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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第39話 王子

 ここ最近、ホルメア王宮の謁見の間で開かれる朝議は、異様な緊張に包まれていた。
 その原因は、謁見の間の一番奥に据えられた玉座に座るワリウス王である。
 玉座に力なく座るワリウス王には、もはや見る影はなかった。ここ数日で一気に歳を取り老いてしまったかにさえ見える。
 先日、失神したワリウス王だが、間もなく意識を取り戻した。ところが、目を覚ましたとたんワリウス王は言葉にならない奇声を上げながら激しく身体を痙攣(けいれん)させたのだ。そのため、侍医が処方した薬湯によって強制的に眠らせなければならかった。
 しかし、それほどの症状を示しながらも、身体に重篤な疾患などは見つからず、おそらくは気が(たか)ぶりすぎたためのものだろうというのが診察した侍医の見立てである。
 ワリウス王は、転換性障害――いわゆるヒステリーを患っていた可能性が高い。
 そう指摘するのは医学史研究の第一人者である医学博士ステファンだ。
 彼の説の根拠となるのは、侍医の手記の記述である。それによれば、ワリウス王は幼児の頃から極度の緊張状態に置かれると痙攣や失神したりすることがあったという。しかし、それも成年になる頃には治まっていたと記述されている。
 だが、破壊の御子によるマーベン銅山襲撃に始まる一連の攻勢により、ワリウス王は極度のストレスを受け、治まっていた転換性障害を再発させたのではないかというのがステファン博士の唱える説だ。
 ステファン博士が言うように、本当にワリウス王が転換性障害を患っていたかはわからない。
 いずれにしろ、ワリウス王が急激に衰えていったのは侍医の手記だけではなくホルメア王宮の侍従の日誌、大臣らの私信など、わずかに残るホルメア国末期の貴重な歴史的資料をひも解けば明らかである。
 そして、それは破壊の御子の呪いとして恐れられたと多くの記録は語るのだ。
 この日もまた、ワリウス王を刺激しないように、当たり障りのない朝議を執り行っていた謁見の間に、思わぬ来訪者がやってきた。
 その来訪を告げたのは、謁見の間の入り口から聞こえてきた騒々しい物音である。
 国の施策を決める大事な朝議の時間に、このような騒音を立てるとは許されないことだ。いったい誰が騒いでいるのかと重臣らが眉をしかめていると、ガチャガチャと金属が触れ合う音を引き連れてひとりの男が謁見の間に断りもなく入って来た。
 それは年の頃は、およそ二十代後半。飴色の髪を短く刈り込み、顎鬚を生やしたなかなかの好男子である。
「父上!」
 そう声を張り上げた男は、金銀の装飾具で飾り立てた傷ひとつない鎧を鳴らしながら、玉座へと駆け寄る。
「お倒れになったと聞き、このアレクシウス。いてもたってもいられず、まかり越しましたぞっ!」
 この男の名はアレクシウス・サドマ・ホルメアニス。ワリウス王のただひとりの息子であり、第一王位継承者である。
 力なく玉座に座っていたワリウス王だったが、アレクシウスの声に反応し、緩慢な動作で顔を上げた。そして、息子の顔を見るなり、ホッと安堵した表情を浮かべると、よろよろと玉座から立ち上がる。
「……お、おう、おう。アレクシウスよ。我が息子よ」
 かすれるような声を洩らしながら息子に歩み寄ろうとしたワリウス王だったが、その足がもつれ、あわや転びそうになる。それを走り寄ったアレクシウスが腕を伸ばして身体を抱き留めた。
「我が息子、アレクシウスよ。よくぞ戻った。よくぞ戻ったぞ……!」
「父上。ご安心くだされ。このアレクシウスが参ったからには、何も心配はございませんぞ!」
 そう言うとアレクシウスは父親に手を貸して、玉座に座らせる。そして、衰えた父王を支えるように、自らは玉座の横に立つ。
 一見すれば父親の(きゅう)を知り駆けつけてきた孝行息子という感動の光景なのだが、それを見る重臣らは困惑を隠せずにいた。そのうち、重臣のひとりが勇気をもって発言する。
「恐れながら、殿下にお(うかが)いいたす。殿下は、何故に王宮に参られたのでしょうか?」
 それにアレクシウスは、下らぬことを訊くなとばかりに小さく鼻を鳴らす。
「父上が倒れられたのだ。心配し、駆けつけるのが当然であろう」
「いえ、その、そういう意味ではなく――」重臣はやや口ごもってから続けた。「――殿下は東の国境の防衛を任されていたと記憶しておりますが?」
 父親のワリウス王とは違い、体格にも恵まれ、気性も激しく、根っからの武人であるアレクシウスは、将軍として東の国境の防衛に就いていたはずだ。ワリウス王はアレクシウスに王都へ帰還せよとの命令は出していない。それなのに、なぜここにいるのか。
 その疑問にアレクシウスはこう答えた。
「父上はホルメアの王。父上の(きゅう)は、ホルメアの窮ではないか! 何を置いても駆けつけねばなるまい!」
 悪びれるどころか、胸を張って誇るように言い放つアレクシウスに、心ある重臣や武官らは眉をひそめた。
 いくら父王の窮だからといって、任されていた国境の守りを何の許可も得ずに放棄して駆けつけるとは、あまり褒められたことではない。しかし、眉をひそめた者たちはアレクシウスの行状を諌めるどころか、すぐさま表情を取り繕って誤魔化した。
 父親のワリウス王に負けず劣らずのダリウス嫌いのこの王子は、ダリウスが失脚するや否や、ダリウスと親しかった者たちを次々と国軍から追放し、自らと親しい者たちばかりを登用しているのだ。下手なことを言おうものなら、どんなとばっちりを食わされるかわからない。 
「父上! どうかご安心くだされ! このアレクシウスが奴隷どもなど蹴散らしてご覧にいれましょう!」
「そうか、そうか。頼もしいぞ、我が息子よ」
 息子の手を取るワリウス王の目尻には、感涙が浮かんでいた。
 しかし、言うは(やす)し行うは(かた)しである。マーベン銅山の二の舞を恐れた諸侯らは領地に引きこもり、国軍の精鋭は東の国境でロマニアと睨み合っている。この状態ではボルニスの反乱奴隷に差し向けられる軍はどこにもいない。
 だからこそ、国の威信を大きく傷つけられても、多くの重臣や武将らはどうにもできずに歯噛みするしかなかったのだ。
 そんなこともわからないのかと憤慨した武官のひとりが、内心の不機嫌さを押し殺して尋ねる。
「さすがは、殿下。いかにして反乱を起こした奴隷を討とうと考えておられるのか、臣らにお聞かせ願いたい」
 それにアレクシウスは、ニヤリと笑うと昂然と胸を反らして言い放つ。
「言うまでもない。我が『黒壁』によってだ!」
 謁見の間に、ざわりとどよめきの声が上がった。
「黒壁」とは、かつてホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスが、すべてのホルメア将兵らが仰ぎ見る精強なる軍を目指して編制したホルメア最強の軍団のことである。
 血筋ではなく、その個人の能力と戦歴のみを基準にホルメア国軍の中より選び抜いた精鋭たちをダリウス自らが徹底的な訓練と試練によって絞り込み、編制した精鋭中の精鋭からなる軍団だ。
 黒一色に装備を統一されたその軍団は、密集陣形で無類の強さを発揮するのとあいまって、ホルメア国の不破の黒い壁「黒壁」と呼ばれていたのである。
 編成を終えたばかりの「黒壁」を初めて閲兵した先王に「ロマニアはラビアン河を渡れても、『黒壁』を乗り越えること(あた)わず」と言わしめさせたほどなのだから、その精強さのほどが知れよう。
「我が『黒壁』にとってみれば、たかが亜人どもや反乱奴隷どもなど羽虫の集まりにすぎん。一息で吹き散らしてみせるわ!」
 アレクシウスが豪語するように、確かに「黒壁」ならばと誰もが思う。実際に、そう思わせるだけの実績を「黒壁」は挙げているのだ。
 しかし、それと同時にアレクシウスに尋ねた武官は驚いた。
「まさか、殿下は『黒壁』を西の反乱奴隷討伐に差し向けるおつもりなのですか?」
 その武官が驚いたのも無理はない。ホルメアが誇る最強の軍団だからこそ、「黒壁」はロマニア国に対する最強の防壁として東の国境に配してあるのである。いつロマニア国が攻めてくるやも知れないこの状況において、その最強の防壁を東から何の考えもなく動かせるものではない。
 しかし、アレクシウスはわざとらしい笑い声を上げてから言い放つ。
「ロマニアのドルデア王など、恐れるに足りず! すでに国境で睨み合ってからひと月以上経つが、ロマニアは我が『黒壁』に恐れをなし、一向に攻めてくる様子さえない。ドルデア王めは、臆病風に吹かれたと見える!」
 だから「黒壁」を動かしても問題はないと断言するアレクシウスに、居並ぶ重臣らは血相を変えた。ドルデア王が「黒壁」を恐れて侵攻を思い留まっているというのならば、なおさら「黒壁」は東の国境から動かせるものではない。
 重臣らはアレクシウスを翻意(ほんい)させるべく説得する言葉を探していると、そこにひとつの声が上がった。
「陛下、殿下に申し上げる」
 それは元宰相のポンピウスであった。
「さすがはアレクシウス殿下。ホルメアの王太子に相応しき毅然(きぜん)とした態度とお言葉。このポンピウス、感服いたしました」
 大宰相とまで呼ばれたポンピウスの賛辞に、アレクシウスは鼻高々になる。しかし、「されど――」とポンピウスは続けた。
「ロマニア国が攻めんとする姿勢を見せる中で、殿下と『黒壁』が東の国境よりいなくなられては、この小心者の老骨の気が休まりませぬ」
 元大宰相の言葉と、それに謁見の間に居並ぶ重臣らがこぞって無言の賛意を示すのには、さすがのアレクシウスも我を通せない。自分の思い通りにならないのに口をへの字に曲げて不満を表すアレクシウスだったが、それに救いの手を差し伸べたのもまたポンピウスである。
「そこで、殿下。この私めに、良い策がございます……」
 ポンピウスは、ニコリと微笑んだ。

                    ◆◇◆◇◆

「兄上……」
 謁見の間を後にして、上機嫌で王宮の通路を歩いていたアレクシウスは、背中から声をかけられて足を止めた。
 振り返ると、そこにいたのはひとりの少女である。年齢は、およそ十代半ばぐらい。ホルメア国では上級の子女にしか許されないドレスをまとい、金銀の装飾品で下品にならない程度に身を飾っていた。
 肩にかかる程度のところで切りそろえられた髪の色は、アレクシウスとよく似た飴色。それを意識して見れば、その幼い顔立ちの中にもアレクシウスと似通ったところが見受けられた。
「ワリナか……」
 アレクシウスは小さく口の中で呟き、かすかに眉をしかめた。
 この少女は、ホルメア国第一王女のワリナという。今年で、数え年で十五歳になったばかりの姫である。王家の姫ともなれば十二、三歳で婚約者が決められ、十五ともなれば、とっくに他国に嫁がされているか、国内の有力貴族へ降嫁(こうか)していてもおかしくない。
 ところが、ワリナは生来の虚弱な体質に加えて、ある悪癖から蔑称をもって呼ばれており、いまだ婚約者ひとりとして定められていない王女であった。
 そして、何よりも降嫁を受け入れる貴族側から忌避されている最大の理由は、アレクシウスとの関係である。
 アレクシウスにとって、ワリナはたったひとりの妹だ。だが、ふたりの関係は決して良いものではない。ありていに言ってしまえば、アレクシウスはこの妹姫を嫌っていたのである。
 それは、互いの出生に起因した。
 アレクシウスは愛妾の産んだ王子であるのに対し、ワリナは今は亡き正妃の産んだ姫――すなわち異母妹なのだ。
 この当時の王族としては珍しく、性に淡白だったワリウス王は体質もあってか、正妃との間になかなか子供に恵まれなかった。その中でアレクシウスは庶子(しょし)とはいえワリウス王のただひとりの子供として、次の国王として、ホルメア国の臣下一同の期待と歓心を一身に集めていたのだ。
 そんな時に、ついに正妃が懐妊したのである。
 諦めかけていた嫡子(ちゃくし)誕生の期待に沸くホルメア王宮だったが、それと反比例するようにアレクシウスの周りから人の姿が消えてしまった。嫡子が誕生すれば、しょせんアレクシウスはただの庶子。それまでアレクシウスに媚びへつらっていた者たちほど、彼から距離を取ったのだ。
 しかし、正妃が生んだのはホルメア国では王位継承権が認められない姫――ワリナであった。しかも、身体の弱かった正妃は産後の肥立(ひだ)ちも悪く、ついに床から一度として起きることなく、そのまま亡くなってしまったのである。
 人々はアレクシウスの周りに戻ってきたが、すでに幼いアレクシウスの心は傷ついていた。
 そして、それはアレクシウスに、生まれたばかりのワリナに対する憎しみを本人が自覚しないまま心の奥に根づかせてしまったのである。
 本来は後ろ楯となるはずの母親を失い、次代の国王となるアレクシウスから(うと)まれる王宮の厄介者。それが、ワリナ姫のおかれた状況であった。
 常ならば声をかけられても取り合おうともしないアレクシウスだったが、この時ばかりは機嫌の良さもあり、いつになく優しい声色で妹の名を呼ぶ。
「どうした、我が妹ワリナよ」
 アレクシウスはワリナを呼ぶときは、必ず「我が妹」とつける癖があった。それは無意識に、ワリナが自分より年下の女であり、自分より立場が低いのだぞと自他ともに知らしめるためのものだったのだろう。
 見るからにおどおどしていたワリナは、兄の優しげな声にホッと胸を撫で下ろした。
「兄上にお願いがあってまいりました」
 普段ならば王宮の奥にある自室から顔も出さない妹が、わざわざ臣下らも行き交う、このような場所に出て来るのは珍しい。よほどの願いなのだろうと、アレクシウスは聞く気になった。
 しかし、すぐにアレクシウスはそれを後悔することになる。
「ダリウスおじ様が将軍職に戻れますように、父上にお口添え願えないでしょうか?」
 アレクシウスはカッとなった。
「なぜ、この俺があの老いぼれのために口添えせねばならぬっ!」
 かつてアレクシウスもまた、ホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスを尊敬する若者であった。
 しかし、その憧れが憎しみに変わったのは、彼の初陣での勝利を祝う宴でのことである。息子の武勲に大いに気を良くしたワリウス王が酒に酔ったはずみで、ダリウスにこう尋ねたのだ。
「アレクシウスは、我が息子ながら将才に恵まれている。次の大将軍となれるとは思わぬか?」
 それにダリウスは、しばし考えてからこう返したという。
「アレクシウス殿下は、王者の戦いをなされねばならぬお方にございます。大将軍など、とんでもない」
 王子の戦勝に気を良くしていたところに水を差されたワリウス王は、「では、大将軍になるには何が必要か?」と尋ねるとダリウスは苦笑とともに答えた。
「誰よりも泥の味を知っていることと存じます」
「では、おまえは泥の味を知っておるのか?」
「御意。――それは嫌というほどに」
 戦勝祝いのめでたい酒の席でのことである。その話はそれで終わった。
 ところが、それを余計なことにアレクシウスの耳に入れた者がいたのである。これを聞いたアレクシウスは愕然とし、失望し、そして怒った。
 憧れていた当人から自分が大将軍の器ではないとケチをつけられたのだ。それによって憧れは一転し恨みへと変わった。
 今のアレクシウスからはダリウスへの憧憬の念は消え失せ、父親のワリウスがダリウスへ抱く以上の憎しみを募らせていたのである。
 その憎しみがこもった兄からの厳しい叱責に、ワリナはただでさえ白い顔を蒼白くした。哀しみと恐怖に小さく身体を震わせるワリナの脇をわざと足音を荒げて通り過ぎながらアレクシウスは侮蔑もあらわに吐き捨てたのである。
「この蟲姫(むしひめ)が……!」
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