挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

166/255

第32話 銅塊

 ルドフスに案内され、撤去された防塞の間を抜けて街の中の様子を目にしたカフナーは唖然とした声を上げる。
「こ、これは……!」
 そこは、まさに無人の街であった。三千人以上のドワーフたちが居住していたはずの街からはドワーフの姿はひとり残さず消え去り、それに代わって立っていたのは無数の案山子(かかし)である。
 しかも、その案山子ときたら十字に組んだ木の棒を地面に突き立て、そこに兜と鎧を着せただけというものだった。防塞の陰でなければ、すぐにでも気づけただろうお粗末な出来が、なおさら悔しさを(あお)る。
 また、そこにあったのは案山子だけではない。
 案山子の周囲には、家畜小屋から解き放たれた牛やヤギが、のんびりと道端の草を()んでいた。そうした家畜たちには縄がつけられており、その先には丸い底の鍋や釜に石を詰め込み、そこに槍をまっすぐに突き立てたものが結わえられている。牛やヤギたちが餌や水を求めて動き回ると、この鍋や釜が引きずり回されて、遠目ではあたかも槍を持った人が動いているように見えていたのだ。
「つまり、俺は三日も案山子や家畜の番をさせられていたのか……?」
 しだいに状況を理解するにつれカフナーの胸に怒りが湧き上がる。カフナーは衝動的に、近くにあった牛が曳いていた槍を蹴倒した。だが、石を詰め込んだ丸底の鍋に立てられた槍は、起き上がり小法師(こぼし)と同じ要領で起き上がる。蹴倒された反動で勢いよく跳ね起きた槍に、カフナーはしたたかに鼻面を打ちつけて、痛みのあまりしゃがみ込んでしまった。
 ルドフスは、その僚友の失態を見て見ぬふりをする。
「……今、兵らに街を捜索させている。何かあれば、すぐにわかるだろう」
 その言葉どおり、しばらくして兵士のひとりが、ここに駐屯していたホルメア国の兵士が囚われている建物を見つけたと報告しに来た。その報せにルドフスとカフナーが慌てて駆けつけると、そこはドワーフの奴隷たちを押し込めていた牢屋のような奴隷小屋である。殺されはしなかったものの負傷の手当てすらされず、数日分の食料とともに、そんな狭い小屋に押し込められていた兵士らの姿は、ひどい有様だった。
 救出された兵士の中で、もっとも階級が高い兵士が感謝と謝罪の言葉を述べようとしたが、それをカフナーは遮る。
「それよりも、銅だ! 銅はどこにある?!」
 カフナーに胸倉を掴まれ、頭を前後にゆすられながらもその兵士は答える。
「王都へ運ぶ銅でしたなら、すべて荷車に載せて広場に……」
「広場は、どこだ?! 広場は!」
 兵士が広場のある方を指差すと、カフナーは兵士を放り捨てて駆け出してしまう。救出した兵士らの手当と世話を部下に命じてからルドフスもカフナーの後を追いかけた。
 ルドフスがようやく追いついた時には、カフナーは道のど真ん中で茫然とたたずんでいるところだった。ルドフスに気づいて振り返ったカフナーは、頬を引きつらせて乾いた笑いを浮かべる。そして、自分の前の広場を震える指で差した。
「ル、ルドフスよ。荷車が……銅がない……!」
 銅塊を乗せた荷車どころか銅の欠片ひとつ落ちていない、がらんとした広場には、ただ深い(わだち)が無数に残されているだけであった。

                    ◆◇◆◇◆

 マーベン銅山からすべてのドワーフとともに大量の銅を無事に運び出せたというガラムからの報告に、蒼馬の周囲は沸き立っていた。
「街ひとつ分のドワーフを移住させるとは、相変わらず大胆なことをする」
 マーベン銅山にいるドワーフを丸ごといただくという蒼馬の策をそう評したのはマルクロニスであった。
 この時代、街や村はひとつの世界である。その世界を捨てて移住するなど、普通はあり得ない話だ。戦火などで街や村を追われる時もあるが、その場合はたいてい流民となるしかない。そうなれば待っているのは、野盗や山賊たちの獲物として狩られるか、どこかでのたれ死にという運命だけである。
 すなわち、街を捨てるというのは、死ぬのと同義語なのだ。
 それだけに多くの者はマルクロニスのように、この策に乗り気ではなかった。そんな人たちを説得するため、蒼馬は自分が知る事例を挙げた。
「僕の知る昔の話ですが、仁徳に(あつ)い君主が敵の大軍が攻め寄せて来るのに街を捨てて逃げるしかなかった時、君主を慕った民が街を捨てて一緒に逃げたそうです。――今回は、そのための準備もしっかりしておいたし、決して不可能な話ではないと思いますよ」
 それに皆は、なるほどと感心したものである。
 だが、もし蒼馬がさらにその事例について詳しく説明したならば、彼らはまた別の反応を示しただろう。なぜならば、蒼馬が挙げた事例とは、漫画「三国志」で読んだ、押し寄せて来る曹操軍を前に劉備玄徳が新野から逃げるときの話なのだ。マルクロニスたちも、まさか蒼馬が娯楽本(まんが)から着想を得ていたとは、さすがに思いもしなかっただろう。
 さらに、そこへマーベン銅山にホルメア国の兵士が突入したとの報せが、ハーピュアンのピピによってもたらされた。
「とっくに《猛き牙》たちは街からこちらに向かって移動しているというのに、今さら気づいたのか」
 蒼馬の策によってホルメア国軍が翻弄(ほんろう)されているのに、痛快でたまらないと言った顔のシェムルであったが、その横では蒼馬が難しい顔をしていた。
 それは蒼馬の予想より、ホルメア国軍の動きが早いのである。
 現状、すぐにマーベン銅山へ差し向けられる兵は、王都周辺の国軍しかいないはずだ。王都の防衛から兵を捻出するだけでも一大事である。一朝一夕にできるものではない。
 それなのにこの迅速な行動は、まるで誰かがこの事態を想定して動いていたとしか思えないものだった。
 しかし、マーベン銅山攻略は五年近い年月をかけて慎重に準備を進めてきたものだ。それを見抜かれていたはずもなく、またその兆候もなかった。
 蒼馬は、自分の気にしすぎだ、と笑い飛ばそうとした。
 ところが、ある人の名前が不意に脳裏に浮かび上がる。
 だが、すぐに蒼馬はそれを頭から振り払った。ワリウス王の勘気に触れて失脚し、多くの支持者も失ったまま謹慎中であるあの人が何かしたとは考えにくい。
 とにかく、今はホルメア国の迅速な行動の理由を推測しようにも、手許にある情報だけでは不十分だ。そう割り切った蒼馬は、今は起きてしまったことへの対処を優先させる。
「ピピさん。ガラムさんへ伝達をお願いします。最悪、銅は捨てても良いです。命を大事にってね」
 ホルメア国にとって逃げたドワーフたちを皆殺しにするよりも、奪われた銅を取り戻すことが優先されるはずだ。いざという時、銅を投げ捨てれば、それをホルメア国軍が拾い集めている間に逃げることもできるだろう。
 ガラムへの伝言を蒼馬に頼まれたピピは「承知しました」と言うと、そのまま小走りに助走をつけてから翼となった腕を大きく振って空へと舞い上がった。上空を二度三度旋回してから東の方へと飛び去るピピの姿を見送っていた蒼馬に、シェムルが躊躇(ためら)いがちに声をかける。
「なあ、ソーマ。私たちの方から迎えにいけないのか?」
 口には出さないが、やはり兄であるガラムのことが心配なのであろう。そう提案するシェムルに、蒼馬は申し訳なさそうな顔で首を横に振る。
「それはダメだよ」
 蒼馬たちはここで新兵の訓練をしているだけだが、それだけでも河の向こうにいるホルメア国の兵士らを釘付けにしているのだ。もし、ここでガラムたちを迎えに行けば、釘付けにしていたホルメア国の兵士までガラムたちの許へ連れて行ってしまうことになる。
 それを説明してから蒼馬はシェムルを安心させるように笑って見せた。
「いざという時のために、ガラムさんたちには策をひとつ教えてあるから大丈夫だよ。それに――」
 蒼馬は意地の悪そうな笑みでホルメア国の方を見やった。
「――ホルメアの部隊を率いているのが常識的な人ならば、すぐにはガラムさんたちを見つけられないよ」

                    ◆◇◆◇◆

「銅だ! 何としてでも、銅を取り戻さねばならぬ!」
 カフナーは唾を飛ばして力説した。
「逃げたドワーフどもは女子供、老人、傷病者を抱えている上に、さらに莫大な銅を持っていったのだ! その歩みは亀にも劣る。ならば、今からでも十分に追いつけるはずだ!」
 これにルドフスも同意する。しかし、念のために自分の部隊から歩兵五百人を割き、徹底的にマーベン銅山とその周辺の捜索を命じた。ドワーフらが銅を持ち運んでいると思わせておいて、この辺りに隠している可能性を疑うのは、さすが慎重なルドフスである。
「良いか! 真新しい土を掘り返した場所! 崩れたばかりの坑道! 家の床下や天井裏! 壁の中! 便所のクソ溜め! ありとあらゆるところを調べろ! 何としてでも銅を探し出すのだ!」
 それからルドフスは、カフナーとともにそれぞれの兵を率いて街道へ取って返した。
 ワリウス王より銅の奪還を厳命されているふたりは、逃げたドワーフと奪われた銅を追い求めて街道を西へ西へと兵を走らせた。
 当然、休息などはほとんどない。そのため部隊の中からは、体力が劣る者が何名も落伍(らくご)してしまう。しかし、そうした者たちには見向きもせず、ただひたすらドワーフと銅を求めてルドフスとカフナーは街道をひた走った。
 ところが、ドワーフたちはどれほど遠くまで逃げたのか、一日、二日と経っても追いつけない。そればかりか道すがら捕まえた旅人から話を聞いても、数千人ものドワーフたちを見かけたと言う者はいなかったのだ。
 そして、逃げたゾアンとドワーフたちの姿が見つからぬまま、ついにホルメア国の最西端の街ルオマまでやってきてしまった。
 これはいったいどういうことだと(いぶか)りつつも、さっそくルオマの領主に面会すると、カフナーは領主に開口一番に問い質す。
「ここに銅を持ったゾアンやドワーフなどやってこなかったか?!」
 しかし、反乱奴隷討伐のために次々と集まってくる諸侯らの対応で忙しいルオマの領主は、そんな奴らを見たことも聞いたこともないと、ルドフスとカフナーをけんもほろろにあしらう。
 カフナーの無礼な態度もあって領主官邸から追い出されてしまったふたりは、互いに顔を見合わせる。
「ルドフスよ。ドワーフと銅は、どこに消えたのだ?」
「わからん。――どこか途中で追い越してしまったのではないのか?」
 相手は夜目が利くゾアンとドワーフたちである。昼間はどこかに隠れて、夜の間だけ移動していたとしても不思議ではない。自分たちはそれに気づかずに、いつの間にか追い越してしまった可能性がある。
 そう考えたルドフスとカフナーのふたりは、疲れ果てた兵士たちを叱咤し、来たばかりの街道を取って返した。
 今度は街道沿いの森や谷などドワーフたちが隠れられそうな場所を探索しながらである。マーベン銅山の近くまで戻るには、来たときの倍の時間がかかってしまった。
 しかし、それでも銅はおろか、ゾアンとドワーフのひとりとして見つからなかったのである。

挿絵(By みてみん)
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ