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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第21話 海棲

 その日、ジェボアの商人ギルドの公館では、緊急の十人委員の会合が開かれていた。この会合が開かれたのは先日ボルニスの街で起きたジューダの隊商の荷を破壊の御子が損壊させたという一報によるものだ。
 設立したばかりならばともかく、西域全土の経済に影響を及ぼすまでに大きくなった商人ギルドに対して、これほどの暴挙を働くなど前代未聞の話である。それだけに、続々と会合の間に集まってきた十人委員たちの顔は一様に固くこわばっていた。
 しかし、その中にあって山賊の一件で蒼馬にやり込められたヤコブだけは別である。いつもは毛嫌いしているシャピロ商会のメナヘムのところへわざわざ挨拶しにいくなど、見るからにうきうきとした様子だった。
 そうして、ようやく十人委員がすべてそろい、いよいよ会合を始めようとした矢先である。マーマンの大使であるオルガが会合に訪れた。
「突然、どうされましたかな、オルガ殿」
 最年長であるカイアファ老人が、オルガに来訪の意図を問う。
「あなたたちもご存じないのか?」
 しかし、オルガは眉根を寄せる。
「私はソーマ・キサキ殿の使いの者だというハーピュアンから、会合に来てほしいとの連絡を受け、取るものも取りあえずやってきたのだが……」
 困惑しきった様子のオルガに、得心がいった十人委員らは互いの顔を見合わせて苦笑を交わす。
 おおかた破壊の御子は、自分に友好的なオルガを呼び出して擁護してもらおうという腹積もりなのだろう。しかし、その程度で矛を収めるほどジェボアの商人は甘くないぞ、とヤコブなどは腹の中でせせら笑う。
 その時、部屋の外でガヤガヤと人が騒ぐ物音が聞こえてきた。
「お待ちください! 案内も請わずに立ち入るなど、失礼がすぎます!」
 その声とともに会合の間の扉が、勢いよく内側に開けられた。
「……十人委員に、オルガさんもそろっているようですね」
 それはボルニスから不眠不休で馬を走らせ、この会合に駆けつけてきた蒼馬であった。
 ゾアンとドワーフばかりか獰猛なディノサウリアンたちまで引き連れて扉の前に立った蒼馬に、さも残念でならないといった風を(よそお)いながらヤコブは声をかける。
「これはこれは、ソーマ様。このたびは大変なことになりましたなぁ」
 しかし、当の蒼馬はヤコブなど眼中にない様子で、室内にいるひとりひとりの顔を順に見ていた。そして、目当ての人物を見つけるなり、怒声を上げる。
「ジューダッ!」
 他の十人委員たちには、異様な光景であった。大切な荷を損壊させてしまい謝罪しなければならないはずの蒼馬が怒りを表し、逆にジューダの方が顔を青くしたのだ。
「彼女の顔に見覚えはあるか?!」
 そう言いながら蒼馬が半身になると、後ろからジャハーンギルが前に進み出て、抱えていた大きな樽を床に置いた。
「……マーマン?」
 その樽の中に入っていたのは、マーマンの少女である。水に濡れた銀髪が張り付いた、まだあどけなさを残す顔は疲労からかやや頬がこけているようだった。
 その少女を見るなり、ジューダの顔にどっと脂汗が浮く。
 他の十人委員らは、そのマーマンがいったいどうしたのかと(いぶか)しがる。
「アドメテー?!」
 そこに突然声を張り上げたのは、オルガであった。彼女は自分が水を張った桶にいるのも忘れて、その娘の近くへ行こうとし、桶から転げ落ちてしまう。水がこぼれ落ちる音に交じり、したたかに身体を床に打ち付ける音がしたが、オルガは痛みにすら気づいていない様子で、両腕を使って這いずるようにしてアドメテーと呼んだ少女へと身体を運ぶ。
「! お姉さま!」
 また、アドメテーも両腕を使って樽から身体を引き抜き、必死にオルガへと這い寄る。
 そして、オルガとアドメテーのふたりは他人の目をはばかることなく、ひっしと互いの身体を抱きしめ合った。
「これはいったい……?」
 目の前で何が起きているのか理解できない十人委員は、どう反応すれば良いのかわからず、互いに顔を見合わせる。
 オルガとアドメテーの感動の再会を見守っていた蒼馬だったが、ざわめく十人委員たちに気づくと、表情を険しくさせて吐き捨てるように言った。
「彼女は、ジューダの隊商から見つけ、保護させてもらった少女だ」
 決して大きくない蒼馬の声が、十人委員の間に落雷のように轟いた。
 蒼馬を糾弾すべく集まっていた十人委員たちの動揺は激しい。蒼馬の勢力圏であるボルニスの街は、奴隷廃止を宣言している。そこで奴隷を密輸しようとしたばかりか、それがかどわかしたマーマンの子供となれば、とんでもない話だ。
「しかし、いったいどこに? そのような話は聞いておりませんぞ」
 ジューダの隊商がジェボアの街を出る時にも、簡単な荷検めは行っている。もし、そこにマーマンの姿があれば、他の十人委員たちに知らされぬはずがない。
 十人委員たちの視線が自分に集まるのを意識しながら、蒼馬ははっきりと告げる。
「大竜の腹の中だ」
 蒼馬の言葉の意味が理解できず、「はぁ?」とヤコブらは間の抜けた言葉を返した。ジューダの卑劣な手口と、それをこれまで放置していた十人委員への苛立ちもあり、蒼馬は小さく舌打ちをしてから、彼らにもわかるように言う。
「荷車を曳いていた大竜にマーマンの子供たちを呑み込ませて密輸していたんだ」
 マーマンの子供たちが隠されていたのは、樽でも荷車でもなかった。それらを曳いていた大竜に、消化されないようにあの洞窟で見つけた丈夫な皮の袋にマーマンの子供たちを詰め、丸呑みにさせて隠していたのである。
「いやいや、ちょっとお待ちください。それはいささか嘘が過ぎるというものです」
 ヤコブは必死に抵抗を試みる。
 ヤコブも輸送の重要な力である大竜のことはよく知っていた。餌として子牛まるまる一頭を飲み込ませられるのも、また消化できない皮や骨などを容易に吐かせられるのも承知していた。しかし――。
「大竜の胃袋の中で、そんなに生きていられるわけがない!」
 蒼馬の言葉が本当だとすれば、ジェボアでは街の中から荷検めを受けて門の外に出るまで、ボルニスの街では荷検めを受けた後に、さらに街を横断して反対の門に出るまでの間、マーマンの子供たちはずっと大竜の胃袋の中にいることになる。
 しかし、それだけ時間がかかれば、いくら消化できない丈夫な皮の袋に詰めたからといって無事にすむわけがない。
 何しろ呼吸という問題がある。詰められた袋に多少の空気が入っていたとしても、とうてい呼吸が持つとは思えない。また、仮に十分な空気があったとしても食べ物を消化しようとする胃の中では、胃壁に潰されて胸部圧迫による呼吸困難で死んでしまうはずだ。
 それを指摘されると蒼馬は、いまだに互いを抱き寄せて感動を分かち合うオルガに声をかけた。
「オルガさん。あなたたちは、海中で呼吸はどうしていますか?」
「呼吸ですか?」
 蒼馬の奇妙な質問に、オルガは困惑しながら答える。
「呼吸などしていません。息を止めているだけです」
 十人委員らは、しばしオルガの言葉の意味が理解できず、きょとんとする。彼らはマーマンも魚と同様に水で呼吸しているとばかり思っていたのだ。
「では、どれぐらい息を止めて泳いでいられるのですか?」
「そうですね。半刻(約一時間)は海中を泳げます。ただ漂っているだけでいいなら、もっと長く止めていられますが」
 その答えに蒼馬は、ひとり納得したようにうなずいた。
 当初、蒼馬もまたマーマンがエラ呼吸だと思い込んでいた。
 しかし、それは勝手な思い込みだったのである。マーマンたちは陸上では移動こそままならないものの、息苦しくなっている様子はなかった。それにマーマンの家が海岸にあったのは、彼らが休息する時は海中ではなく陸に上がっているということではないだろうか。
 これらの事実は、マーマンたちがエラ呼吸ではないことを示している。
 つまり、マーマンは肺で呼吸していたのだ。
 そう考えればマーマンたちが東の海から追放された時に泳ぎ疲れた多くの同胞たちが海に没して二度と浮かんでこなかったというテーテュースの話にも納得できる。
 そして、蒼馬は肺で呼吸しながらも魚のように海で生息できる生物を知っていた。
「やっぱり、あなたたちは海棲哺乳類(かいせいほにゅうるい)だったんですね……」
 海棲哺乳類――すなわちクジラやアザラシなどの海に生息する哺乳類たちのことである。
 振り返ってみれば、ヒントはいくらでも転がっていたのだ。
 たとえば、その尾びれである。魚類は尾びれが縦についていて、それを使って身体を左右に振って泳いでいる。しかし、海棲哺乳類の尾びれは身体と水平になっており、それを上下に振って泳ぐのだ。
 これは進化の過程で陸に上がった哺乳類が、起伏のある陸上を歩行するために身体を左右ではなく上下に動かせるようにその骨格が適応したためである。それが海に戻っても一度変化した骨格は元には戻らず、海棲哺乳類は足や尾が変化した尾びれを上下に動かして泳ぐようになったのだ。
 そして、マーマンの尾びれは、まさにこの海棲哺乳類と同じ形状だったのである。
 さらに、そんな難しい理屈によるものよりも、もっと単純明快な証拠が目の前に置かれていたではないか。
 それは、乳房だ。
 マーマンの女性らの胸にある乳房こそが、まさに彼女らが哺乳類である何よりの証拠である。
 そして、海棲哺乳類の中では、息継ぎせずに一時間近くも泳げる種は珍しくない。
 そんなことができる秘密は、ミオグロビンというタンパク質にある。このミオグロビンは酸素を貯蔵する役割を持つタンパク質で、これを筋肉中に豊富に含む海棲哺乳類は筋肉をボンベ代わりにして酸素を貯蔵できるのである。
 また、筋肉中で酸素を蓄えられることによって肺を空にできるため、高い水圧で肺が潰されてしまうような深海でも行動できるのだ。
 マッコウクジラが深海にまで潜ってダイオウイカを捕食できるのは、そういう理由である。
 もし、マーマンにそうした海棲哺乳類と同じような能力が備わっていたとしたら、胃壁に圧迫され、空気の供給も得られない大竜の胃袋の中でも長時間生存できるのではないか。
 それが蒼馬の推測だった。
 もちろん、このセルデアス大陸で、地球の生物の常識が当てはまるとは限らない。それに神という存在がいる世界なのだ。蒼馬が知り得ない法則がある可能性もあった。
 しかし、本当に推測どおり大竜の胃袋の中にマーマンの子供たちがいれば、大変なことである。長時間息継ぎしなくていいとしても、それは平常時の話だ。人は強いストレスや恐怖を感じれば心拍数も増加し、呼吸も速くなってしまう。
 すでに荷検めに半刻以上も費やしてしまっていた状況では、もはや一刻の猶予もない。
 そう思った蒼馬はマーマンがいないのも覚悟の上で、固く革紐で縛られていた大竜の口を割らせ、胃袋の中のものをすべて吐かせたのだ。
「五頭の大竜がそれぞれ彼女を含む五人の子供たちを吐き出した。でも、そのうちふたりはすでに亡くなっていたんだぞ」
 蒼馬の言葉に、ジューダはビクッと身体を震わせる。しかし、その程度では怒りはおさまらない蒼馬は、拳を机に叩きつけて吠えた。
「よくも、こんなひどい方法を思いついたな、ジューダ!」
 もはや観念したのか蒼白を通り越して顔を土気色にしたジューダは、椅子から立ち上がることもできずにガタガタと震え上がった。
 そのジューダの代わりに抗弁したのはヤコブである。
「これは商人ギルドに対するひどい侮辱だ! 大竜の腹の中に入れて密輸するなんて、嘘に決まっている! そうだ! あ、あなたとそのマーマンの娘らが口裏を合わせていないという証拠があるのか?!」
 見苦しい反論だった。しかし、十人委員のひとりがマーマンの子供を密輸していたなど、とんでもない醜聞である。商人ギルドの名誉を守るためには、それが言いがかりであろうと決してそれを認めるわけにはいかなかった。
 だが、それは商人ギルドの理屈である。
 この見苦しいヤコブの反論には、蒼馬も不快を覚えたが、それ以上に不快どころか怒りすら覚えた者がいた。
「貴様は、この方が嘘をついているというのかっ?!」
 オルガである。彼女は蒼馬に続いて、さらなる爆弾を十人委員たちの間に落とす。
「この方は、テーテュース女王陛下の第三王女アドメテー様だぞ!」
 ヤコブの咽喉が変な音を立てた。
 というわけで、この世界のマーマンは海棲哺乳類です。
 もっとも地球上とは進化が異なっている可能性が高いので、まったく同じとは限らないという作者の逃げ道は用意されております(゜∀゜)
 たまたまマーマンが収斂(しゅうれん)進化のような形で、地球上の海棲哺乳類に近い形態を得たぐらいに思っていてください。

 気づかれた方も多いと思いますが、前話の蒼馬の台詞は、叙述トリックを仕込んでありました。(-。-)チッ
 蒼馬が言っていた「口を割らせろ」はグロースではなく大竜に向けて言われた言葉で、「何としてでも吐かせるんだ」もマーマンを吐き出させろという意味です。
 龍驤の章ジェボア偏もあと残り2話。もう少しお付き合いください。
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