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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第25話 約定

「それは困る!」
 ロブナスは取り繕うのも忘れて素の声を上げてしまったが、すぐに自分の失言に気づいて言い直す。
「いやいやいやいやいやいや! あなたが、困ったことになりますぞ! お考え直しください。あの冷酷非情で悪逆無道なワリウス王です。降伏しようものならば、いったいいかなる仕打ちを受けるかわかりませんぞ!」
 降伏すればどんなに酷い目に遭うかわからないと、ロブナスは必死にワリウス王とホルメア国の非情さをあげつらい、蒼馬を思い止まらせようと弁舌を振るった。
 だが、次の蒼馬の一言に、ロブナスはぐうの音も出なくなる。
「ですが、ホルメア国は西域の雄。とうてい僕らだけでは勝てません」
 それは当然であろう。曲がりなりにもホルメア国は西域の雄と謳われる強国である。たかが一地方都市を支配下に置くだけの反乱奴隷どもの(かな)う相手ではない。
 しかし、それでは困るのだ。
「そうは言っても、あのワリウス王が簡単に降伏を認めるとは思えませんが……」
 いったん癇癪(かんしゃく)を起すと、事の善悪や損益も考えずに自分の感情のままに振る舞うワリウス王である。自分の顔に泥を塗るようなまねをした蒼馬を許すとは思えない。
「それならば考えがあります。――以前、この街が納めていた税の倍。いや、五倍の税を納めるといえば降伏も受け入れてくれるのではないでしょうか?」
 ロブナスは焦る。最近、この街が一国に匹敵するほどの富を生んでいるのは聞き知っていた。今のボルニスならば、以前の五倍の税を納めるのも不可能な話ではないだろう。
 しかし、破壊の御子とホルメア国を噛み合わせて、その力を削ぐのが目的だったのに、これでは逆にホルメア国の力が増してしまう。そればかりではない。もっと大きな問題なのが、それほどボルニスの街を発展させる(いしずえ)となった資金が、自分の献策によってロマニア国から出されたものだということだ。
 これは何としてでも降伏だけはさせてなるものかと、ロブナスは説得を続けた。
 そこへ割って入ったのは、エラディアである。
「ロブナス様。ソーマ様のご苦悩をお察しくださいませ。ソーマ様は、本心ではホルメアなどには屈したくはないのです」
 それに合わせるように、蒼馬は「くっ」と小さく洩らすと視線を逸らす。その姿に、お(いたわ)しやとばかりに目許を拭ってからエラディアは言葉を続ける。
「ホルメア国は、まさに不倶戴天の敵。私たちは死を恐れず戦いましょう。ですが、強大なホルメアと戦っても、到底勝ち目などありません。慈悲深いソーマ様は、私どもが無為に命を散らすのを(いと)い、涙を飲んでホルメアに膝を屈することを選ばれたのです」
 よほど彼らは悔しいのだろう。破壊の御子の背後に控えるゾアンの娘は、鼻にしわを寄せ、身体を小さく震わせていた。
 実際のところは蒼馬の大根演技に笑いをこらえているだけなのだが、ゾアンの表情を見分けることができないロブナスにはわからない。
「言うな、エラディア。何度となく話し合い決心したことだ」
「ですが、ソーマ様! 私は口惜しゅうございます。天はなぜお味方をお遣わしにならないのでしょうか!」
 悲痛な声で自分らのおかれた状況を嘆くエラディアが洩らした「天は味方を遣わさない」は、「天に見捨てられた」や「運に見離された」と言うのと同じ意味で使われる慣用句である。しかし、「味方」という言葉にロブナスの眉がピクリと動く。
「もし、あくまで仮の話ですが――」と、ロブナスは前置きしてから尋ねた。「――あなたにお味方するという勢力があれば、いかがしますか?」
「無論、ホルメアと戦いましょう!」
 蒼馬の即答に、ロブナスはしばし思案する。
 ここは自分がロマニア国の将軍であると明かすべきではないだろうか。このままでは、破壊の御子はホルメアに降伏しかねない。それよりかは、自分の身分と、これまで援助していたのがロマニア国だと明かして、その恩義によってホルメアとの戦いにけしかけた方が得策ではないだろうか。
 そう決断したロブナスは、声を潜めて蒼馬に語る。
「ご安心ください。あなたには、強い味方がおりますぞ」
「おお! それは、どなたでしょうか?」
 身を乗り出して尋ねる蒼馬に、ロブナスは勿体つけてから答えた。
「ロマニア国の偉大なる国王ドルデア陛下です!」
「何ですって! ですが、大国ロマニアのドルデア陛下が、本当に僕たちに力を貸してくださるでしょうか?」
 大げさに驚く蒼馬に向けて、ロブナスは自分の胸をひとつ叩いて見せる。
「何を隠そう、私はロマニアの将軍なのです。これまで貴殿を援助してきたのも、すべてドルデア陛下の命なのです!」
「おお! それは知らないこととはいえ、大変失礼いたしました。――エラディア、ロブナス将軍にお酒を」
 とたんに、へりくだる蒼馬と媚びるような仕草で酌をするエラディアに、ロブナスは上機嫌となった。
 しかし、次の蒼馬の一言でロブナスは慌てる。
「ロマニア国と僕らがともに東西から攻め込めば、ホルメア国など恐れるにたりません!」
「え? いや、それは……」
 ロブナスが期待しているのは、破壊の御子と派手に噛み合い、ホルメア国が消耗してくれることだ。
 しかし、同時にホルメア国へ攻め入っては、それは望めなくなる。ホルメア国にとっては、たかが反乱奴隷の頭目である破壊の御子よりも、ロマニア国の方が脅威である。自分がワリウス王ならば、少数の兵で破壊の御子を食い止めて置き、残った兵すべてをロマニア軍へと差し向けてくるだろう。
 何と返したものかと思案するロブナスに助け舟を出したのは、エラディアである。
「ソーマ様。大国ロマニアとともにとは、あまりにも非礼でございましょう。それに私たちは過日(かじつ)にドルデア王より莫大なるご援助もいただいております。ここは、ソーマ様がまずはホルメアへと攻め入るのが礼に(かな)うかと存じ上げます」
 ロブナスは「寛大なるドルデア陛下は、その程度は気にしませんぞ」と言葉にはしつつ、内心では大いにうなずいていた。
「ロブナス様、こういうのはいかがでしょうか?」
 エラディアはロブナスにひとつ提案する。
「まずは、私たちがホルメアに攻め入り、街ひとつを落としてみせましょう。その後に、ドルデア陛下にも街ひとつを攻め落としていただくのです」
 ロブナスが腕組みをして、この提案について考え込んだ。
 悪い話ではないように思える。
 このボルニスの街にもっとも近い街といえば、ルオマの街である。そこは住人が一万を超える大きな街で、その防備も堅い。また、街の手前には小さいながら強固な砦と知られるガラフ砦もある。それらを落とすとなれば、激しい戦いとなるだろう。
 もし、破壊の御子が攻略に失敗したとしても、そのためにホルメア国はかなりの戦力を費やさねばならなくなる。そうすれば、ロマニアに備えた東の守りも手薄になるだろう。
 それに助け船を出されたエラディアからの提案なのだ。心理的にも断りにくい。相手も妥協しているのに、これ以上渋れば不信を招き、かえって破壊の御子をホルメア国への降伏に追いやってしまう結果ともなりかねない。
 そう思案したロブナスは、決断する。
「よろしいでしょう。ドルデア陛下は、武を尊ぶお方。同盟者であるあなたが街を落とせば、陛下も負けてはならじと必ずやホルメア国に攻め入り、街を落とすことでしょう」
「おお! それはありがたいです!」
 そう大げさに感謝を表した蒼馬は、ロブナスの気が変わらぬうちに書面としてしたためようと、そばに控えていたシェムルに声をかける。
「シェムル! 書状の用意を」
 すると、シェムルは心得たとばかりに紙とペンを取り出した。
「それじゃあ、えーと……偉大なるロマニアの国王ドルデア陛下に、お手紙を差し上げる」
 あまりの用意の良さに驚くロブナスを前で、蒼馬がよどみなく語る言葉をシェムルがしたためていく。
 すべて書き終えると、シェムルは息を吹きかけてインクを乾かしてから、それを蒼馬へと渡した。そして、蒼馬は最後に自分の署名を入れる。
 あとはそれをロブナスに渡すだけなのだが、そこで蒼馬の手が止まった。
 汚い。
 ここ数年で蒼馬の祐筆として、メキメキと書の腕前を上げているシェムルの字は、この世界の文字が読めない蒼馬から見ても流れるような筆致で美しい。それに比べて、自分が書いた名前の何と不格好なことか。
 こうして並べて書くと、ことさら字の美醜が際立って見える。
 何となくシェムルを見やると、彼女は「どうだ!」とばかりに鼻をピクピクとさせながら豊かな胸を張って見せていた。その態度が(しゃく)(さわ)って、ムッとした蒼馬だったが、エラディアのわざとらしい咳払いに、ハッと我に返る。
「ロブナス将軍。これをドルデア陛下に」
「え? あ。た、確かにお預かりいたしました」
 自分を置いてどんどんと話が進められているのに戸惑うロブナスの手に無理やり手紙を押しつけた蒼馬は、両手を大きくふたつ打ち鳴らす。
「ロブナス将軍が帰られます。お見送りする準備を!」
 蒼馬はぐいぐいとロブナスを追い立てていく。
「いや、ちょ、ちょっとお待ちを!」
「いえいえ、急がなくては戦いに巻き込まれて、ロマニアに帰還できなくなってしまいますよ!」
「いや、一晩ぐらいは……」
 せっかくこのような辺境の街までやってきたのだ。また美しいエルフを抱くぐらいの役得はあっても良いだろう。
 しかし、蒼馬はそれを許さない。笑顔でロブナスを追い立てる。
「ドルデア陛下の恩義に報いるために、早急にホルメアへ攻め込ませていただきます! もうそりゃ大急ぎです。ですから、急がなければ帰還途中で戦火に巻き込まれてしまいます。うん、きっとそうです!」
 あまりに急激な展開に思考が追いつかずに呆気に取られてしまうロブナスを蒼馬は領主官邸から追い出してしまった。さらに蒼馬は官邸の入り口で茫然とたたずむロブナスの前で、女官に命じる。
「塩を持って来て、塩を!」
 しばらくしてエルフの女官が塩を持ってくると、蒼馬はそれを掴み取り、ロブナスへ撒いた。
「ペッペッペッ! こ、これはいったい?」
 口に入ってしまった塩を吐き捨てながらロブナスは尋ねる。
「僕の故郷の風習では、こうして塩を厄払いに振りかけて旅の安全を祈願するんですよ。ロブナス将軍には、無事にロマニアへ帰っていただけなければなりませんからね!」
 確かにそういう風習はある。だが、これはロブナスその人を厄として追い払おうという行為である。それを蒼馬は説明する気はなかったが、察しの良いエラディアはすぐに蒼馬の意図に気づいた。
「あら、それは初めて知りました。――ソーマ様、ぜひとも私めにもロブナス様のご無事を祈らせていただけないでしょうか?」
 蒼馬が了承すると、エラディアは何事かを言いながらロブナスに塩を撒いた。それに蒼馬とシェムルが、ぎょっと目を()く。
「ペッペッペッ! 今、何と言われたのかな?」
 またもや頭から塩をかぶったロブナスは、エラディアが何と言ったのかと尋ねる。すると、エラディアはニッコリと微笑んだ。
「はい。エルフの言葉で、旅の無事を祈願するものです」
 それからエラディアは、脇に控えていた女官に顔を向ける。
「あなたたちもロブナス様の無事を祈願しませんか?」
 そこにいた女官は、最近になって見習いから昇格したばかりのエルフの娘エーリカと、女官見習い中であるイルザ、ニーナ、パウラの三人の少女たちであった。いずれも蒼馬が山で遭難した時に、それを助けた功績で女官として働くようになった者たちである。
 エラディアの誘いに、驚いたように目を丸くしていたエーリカは苦笑いしながら遠慮するが、三人の少女たちはぜひやりたいと名乗りを上げた。
 三人の少女たちはエラディア同様にエルフ語で何やら言いながら、えいっえいっとロブナスへ塩を撒く。自分に塩を投げつけるエルフの可憐な少女たちの姿に、ロブナスは「このような少女らになつかれるとは、自分もなかなか隅に置けないではないか」とご満悦な表情であった。
「なあ、ソーマよ」
 三人の少女とロブナスの姿を脇で見ていたシェムルが、声を潜めて蒼馬に尋ねた。
「私には、エラディアたちは言ってはいけない言葉を口にしているように聞こえるのだが……」
 蒼馬の祐筆を務めるようになってから、シェムルは西域の言葉だけではなくエラディアからエルフたちの言葉や文字も学んでいた。その時に教えられた知識が正しければ、今少女たちが口にしているのは「絶縁されるのを覚悟してから言え」とか「相手に斬りかかられても文句は言えない」と教えられた罵詈雑言のはずである。
 蒼馬もまた苦笑して、ひとつうなずいて見せた。
「うん。――僕にもそう聞こえる……」
 ありとあらゆる言語を無意識のうちに理解できてしまう蒼馬には、目の前の光景は次のようなものとして映っている。
「ゲノバンダにも劣る(ピー!)野郎。二度と来るな!」
「その股ぐらについている貧相な(ピー!)を(ピー!)して(ピー!)しやがれ!」
「(ピーーーーーーーーー!)」
 無邪気な笑顔で塩を撒きながら、とうてい口にしてはいけない罵詈雑言を口にするエルフの美少女たちと、
「はっはっはっ! 何とも愛らしい少女たちですな!」
 そして、やにさがった顔で塩と罵詈雑言を浴びるロブナスという異様な光景だったのである。

                  ◆◇◆◇◆

 自分が厄として追い払われたとは知らず、ロブナスは上機嫌でロマニア国へと帰還した。
 その途中、ロブナスは立ち寄るホルメアの街々で「破壊の御子が兵を起こす」との噂を広め始めたのである。無論、それはホルメア国の目を破壊の御子へと向けるためのものであった。
 破壊の御子がロマニア国より先んじてホルメア国と戦い、街ひとつを攻め落としてみせるとの約定を記した書状を持ち帰り、噂を広めて来たと報告するロブナスに、ドルデア王は大いに喜んだ。そして、ロブナスを称賛するとともに、ドルデア王は国軍を預ける将軍と諸侯らにひそかにホルメア国討伐の軍を編成することを命じたのである。
 そうしたロマニア国の動きをハーピュアンの伝令兵を介して知った蒼馬は、自らもロマニア国との約定を明らかにしたのだった。
 それは風のような速さと鉄槌の衝撃をともない、ホルメア国全土へと伝わったのである。
 その様子は、ホルメア国の大臣ユーフレティスの日誌によって、次のように記述されている。
「あたかも嵐の襲来を告げられたが如く、下賎の民ばかりではなく騎士や諸侯らも慌てふためいた」と。
 今まさに、破壊の御子ソーマ・キサキという強大な嵐が西域に吹き荒れようとしていた。
GWは偉大なり!ヽ(`д´)ノ
美少女に罵詈雑言と塩を投げつけられるのは、ご褒美だそうです(´・ω・`)
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