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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第40話 親書

 コンテ河から兵を退いた蒼馬がボルニスの街に着いてから十日も経たないうちに、ロマニアの将軍ロブナスが血相を変えてボルニスの街にやって来た。
「約束が違う! ルオマの街を攻め落とすのではなかったのか?!」
 開口一番に、そう食ってかかるロブナスと小さな茶卓を挟んで座る蒼馬は小首を傾げて見せた。
「いったい何のことでしょうか? 僕は一言も、ルオマの街を攻め落とすとは言った覚えがありませんが?」
「……! そ、それはそうなのだが」
 確かに蒼馬は街ひとつ攻め落とすと言っただけで、どこの街とも明言していない。
 しかし、このボルニスの街からもっとも近い街といえば、ルオマの街である。普通はまず一番近いところを攻めるものと考えるだろう。それをまさか、ホルメア国の内側深くにあるマーベン銅山を攻めると思えという方が無理な話だ。
 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)にエラディアが淹れたお茶をすすっている蒼馬に、それでも何とか言ってやろうとしたロブナスだったが、その機先を制せられる。
「約束どおりホルメアの街ひとつを落としました。何か問題でもありましたか?」
「も……問題ではない。ないのだが……」
 どこの街と明言しなかっただけで、約定どおり街を攻め落としたのだ。問題があるかと問われれば、ないとしか言いようがない。
 だが、ロブナスたちが望んでいたのは、蒼馬とホルメア国が泥沼の戦いを演じることだ。厳重な警戒が敷かれている渡し場、次に小さいながらも強固と知られるガラフ砦。そして、それを落とす頃には多くの援軍が集まっているだろう大都市ルオマ。その都度、ホルメア国の軍勢を削り、潰し合ってもらうのを期待していたのだ。最低でもホルメア国の軍勢と睨み合い、できるだけ多くの兵を西側へ拘束しておいてもらわなければ困る。
 それだというのに蒼馬は約定どおり街ひとつを攻め落とした後、さっさと兵を下げ、こうして街にこもってしまっていた。
 そのため、次にロマニアが街を攻め落とすという約定の内容が洩れ聞こえているホルメアは、国軍のほぼすべてを東の国境に集めていると聞く。これではかえって、ロマニア国が反乱奴隷どもをホルメア国から守ってやっているようなものだ。本末転倒も良いところである。
 ギリギリと歯軋(はぎし)りをしながら次の言葉を探すロブナスの前で、蒼馬は自分の実績を指折り数えてみせる。
「僕らは約束どおり街ひとつを陥落させ、ドワーフの奴隷と大量の銅を奪い、何よりもホルメアの面目を丸つぶれにしてやった。――これのどこにご不満があるんですか?」
 ロブナスは、うっと返答に詰まる。
 蒼馬の挙げた戦果を見れば、とてつもなく大きい。ホルメア国を仇敵とするロマニア国では、大喝采を浴びるほどのものだ。これほどの大功を挙げた相手につけられる文句などあるはずがない。
 蒼馬はしばし待ってからロブナスからの反論がないのを確認すると、自分の後ろに控えていたシェムルを招き寄せた。予め用意しておいたドルデア王宛ての書状を彼女から受け取ると、それをロブナスの手に強引に押しつける。
「これをドルデア王陛下に。あと僕が、ドルデア王陛下が大きな戦果を挙げられるのを期待し、祈っておりますと、よろしくお伝えください。――客人のお帰りです。見送って差し上げて」
 先日と同様にうやむやのうちに追い返されてしまいそうになるのに、ロブナスは抗議の声を上げようした。しかし、それよりも前に蒼馬が手を打ち鳴らして呼んだのは、見上げるほど巨大なディノサウリアン――ジャハーンギルである。
「ジャハーンギルさん。丁重にお送りしてくださいね」
 ニッコリと微笑む蒼馬に、ジャハーンギルは「我に任せろ」と言わんばかりにうなずいて見せる。それから腕組みをしてふんぞり返るように胸を大きく張ると、ロブナスを見下ろした。
「我が見送ってやる。早く出ていけ」
 あまりに無礼な態度と物言いに、ロブナスは激昂し、文句を言ってやろうとした。だが、人間には感情を推し量るのが難しいディノサウリアンの顔で睨まれると、口から出かかった文句もどこかに消え去ってしまう。一緒についてきていた従者たちなどは、すでに逃げ腰である。
 得意げに荒い鼻息を洩らすジャハーンギルの後ろでは、蒼馬が見た目には無邪気な笑顔を浮かべて、小さく手を振って見せていた。
「ロマニアからの朗報をお待ちしております」
 その笑顔に、ようやくロブナスは自分がもてあそばれていたことに気づいたのだった。

                  ◆◇◆◇◆

 ボルニスの領主官邸から()()うの(てい)で逃げ出したロブナスは、厳しい警戒が敷かれるホルメア国をどうにか潜り抜けて、ラビアン河を渡った。そして、ひそかに国境近くまで兵を進めていたドルデア王の率いる軍勢に合流する。
 有力諸侯や将軍らが居並ぶ大きな天幕の中で、顔を蒼白にしたロブナスから渡された蒼馬の親書を読んだドルデア王は、まず大きな口を開けて笑った。
 それから、どんな叱責や罰が下されるのかと冷や汗を流すロブナスへ親書を投げ渡す。
「皆のために読み上げよ」
 ドルデア王の命令に、ロブナスは半泣きの表情を浮かべる。
 どうせ、ろくなことが書いてないのはわかりきっていた。それをドルデア王に渡すだけでも恐ろしかったというのに、それを諸侯や同輩の将軍らの前で読み上げさせられるとは、もはや拷問である。しかし、王の命令に背くわけにはいかない。不安と恐怖に震える指で、親書を開くと、文字だけ見れば美しい筆致の親書を読み上げる。
()(ぼっ)する処の友人が手紙を()()ずる国の王に送る。つつがなしや……」
 この出だしの一文は、もちろん聖徳太子が隋の煬帝に送ったとされる国書を真似たものである。
 蒼馬としてはロマニアを挑発しすぎてはまずい。自分ら憎むあまり仇敵同士であるはずのロマニアとホルメアが手を組んでは困るのだ。
 そこで、聖徳太子の故事を参考に、ロマニアはますます栄えて自分らはもうこれ以上は栄えることはないでしょうと謙遜(けんそん)して見せたのである。
「ふはははは! 何とも愉快な書ではないか」
 ところが、そのような故事を知らないドルデア王は別の意味でとった。
「日輪は東より出でて、西へと沈む。つまり栄光は東のロマニアより離れ、西の自分のところにやって来ると言いたいわけか!」
 ドルデア王の解釈を聞いたロマニアの将兵らは、何と傲岸不遜(ごうがんふそん)なと激怒する。
 何しろ、世間ではいまだ蒼馬は亜人や奴隷たちの頭目に過ぎない。そのような男が、ロマニア国に対して「あなたの国の栄華も終わり、次は私たちが栄えるのだ」と言い放ったと聞かされたのだ。これで怒るなという方が無理な話である。
 そんな怒りが渦巻く中で、ロブナスは冷や汗を滝のように流して続きを読む。
 手紙の中の蒼馬は続いて、いかに自分らが(いや)しくて劣った存在であるかと、くどいほど書き連ねていた。
 しかし、今さらそのような謙遜を連ねても怒り狂ったロマニア国の面々からしてみれば、何とも白々しい言葉にしか聞こえない。
 そして、とどめとばかりに蒼馬は自分のやったマーベン銅山陥落をドルデア王から見れば児戯(じぎ)にも等しく取るに足りないものだとした上で、それでも約定は約定なのでドルデア王が街ひとつ落とすのを心待ちにしていると書いて締めくくられていた。
 ロブナスが書状を読み終えると、ドルデア王は諸侯や将軍らに語りかける。
「聞いたか、皆の者よ。奴隷の頭目めは、自分の戦果を子供の(たわむ)れと申しておる。ホルメアにとっては財政の要とも言うべきマーベン銅山を落としのみならず、大量の銅塊を奪い、あまつさえ大国の面子を丸つぶれにした。それほどの大功を大したことではない、とな。その上で、余ならばもっと大きな戦果を挙げられるだろうと挑発しておるのだ」
 そこでドルデア王は、ニッコリと微笑んで見せるとロブナスに問いかける。
「のお、ロブナスよ。こやつが余の戦果を心待ちにしておるとは、どのような意味かのう?」
「そ、それは……」
 ロブナスにもおおかた推測は立つ。しかし、とうていそれを口に出せるものではない。
 言いよどむロブナスに、ドルデア王は含み笑いを洩らして言った。
「わからぬか? こやつは約定どおりに余が街ひとつを落とすまで、余の指図は受けぬと言って来ておるのだ」
 意図的に蒼馬が洩らした約定の内容を知るホルメアは、すでにロマニアの侵攻に備えて万全の態勢を整えているだろう。そんなところへ攻め込むのは、飢えた獅子の口に自ら飛び込むようなものだ。それを承知した上での蒼馬の書状の内容は、()わば絶縁状のようなものである。
「へ、陛下! この失態は必ずや挽回いたします! 再度、ボルニスの奴隷どものところへ向かい、口説き落としてまいります! 何とぞ御許可を!」
 敷布に額をこすりつけて懇願するロブナスに、ドルデア王は穏やかな声をかける。
「それには及ばぬ。――ご苦労であったな。急ぎの旅で疲れているであろう。ゆっくりと休むがよい」
 てっきり厳しい叱責と重い罰が下されると思っていたロブナスや居並ぶ諸侯と諸将は、驚いたように小さく目を見張った。そして、ドルデア王にその意志を(うかが)うような視線を向けた。
 するとドルデア王は、さも当然というふうに言う。
「反乱奴隷をもってホルメアの兵を削らんとする策は、確かにロブナスの献策なれど、それを認めたのは、他ならぬ余である。すべての責は余にある」
 凡百の者ならば献策したロブナスを痛罵(つうば)し、その失策の責を取らせるところである。それなのに、その労をねぎらったばかりか、失策の責任はすべて自分にあると断言したのだ。
 さすがは陛下と、ロブナスばかりか諸侯や諸将らは残らず感嘆の念を抱く。
「我がロマニアが誇る、諸卿並びに諸将たちよ。今は過去の過ちを問い質すときではない。それよりも今、我らは如何にすべきか忌憚(きたん)ない意見を述べることを余は期待する」
 だからこそ、ドルデア王が意見具申を求めると、諸侯や諸将は一切の躊躇(ためら)いもなく「御意!」と唱和したのである。
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