも蒼馬は言い返さずにはいられなかった。
「性悪な貴様のことだ! 疑われても当然だろ?!」
 この蒼馬の糾弾に、アウラは傷ついたような顔を作る。
「なんて、つれないの。私の愛しい蒼馬。可愛い可愛いあなたに、私がいつ嫌がらせをしたというのかしら? 愛しい愛しいあなたを私が困らせたことがあったかしら?」
「とぼけるなっ!」
 これまでアウラにさんざんもてあそばれた蒼馬は、その厚顔無恥な言葉に怒りが沸騰した。とぼけるアウラに指を突きつけて糾弾する。
「僕に与えた恩寵(おんちょう)だってそうだ!」
 この五年の間に、蒼馬も神々が与える恩寵について調べてきた。そして、調べれば調べるほど、いかに自分の恩寵が異質であるかということがわかってきた。
 恩寵とは、神が人に下す恵みであり慈しみである。
 過去にいたという御子の記録を見ても、蒼馬の恩寵のように授けられた者に不利益しかもたらさないものなどは一例としてなかった。
 もっとも近いものといえば、それはシェムルの恩寵になるだろう。だが、それは彼女自身が獣の神へ自らを律するために求めたものである。そして、それさえも彼女の誇りを不当に侵す者に対して罰を下すという恩恵が与えられていた。
 まさに蒼馬の恩寵は、他に類を見ないものだったのだ。
 そのような恩寵を与えておいて、嫌がらせなどしたことがないなどと、よく言えたものだと蒼馬は激昂(げっこう)した。
 ところが――。
「ねえ、蒼馬――」
 アウラはニタリッと笑う。
「――本当にそう思っているの?」
 アウラの嘲笑に、蒼馬は鼻で笑って返す。
「僕が今さら直接人を傷つけ、殺す覚悟がないと思っているのか?」
 もし、自分の恩寵が役に立つとすれば、せいぜい恩寵を理由に自分の手で人を傷つけたり殺めたりするのを回避する程度だろう。実際に、蒼馬はこの世界に来てからも直接に人を傷つけたり殺めたりしたことは一度もない。それが平和な現代日本から来た蒼馬の心の負担を少なからず軽減させたのは事実である。
 しかし、それも過去の話だ。
 このボルニスの街を統治するようになってから五年の間に、蒼馬は直接ではないにしろ、多くの命を奪ってきた。それは山賊や野盗の討伐のことだけではない。街の中で罪を犯した者たちへ法に(のっと)り死罪を申し渡し、時にはその処刑にも立ち会ってきたのだ。
 今でも直接に人を傷つけたり殺めたりすることに抵抗がないといえば嘘になる。だが、すでにそれができるだけの覚悟と経験は持っているつもりだった。
 ところが、アウラは無知な者を(あざけ)るように、ケタケタと笑う。
「なんて愚かな蒼馬。そんな簡単に乗り越えられるもののことではないわ。そんな慣れてしまう程度のもののことではないわ」
 不意に、するりとアウラが近寄ってくる。その何の前触れもなかった動きに蒼馬は虚を突かれ、アウラが両手で自分の頬を左右から挟むようにするのを止められなかった。
 そして、アウラは蒼馬の目を覗き込むように顔を近づけて言う。
「本当は、この恩寵で良かったと思ったことはない? 本当は、こんな恩寵で助かったと感じたことはない? ねえ、私の蒼馬?」
 そんなわけがあるはずがない。
 蒼馬は、そう笑い飛ばそうとする。
 しかし、それができなかった。
 アウラの目が、嗜虐(しぎゃく)に染まる。
「ほぉら、やっぱり気づいていたね。私の嘘つきな蒼馬」
 アウラの言葉に我に返った蒼馬は、とっさに否定する。
「馬鹿を言うな! そんなわけないだろ! そんなわけがないっ!!」
 蒼馬は顔を左右に激しく振って、アウラの拘束から逃げ出した。そして、少しでもアウラから遠ざかろうと後ずさったが、足がもつれてその場に尻餅をつく。
 その姿に、アウラはすねた子供のように、ちょこんと口を突き出した。
「つれないのね、私の蒼馬。でも、そんなに言うのならば、特別にあなたが欲しい恩寵があげるわ」
 思いもかけないアウラの提案に、蒼馬は目を丸くする。
「私の愚かな蒼馬。あなたは、どんな恩寵が欲しいのかしら? あなたは、どんな力をお望みかしら?」
 尻餅をついた蒼馬に、アウラはゆっくりと歩み寄る。
「敵対する人を願うだけで死に至らしめる呪力? 単騎で万の兵を打ち倒す武力? 百万の軍勢を呪文ひとつで滅ぼす魔力? すべての死を遠ざける不死の力? それともうぶな乙女ですら、あなたに見つめられれば娼婦のように股を濡らす魅了の力?」
 そして、我が子を抱きしめようとする慈母のように、犠牲者を無数の針が生えた胎内に招き入れようとする鉄の処女のように、アウラはゆっくりと、そして大きく腕を開いた。
「何でも、何でもっ、何でもっ! あなたが欲しい力をあげるわよ、私の愚かでかわいい蒼馬ぁ」
 いまだに尻餅をついたままの蒼馬を見下ろすために、うつむき陰になったアウラの顔の中で、ふたつの目と額に輝く刻印がギラギラと赤く輝いていた。
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