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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第26話 大旗

 ボルニスの街の郊外に、多くの兵が集められていた。
 それは蒼馬がロマニアとの密約を明らかにするとともに召集をかけた兵たちである。その数はおよそ一千あまり。その大半はゾアンと人間たちだが、そこに交ざるようにしてドワーフやエルフやハーピュアンやディノサウリアンの姿が見受けられた。
 それは多種族からなる混成軍である。
 種族間の(いさか)いが絶えないこのセルデアス大陸においては、他に類を見ない軍であろう。
 その混成軍を前に、蒼馬は興奮に声を弾ませていた。
「良かった。思ったより集まったようだね」
 蒼馬の言葉に、シェムルは「これも我が『臍下の君』の人徳だな」と、ひとり(えつ)に入った顔でウンウンとうなずいていた。
「それなりに数はそろったが、それだけですな」
 そこに水を差したのは、平原の砦で中隊長補佐を務めていた元国軍兵士マルクロニスであった。〈牙の氏族〉族長代理となったファグル・ジャガタ・グルカカや爪とたてがみの両氏族の戦士長を引き連れたマルクロニスは、兵らを指し示しながら蒼馬に説明する。
「平原の開拓に従事させていた捕虜の中で私たちに帰順を申し出た者を隊長にし、志願兵を率いらせている。ただ、志願兵の多くは戦った経験のない新兵ばかり。教練が必要でしょうな」
 蒼馬が見る限りでは、部隊ごとにきれいに整列し、兵の統率が取れているようだ。それを伝えるとマルクロニスは苦笑いする。
「今はただ並んでいるだけですからな。いざ部隊を動かせば、行進も怪しいと思っていただいた方がよろしい」
「そうなんですか? ――では、予定どおり行軍しながら、新兵の教練を行いましょう。それはお任せしますね」
 マルクロニスに新兵訓練を一任するとともに、グルカカたちにはマルクロニスの指示にはくれぐれも従うように念を押す。
 こと集団戦の知識と経験はおいては、蒼馬の陣営の中でマルクロニスに並ぶ者はいない。しかし、いまだ平原を追われた過去の確執からゾアンの戦士の中には人間であるマルクロニスの指示に従うのを良しとしないはね返りが多かった。そのため今回の行軍には、各氏族の戦士長をマルクロニスの指揮下に配したのだ。
 マルクロニスは、この場で改めてグルカカたちに頭を下げる。
「人間である私に従うのは不本意だろうが、これも勝利のためとご甘受(かんじゅ)を願いたい」
 それにグルカカが代表して答える。
「集団での戦いにおける人間の強さは身に染みて知っている。それを学ぶためならば異論はない。父祖と刃にかけて、あなたの指示に従うと誓おう」
 グルカカたちは腰の山刀を鞘から半分だけ引き抜き、誓いの言葉を述べた。それにマルクロニスはもう一度頭を下げてから蒼馬へ向き直る。
「今はまだ農閑期に入ったばかりで、これからも平原からは続々と志願兵が集まるだろう。その対応をセティウスに任せたいが、よろしいか?」
 いまだ蒼馬の下に()くのが不服なのか、最近ではしかめっ面が顔に貼りついてしまっている部下をボルニスの留守に()す。態度はぶっきらぼうだが与えられた職務は誠実にこなすセティウスの人柄を知っていた蒼馬はそれをふたつ返事で承認した。
 次に蒼馬は〈たてがみの氏族〉族長の息子メヌイン・バララク・バヌカへと目を転じる。
「バヌカさんも、これからやって来るゾアンの戦士たちの取りまとめと、留守をお願いします。基本は、前回の戦いに参加した戦士を隊長にして、新しく来た戦士を五人から十人ずつ配置してください」
 この蒼馬の指示した内容は、マルクロニスの発案によるものだ。
 従来の個人の武勇に頼った戦いしか知らないゾアンの戦士では、いざというとき勝手な行動をとりかねない。そこで、すでにダリウス将軍との戦いを経験し、蒼馬の指揮に信頼を寄せる戦士を頭に据えることで、そうした個人の暴走を抑えようというのだ。
「承知しました! このメヌイン・バララク・バヌカにお任せください!」
 自分の胸をひとつ叩いて宣言するバヌカの姿は、五年前と比べてはるかに頼りがいがありそうだ。だが、できうることならば自分の隣に立つシェムルの方ではなく、こちらの方を向いて言ってほしかった。
 さらに蒼馬は、わざわざ街の外まで見送りに来ていたヨアシュに声をかける。
「ヨアシュさん。あの人は、どうされていますか?」
 蒼馬の質問に、ヨアシュは大きなため息をついた。
「少しは私の立場も考えていただきたいものです」
 形の上ではボルニスの街に小さな商会を開いてジェボアの商人ギルドを抜けたものの、ヨアシュは今でも実家のシャピロ商会とは太いつながりがある。あまり商人ギルドに不利益なまねをすれば、シャピロ商会への風当たりが強まってしまうと愚痴をこぼす。
 蒼馬がちゃんと埋め合わせはしますと言うと、ヨアシュはやれやれと肩をすくめた。
「まあ、隠しているわけでもなく、調べればすぐにわかることなのでお教えしましょう。――あの方は、例年より予定を繰り上げてホルメア国へ向かったそうです。農閑期の安い人足を使って輸送費を安くしたいところですが、本格的な戦になれば荷を運ぶのもままなりませんからね」
 その答えに、蒼馬は満足そうにうなずいた。
「よし! ――それじゃあ、行きましょうか」
 そう言って蒼馬が向かったのは、ディノサウリアンの部隊のところだ。彼らを率いるジャハーンギルは一頭の青毛の馬の手綱を握り、鼻息も荒く蒼馬を待っていた。
「ジャハーンギルさん、よろしく頼みますね」
 蒼馬がそう声をかけると、ジャハーンギルは大きな鼻息をひとつ洩らした。
 このとき蒼馬の下にいるディノサウリアンは、わずか七十人余りである。これでは、いくら戦場においては無類の強さを誇るディノサウリアンたちでも主戦力として期待できない。そこで、外見が頼りない蒼馬に(はく)をつけ、またその身を守る最後の防壁として、蒼馬の親衛隊の役割を担ってもらうことにしていた。
 それを告げて以来、ジャハーンギルの機嫌はすこぶる良いようだ。今も、常になく尻尾が激しく振られている。
 そんなジャハーンギルの手から手綱を受け取ったシェムルは、蒼馬に馬へ乗るようにうながした。
「モラードさん、旗を上げてください!」
 馬上の人となった蒼馬は身体をねじって後ろに振り返ると、そこにいたディノサウリアンの元奴隷であったモラードに命じる。するとモラードは無言でうなずいてから、旗を丸めて縛っておいた紐をほどき、旗竿をしっかりと握り締めて立てた。
 それは、今回のホルメアとの戦いに備えて用意された蒼馬の大将旗である。
 常に蒼馬の近くに立てられ、混乱する戦場において敵味方に蒼馬の居場所とその健在を示す役割を担う大事な旗だ。
 しかし、その作製を任されたドヴァーリンたちドワーフが、少し頑張りすぎてしまった。
 遠くからでも一目でわかるように大きな旗にしようとしたのは良いのだが、何と出来上がった大旗は縦が三メルト(一メルトは約一メートル)、横は六メルトという巨大なものとなってしまったのである。
 しかも、強風で裂けたり、戦場に飛び交う矢で破られたりしないように、丈夫な作りにしたのも悪かった。厚手の生地をさらに二枚重ねにして縫い合わせて作られた旗は、それだけでもかなりの重量である。
 さらに、その旗が強風にあおられても折れずに支えられるよう、旗竿は太さが人の腕ほどもあり、さらに金属で補強がされたものだった。
 そうして出来上がった大旗の総重量は、人間やドワーフの力では持ち上げるのがやっとというもので、ディノサウリアンたちですら、やや持て余すぐらいである。
 この大旗を難なく扱えたのは、モラードただひとりだったのだ。
 元奴隷であり、戦いの経験もなく、自身でも戦うのは苦手と言うモラードは、当初は荷物持ちなどの雑役に就かせる予定だった。だが、そうした理由によって大将旗の旗手という名誉を与えられたのである。
 雲ひとつない青天の空に、モラードが立てた黒い大旗が勢いよく風にはためいた。
「さあ、行くぞ!」
 それを見届けた蒼馬が馬上で大きく腕を振って叫ぶと、「おおっ!」という大音声とともに、いっせいに行進の太鼓が叩かれ、ホルンが吹き鳴らされる。
「東の渡し場に向け、行軍開始!」
 ディノサウリアンの親衛隊に囲まれた蒼馬を先頭にし、一千あまりの兵が軍靴を鳴らしていっせいに動き出したのである。
 その光景を遠くから眺める数人の男たちがいた。
 彼らがいるのは、ボルニスの街からほど近い丘の上である。男たちは蒼馬が率いる軍の様子をしばらく観察してから、小さな紙に何かを書き記した。そして、用意してあった鳥籠の中から一羽の鳥を取り出すと、その足に紙を縛りつけて空へと離す。しばらくの間は上空で円を描いていた鳥だが、そのうち東へ向かってまっしぐらに飛んで行ってしまった。それを確認した男たちは、丘の陰に隠してあった馬に飛び乗ると、同じく東へと駆けて行く。
「おい、ソーマ」
 自分が(くつわ)を取る馬に乗る蒼馬に、シェムルは左手にある丘の向こうに顎をしゃくって見せる。彼女が示した方へ蒼馬が目を向けると、こちらに背を向けて走り去る小さな騎影が見えた。おそらくはホルメア国の斥候だろう。
「どうする?」
 ハーピュアンかゾアンの戦士を使って捕縛させるかと言外に問うシェムルに、蒼馬は首を横に振って見せた。
「放っておいて良いよ。彼らには、僕らが挙兵したことを無事に報告してもらわないといけないからね」

                  ◆◇◆◇◆

 破壊の御子が挙兵する。
 その一報は伝書用の鳥と早馬に乗った斥候によって、すぐさまホルメア王宮へと伝えられた。
「破壊の御子を名乗る反乱奴隷の頭目が、ボルニスの街より挙兵しました!」
 乾いた汗の形に土埃を顔に張りつけた斥候兵が、重臣らが居並ぶ謁見の間に片膝をつき、玉座から自分を見下ろすワリウス王へと報告する。
「率いられた兵の数は、およそ一千余り。ゾアンと亜人類の奴隷ばかりではなく、多くの人間の姿も見受けられました。その先頭には、破壊の御子と(おぼ)しき男の姿と、見たこともない黒い旗が掲げられております!」
 斥候兵は黒い旗に刺繍された図柄を絵心がある者に描かせたという紙を侍従の手を介してワリウス王へと差し出した。
「……なんだ、これは?」
 開いた紙に描かれていたのは、ワリウス王が初めて見る図柄であった。
 しかし、何とも人の不安を掻き立てるような不気味な図柄である。まるで数字の8と∞を組み合わせたようであり、それでいて二匹の大蛇が身体を絡ませ、のた打ち回るようにも見える不気味な図だ。
「誰ぞ、これに見覚えがある者はおるか?」
 ワリウス王が示した図柄に、重臣らの多くは心当たりがなく首をかしげた。
 しかし、ひとりだけそれに見覚えがあった重臣が前に進み出る。
「恐れながら陛下。それは、昨今民草の間で噂となっておりました、あの刻印ではないかと、臣は言上いたします」
 ワリウス王も、その噂は聞いていた。
「これが、例の刻印と申すか……」
 そう呟くワリウス王は、その背筋にうすら寒いものを感じずにはいられなかった。

                   ◆◇◆◇◆

「どうした、ソーマ?」
 先程からしきりと自分の後ろを気にする素振りの蒼馬に、シェムルは声をかけた。
「う~ん。やっぱり、この旗がね……」
 蒼馬の視線の先にあるのは、モラードが両手でしっかりと立てた大旗である。
 今も風にはためく大旗をちらりと振り返ってからシェムルは嘆息(たんそく)を洩らす。
「それはさんざん話し合っただろうが……」
 シェムルが言うように、大将旗の図案についてはさんざん皆と話し合った。いくつもの候補が出されたが、結局はこれならば誰もが蒼馬とわかる、ある図柄が選ばれたのである。
「誰が見ても一目でおまえの旗だとわかって良いではないか」
「まあ、そうなんだけど……」
 シェムルの言い分を認めつつ、それでも蒼馬は釈然としない口ぶりであった。
「でも、これは本当にろくでもない奴の刻印なんだよ」
 蒼馬が見上げる黒い旗に銀糸で刺繍されたのは、蒼馬の額にも淡く輝く死と破壊の女神アウラの刻印であったのだ。
 これが後世において「一度(ひとたび)それが戦場で(ひるがえ)れば、敵ばかりか味方すらも恐れおののいた」と言われる「ソーマの黒旗」であった。
 今回、蒼馬が乗った馬は青毛としか描写されていませんが、実は馬相で「青毛にて、たてがみと尾は白く、鼻梁(びりょう)に白い星があり、額へと細く流れるは『落星(らくせい)』といい、乗り手の運気を落とし、命を失わさしめる凶相なり」とされた凶馬という設定です。
 展開上、蛇足になるかと思い削除しましたが、せっかく作ったの設定なので、ここで公開させてもらいます。

 感想がたまってしまいましたので、少しずつ返信をしております。人によっては一日に数個の返信が一気に届いたり、書き込んだ順番とは前後して返信が届いているかと思いますが、ご容赦ください。
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