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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第41話 ロマニア王

今回は説明回のために、わかりやすいように地図ふたつも作ったよ!ヽ(`д´)ノ
 天幕の中に用意された仮の玉座に腰を下ろしたドルデア王が「始めよ」と軽く手を振ると、征西に従軍していたロマニア第一王子ゴルディアが前に進み出た。
「陛下の御前(おんまえ)なれど、礼は不要! 陛下がお求めになられているのは礼ではなく、忌憚(きたん)ない意見である!」
 そう高らかに宣言するゴルディアは王子といっても、すでにその年齢は五十に近かった。
 父王の補佐として内政面ではそれなりの実績を挙げている王子ではあるが、軍事の才能については乏しい。それでも第一王位継承者として(はく)をつけるため征西に従軍してきたのだが、どうにも場違いな感が否めない。今、身に着けている鎧も、どこかお仕着せられた印象が否めず、滑稽(こっけい)にすら感じられた。
 ドルデア王がいまだ譲位しないのも、この王子が頼りないせいもあるのでは、というのが口さがない宮廷雀たちの談である。
「ダライオス。軍議を始めよ!」
 やや裏返った声でゴルディア王子が言うと、彼の正妻の父親であり、彼自身の後見人でもあるロマニアの大将軍ダライオスが前に進み出た。
 頭に白い毛が交じり、顔にも深いシワが刻まれ始める老齢の域に達しようかというダライオスであったが、その重厚な鎧を着ながらも軽々と動く巨体は(いわお)のような筋肉の塊である。もし、その姿を蒼馬が目にしたのならば「人間版ズーグさん」と評したであろう。
 そして、何よりも目を引くのは、その肩口から失われている左腕である。
 それは今より三十数年前の征西の際に負った名誉の負傷であった。ダリウス将軍の前に大敗を喫し、撤退するロマニア軍の殿軍(でんぐん)となって奮戦していた時に腕を切り落とされたダライオスは、「これは()い。身軽になった」とうそぶいたという。そして、肩口を紐で縛って止血すると、右手に槍を持ち、手綱を口にくわえ、追いすがるホルメア兵に斬り込んだというのは、今でもロマニアでは語り草となっている。
 また、ホルメア国でも、その豪胆さは次のような話として伝わっていた。
 撤退戦の折の雄姿に感心したダリウス将軍は、戦場に残されていたダライオスの左腕を回収すると、きれいに洗い清めてから大陸中央渡来の美しい布で丁寧に包み、木箱に納めて「勇者の落とし物」として送り届けたのである。
 ところが、後日木箱はダリウス将軍のところへ送り返されてきた。やむなくダリウスは、こちらでどこぞに埋めてやろうかと思い、木箱を開けて驚いた。
 何と、送り返された腕には重厚な手甲がつけられ、一振りの剣を握らされていたのである。そして、それと一緒に「先の戦いで挙げられた貴殿の最大の功績を奪うのは申し訳ないので送り返させていただく」と短く書かれていた書状が添えられていたという。
 剣を握らせて返したのは、腕は失っても戦意は失われてはいないという強い意志の表れ。さらには数万のロマニア兵に加え、名のある将軍を何人も討ち取ったダリウス将軍に対して、自分の腕一本を斬り落としたのが最大の功績とうそぶける、その胆力。
 これにはダリウスも闊達(かったつ)な笑い声を上げると、「こやつは必ずやロマニアで頭角を現す」と予言したという。そして、その予言は的中し、ダライオスは間もなく大将軍を拝命したのである。
 その大将軍ダライオスは、諸侯や諸将が注視する中で卓の上に広げられた西域の地図を指でなぞって見せた。
「征西の最大の難関は、このラビアン河を如何(いか)にして渡るかである!」
 西域の両雄と呼ばれるホルメア国とロマニア国だが、実は国力そのものはロマニアの方が勝っているのだ。
 しかし、それでもなおホルメア国を制圧できなかった理由が、ラビアン河であった。
 ラビアン河は、ホルメア国とロマニア国を分ける大河である。
 現代ではダム建設により水量も減り、幾度もの河川整備工事によって流れも穏やかになっているが、古代においてはのた打ち回る大蛇の如く曲がりくねった川筋を怒涛のように水が流れる難所であった。
 その河岸は、激しく流れる水で大地がえぐられ、崖のように切り立っている場所が多い。それはホルメア側で顕著で、ロマニアから渡河しようとしても船をつけられる場所が限られていた。また、そうした渡河の安全が確認された場所以外を渡ろうとすれば、急流に船は流され、下手をすれば突き出た岩に船底を破られて沈没するのが落ちである。
 そのため、このラビアン河を越えてホルメアへ攻め入るには、おおよそ三つの道しかないとされていた。
「当初の予定では、このラビアンの渡し場より船団もって大軍を送り込むはずであった」
 ダライオスの指し示したのは、平時では両国の交易に使われている渡し場だった。この辺りは川底も深く、河の流れも比較的穏やかで大きな船も利用できる。多数の兵を乗せた船団で一気に攻め入るのにも適した場所だ。
 しかし、それはホルメア側も承知しているため、それ相応の防衛体制が整えられている。
「だが、その先にあるのはマサルカ関門砦。言わずと知れた『黒壁』の拠点だ」
 ダライオスの口から出た「黒壁」という名に、天幕の中の空気がざわりと揺れる。これまで何度となく苦汁を舐めさせられたホルメア最強の軍団の名を知らぬ者は、ここにはいないのだ。
「ワリウスめが後先考えずに反乱奴隷討伐のために西へ『黒壁』を動かしたとの情報もあるが、逆に国軍の大半が防衛に入ったとの情報もある。また、ロイロップス砦も忘れてはならぬ!」
 ロイロップス砦とは、ホルメア側のラビアンの渡し場の脇に岬のように河に突き出たところにある小さな砦である。
 砦につけられたロイロップスという名は、山を旅する人に大きな岩を投げつけるという巨人に由来する。その石投げ巨人の名前をつけられたこの砦には、十基もの大型投石器が備えられ、もしロマニア軍が船で河を渡って攻め入ろうとすれば、その投石器が岩や火壺を雨あられのように降らしてくるのだ。
 実際に、三十年以上前にドルデア王が大軍を率いて攻め入ろうとした時、この砦によって船団の大半が沈められてしまっている。
「ロイロップスからの投石を受けつつマサルカ関門砦を攻め落とすのは不可能。ここは故事にならいラップレーから攻め入るべきでは?」
 諸侯のひとりが上げたのは、ここより少し北にいったところから同じく河を船で渡り、ラップレーという土地に攻め入るという、ふたつ目の道だ。
 ラップレーは、いくつかの支流がラビアン河と合流する地域で、河によっていくつもの()に分けられた土地である。かつてはその洲ごとに小さな国があったが、今ではすべてホルメア国に併呑されてしまい、ホルメアの公路からも遠く離れた一辺境の土地に過ぎない。
 だが、ドルデア王より四代前のロマニアの王が、そうした小国の記録を基にラップレーへの渡河に成功し、ホルメア国に大打撃を与えた実績があるところだ。
 しかし、すぐさま否定の声が上がる。
「話にならん! 今やラップレーにも洲ごとに砦が建てられ、我らに備えている! ましてやラップレーはいくつもの洲に分けられた土地。それでは我が方の大軍の利を活かせぬ。それならば、バルジボア国を抜ける道の方が、まだしも現実味がある!」
 そして、最後の三番目の道は、さらに河を北へと(さかのぼ)ったところにある小国バルジボアを通り抜ける道だ。
 バルジボア国は、ホルメアとロマニアの間に挟まれる山間の小さな国である。国土の大半が険しい山で、これといった産物もなく、ロマニアと比べるべくもない貧しい国だ。
 しかし、その険しい山々が天然の要害となり、攻め落とすには多大な時間と労力が必要となる。しかも、そうして攻め取っても大した利益も見込めないため、半ば両国から放置されている国であった。
「バルジボアこそ論外ではないか? 我らの目的は飛び回る蝙蝠(こうもり)を叩き落とすことではなく、獅子を殺すことですぞ」
 大国に挟まれた小国のバルジボアは、ホルメア国とロマニア国双方に尻尾を振り、一方の国が攻めようとすれば、もう一方の国に救援を求めるのが常である。その小国ゆえの(したた)かさから、ホルメアとロマニアの人はバルジボアを「蝙蝠」と(さげす)んでいた。
「やはりラビアンの渡し場から攻めるしか……」
「貴公は兵を無駄死にさせるおつもりか?!」
「いっそのこと新たに渡河できる場所を探してみては?」
「今さらか? ホルメアの目の前で河を調べ、『これからここを渡ります』と教えてやるとは優しいことだな」
「今後のホルメア侵攻のために道を確保するためにも、いっそのことバルジボアを制圧するのも手では?」
「ホルメア側の隘路(あいろ)の出口を塞がれれば、大軍がろくに食料もないバルジボアに留められるのだぞ。兵を飢えさせるつもりか?」
 ほとんど取っ組み合いの喧嘩になりかけるほど諸侯や諸将が盛んに意見を述べる白熱した軍議となったが、なかなか結論は出ない。
 一番簡単なのは、征西を諦めて軍を退くことだとは誰もが承知していた。
 しかし、今回の挙兵に際してドルデア王は「最後の征西」と述べ、諸侯や諸将の奮起を(うなが)している。そんなドルデア王に対して、何の成果も上げずに兵を退こうと言えるものではない。また、諸侯や諸将としても、出陣しておきながら無駄に兵を退くわけにもいかなかった。
 だが、今回のドルデア王の起こした征西軍は、ホルメア国の注意と軍を西の反乱奴隷討伐へと向けさせるという策が前提にあった。その前提が崩れてしまったのだから、今さら挽回(ばんかい)するだけの良策が、そうそう簡単に思いつけるはずもない。
 軍議の内容が堂々巡りを始めたのを感じたドルデア王は軽く手を上げ皆の注目を集める。
「余が信頼する諸侯並びに諸将らよ。議論白熱しておるが、しばし休憩を入れよう」

挿絵(By みてみん)

                   ◆◇◆◇◆

 わずかな近習(きんじゅう)と近衛兵のみをともなって天幕から出たドルデア王は、乗物を用意させると軍勢を離れてラビアン河まで足を延ばした。そして、河の(ほとり)に立つと、少し考え事をしたいと言ってついてきた者たちを遠ざける。それから周囲に誰もいないのを確認したドルデア王は、いきなりクワッと目を剥いた。
「奴隷ごときが図に乗りおってからに! それに、ロブナスの無能めが! あのような奴の献策を真に受けた自分が恥ずかしいわ!」
 その後も、次から次へと罵詈雑言が飛び出してくる。
 表には出さなかったが、ドルデア王は腹の底では怒りが煮えくり返っていたのだ。
 何しろ、金貨五万枚もの大金をせしめておきながら、もうこちらの指図には従わないと絶縁状を突きつけられたのである。しかも、それをやった破壊の御子を名乗る男は、聴けば二十歳そこそこの若造だと聞く。そのような若造に、ここまでコケにされたのでは、大国ロマニアの王を自負するドルデア王の怒るのも無理はない。
 しかし、ドルデア王は臣下の前ではそれらを胸の内に押し隠す程度の思慮(しりょ)は持っていた。
 かつて若気の至りから征西を無理押しし、大敗を喫したばかりか、莫逆(ばくぎゃく)の友と呼んでも過言ではなかった友人を失った経験が、ドルデア王に思慮を学ばせていたのである。
 ひととおり罵り終え、ようやく気も落ち着いてきたドルデア王は、改めて対岸のホルメア国を見た。
「何としてでも、此度(こたび)の征西を成功させねばならぬ……」
 今なおホルメア国を平定し、(いにしえ)の大国復興の夢に胸を燃やすドルデア王だったが、さすがに自分の歳も考えないわけではない。諸侯や諸将に宣言したとおり、おそらくはこれが最後の征西となるだろう。
 それだけに、ホルメア国平定とまではいかないまでも、それなりの功績を残しておきたかった。また、諸侯や諸将に「最後の征西」と大見得切った以上は、何らかの戦果を挙げなくては、王の沽券(こけん)にもかかわるというものだ。
 それだというのに、反乱奴隷の頭目のせいで、こうしてホルメア国を前にしておきながら手をこまねているしかできないのが何とも腹立たしい。
 しかし、ドルデア王の許に届いているのは、悪い報せばかりではなかった。
 マサルカ関門砦の向こうにある国境の町には、かねてより金銭で懐柔(かいじゅう)した内通者が住民の中に多数いる。そうした内通者からは、銅を奪われて怒り狂ったワリウス王が反乱奴隷討伐のために「黒壁」を呼び寄せたとの報せも届けられていたのだ。しかも、そればかりではなく、国境に配されていた国軍までもが、すでに王都に向かっているとも言う。
 しかし、それ以降は街の監視が強化されたらしく、内通者からの報せが滞っており、その真偽を確かめようがない。
 だが、もしそれが本当ならば千載一遇(せんざいいちぐう)の好機である。
 いかに強固なマサルカ関門砦と、強力な投石器を備えるロイロップスの砦であろうと、それも中に精鋭と呼べる兵がいればこそ、だ。有象無象の兵どもならば恐れるには足りない。
 しかし、とドルデア王は対岸を見やる。
 うねるように大量の水が流れるラビアン河を隔てた対岸から、こちらへ岬のように突き出た崖の上にロイロップスの砦があった。その砦の上には何本もの旗がひしめき合い、兵士の持つ槍が林のように立っているのが見える。その光景からは、反乱奴隷討伐のために国軍が移動を命じられたとは、とうてい思えない。
 こちらなど気にせず、さっさと西の反乱奴隷討伐に向かえば良いものをと、ドルデア王は身勝手な怒りを覚える。
「それにしても、何と忌々(いまいま)しい砦よ……」
 ドルデア王は憎しみを込めて吐き捨てた。
 今は、砦の胸壁(きょうへき)に設けられた(のこぎり)型の矢狭間(射手が姿を身を隠すために作られた凹凸)の上で鳥たちが羽づくろいをしている姿が見受けられる。そんなのどかなロイロップスの砦だが、ひとたびこちらが船団をもってラビアン河を押し渡ろうとすれば、とたんに巨石や火壺を雨あられのように降らしてくるだろう。
 かつて自らが率いた船団が、このロイロップスの砦によってさんざん叩きのめされた光景は忘れられるものではない。
 あの羽づくろいをしている鳥たちごとロイロップスの砦を丸焼きにできれば、さぞ爽快だろうとドルデア王は思った。
「獅子が憎くて猫を叩く」という言葉がロマニアにはある。獅子を王家の旗とするホルメア国を憎むあまり、道端を歩く猫まで憎んでしまうという格言だが、ロイロップスの砦を憎むあまり一緒に丸焼きにしてやろうと思われた鳥たちはいい迷惑だろう。
 燃え落ちる砦の光景を夢想していたドルデア王だった、ふと違和感を覚えた。
 その違和感がいったい何なのか突き止めようとロイロップスの砦をしばし凝視したドルデア王は、あっと気づく。
「……なるほど。そういうことか」
 ドルデア王は長く伸ばした白い髭の中で、口角を吊り上げて笑う。それから遠ざけていた近習らに声をかける。
「誰ぞ、すぐさま諸侯と諸将を余の天幕に呼び集めよ。軍議を再開するぞ!」

挿絵(By みてみん)
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