挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

165/250

第31話 空蝉

 はるか遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
 それに目をつぶって耳を傾けていたシェムルは、ひとしきり太鼓の拍子を聞き終えると蒼馬へと顔を向ける。
「やったぞ、ソーマ。マーベンとかいう銅山を攻め落とし、ドワーフたちの協力も得られたそうだ」
 ゾアンの太鼓の音を使った伝言をシェムルに解してもらった蒼馬は、ホッと胸を撫で下ろした。
「良かった。――これでナールさんに、多少は恩を返せたかな?」
 自分を救うために亡くなったドワーフの面影を思い浮かべ、しばしその死を(いた)む。
 それからそばに控えていたエルフの女官に顔を向けた。
「ガラムさんたちが気づかれずに河を渡れたのは、エーリカたちが道を教えてくれたおかげだよ。ありがとうね」
 それは、今はエルフの弓箭兵(きゅうせんへい)(よそお)いで弓を肩にかけてはいるが、軍事行動中の蒼馬の身の回りの世話をする女官としてついて来たエーリカである。
「いえ。ソーマ様のお役に立てて、私もうれしく思います」
 蒼馬の言葉に、エーリカは頬をやや赤らめて言った。初めて会った時の勝気な姿はどこへやら、ずいぶんとしおらしくなったものである。
 これほど短期間で彼女が女官になれたのは、女官長であるエラディア直々の指導の賜物(たまもの)らしい。当初は、「あれは指導じゃなくて調教だよ、調教!」と涙目になって悲鳴を上げていたのだが、今では女官として十分な働きをしてくれている。
 いったいどのような指導だったのか気になるところだが、それについて彼女に尋ねると、死んだ魚のような目で「えらでぃあ様ノゴ指導ニハ深ク感謝イタシテオリマス」とロボットのようなしゃべりになるので、深くは聞かないことにしていた。
 エーリカに微笑みかける蒼馬に、シェムルが茶々を入れる。
「ソーマが死にかけ、あれほど私が心配したのも無駄にはならなかったというわけだな」
 それに蒼馬は、頬を引きつらせる。
 これまでにもシェムルには、いかに自分が心配していたかとさんざん聞かされ続けている。いい加減、そろそろ勘弁してほしいところだ。
 もっとも、シェムルも本気で言っているわけではない。すぐに話題を変えた。
「しかし、ソーマ。ホルメアという国は、どうなっているのだ? 狼ですら自分の狩場に入った戦士に吠えかかるというのに」
 これほど簡単に敵地の奥深くへ入り込めたのに、シェムルは釈然としていないようである。
 もっとも蒼馬もまた、少し驚いていた。
「予想どおりの結果なんだけど、僕もここまで何の障害もないとは思わなかったよ」
 いくら人目につかない場所を選んで渡河させたからと言って、五百を超える人を移動させたのだ。実のところ蒼馬は自分の予想がはずれ、マーベン銅山を陥落させる前に侵入したガラムたちが捕捉され、ホルメア国軍に囲まれる恐れの方が高いと思っていた。
 その場合は、銅山陥落を諦めてホルメア国東部を中心にゲリラ戦を展開してもらい、ロマニア国が街ひとつを落すという約定を待たずに攻めずにはいられない状況を作るぐらいの策は用意していたのだが、まさかこれほど簡単にマーベン銅山を陥落できるとは、さすがに拍子抜けである。
 蒼馬は難しい顔をして自分の頭を掻く。
「僕の予想以上にワリウス王の人望が落ちていたみたいだね」
「ふむ。――だが、その原因ともなったソーマには言われたくはないと思うぞ」
 シェムルの鋭い突っ込みには、蒼馬も苦笑いを返すほかなかった。
 それからはるか東の彼方――マーベン銅山があると思われる方を見やりながら、蒼馬は言う。
「マーベン銅山を襲撃されたのを告げる急使は、ガラムさんとズーグさんが上手くやってくれれば王都に着くのは三日から四日後ぐらいかな。それから兵を用意するのに一日。さらにそれらが銅山に到着するのは、どんなに急がせたって一日ちょっとはかかっちゃう。――さて、うまくいくかな?」
 口ではそう言いながらも、蒼馬はさほど心配はしていなかった。何しろ今回の策を実行しているのは蒼馬の信頼も篤いガラム、ズーグ、ドヴァーリンの三人である。彼らならばきっと策を成し遂げてくれると信じていた。
 そして、その期待どおりガラムとズーグに指揮されたゾアンたちは、マーベン銅山攻略の最中に王都へ向けて放たれた急使をさんざん追い立て、その進路を妨害し、乗っていた馬を潰すのに成功していた。
 しかし、成功を確信してゾアンらが引き上げた後、その足を潰されたはずの急使がカントビアス男爵に出会うことまでは、さすがの蒼馬も読めていなかったのである。

                  ◆◇◆◇◆

 マーベン銅山からの急使はカントビアス男爵によって蒼馬の予想よりも早く王都に到着したのだが、ワリウス王はそれを知るはずもなく、またとうてい喜べるものでもなかった。それどころか、ワリウス王は錫杖を落としたのにも気づかぬ様子で玉座から立ち上がって叫んだのである。
「いったい、どういうことなのだ?! なぜ我が国の内側深くまで敵が侵入しておるのだ?! どこからか敵が侵入したとの報せはないのか?!」
 反乱奴隷が一向に河を越えようともしないという報告に、直前になって尻ごみしてしまったものとワリウス王は嘲笑(あざわら)っていた。
 そのような情けない奴らなど、諸侯らの軍でひともみに圧し潰せると考えていたところに、このマーベン銅山陥落の報せである。
 まさに思わぬところから飛び出してきた手に、横っ面を張られたようなものだった。
 それだけに、それを許した国の守りの薄さに、怒り心頭になる。
「誰ぞ、これを説明せよ!」
 唾を飛ばして怒りの声を上げるワリウス王に、廷臣らは互いに顔を見合わせると目で「おまえが言え」と損な役割を押しつけ合った。しかし、このまま誰も答えずにいればワリウス王はさらなる勘気を爆発させてしまう。やむなく年配の重臣が、恐る恐る言上する。
「恐れながら陛下。いまだそのような報告は届いておりませぬ」
 そして、廷臣らの予想どおりワリウス王は爆発した。
「では、マーベンが落とされたのは嘘や(いつわ)りと申すのか?! それとも、亜人類どもは地から湧いたか、天から降って来たのか?!」
 それは自分らも教えて欲しいと廷臣の誰もが思ったが、それを口に出せるはずもなく、ただ沈黙を守るしかなかった。
 その中で、ひとりの重臣がハッと何かに気づいた顔になる。それから慌ててワリウス王の前へ「恐れながら陛下に申し上げます」と進み出た。
「確か先日、この王都へジェボアの商人が銅の買付に来ていたように、臣は記憶しておりますが……」
 怒り狂っていたワリウス王だったが、それに「あっ」と口を開けた。
 マーベン銅山から採掘される銅は、その多くが貨幣に鋳造(ちゅうぞう)されて国庫を潤している。また、それと同時に貨幣鋳造に使用される量に匹敵する大量の銅がジェボアの商人へ払い下げられ、銅以外の貴金属――金銀や外国から取り寄せた珍しい宝物に換えられているのだ。
 そして、今年もまた払い下げられるマーベン銅山の銅を買付けるために、ジェボアで一番大きな貴金属商であるコルネリウスが例年どおり王都を訪れており、先日その挨拶をワリウス王自身が受けたばかりである。
 すでにコルネリウスがジェボアから運び込んだ金銀や宝物などは王宮の宝物庫へと運び込まれていると聞く。それなのに今さら銅はありません、などと言えるものではない。
 さすがに怒りも吹き飛んだワリウス王は焦燥(しょうそう)もあらわに、マーベン銅山から急使としてやってきた兵士を問いただす。
「ど、銅はいかがした?! 余は銅を王都へ運ぶように命じていたはず。銅はいかがした?!」
「銅は輸送のための準備をしておりましたが……」
 兵士は言い澱んでしまったが、それで十分である。
「銅は……余の銅は、いまだマーベン銅山にあると言うのかっ!」
 あまりの事態に、ワリウス王は愕然としてしまう。
「陛下、これは一大事ですぞ!」
 そう言った重臣が言うまでもなく、これは国家の一大事である。
 ジェボアの商人ギルド十人委員のひとりコルネリウスに対して、ホルメア国が銅を用意すると約定を交わしたのである。それは必ず果たされなければならない。果されて当然の約定である。
 だからこそ、コルネリウスは銅の現物が手に入る前から金銀などを王宮に納め始めているのだ。それなのに、この段になってから銅を用意できなかったなどとは許されるものではない。そんなことになれば、まさにホルメア国の威信の失墜である。
「ど、銅を……! 余の銅を奪い返すのだ!」
 我に返ったワリウス王は、すぐさま大声を張り上げた。
「急ぎ兵をマーベン銅山へと差し向けよ! 急げ、急ぐのだ!」

                  ◆◇◆◇◆

 すぐさま王都ホルメニアの警備から兵が割かれ、騎兵と軽装歩兵を中心とした五百人からなる部隊がマーベン銅山へと向かった。
 必ずや銅を取り戻せというワリウス王の厳命が下されたその部隊は、ほとんど休みも取らずに強行軍を続け、翌日にはマーベン銅山にたどり着いた。
 すると、簡単な柵しかなかったはずのマーベンの街を取り囲むように、すでにそこには防塞(ぼうさい)が築かれていたのである。そればかりか、ありあわせの資材をただ積み上げて作られた隙間だらけの防塞を通して見える向こう側には、鎧を着て槍を持ったドワーフらしい人影が見て取れた。
 一応は降伏を呼びかけてはみたものの、それに応じるような気配はない。どうやら徹底抗戦の構えらしい。
「こしゃくな地虫どもめ」
 ドワーフへの蔑称を口にしたのは、部隊を指揮するカフナーである。
「おとなしく言うことに従えば良いものを何を思い上がったのか、我らに反抗しようとは片腹痛いわ!」
 カフナーは将校としてはまだ若い、二十歳を少し超えたばかりの青年である。若くして将校になるだけあって、自分の能力に自負があり、愛国心も人一倍強い。それだけに栄誉ある王都警備から、このような汚らわしい亜人類討伐に向かわねばならなかったことと、その原因となった亜人類に対して激しい憤りを覚えていたのである。
 今すぐにでも亜人類どもを殲滅し、さっさと王都へ凱旋したいところだ。だが、さすがに五百の兵だけで攻め込むのは無謀だと考えるぐらいの思慮は残っている。ドワーフの奇襲や夜襲を警戒して銅山の様子が遠目でも見えるほどの距離を取ると、街道を塞ぐようにして陣を敷き、後続の部隊の到着を待ったのである。
 それからさらに二日後。ついに僚友ルドフスが率いる二千の後続部隊が到着した。すぐさまカフナーは、ルドフスのところへ直談判に向かう。
「ルドフスよ。俺とおまえの部隊を合わせれば、兵の数は二千五百にもなる。ここはひとつ俺たちで攻めてみてはどうだ?」
 若さゆえの気の(はや)りか、カフナーはルドフスにそう提案した。それに年配のルドフスは慎重に答える。
「だが、襲撃してきたゾアンどもは一千足らずというが、銅山にはドワーフが数千人いたのだぞ」
 かつて五千人はいたドワーフたちも、銅山で長年酷使し続けたために大きくその数を減らしたと聞く。しかし、それでも三千人以上はいたはずだ。
 ただでさえ防塞がある防御側が有利だというのに、こちらは数でも劣っている。これでは、下手に攻めれば大きな痛手を(こうむ)りかねない。それよりも、ここは状況を王都に知らせて後続の部隊を待つべきではないか。そう渋るルドフスをカフナーは熱い口調で口説く。
「なあに、その多くは戦えぬ老人女子供ばかりではないか。我らならば、簡単に攻め落とせよう」
 それにルドフスも考え込む。確かにカフナーの言うことにも一理ある。それに、このままただ指をくわえて街を遠巻きに見ているのも芸はない。王都へ知らせる前に、ここはひとつ戦ってみて、相手の力を量るのも手であろう。
「良いだろう、カフナー。おまえの提案に乗ってやろう」
 ルドフスとカフナーは、さらに話を煮詰めた。その結果、攻めるのは翌日の朝とし、まずはルドフスが率いる歩兵部隊が攻め上がり、防塞を撤去する。次いでカフナー率いる騎馬隊が街へ乗り込み、刃向うドワーフどもを蹴散らしていく。その後、歩兵たちで街を制圧しつつドワーフらを殲滅するという段取りに決まったのである。
 その日は、カフナーとルドフスはともに自分の部隊の兵士らに糧食ばかりか酒までも存分に振舞った。さらに夜も最小限の見張りだけを残して兵士らを休ませ、その英気を十分に養わせたのである。
 そして、明けて翌朝。
 槍と盾を持って部隊ごとに整列する兵の前を馬にまたがったルドフスは、剣を天へと掲げると声を張り上げて兵士らを鼓舞する。
「よいかっ! 相手は、たかが亜人の奴隷ども! 恐れることはない! あの防塞を最初に乗り越えた者には恩賞を取らせる! 名声と金が欲しくば、見事あの防塞を乗り越えて見せるのだ!」
 ルドフスの言葉に兵士らはいっせいに槍を突き上げ「おう! おう!」と唱和する。その姿を満足げに見やってから、自分らの後方で同じように突撃の準備をしているカフナーの方を見やる。すると、カフナーはいつでも良いとばかりに右手を高々と上げて見せた。
「よし! ホルンを吹き鳴らせ! 太鼓を叩け!」
 ルドフスの号令とともに、ホルンと太鼓がいっせいに突撃の合図を上げた。
 大気を震わすホルンと太鼓の音とともに、ルドフスによって欲と闘争心を十分に燃えたぎらせた兵士らは、解き放たれた猛獣のように雄叫びを上げ、いっせいに走り出す。
 そうした兵士らに交じって街に向けて馬を駆るルドフスだったが、しばらくして妙なことに気づいた。
 防塞の向こうに見える槍のいくつかは右往左往としており、この攻勢に気づいているのは間違いない。それなのに、矢を射り、石を投擲(とうてき)すれば届く距離までとっくに迫っているというのに、向こうからの反撃が一切ないのだ。
 これはどういうことだとルドフスが不審に思っているうちに、先陣を駆けていた兵士が難なく防塞を乗り越えていってしまう。それに続いて後続の兵士らも次々と防塞を乗り越えていく。
 しかし、続いて起こるべき亜人類たちと戦う剣戟の音や飛び交う怒声や罵声が聞こえてこない。そればかりか、防塞を乗り越えた兵士らの上げていた雄叫びすら次々と消えて行ってしまうのだ。
 これは良からぬことが起きている!
 そう思ったルドフスは自らも馬を乗り捨てると、剣を抜いて防塞に足をかける。そして、防塞の上に立った時、ルドフスはまず唖然とし、次いで大きな声を上げた。
「こ、これはいったいどういうことだっ?!」

                  ◆◇◆◇◆

「ルドフスは、いったい何をしているのだ……?」
 ルドフスからの突撃せよとの合図を今か今かと待ち構えていたカフナーは、苛立たしげな声を洩らした。
 カフナーが見る限り、とっくに多くの兵士が防塞を乗り越えている。だというのに、いまだにルドフスからの合図はなかった。そればかりか先程まで天まで届けとばかりに轟いていたルドフスの部隊の雄叫びすら、今では聞こえなくなっている。
 さすがにカフナーも、これは何か異常な事態が起きたのでは? と思い始めた頃、前方より一騎の騎馬がこちらに向かってくるのが見えてきた。
 その姿が判別できる距離までやってくると、それは前の部隊を指揮しているはずのルドフス自身であるというのがわかった。
「してやられたぞ、カフナー!」
 目の前に騎馬で乗りつけて声を張り上げるルドフスに、カフナーは問い返す。
「いったい、どうしたのだ?!」
「街は、もぬけの殻だ!」
 あまりに予想外の言葉にカフナーは理解が追いつかず、きょとんとした顔になる。それに、察しが悪い奴だと苛立ったルドフスは、再度声を荒げて叫んだ。
「街にはドワーフどころか、猫の子一匹おらぬ! 奴らは街を放棄して、どこぞへ逃げてしまっていたのだ!」
「な、何だと?!」
 ようやく事態を理解したカフナーの愕然とした声が大きく響いた。
なぜガラムたちが国内に入ったのにワリウス王のところへ報せが届かなかったかは、また後ほど語られます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ