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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第34話 猛追

「貴様は、こんな大事を放置していたのか?!」
 ひととおり村長から話を聞き終えた途端、カフナーは吠えた。村長は、ひいっと小さく悲鳴を上げて肩を縮こまらせる。
「と、とんでもございません。私らは、ちゃんとご領主様へご報告いたしました!」
 ルドフスに羽交い絞めにされながらも、カフナーが「本当なのか?!」と問うと、村長は首をガクガクと縦に何度も振りながら答える。
「ですが、ご領主様からこのことは口外するなとお達しがありまして……」
 それを聞くなりカフナーはルドフスの腕を振り払い、荒々しい足音を立てながら外へと飛び出して行ってしまった。
「おい、カフナー。どこへ行くつもりだ?!」
 慌てて後を追ってきたルドフスの問いに、カフナーは声を荒げて答える。
「決まっている! ここの領主のところだ!」
 置いてきた兵士らが到着するまでには、まだ時間がかかる。その間に文句のひとつでも言ってやらねば気がすまない。
 何しろ、村人から報せを受けた領主がドワーフたちを追い散らすなり、王都へ報せるなりすれば、ここまで自分らは国中を奔走(ほんそう)せずにすんだのである。それを思うと、これを見過ごした領主を放置できなかった。
「わかった。――だが、俺もついていくぞ」
 カフナーの気持ちは、痛いほどわかる。だが、ここで領主と(いさか)いを起こしても仕方がない。いざというときには仲裁に入ろうとルドフスも同行することにした。
 馬を走らせたふたりは、すぐに領主の館へ到着した。
 しかし、館といっても、このような辺境の領主のものである。小さな砦をそのまま住居としたような、みすぼらしい館だ。王都に住むカフナーから見れば、多少裕福な平民の家の方が立派に見えるぐらいのものである。
 カフナーが荒々しく扉を叩くと、老いた従僕が顔を出した。カフナーらが自分らの身分を告げてから領主への取り次ぎを求めると、老僕は慌てて館の奥へと駆け込んでしまうそれからしばらくして、ルドフスとカフナーのふたりの前に現れたのは、領主夫人と名乗る女性であった。
「いったい、どのような御用件でしょうか?」
 突然来訪したルドフスとカフナーに、領主夫人は指先を小さく震わせながらも、毅然(きぜん)とした態度で出迎えた。
 しかし、領主ではなく夫人であったことすらも、今のカフナーの気に(さわ)る。
「女では話にならん! ご領主殿を出していただきたい!」
 領主夫人はカフナーの剣幕に鼻白みながらも「旦那様は不在です。御用件があらば、私がお受けいたします」と告げた。
 それにカフナーは、苛立ちを(つの)らせる。
 ここの領主は妻に釈明をさせて自分は隠れているつもりなのか、国軍の騎士ならば女性に強くは出られないだろうと思っているのか。とにかく領主に舐められているとカフナーは思ったのだ。それならば相手が女とて容赦はしない。
「では、お尋ねする! なぜ領内に侵入したゾアンやドワーフを放置した! 釈明していただこう!」
 大上段に構え、真正面から斬りかかるようなカフナーの詰問に、しかし夫人の返答は思いもしないものだった。
「いったい何のことでしょうか? 私は、そのような話は聞いたことがございません」
 それにカフナーは、カッとなる。素直に非を認めて謝罪するならばともかく、このように開き直られるとは思っても見なかった。
「村の者は、こちらへ報せたと言っている。それでも知らぬとおっしゃるのか?!」
「……知らぬものは、知らないとしか言えません」
「やはり女では話し相手にならぬ! 領主を出してもらおう!」
「先程も申したように、旦那様は不在なのです……!」
 カフナーの剣幕に、今にも卒倒しそうなほど顔を青くさせながらも領主夫人は必死に抗弁する。その様子に、それまで傍観していたルドフスがハッと何かに気づく。
 さらに怒鳴り散らそうとしていたカフナーの肩を強引に後ろに引くと、ふたりの間に割って入ったルドフスは、領主夫人に向けて一礼した。
「ご夫人、同僚がとんだご無礼をいたした。おそらく何かの行き違いがあったのでしょう」
 この突然の謝罪に、文句を言おうとしたカフナーをルドフスは視線で黙らせる。手のひらを返すように態度を変えたルドフスに懐疑的な目を向けながらも領主夫人は言う。
「愚かな民の申したことです。何か勘違いがあったのでは?」
 このとってつけたような言い訳にもルドフスは大げさにうなずいて同意する。
「おそらくは、そうかと。――いや、とんだ失礼をいたしました。ああ、ご安心召されよ。この程度のことを陛下に申し上げるつもりはございません」
 それに、見るからに領主夫人はホッとした表情を浮かべる。
「そう言ってもらえると助かります」
「いえ。私は当然のことを申しただけ。そうではありませぬか?」
 ルドフスの答えに、領主夫人は目尻に涙を浮かべて何度も何度も深く頭を下げる。
 それにルドフスは、事情を理解していない様子のカフナーを無理やり引っ張り、領主の館から出た。
 館の近くの木に手綱を結わえておいた馬のところに戻ったカフナーは、さっそくルドフスに噛みついた。
「おい、ルドフス。いったいどういうことだ?!」
 どう見ても、あの領主夫人は領内にゾアンやドワーフが来たのを知っていた態度である。それを勝手に不問に付すとは、たとえ僚友と言えども許しがたい行為だ。
 返答次第によっては、おまえでもタダではすまさんぞという顔のカフナーに問いただされたルドフスは、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「あのご夫人の立場も考えてやれ」
「ああ? どういうことだ?」と、やや険のこもる声で返すカフナー。
「わからんのか。領主は本当に不在なのだ」
「この一大事に、領主はどこで遊びほうけていると言うのだ?!」
 激昂(げっこう)するカフナーにルドフスはなだめるように言う。
「忘れたのか? 今、諸侯らは陛下の(げき)に応じて兵を率いて王都へ参じているのだぞ」
 言われてようやく思い出したカフナーに、ルドフスはさらに言った。
「おそらくここの領主も領地の戦える若い男どもすべてを引き連れて、反乱奴隷討伐の軍に参加しているのだろう。残された者だけで三千人を超えるドワーフどもをどうしろというのだ? 下手に手を出せば、あの村どころか領地そのものがめちゃくちゃにされてしまうわ!」
 言われてみれば、あの村で若い男はひとりも見かけなかった。
「だ、だがな。それでも王都へ報せるぐらいはできただろう?」
 それでも納得できないカフナーが言いすがったが、ルドフスは冷たく言い捨てる。
「何と報せるのだ?」
 それにカフナーは「は?」と間の抜けた声を返した。ルドフスは渋い顔で噛み砕くように言う。
「任された領内に不審な奴らがいますが、自分らの手には負えませんので助けてくださいとでも言うのか?」
 そこでカフナーも、あっと気づく。
「わかったか、カフナー? そんなことを言えば、与えられた領地も満足に治められませんと公言するようなものなのだぞ。それで領主の名誉が傷つくだけですめばよい。だが、下手をすれば統治能力を疑われ、領地を没収されてしまうわ!」
「し、しかし! 非常時なのだぞ。それを説明すれば……!」
 ルドフスはここで声を潜める。
「それが、あの陛下に通じると思うのか?」
 カフナーは言葉に詰まった。興奮して癇癪(かんしゃく)を起こせば、感情のままに振る舞うワリウス王である。そんなワリウス王が情状を酌量してくれるとは、とうてい思えない。せっかく王都へ報せたはいいが、そのせいで領地を召し上げられてはたまったものではないだろう。
 領地で留守を任された夫人や従僕らでは、決断するには荷が勝ちすぎる問題だ。
「そ、それでは……!」
「そうだ! ゾアンもドワーフも見ていない。そんな奴らが領地を通ったとは聞いていない。そう知らぬ存ぜぬを押し通すしかあるまい! おそらくは、この先の領主らも同じだろう」
 今は国軍の将校であるルドフスも、元は辺境領主の三男坊だった。兄ふたりが健在で、自分に家督が回ってこないと思ったために国軍に入ったという経緯がある。そのため、辺境領主のおかれた苦しい立場も十分理解できた。
 ルドフスは大きな舌打ちを洩らすと、地面に転がっていた石を蹴りつける。
「クソがッ! それを見越した上での策だとしたら、これを考えた破壊の御子とやらの性根は腐りきっているぞ!」
 温厚なルドフスには珍しく、語気を荒げて吐き捨てた。
 そして、自分の馬にくくりつけてあった背嚢(はいのう)の中から地図を取り出すと、鞍に押しつけるようにして広げる。
「すべての領主らが目と耳を塞ぐとは限らぬ。ならば、奴らはでき得る限り人目につかない道を選ぶはずだ」
 そう言ってルドフスが差したのは、ホルメア国最西端の街ルオマの北にある山脈の手前である。
「北の山沿いにある村をつなぐ間道があるらしい。間違いなく奴らは、ここいる!」
「……しかし、間に合うのか?」
 ドワーフらが逃げ出してから、すでにかなりの日数が経っている。もはやホルメア国内を抜けてボルニスの勢力圏に逃げられたのではないかとカフナーは心配した。
「人目につかぬ道であればあるほど、道は険しい。そんな道では女子供の歩みは亀にも劣る。それならば間に合う。――いや、間に合わせて見せる!」
 そう言うなりルドフスは地図をしまい、馬に飛び乗った。
「いくぞ、カフナー! 奴隷どもに追いつくぞ!」

                    ◆◇◆◇◆

 ルドフスの推測どおり、いまだマーベン銅山のドワーフたちはホルメア国内にいた。
 間道から少し離れた小高い丘の上に立ち、列を作って西へと向かうドワーフたちを見下ろしながらガラムは、ぽつりと言う。
「……遅いな」
 そうガラムがぼやくのも無理はない。
 ただでさえ道の状態が悪いのに、ドワーフの女子供らも必要最低限とはいえ、それなりの荷物を担いでいる。これでは一刻(およそ二時間)かけて一クイリ(およそ三キロメートル)も進めれば良いという状態だった。
 しかも、道の幅は狭く、ふたりが肩を並べて歩くのがせいぜいだ。そんな道で列をなしていけば、前後の間隔を一メルト(およそ一メートル)だと単純に計算しても、列の先頭から最後尾までの長さは半クイリにはなる。そのため、野営地から先頭が出発してから半刻も経ってから、ようやく最後尾が動き出すという笑えぬ冗談のようなことが起きていたのだ。
 ガラムのぼやきを耳にしたシシュルは慌てて弁解する。
「申し訳ありません、《猛き牙》。――戦士らに手伝わせているのですが、予想よりもドワーフの女子供らの足が遅くて……」
 それにガラムの自分のぼやきが失言だったと気づくと、気にするなという風に首を振る。
「ドワーフは、我らゾアンとは違う。仕方あるまい」
 シシュルにというよりも自分に言い聞かせたガラムは、無理をさせて女子供が倒れないように気を配ってくれとシシュルに命じる。それにシシュルは「わかりました」と元気のよい返事をすると、ドワーフの列を見守るゾアンの戦士らにガラムの命を伝えるべく、四つ足となって駆けて行った。
 すると、それと入れ違うように後方を任せていたズーグがやって来る。
「おい、ガラム。このままでは、少しマズくないか?」
 ズーグは何がとは言わなかったが、それでも十分に言いたいことはわかった。
「仕方あるまい。急がせて怪我でもされれば、なおさら(こと)だ」
 ズーグも現状を十分理解していた上で愚痴をこぼしに来ただけのようだ。ガラムの言い分に異論は挟まず、ガシガシと自分の頭を掻いた。
「ったく。ゾアンだけならば、もっと楽なのだがな」
 これにはガラムも強い同感を覚えた。
 道なき平野を駆けるのは、ゾアンの得意とするところだ。ゾアンの足ならば、三日もあれば余裕でボルニスに駆け戻れただろう。また、方向感覚に優れたゾアンならば、どこそこへ集まれと言うだけで、家族や氏族単位で勝手に集まってくれる。こうしてみんなのために道を選び、糧食を用意してやる手間などない。
 それにゾアンは、その脚力を活かした戦いを得意とする種族なのだ。マーベン銅山の襲撃はともかく、こうした非戦闘民の警護といった役割は苦手である。
 ゾアンである自分よりも、もっと適任がいるだろう。
 ガラムも蒼馬へ直接そう伝えていた。だが、それを押してでも自分にやって欲しいという蒼馬の強い希望でガラムは仕方なく請け負った経緯がある。
 これならばゾアンだけを率いていた時の方が気楽で良かったと、思わずガラムが嘆息を洩らすと、ズーグは()頓狂(とんきょう)な顔をした。
「何だ。おまえは、気づいておらんのか?」
「どういう意味だ、ズーグ?」
 眉間と鼻にしわを寄せて尋ね返すガラムに、ズーグはニヤニヤと笑って見せた。
「なぁに。大族長様には苦労してもらいたいのだろう。――そういうことだ」
 ますます意味がわからない。眉間のしわを深くするガラムにズーグはゲラゲラと笑い声を上げた。
 何とかこの赤毛の巨漢を言い負かしてやろうと言葉を探していたガラムだったが、その隣にハーピュアンの娘が空から舞い降りる。
「ガラム殿。ホルメアの兵が、こちらに向かって来ております」
 ドワーフの女子供に聞かれて騒ぎにならないように、ささやくように小さな声だったが、それだけでガラムとズーグは真剣な顔になる。
「およそ二千あまり。騎兵と軽装歩兵を中心とした部隊です。このままでは、おそらく昼過ぎぐらいには追いつかれるかと」
 ガラムとズーグはそろって空を仰ぎ見た。太陽は中天よりやや東にある。追いつかれるのは、早ければ一刻後といったところだろう。
「おい、《猛き牙》よ。どうする? 銅を捨てるか?」
 ズーグに問われ、ガラムは考え込む。
 ホルメア国とボルニスの間を流れる河まで、あと一日もあればたどり着ける距離である。これがもし二日か三日ばかり早ければ、即座に銅を捨てる決断をしただろう。蒼馬からも、あくまで銅は余禄(よろく)にすぎず、目的はマーベン銅山のドワーフとともに自分らゾアンが無事にボルニスへと帰還することだと言い含められている。
 だが、人間と交ざって暮らすようになってから、この銅というのがとても貴重なものなのだとガラムも理解していた。そんな貴重なものを簡単に捨ててしまうのは、もったいない。それに自分らゾアンをソルビアント平原から追い払い、駆逐しようとしていたホルメア国に吠え面をかかせたい気持ちもあった。
「……よし。ソーマの策で行こう」
 ホルメアの兵士に追いつかれた時に備え、蒼馬から策をひとつ教えてもらっていた。それをやろうというガラムの決断に、ズーグはパシッと自分の手のひらに拳を当てる。
「そうこなくてはな! ――よし。大族長様は、陣を頼むぞ」
 何の遠慮もなくおいしい役割をもらっていくズーグに、ガラムは苦笑する。しかし、こと戦いに関しては、これほど頼りになる男はいない。ガラムが「おまえの好きなようにしろ」と認めると、ズーグは軽い足取りで準備に向かった。
 その頼もしい背中を眺めていたガラムだったが、一応は念を押しておくことにする。
「おい、ズーグ! ドワーフから鍋や釜を忘れずに借りて行けよ」

挿絵(By みてみん)
地図の要望があったので頑張って作ったよヽ(`д´)ノ
第28話「陽動」、第32話「銅塊」、第33話「間道」にも地図を追加挿入したよ

でも、いつもどおり手書き風の縮尺適当な地図。
あまり突っ込まないでね(´・ω・`)
+注意+
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