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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第42話 投石機

 天幕に集められた諸侯や諸将らによる軍議が再開したが、やはりホルメアへ攻め入る三つの道のどれを選ぶかで議論は堂々巡りを始めた。
 しばらくそれを傍観していたドルデア王だったが、頃合いを見計らうと「皆の者、静まれ」と議論を止める。そして、天幕中にいる者たちの視線が集まるのを感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「余は、船団をもってラビアンの渡し場を押し渡り、ホルメアへ攻め入ろうと思う」
 いきなりのドルデア王の決断の言葉に、まずゴルディア王子が異を唱える。
「陛下のお言葉なれど、ラビアンの渡し場を押し渡ろうとすれば、我が軍の犠牲が大きすぎるのでは?」
 文官肌のゴルディア王子らしい慎重な意見である。また、それに諸侯や諸将の多くがうなずいて賛意を示した。
 しかし、ドルデア王にとって、それは予想のうちである。
「ゴルディアよ。そちはロイロップスの砦をいかに見る?」
 まるで、意地の悪い教師のような笑みを浮かべ、ドルデア王は息子に問いかけた。その笑みに何かあるとは思ったが、ゴルディアは素直に思ったままを口にする。
「砦には多くの旗が風に翻り、突き立つ槍の数は数えられぬほど。兵数は充足し、その意気たるや軒昂(けんこう)と見ます。敵の兵が強きときはこれを避け、弱きときに攻めるのが戦の常道と心得まする」
 戦意に満ち溢れている敵にぶつかるのは得策ではないと、ゴルディアは父王の提案を遠回しに否定した。まさに模範解答ともいうべき答えに、ドルデア王は大げさにうなずいて見せる。
「確かに、ホルメアは万全の態勢で余を迎え撃とうとしているように見える」
 そこでいったん言葉を切り、ドルデア王は皆の期待をあおってから次の言葉を発した。
「しかし、あれは偽兵(ぎへい)である!」
 ドルデア王の言葉に、諸侯や諸将の口から驚きの声が上がった。
「皆の者、砦の胸壁(きょうへき)をよく見よ。鳥どもが、のんびりと羽づくろいをしておるではないか! もし本当に多数の兵がいるのならば、鳥どもは人の気配を恐れて近づきすらしないであろう。すなわち、あれはただ旗や槍を立てて、さも大軍が砦にこもっているように見せておるのだ」
 諸侯や諸将からは「確かに」とか「なるほど」といった感嘆の言葉が洩れた。
 それに気を良くしたドルデア王だったが調子には乗らず、あえて慎重策も提示する。
「しかし、ロイロップスの砦の投石機が脅威であることに変わりはない。そこで余は船団をもって河を押し渡る前に、まず少数の兵でロイロップスを攻め、偽兵か否かの真偽を明らかにしようと考える」
 それから天幕に居並ぶ諸侯や諸将の顔をぐるりと見回した。
「誰ぞ、この重大な務めに、我こそはと名乗りを上げる者はおらぬか?」
 この呼びかけに、諸侯や諸将はとっさに名乗りを上げられなかった。
 ドルデア王の推測どおり砦に敵兵がおらず、それを証明して見せれば今回の征西最初の大功に間違いない。
 しかし、もし推測が外れていたのなら、それは万全の態勢で待ち構える敵の砦にわずかな手勢で攻めることになる。それは飢えた獅子の口に飛び込むのに等しい。
 どうしたものかと諸侯や諸将が迷っている間に、将軍のひとりが声を上げた。
「陛下! ぜひ、その大役。このロブナスめにお任せください!」
 名乗りを上げたのは、ロブナスであった。
「私は平時より商人と身を偽り、幾度となく渡し場を行き来しております。この場におられる諸侯や諸将の中では、私がもっとも渡し場を知悉(ちしつ)しておりましょう。私こそ適任と考えまする!」
 古の賢王の策をもってホルメアの力を削いでみせると得々と披露したというのに、逆に反乱奴隷どもに大金をせしめられた挙げ句に、あれほど無礼な親書を携えて帰還させられたという大失態を演じたのだ。もはやこの征西では後方に下げられて軍議に出ることもかなわないと覚悟を決めていた。ところが、ドルデア王から直々に「いかな名将も策に落ちることもある。気に病むことなく軍議に参加せよ」との温情ある言葉をもらい、恥を忍んで参加していたところである。
 これこそ汚名をすすぎ、名誉を挽回する好機に違いないと、ロブナスは是非とも自分にその大役をお任せくださいと願った。
「なるほど、なるほど。そちの申すとおりだ」そう言いつつドルデア王は、顔を曇らせた。「――しかし、これは非常に危険な務めであるぞ。先の失態を悔いて、無謀と承知で名乗りを上げたのではないのか? それならば、あれはそちの失態ではなく、余の不明であったと申したであろう」
 ここにきて、またもや温情あるドルデア王の言葉に、ロブナスは感涙を浮かべる。
「陛下の御恩情には深く感謝しております! さればこそ、陛下の御恩情に(むく)いるためにも、ぜひともこのロブナスめにこの大役をお任せください!」
 ドルデア王は、しばし腕組みをして考え込んだ。
「……うむ。そちの熱意はわかった。――よかろう! そちに任せよう!」
「はっ! ありがたき幸せ!」
 敷布の上に片膝をつき、深々と頭を垂れて感謝の言葉を述べるロブナスを見下ろすドルデア王は、自分の(ひげ)をしごくふりをして手で隠した口許に、にやりとした笑みを浮かべていた。

                    ◆◇◆◇◆

 自分の陣に戻ったロブナスは、さっそく多額の報奨金を約束して、五百人の決死隊を集めた。そして、その決死隊を二十五(そう)の小舟に二十人ずつ押し込めると、新月の晩を選んで真夜中のラビアン河に乗り出したのである。
 もちろん、ホルメア側に気取られないためにも松明などはつけられなかった。目指すロイロップスの砦は、こちらを威嚇するように夜空に浮かぶ雲を赤く照らし出すほどのかがり火を燃やしているため、その方向を見失いはしない。
 だが、渡河の安全を確認しようにも、わずかに雲間から覗く星のささやかな光だけが頼りでは、水面に隠れる岩ばかりか互いの船を視認するのも困難であった。もし、そうしたものに衝突すれば、喫水の浅い船など簡単に転覆し、乗っていた人は河に投げ出されてしまう。
 そのため船に乗ったロブナスを始めとした五百人の決死隊の面々は、いずれも大きな猿ぐつわを噛んでいた。万が一、船が転覆して河に投げ出されても、ホルメア国の兵士に悲鳴を聞かれないための用意である。まさに決死の覚悟であった。
 それだけに、ロイロップスの砦が立つ岬の下にある岩場に船が着いた時には、ロブナスは腰が抜けそうなほど安堵(あんど)した。それは彼の兵たちも同様で、しばらくは誰もが船の上で身動きが取れなかったほどである。
 ようやく立ち直ったロブナスが無事にたどり着いた船を数えれば、それは二十二艘であった。兵に尋ねると、河の中ほどで二艘がぶつかり合い転覆したのを見たと報告が上がる。しかし、残り一艘は河に流されたのか、それとも転覆してしまったのか、その行方は定かではなかった。
 だが、今それを捜索している余裕はない。ロブナスは休む間もなく、今度は岬の崖を登るように命じた。まず身軽な者を先行させて上から縄を垂らし、それを頼りに決死隊の兵士が次々と登って行く。その途中、滑落や落石によって、さらに四名が命を落とすが、ロブナスたちは何とか崖の上に登りきった。
 そこでロブナスと決死隊が運んできた武具を身に着ける頃には、とっくに夜半を過ぎていた。
 もう時間はない。急がなくては、砦を落とす前に日が昇ってしまう。
 焦るロブナスは決死隊の先頭に立ち、真昼のようにかがり火をつけているロイロップスの砦に、そろりそろりと近づいて行った。
 幸いなことに見える範囲には見張りや巡回する敵兵の姿はなく、外壁の上にも人の気配は感じられない。そこでロブナスは、砦の外壁へ長い梯子(はしご)をかけると、まず自らが登っていった。
 パチパチと火がはぜる音だけが聞こえる不気味なぐらいの静けさの中で、ロブナスは恐々と外壁の上に顔だけ覗かせて辺りをうかがう。
「……! まさに、陛下のおっしゃるとおり!」
 砦の外壁には、いたるところに槍や旗が(くく)りつけられ、兵士に見立てたカカシが無数に立てられていたが、肝心の敵兵の姿がどこにも見当たらない。外壁に上がったロブナスは、下で待っている兵を手招きして呼び寄せた。
 すべての決死隊が登りきったところで、ロブナスは小声で指示を与える。
「二手に分かれる。半分は俺とともに投石機を押さえにいく。無理そうならば、破壊だ。残りの半分は敵兵の排除だ。反乱だと叫び、相手を混乱させろ」
 決死隊の隊長に兵の半分を預けると、ロブナスは自らが投石機の制圧へと向かった。
 敵兵の排除に向かった兵たちが上げる「反乱だ!」「裏切りだぞ!」と叫び声とともに、にわかに騒がしくなった砦の中をロブナスは兵を引き連れて投石機の制圧へと向かう。
 完全に油断し切っていたホルメア兵だが、ラビアン河に向かって立ち並ぶ投石機の周りにはさすがに見張りの兵士らしい姿が四、五人ばかりあった。しかし、剣を抜いて向かってくるロブナスと決死隊の姿を見るなり、驚いたことに手にしていた槍を捨てて背中を向けて逃げてしまう。
 その姿にはロブナスも「何たる弱兵か」と侮蔑の念が湧く。
 そうして戦わずして投石機を制圧したロブナスは、まずは周囲を固めると、残った兵を砦の敵兵排除に向かわせた。それから改めて、投石機を眺める。
「これが、我らをさんざん苦しませた投石機か……」
 近くで見れば、それは見上げんばかりの大きさである。
 ロイロップスの砦にあったのは、平衡錘投石機(トレビュシェット)と呼ばれる巨大な投石機である。立てられた柱に軸で固定された長く柔軟な腕木は、一方の先端が細くなっており、その先には吊り紐で投石を乗せる籠がつけられていた。これを巻き上げ機をつかって数人がかりで引き下げて、それを解放すると、反対側の太い端にある大きな(おもり)の重さによって腕木がしなりながら跳ね上がり、籠に乗せられていた石を投じるというものだ。それだけ大がかりなだけに、オナガーやマンゴネルといった他の投石機よりも大きな石を長距離に飛ばすことができる投石機である。
 しかも、この投石機は回転式の台座に乗っており、ラビアン河からマサルカ関門砦まで投石機の向きを変えることができるようになっていた。これならば上陸する後続の軍がマサルカ関門砦の前に展開するまでの援護にも使えるだろう。
 そんなことを考えていたロブナスのところに、砦の敵兵排除を命じていた隊長がやって来る。
「ロブナス閣下。敵兵の排除を終えました!」
「うむ、ご苦労。――で、こちらの被害は?」
 ロブナスの問いに、隊長は笑って答える。
「数名が手傷を負っただけです。何しろホルメアの腰抜けどもときたら、我らの姿を見ただけで槍を放り捨てて逃げる始末でしたからな」
 それは愉快であっただろうと、ロブナスは隊長とともに笑い声を上げる。
 しかし、そう笑ってばかりはいられない。
 ロイロップスの砦が落とされたことが知れれば、ホルメア国はすぐさま奪還のために兵を送って寄越すだろう。その前に、防備を固めねばならない。
 すぐにでも投石機を使えるように、兵士らに操作の確認を命じると、ロブナスは砦の地下にある貯蔵庫へ向かった。砦を落とした合図を受けたドルデア王が軍勢を率いて渡河してきても、それからマサルカ関門砦を落とすまではここに立てこもらなくてはならない。その間の糧食の確認は重要である。
 そして、幸いなことに地下貯蔵庫には、小麦や雑穀の入った袋、乾燥させた肉や魚、酒の入った壺が壁際いっぱいにまで詰め込まれていた。これだけの量があれば二十日以上は、ゆうに食いつなげるだろう。
「よし。糧食の管理は、おまえに任せる。――俺はこれから砦の防備を固めてくる」
 ついてきていた部下にそう命じると、ロブナスは足早に立ち去ってしまった。
 糧食の管理を任された部下だったが、さすがにひとりでやるには手に余る仕事だ。まずは人手を集めなければならない。できれば多少でも算術ができる者が決死隊の中にいればいいのだがと思いつつ、貯蔵庫から出ようとしたときである。
 不意に、足を止めた。
 その場で振り返ると、怪訝(けげん)な表情で無人の貯蔵庫の中をしばらく見回してから首をかしげる。
「……気のせいか?」
 何か物音が聞こえたような気がしたのだが、聞き間違いか、ネズミの仕業だったのだろう。そう自分を納得させると、貯蔵庫の扉を閉め、人手を探しに向かった。
 それからしばらくしてからである。
 誰もいないはずの真っ暗な貯蔵庫の中で、何かがゴトッと音を立てた。
感想欄でも書きましたが、ドルデア王が鳥を見て敵兵がいないと考える展開の元ネタは孫子の「鳥集者、虚也(鳥が集まるのは、そこに敵がいないからです)」という言葉です。
ちなみに、ボルニス決戦でダリウスが森を抜けるゾアンを見破ったのも同じ孫子の「鳥起者、伏也(鳥が飛び立つのは、そこに伏兵がいるからです)」という言葉が元ネタでした。

そして、最後に貯蔵庫でおかしな音を立てたのはネズミです。ネズミですからね!
+注意+
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