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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第38話 瓦解

 コルネリウスの言葉が正しかったと証明されるには、さほど時間はかからなかった。
 コルネリウスが訪れた数日後。今度はアッピウス侯爵が王宮にやってきたのである。
 これには王宮も騒然となった。
 何しろアッピウス侯爵は反乱奴隷討伐のための諸侯軍の総大将に任じられ、今もっとも多忙な人物のはずである。そんなアッピウス侯爵が諸侯軍のいるルオマの街から離れ、わざわざ王都へまでやってくるとは只事ではない。
 諸侯軍の動きの遅さといい、何か凶事でもあったのでは?
 そんな推測を立てる重臣らの緊張が漂う謁見の間で、アッピウス侯爵はワリウス王への礼と挨拶を述べてから、次のように切り出したのである。
「ワリウス王陛下にお願いの儀があり参上いたしました!」
 後は出陣するばかりの軍を置き去りにして王都へ帰還してまでの願い出である。どんな無理難題を要求されても良いように覚悟を決めたワリウス王だったが、そんな覚悟をあっさりと吹き飛ばすような願いをアッピウス侯爵は口にする。
「総大将の任を下り、陣払いするのをお許し願いたい!」
 これにはワリウス王ばかりか、居並ぶ重臣らも度肝を抜かれた。
 バラバラだった諸侯らをまとめ上げ、いよいよ討伐軍が発てるというこの段になってである。今さら名誉ある総大将に任じられたアッピウス侯爵が、自らその任を下りて領地に帰りたいと言い出すとは、誰もが思いもしないことだった。
「な……何故(なにゆえ)か?」
 ワリウス王は、そう問いかけるのが精一杯であった。
 それにアッピウス侯爵は、しばし口を閉ざして勿体(もったい)つけてから言う。
「先日、反乱奴隷の手勢がマーベン銅山を落としたと聞いております」
 国の失態という生傷に触れられたワリウス王は顔をしかめた。しかし、それに頓着(とんちゃく)することなくアッピウス侯爵は言葉を続ける。
「マーベン銅山といえば国の内部にあり、国軍が守りを固めていたところ。そのようなところまで奴隷どもは陥落させたのです。その手が我が領地に及ばぬとも限りません。これでは安心して戦えませぬ。幸いにも反乱奴隷どもは河より退いたとのこと。ここはいったん領地に戻り、その守りを固めるために、陣払いすることをお許し願いたいのです!」
 アッピウス侯爵の願いも、もっともである。
 アッピウス侯爵の領内には人口が万を超える大都市も有するが、その都市ですら防衛のために常備させた兵はわずか二、三百ほど。しかも、この反乱奴隷討伐のために、さらにそこから兵が割かれて防備は手薄となっている。そんなところに五百の兵に守られたマーベン銅山を落とした奴らが襲撃してくれば、ひとたまりもない。
 領主らにとっては、何よりも自分の領地が大事である。いくら恩賞目当てに参陣したとはいえ、その間に領地が荒らされてはたまったものではない。領地の守りを固めるために陣を引き払いたいというのも、当然だろう。
 しかし、だからといって簡単に陣払いを許すわけにもいかなかった。
 何しろアッピウス侯爵は諸侯軍の総大将である。その総大将が任を下り、陣を引き払ったとなれば、諸侯らが動揺するのは間違いない。
 もし、これが弱小領主であれば一喝して追い払えもしただろう。
 だが、アッピウス侯爵は押しも押されもせぬ大貴族だ。しかも諸侯軍の指揮を任せるつもりであったほど戦歴も豊かで、諸侯からの信頼も篤い人物である。そんな国の重要人物の願い出を無下に拒絶することはできなかった。
 ワリウス王は猫なで声で懇願する。
「考え直してくれぬか、アッピウス侯爵よ。すでに奴らは国内より出て行ったのだ。今さら領地に戻らなくても問題はないであろう」
 それに「御意」と短く答えるアッピウス侯爵に、ワリウス王の顔がパッと輝く。だが、さらにアッピウス侯爵は続ける。
「――なれど、マーベンを陥落せしめた反乱奴隷の兵どもは健在とか。そやつらが再び侵入してこないという保証はございません」
 敵国の奥深くまで侵入して街ひとつを陥落させるという驚天動地の策を成し遂げた勇猛果敢な敵部隊は、こちらの兵の追撃を振り払い、悠々と敵勢力圏に戻っていったという。そんな奴らが健在でいる限り、同じことをやらない保証はどこにもない。
 ワリウス王は、すぐには何も言えず唸り声を上げて黙り込んだ。
 ここでアッピウス侯爵の陣払いを認めれば、諸侯軍の総大将をまた新たに決めなくてはならない。諸侯間の勢力や友好関係などを考慮した上で誰からも不満が出ない総大将を決めるとなると、今から頭が痛くなる。さらに諸侯軍の中核ともなっていた一千ものアッピウス侯爵の兵が抜けるとなれば、その穴埋めも考えなくてはいけない。
 それらを考慮すると、反乱奴隷討伐はほぼ振り出し戻されたと思っても良いだろう。
「陛下! どうぞ寛大なるご慈悲をもってお許し願いたい!」
 アッピウス侯爵が返事を催促するのに、ワリウス王はギリギリと歯軋(はぎし)りをしてから、わずかに開いた唇の隙間から絞り出すような声で言う。
「……わかった。許す」
「さすがは陛下! 寛大(かんだい)なる御心に感謝いたします」
 アッピウス侯爵は大げさに感謝の意を示すと、そのまま謁見の間を足早に去って行ったのである。
 その後ろ姿をワリウス王は、ただ見送るしかなかった。

                  ◆◇◆◇◆

 しかし、これで終わりではなかった。
 その翌日、アッピウス侯爵に続き、二名の領主が陣払いを願い出たのである。
 アッピウス侯爵に許しを与えた手前、彼らだけ拒否するわけにもいかない。ワリウス王は憤怒の形相を浮かべながらも、彼らの陣払いを認めるしかなかった。
 ところがさらに、その翌日。今度は四名の領主がワリウス王への謁見を求めてやってきたのである。恐る恐る陣払いを願い出る四名の諸侯らを前にして、ついにワリウス王は爆発した。
「どいつもこいつも、勝手にせい! そんなに領地に帰りたくば、みんな帰るがいい!」
 玉座から立ち上がり王錫(おうしゃく)を握る手を振り回しながらワリウス王は絶叫した。陣払いを願い出た四名の諸侯らも、その剣幕に恐れをなして()()うの(てい)で謁見の間を後にする。
 諸侯らの姿が消えた後も、ワリウス王の癇癪(かんしゃく)は続いた。
「おのれ! 余を侮り愚弄する奴隷どもがぁ! 不甲斐ない諸侯めらがっ! どいつもこいつも余に逆らいおる!」
 これでは、後どれだけの諸侯が陣払いを願い出にやってくるかわからない。それでなくとも総大将であったアッピウス侯爵に続き、すでに六名もの諸侯らが陣を引き払ったのである。しかも、いずれも有力な諸侯ばかりだ。これでは、すでに諸侯軍は瓦解したと言っても過言ではない。
 この事態に、ワリウス王は地団太を踏んで悔しがる。
「もはや誰も当てにせぬ! こうなれば余自らが国軍を率いて奴隷どもを皆殺しにしてくれるわ! 国軍すべてに号令を発せよ! 余の旗の下に集い、反乱奴隷どもを殲滅するのだ!」
 後先を考えぬワリウス王の妄言に、重臣らはいっせいに顔を青くさせた。
 反乱奴隷討伐に諸侯軍を充てる代わりに国軍の大半はロマニアに備えて東の国境近くへと配置されているのだ。それを反乱奴隷討伐のために動かすとなれば、東の守りがなくなってしまう。
「おやめください、陛下! 国軍は東のロマニアに備えておるのですぞ!」
「さようでございます! 噂では、奴隷どもが街ひとつを落した後にロマニアが同じように街を落とすと聞いております。そして、奴隷どもはその約定どおり、街ひとつを落したのです。ならば、次に攻めてくるはロマニア国!」
「ロマニア国が攻めんとする、今この時に東から国軍を動かすのはおやめください! それこそロマニアの思う壺にございます!」
 普段はワリウス王の癇癪を恐れて発言すら控えていた重臣らも、こぞってワリウス王へ意見した。
 さすがのワリウス王も、重臣らの諫言(かんげん)は理解できる。荒れ狂う感情をぐっとこらえた。しかし、その手は抑えきれぬ激情にプルプルと震えている。
「……で、では、おぬしらは余にどうせよと言うのだ?」
 ワリウス王の問いに、重臣らは互いの顔を見合わせた。そして、一番年上の者が代表して答える。
「今はジッと(こら)え、時節を待つべきかと……」
 時節を待つ。ようは何も手の打ちようがないと言うことだ。
 その瞬間、ワリウス王は自分の中で何かがブチッと切れるような音が聞こえた。
「破壊の御子め! 破壊の御子めっ! 破壊の御子めぇーっ!!」
 ワリウス王は甲高い声を上げた。()せぎすなワリウス王が、そうして甲高い声を上げて手足を振り回す様は、とうてい王者の姿ではなかった。
 まるで猿だ。
 重臣らの胸の内に、同じような言葉が浮かぶ。これが大国ホルメアの国王なのかという想いがよぎるが、それでもワリウス王の癇癪が治まるまで頭を低くしてやり過ごすしかなかった。
 ところが、不意にワリウス王の奇声が止んだ。
 ようやく癇癪が治まったのかと、恐る恐る顔を上げた重臣らは驚いた。
 ワリウス王は王錫を振り上げたまま、固まっていたのである。よく見ればその顔色は土気色で、目は焦点が合っていない。
「陛下?」
 誰かが上げたその声を待っていたかのように、ワリウス王の身体がぐらりと揺れた。そして、振り上げた王錫の重みに釣られるようにして、そのまま背中から仰向けに倒れる。
「陛下っ! 誰か侍医を呼べ! 陛下、陛下ぁー!」
 慌てて駆け寄る重臣や侍従らが取り囲む中で、ワリウス王は白目を剥き、激しく身体を痙攣させながら口から白い泡を噴いていた。

                  ◆◇◆◇◆

 王都ホルメニアのダリウスの屋敷を訪れたポンピウスは、屋敷の主人と小さなテーブルを挟んで向かい合いながら、苦渋に満ちた声を洩らした。
「破壊の御子とは、フルベルグの小鬼か……!」
 フルベルグの小鬼とは、西域に広く伝わる伝説の魔物である。小さな松明を持つ声真似の得意なこの小鬼は、夜歩く旅人たちを松明の灯りや声を使って騙し、崖や沼地へと誘い込んで殺すという。
 そのフルベルグの小鬼に騙された旅人のように、気づけばホルメアも沼地にどっぷりとはまっているようなものだった。
「しかし、銅の一件だけは痛い。痛すぎる……」
 元宰相として数々の外交を請け負っていたポンピウスだけに、今回のことはホルメア国にとって痛恨の一事であると理解していた。
 他国との交渉に当たっていた宰相時代には、ホルメア国の宰相というだけで、どれだけ有利にことを進められたかは考えるまでもない。
 たとえば、急遽(きゅうきょ)、相手国の重要人物に賄賂を贈らなくてはならなくなったとき、その地の商人に資金を借りたいといえば理由も聞かず、担保も取らずに快く貸してくれた。他国と約定を交わすときも、「ホルメアの威信にかけて」というのが殺し文句となってさえいた。
 それが通用したのも、すべてはホルメア国が西域の雄と呼ばれる大国であったからだ。
 しかし、これからは、それが通じない。
 交渉の場でホルメアの名を持ち出そうものなら、「ジェボアと約した銅も用意できなかったではないですか」と返されるのがオチである。
 今回の一件で、ホルメア国は約定ひとつ守れない三流国家という汚名をかぶったのだ。
 その汚名を晴らし、傷ついた威信を癒すには、その元凶ともなった破壊の御子を叩き潰すしか手はない。それこそできるだけ早く、できるだけ残酷にだ。そうすればホルメアの威信は、さらに強固なものとなるだろう。
 だが、今はそれすらも封じられている。
「噂に聞く破壊の御子とロマニア国との密約が本当であれば、次に攻めてくるのはロマニア。これではとうてい東の国軍は動かせぬ、か」
 ポンピウスは肩を落として嘆息した。
「我らはロマニアともども、破壊の御子の手玉に取られていたというわけなのだな」
 それからポンピウスは正面に座る古い友人へと頭を下げる。
「すまんな、ダリウス」
 それは謝罪の言葉であった。
「おまえが反乱奴隷の頭目が、我らホルメアの強大な敵になると言っていたのを話半分に聞いていた。――だが、これで私も十分に理解した。あやつは倒さねばならぬ! 何としてでもあやつを打ち倒さねば、このホルメアは滅びてしまう!」
 ポンピウスの謝罪をダリウスは鷹揚(おうよう)にうなずいて受け取る。今は過去を責めたり、悔やんだりするよりも先に破壊の御子に対して備えなくてはならないのだ。
 そして、それを承知しているポンピウスはすぐに思考を切り替えてダリウスに問う。
「さて、ダリウス。破壊の御子の次の手をどう読む? ロマニアと挟撃し、我が国の西を手に入れんとするか?」
 ポンピウスが一番恐れているのは、頼りの国軍がロマニアによって東から動かせぬうちに国土の西側を削り取られることだ。諸侯軍が瓦解した今、諸侯らはそれぞれの所領に引きこもってしまっている。そうした諸侯らを各個撃破し、その領地を奪われる恐れがあった。
「いや。それはない」
 しかし、そのポンピウスの懸念をダリウスは即座に否定する。
「確かに、今こそ国土の西を削る好機であろう。――だが、あやつは臆病ともいえるほど戦を忌避しているのだ」
 この五年もの間、ダリウスはひたすら蒼馬について調べ続けてきた。その中で届けられた報告に、次のような話があった。
 それは「ボルニス決戦」の勝利によって意気を上げた者たちが、今度は自分たちからホルメア国に攻め入ろうと言い出した時である。ホルメアを打ち倒そうと血気に逸る者たちに向けて、破壊の御子はこう述べたという。
『徳をもって敵を従えさせるのが最上の策。威をもって平伏させるのが上策。そして、兵馬をもって敵を打ち倒すことこそ、もっとも下策』
 これを聞いたとき、ダリウスはゾッとした。
 それは数多(あまた)の戦いを経験し、幾多(いくた)の死線を潜り抜け、ようやく自分も悟った境地である。
 聞けば破壊の御子ソーマ・キサキは、二十になったばかりの若者と聞く。その頃の自分といえば、戦場で敵を打ち倒し、自らの力を示すことばかりを考えていた。それを(かんが)みても、とうてい生れ落ちて二十年程度の血気盛んな若造の至れる境地とは思えない。
 まるで数えきれないほどの戦いの辛苦を舐めつくした策士のような老成した知見である。
 しかし、それと同時に感じられるのは、若さゆえの熱意だ。
 それがなければ、この人間種が大きく幅を利かせる世の中において、異種族が平等に暮らせる国などという夢物語はとうてい語れまい。
 あたかも長い年月を経て円熟の極みまで達した知識だけを血気盛んな若者の頭の中に詰め込んだような違和感をダリウスは伝え聞く蒼馬の姿から感じ取っていたのである。
 それだけに、ダリウスは恐ろしかった。
 それではまるで、磨きぬいた名剣を若者が振り回しているようなものだったからだ。
「では、破壊の御子とやらは、どう動くと考えているのだ?」
 ポンピウスの問いに自分の思考に没頭していたダリウスは我に返ると、自分の推測を語った。
「奴は再びボルニスに引き(こも)るであろう」
 破壊の御子が今もっとも恐れているのは、ホルメアとロマニアが手を組むことである。現時点では、両国は互いに相手を不倶(ふぐ)戴天(たいてん)仇敵(きゅうてき)と認める間柄であり、それはまずあり得ない。だが、あまりホルメア国を追いつめすぎて背に腹は代えられぬとばかりにロマニアと手を結ぶ可能性も否定できない。
 また、今回のロマニアと交互に街を攻めようという約定は、五年前の資金提供の借りを返し、ロマニアとは決別するという破壊の御子の意志の表れだ。そうなると、ホルメアはロマニアに対する壁としても存続してもらわなくては困るだろう。
「奴はホルメアとロマニアを互いに噛み合わせておき、その間に兵馬を養い、兵糧を蓄え、武具を磨くつもりだろう。そして、次にボルニスから出てくるとき、それはあやつが我がホルメアを圧倒するだけの力を得たときだ」
 ダリウスは、かつてソルビアント平原を百万の兵を養う穀倉地になりうると評したことがある。しかし、それは他の者たちを説得するための誇張であった。ところが、破壊の御子によって開拓されたソルビアント平原の収穫高を見ると、それがあながち誇張と言えなくなってきている。
 そして、もし本当に破壊の御子が百万の軍勢を従えて攻め寄せてくれば、ホルメアばかりかロマニアまでもが戦わずして諸手(もろて)を上げて降伏するしかなくなってしまう。
 そのようなことは決して起きてはならなかった。起こしてはならないのだ。
「ようやく、あやつを巣から引きずり出せたのだ。ようやく、あやつを! あの怪物を! 再び巣にこもらせてなるものか……!」
 しばらく無言で拳を握り締めていたダリウスだったが、ふっと息をつくと、真剣な面持ちでポンピウスに言った。
「ポンピウスよ。おぬしに力を貸してもらいたい」
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