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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第35話 伏兵

「見えたぞ、ゾアンとドワーフどもだっ!」
 間道を不眠不休で走り続けたルドフスとカフナーは、ついにマーベン銅山から逃亡したドワーフらの姿をその目で確認した。
 追いつかれたドワーフたちはてっきり自分らから逃げ惑うかと思いきや、何と小癪(こしゃく)にもこちらを迎え撃つつもりのようである。間道を塞ぐようにして手押し車で円陣を作り、その内側に立てこもっていたのだ。
 だが、所詮はその場しのぎにすぎない。
 円陣がある場所は右手には山が迫っているが、左手はなだらかな丘陵が広がっている。これならば丘陵側へも兵を展開して円陣を取り囲み、逃げ道を塞げば良い。銅を乗せた手押し車の防壁など、簡単に乗り越えられる高さでしかないのだ。それこそ薄皮のように防壁を破るだけで終わりである。足手まといの非戦闘員を多数抱えているドワーフなど簡単に蹴散らせられるだろう。
 もはや銅の奪還も目前である。
 しかし、ルドフスは、そのはやる気持ちをぐっと押さえつけた。
 自分らが率いる兵を見れば、そのいずれも息は乱れ、疲労の色が濃い。このままでは満足に戦えないと思ったルドフスは、いったん兵らの足を止めさせた。
 もちろん、それだけで兵の疲労が消えはしない。だが、せめて乱れた呼吸だけでも整えさせてから、ルドフスは声を張り上げる。
「よいか! この数日の苦労も、すべては奴らのせいだ! あの獣と地虫らのせいで、我々は国中を走り回らされ、このような辛い目に遭ったのだ! 今こそ、これまでの怒りを爆発させよ! これまでの鬱憤(うっぷん)を叩きつける時なのだ!」
 ルドフスの鼓舞(こぶ)により、疲れ切っていたはずの兵士らの目に、わずかに活力が戻る。掻き立てられたゾアンとドワーフへの怒りが、束の間だが疲れを忘れさせたのだ。
「そして、皆に約束しよう! 奴らを討ち取り、銅を奪い返せれば、皆の者に特別に多大な恩賞を与える、と!」
 さらに疲労の色が濃い兵士らを恩賞で釣って奮起させる。
 疲れ切っていたはずの兵士らに、戦意がみなぎっていくのを見届けたルドフスは、従兵から槍を受け取ると、ドワーフたちの陣へ穂先を向けた。
「皆の者! かかれぇー!」
 ルドフスの突撃の指示に、兵士らは雄叫びを上げて走り出した。
 そうして突撃してくるホルメア国の兵士たちの姿をガラムは手押し車で作った円陣の壁の内側から、ジッと冷静に睨みつけていた。そして、頃合いを見計らい、右手をパッと上げる。すると、そばに控えていたシシュルが手にした太鼓を激しく打ち鳴らした。
 ゾアンとドワーフが立てこもる陣の中から、鳴り響いてきた太鼓の音にルドフスは何事かと眉根をしかめる。
 まさか円陣から出てきて、こちらを迎え撃つつもりか?
 そう考えた次の瞬間である。
 間道の右手にある山が鳴動した。
 ビリビリと大気を震わせる雄叫び。円陣に呼応して打ち鳴らされる太鼓の音。地響きのように伝わる無数の足音。嵐にでも見舞われたかのように激しく揺れる木々。あたかも山そのものが揺れ動いているような錯覚すら覚える。
「な、何だと?!」
 度肝を抜かれたルドフスが山を見上げる。
 すると、生い茂る枝葉で陽光が遮られた薄暗い山の斜面に、木漏れ日を反射してギラギラと輝くものが動いているのが見えた。目を凝らして良く見れば、それは、金属のような光沢を持つ丸みを帯びたものである。
「あれは、鉄兜……? ――伏兵かっ?!」
 しかも、その数は百や二百などではない。小さいとはいえ山ひとつを揺るがすほどの数である。下手をすれば千をも超えるだろう。それだけの数の鉄兜をかぶった兵士が、山を駆け下りてこようとしているのだ。
 ルドフスの顔から一気に血の気が失せる。
「し、しまった。これは罠だ!」
 マーベン銅山の襲撃から始まり、これまで反乱奴隷たちは驚くほど用意周到に備えていたではないか。それならば敵に追いつかれた際の備えをしていて当然である。むしろそうでない方がおかしい。それに自分らはまんまとひっかかってしまったのだ!
 驚愕したのは、ルドフスだけではない。
 無論、彼に率いられていた兵士たちも同様である。
 しかも、完全に不意を打たれた形で現れた伏兵の存在に、刃を交える前に兵士らの戦意は打ち砕かれてしまっていた。
 怒りと恩賞という劇薬で奮い立たせられた戦意によって、それまで忘れられていた心身の疲労が一気に襲い掛かる。もはや戦う気力は根こそぎ吹き飛ばされ、中にはその場に腰砕けになって座り込む者まで出た。
 これでは銅を奪い返すどころか、こちらが全滅してしまう!
 ルドフスは、即座に撤退を決断した。
「撤退だっ! 皆、南へ向かえ! 撤退するのだ!」
 この撤退の指示に、兵士らは慌てて武器を放り捨て、我先に逃げ出し始めた。
 騎兵を率いて先陣を駆けていたカフナーに向けてルドフスは叫ぶ。
「カフナー、退け! 敵の伏兵だ!」
「し、しかし……!」
 もう、すぐそこに銅があるのだ。あれほど探し求めていた銅を目の前にしておきながら、ここで撤退するのにカフナーは躊躇(ちゅうちょ)した。
 そんなカフナーが率いる軽騎兵の横っ腹に、ついに山を下りて姿を現したゾアンたちが次々と姿を現して襲い掛かってくる。
「取り囲め! 押し潰せ! 数に物を言わせて呑み込んでしまえっ!」
 そう叫びながら先頭を走るのは、燃えるような赤毛の巨漢ズーグである。
「おう! 敵将だな! その首もらうぞ!」
 カフナーを見つけるなり、舌なめずりせんばかりの顔でズーグが吠えた。
 カフナーが乗る馬の手前で、だんっと大きな音を立てて地面を蹴って跳躍する。宙を跳んだズーグは大上段に振りかぶった山刀を落下の勢いを乗せてカフナーへ振り下ろす。カフナーはとっさに手にしていた槍で防いだが、ズーグの山刀はあっさりとその槍の柄を両断し、そのままカフナーの胴を斬りつけた。
 しかし、飛びかかって来たズーグに驚き、のけ反ったのが幸いし、カフナーは胴鎧の表面を削られるだけですんだ。だが、そのためにカフナーは馬上で体勢を崩して落馬してしまう。
「カフナーッ!」
 僚友の危機に、ルドフスは手にした槍を投擲(とうてき)する。その槍は地面に倒れるカフナーとそれに飛びかかろうとしていたズーグとの間の地面に突き立ち、あわやのところでカフナーの命を救った。
(けだもの)め! 俺が相手だ!」
 馬で駆けつけたルドフスは、投擲した槍の代わりに抜いた剣を馬上からズーグへ叩きつける。馬上という高みから、ただがむしゃらに力任せに叩きつけられる剣は、それだけに対処が難しい。さしものズーグも防戦一方になる。
 しかし、その強さだけならば、平原最強の勇者と呼び声高いガラムをも上回ると言われたズーグである。落馬したカフナーの状態を確認するためにルドフスが視線をわずかに()らした瞬間、振り下ろされた剣を一際強く弾き返す。
 これにルドフスは落馬こそしなかったものの大きく体勢を崩した。そして、その隙を見逃すようなズーグではない。山刀を横なぎに振るい、ルドフスの太腿を深く斬りつけた。
 蒼馬がもたらした(あぶみ)などがいまだ伝わっていないホルメアの騎兵は、馬の胴を両足で締めつけるようにして身体を固定している。しかし、右太腿をこれほど深く斬られては、それもままならない。
 好機とばかりに、ズーグは追い打ちをかけようとするズーグ。だが、それにルドフスは何と剣を投げつけたのである。
 この思わぬ反撃には、ズーグも驚いた。投げつけられた剣を山刀で弾くのがやっとで、その足が止まってしまう。
 その隙を突き、ルドフスは尻を強く叩いて馬を走らせながら、カフナーに呼びかける。
「逃げるぞ、カフナー!」
「お、おうっ!」
 ここまで来てはカフナーも銅への未練を断ち切らねばならない。ルドフスとともに先に逃げた兵士らを追うように馬に乗って逃げていった。
 逃げるふたりを追いかけようとしたズーグだったが、その場にたたらを踏んで立ち止まると、憮然(ぶぜん)とした顔で言う。
「おしいことをしたな。敵将の首を取り損ねた」
 そして、ゾアンの戦士らに追撃をやめさせ、自分の(もと)へ集めた。
「《怒れる爪》よ。追撃はしないのか?」
 戦いで敵を討ち取るのは、戦士の(ほま)れだ。そのせっかくの好機を見逃すようなまねに不満顔を作るゾアンの戦士に、ズーグは「馬鹿を言うな」と手をひらひらと振って見せる。
 このまま追撃しても良いが、敵に本気で戦う覚悟を決められるのはまずい。あまり時間がかかると、ネタがばれてしまうのだから。
 ズーグは自分らが下りてきた山に向けて、こちらへ来いと大きな手振りで招く。すると、しばらくしてぞろぞろとドワーフたちが下りてきた。
 しかし、その人数はルドフスが思ったような数には遠く及ばない。せいぜい五十人もいれば良いほどである。
 そして、奇妙なことにいずれのドワーフたちも頭に鍋や釜をかぶっているのだ。そればかりではない。何と肩や腕までにも、逆さにして丸い底を上にした鍋や釜をいくつも縛りつけていたのだ。
 山から下りてきたドワーフらを率いていたマーベン銅山のノルズリが、その赤い髭を揺らして大笑いする。
「これは、痛快だわ。人間どもめ、鍋や釜に驚いて逃げおったわ!」
 ルドフスらを驚かせた伏兵は、実はゾアン百名に加えてドワーフが五十名ほどと、合わせても二百にも届かない人数だったのだ。しかも、ドワーフの中にはとうてい戦えそうもない女までも含まれている。
 しかし、このたった五十人ほどのドワーフたちが大声を上げ、木々を揺さぶり、わざと足音を立てて山を走り回り、あたかも大勢の人がいるように見せかけたのだ。
 それにルドフスたちは、まんまと(だま)されたのである。
「これまでさんざん騙されて、疑心暗鬼になっている連中だからな。その上、疲労で頭も良く回っておらん。そこへ、だ。伏兵がいるぞ! 罠だぞ! そう見せかけるだけで、後はあちらが勝手に伏兵や罠だと思い込んでくれるという寸法だ」
 ホルメア兵が逃げた理由を得意げにズーグは説明する。ノルズリらはそれに感嘆の声を上げるが、ちょうどそこにやってきたガラムが呆れ顔で言う。
「すべてソーマの受け売りではないか」
 しかし、ズーグは悪びれもせず、いけしゃあしゃあと答える。
「まあ、良いではないか。実際にそれをやり()げたのは、俺なんだからな」
 そう言われるとガラムは、ぐうの音も出なくなる。
 円陣の中まで聞こえてきたが、ホルメア兵に斬り込む際に、あたかもこちらが多勢であると思わせる言葉をズーグは叫んでいた。だが、それは蒼馬の指示にはないものだ。
 あれは、おそらくズーグの思いつきだろう。
 自分らよりはるかに数が多い敵に斬り込みながら、ああも臆面もなく自分らの方が多勢であるかのようにハッタリをかます。その豪胆さというか神経の図太さは、とうてい自分にはまねできないものだった。
 個人の武勇ならば負ける気はしないが、大軍を率いる才覚だけは敵わぬかもしれぬ。
 そう思っていたガラムだが――。
「どうだ、大族長様。俺様は、すごかろう?」
 しかし、こう胸を張って得意満面のズーグを見ると、それを素直に認めるのは無性に腹立たしい。
「黙れ、馬鹿。それよりも急ぎ戦士らをまとめよ。奴らが戻ってくる前に、さっさと河を渡るぞ」
 そう吐き捨てると、ぷいっと背中を向けてしまったガラムに、ズーグは「ノリの悪い奴だ」とぼやいたのだった。
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