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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第24話 降伏

 屋敷を辞去するポンピウスをダリウスは屋敷の入り口まで見送りに出た。その途中、屋敷の庭園に差し掛かった時、不意にポンピウスが足を止める。
 かつては庭師によって綺麗に手入れがされていた庭園も、ダリウスが失脚して以来、荒れるに任せるままであった。それもこれも破壊の御子を調べる費用のために、庭師に払う給金も惜しんだ結果である。
 そんな荒れ果てた庭園を見つめるポンピウスに、ダリウスは「どうかしたか?」と尋ねた。しかし、ポンピウスはそれには答えず、逆にダリウスへ問いかける。
「おまえが目をかけていた平民上がりの兵士がいたな。そやつはどうした?」
 突然の質問に驚いたダリウスだったが、すぐに苦い顔になる。
 この時、ダリウスの脳裏に浮かび上がったのは、無精ひげを生やし、胡麻塩頭を短く刈りこんだ中年の男の顔であった。
「……ボーグスめは、この老いぼれを逃がすためにマリウスとともに死んだそうだ」
「そうか……」
 能力があれば出自など関係ないとボーグスを将へ推挙するダリウスに、それを前例がなく国に無用な混乱を招くと反対していたポンピウス。
 顔を合わせるたびに激論を交わし、いつしかそれは挨拶のようになっていた。そんな昔日(せきじつ)のやり取りを思い起こし、ダリウスの胸に郷愁の念が湧く。
 そんなダリウスへポンピウスは、再度尋ねた。
「ダリウスよ。『ふたりの酔漢(すいかん)』という話を知っているか?」
 ダリウスは訝しげな顔で首を横に振る。
 それはダリウスに協力を求められたポンピウスが、自らも破壊の御子とボルニスの街を調べている時に聞いた話であった。
 それは、このような話である。
 ある日、ボルニスの酒場でしたたかに酔ったふたりの男が、酒の肴に蒼馬の施政を批判していたという。しかし、批判していたといっても、たかが酔っ払いの戯言(ざれごと)。それで終わるはずの話だった。ところが、そこにたまたま居合わせた役人が、要らぬことにそれを蒼馬へ報告したのだ。すると、蒼馬はすぐさまふたりの男を探し出し、自らの前に引き出したのである。
 最初に引き出された男は、悪名高い破壊の御子を前にして顔を蒼白にし、酒の席での(らち)もない戯言だったと、床に額をこすりつけて命乞いをしたという。
 それに蒼馬は、男を罰することなく釈放した。
 しかし、次に引き出された男は、もはや命はないものと覚悟を決めていた。蒼馬に対して昂然と胸を張ると、その施政を細かく批判したという。
 それに誰もが男は極刑に処せられると思っていた。ところが、蒼馬は怒るどころか大いに喜び、男に百金を与えたばかりか、何と重職にまで抜擢したのである。
 それ以来ボルニスの街では、我もふたり目の酔漢になろうと、いたるところで蒼馬の施政を論じる者たちで溢れたという。
「皮肉なものよな。我らが求めていた力がある者を正当に評価できる(まつりごと)を行える者が、我らの敵だというのだからな」
 自嘲のような笑みを浮かべたポンピウスは荒れた庭園からダリウスへと顔を向ける。
「屋敷に遊びに来た孫に、私は怒られてしまったことがある」
 いきなり話が変わったのにダリウスが眉をしかめた。だが、ポンピウスは構わずに話を続ける。
「私の屋敷の庭師は、おかしな特技があってな。庭木を様々な動物の形に刈り込むことができる。刈り込んだばかりの庭木を見た孫は、それは大喜びしたのだ。しかし、三月(みつき)も経った後に再び屋敷を訪れた孫は、庭木を見てこう言ったのだ」
 一拍の間を置いてから、ポンピウスは続けた。
「『動物たちが壊れた』とな」
 その時のことを思い出し、ポンピウスは苦笑いする。
「三月も経てば庭木も枝葉を伸ばし、形は崩れ、もはや動物には見えなんだ。屋敷に住む私たちの目には、それは当然の変化であった。しかし、三月前の姿しか覚えていない孫にとっては、壊されたように見えたのだろう」
 ポンピウスは真剣な面持ちになると、ダリウスに言った。
「なあ、ダリウスよ。こうは思わぬか? 破壊の御子がもたらす破壊とは、もしや急激な変化や改革であるやもしれぬと……」
 しばし、その場に沈黙が落ちた。あたかも真剣を手に睨み合うかのようなピリピリとした緊張感が漂う沈黙の後に、ダリウスはふっと笑みをこぼす。
「新しきものばかりをありがたがる若造の邪魔をするのが、おいぼれの最後の楽しみではないのか?」
老醜(ろうしゅう)(さら)すというか、ダリウスよ?」
「それでホルメア国が救われるのならば」
 その心底を見抜こうとするかのようにダリウスの目をひたりと見据えていたポンピウスだったが、しばらくして自分の禿頭(とくとう)をぴしゃりと叩く。
「……愚にもつかぬことを尋ねてしまったな」
 ひとつ苦笑を浮かべてからポンピウスは、ダリウスに問う。
「それで、ダリウスよ。次こそは、あやつに勝てるか?」
 それにダリウスは即答できなかった。
 奥歯を噛み砕かんばかりに歯を噛み締めてから、ようやくポツリと答えた。
「それはわからぬ」

                  ◆◇◆◇◆

「それはわからない」
 蒼馬は、そう断言した。
 それは、いよいよ間近に迫りつつあるホルメア国との戦いに備え、蒼馬の陣営の主だった者たちを集めて開いた軍議の場での発言である。
 わずか一千あまりの味方で七千もの大軍を率いたダリウス将軍を破った蒼馬だ。五年前よりさらに兵を増やし、糧食など十分にそろえた現在ならば、あのダリウス将軍が再び軍を率いてきたとて恐れるに足らないのではないかという意見に蒼馬が返した言葉であった。
 驚いて自分を見つめる者たちの視線を感じながら、蒼馬は噛み砕くように言う。
「五年前の勝利は、僕たちの運が良かった。本当に、それだけだったんだ」
 今思い出しても、あの時の戦いは薄氷を踏むがごとき戦いであった。ほんのわずかでも何かが違っていたら、勝敗の天秤は逆に傾いていただろう。それほどギリギリの戦いだったのだ。
 特に蒼馬の心胆(しんたん)を寒からしめたのは、戦後に行われた捕虜の尋問から得られたダリウス将軍の読みである。
 ダリウス将軍は、蒼馬の置かれていた状況を的確に読み、なおかつ(しば)の山ひとつでボルニスの街を守る策まで完全に見抜いていたという。
 そればかりではない。あの時、蒼馬が次善の策として考えていたものは、まさにダリウスの読みのとおりだったのである。
 もし、あの土壇場(どたんば)で、森を駆け抜けさせたゾアンをもって重装槍歩兵連隊の横腹を突くという策が思いつかなければ、あの丘で(むくろ)(さら)していたのは策を見破られた自分たちであっただろう。
 そして、あの策が思いつけたのは、ただ蒼馬がゾアンたちを知っていたからだ。誰かが調べた情報ではなく、蒼馬自身がゾアンと触れ合い、間近で彼らを知ることができたからこそ思いついた策に他ならない。
 ゾアンを間近で知ることができた蒼馬と、そうではなかったダリウス。
 たった、それだけである。
 たったそれだけの差が、あの決戦の勝敗を決めたのだ。
 しかし、もはや同じ手は通じない。
 ワリウス王が癇癪(かんしゃく)を起こしてダリウスを失脚させたという話に、蒼馬はホッとしていた。
 蒼馬はどこぞの戦闘民族のように強い敵にワクワクするような性癖は持っていない。それに自分がやっている戦とは、ただの遊びや賭け事ではないのだ。戦の相手が強ければ強いほど、こちらの損害も大きくなる。そして、その損害とは自分に付き従った者たちの命として支払われるものなのだ。でき得ることならば、敵は弱ければ弱いほど良い。
 だからこそ、ダリウス将軍の失脚に蒼馬は嘘偽りなくホッとしていたのだ。
 ところが、その失脚したはずのダリウスが裏でジェボアやマーマンたちを牽制する書状を出していた。その事実は、ダリウスは失脚してからも、ずっと蒼馬を敵と見定め、行動し続けていたことを示している。
 多くの子飼いの将兵を失った失意の中で、ダリウスは忠誠を尽くしたワリウス王からは命をかけた嘆願すら一顧だにされずに侮蔑と罵倒をもって宮廷を追われたのだ。心が折れたとしてもおかしくはない。
 それだというのに、今なおホルメア国のために自分を討とうとしている。
 その執念に、蒼馬は身震いする思いだった。
「五年前ダリウス将軍は、僕たちを(あなど)る部下に戦いなれていない新兵ばかりという足枷があった。だけど――」
 蒼馬は椅子から立ち上がると、その手のひらを机の上に叩きつける。
「――次に僕らの前に現れるのは、本当のホルメア最高の将軍だ」
 蒼馬の言葉に、皆は押し黙ってしまう。
 ガラムやズーグなどゾアンの戦士たちは、父祖らが怒りと畏怖をもって語った「黒い獣」の姿を脳裏に思い浮かべる。元ホルメアの兵士だったマルクロニスやセティウスらは、尊敬と畏怖をもって見上げていた将軍の姿をまぶたの裏に描いた。
「では、戦う前から尾を丸めるというのか、我が『臍下(さいか)の君』よ?」
 その重苦しい沈黙を破ったのはシェムルであった。
 シェムルの挑発的な声に、蒼馬は(かぶり)を振る。
「そんなわけはない。僕だって、この五年の間にいろいろ準備はしてきたんだ。ダリウス将軍が相手だって負けはしないよ。――いや、ダリウス将軍にだって勝てるだけの準備をしてきたんだ」
 それから蒼馬は押し黙っていたみんなの顔を見回した。
「それは、みんなも同じはずでしょ?」
 蒼馬の言葉に、皆は一様に不敵な笑みをもって応えた。
 それに満足げにひとつうなずいた蒼馬は、凛とした声を張り上げる。
「ガラムさん、ズーグさん、ドヴァーリンさん」
 名前を呼ばれた三人は短く「おうっ」とだけ答える。
「例の場所へ密かに兵を集め始めてください。もう時間もありませんが、くれぐれもホルメアに気づかれないように」
 その他にも事細かに三人へ指示を出す蒼馬のところへ、エルフの女官長エラディアがやってきた。エラディアは優雅に一礼すると、蒼馬へ耳打ちする。
「ソーマ様。あの者がやってまいりました」
 それに蒼馬の顔が、ぱっと輝く。
「よし! やっぱり来たか。きっと来ると思っていたんだ」
 すぐに会おうと言う蒼馬に、エラディアはやや困惑したように眉をひそめる。
「ですが、ソーマ様。今さらあのような者をどうするおつもりなのでしょうか?」
 もはや無用のゴミクズに今さら会うのは時間の無駄では、と含みを持たせるエラディアに、蒼馬は苦笑を洩らす。
「あの人には、もうちょっと役に立ってもらおうと思ってね」
 蒼馬は自分が考えていることを説明した。すると、エラディアは「さすがはソーマ様。お人が悪い」とコロコロと笑う。
「それならばソーマ様は、こうこうこのようにおっしゃってくださいませ。後は私にお任せを」

                  ◆◇◆◇◆

 ボルニスの領主官邸を訪れた客とは、商人に扮したロブナスであった。
 このロマニア国の将軍であるロブナスが、その身分が露見すれば捕縛や処刑される危険を押してまでワリウス王の破壊の御子討伐宣言によって緊張感が増すホルメア国を通り抜けてボルニスの街に来たのは、蒼馬の戦意を確認するためだ。
 何しろ、ついにである。ついに破壊の御子とホルメア国との間に戦いが始まろうとしていたのだ。
 五年前、ロブナスはドルデア王に献策して蒼馬を援助させた。それは宿敵ホルメア国と蒼馬たちを噛み合わせ、ホルメア国の力を削ごうという狙いからだ。
 ところが、莫大な資金を援助したというのに、この五年の間は一向に破壊の御子とホルメアとの間に戦いが始まらなかったのである。それに多くの重臣からは「賢王に献策した名将とは、聞いて呆れる」などと聞こえよがしに嫌味を言われようになっていた。そればかりか、当初は擁護してくれていたドルデア王からも、最近では(うと)まれ始める始末。
 このままではロマニア国に身の置き所もなくなってしまうロブナスにとって、ホルメア国の破壊の御子討伐の宣言はまさに待ちに待ちかねていた朗報だったのである。
 そして、ロブナスはダメ押しとばかりに、蒼馬を煽って盛大にホルメア国と噛み合わせようと領主官邸へ乗り込んできたのだ。
「悪逆無道なるワリウス王を討つのは、天下のため。万民のため。まさに、正義でございます。必ずや天はソーマ殿をお助けするでしょう!」
 ところが、せっかく熱弁を振るうロブナスだったが、当の蒼馬本人は終始浮かない顔をしていた。ロブナスがいくらホルメア国の非を鳴らそうとも、それを討つ正義を謳おうとも、蒼馬は苦笑するばかりか、ため息すら洩らすのである。
「顔が曇られておりますが、いったいいかがされましたかな?」
 さすがに理由を尋ねずにはいられなかったロブナスに、蒼馬は束の間言い渋る様子を見せてから、こう言った。
「実は、ホルメア国に降伏しようかと考えております」
 ロブナスの顎が、がくんっと音を立てて落ちた。
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