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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第20話 発見

「何てことをされるのですかっ?!」
 あまりに突然の暴挙に唖然としてしまっていた隊商の護衛たちだったが、グロースの叫びに我に返ると、槍を手にジャハーンギルを取り囲んだ。
 槍を向けられたジャハーンギルは、不快げに小さく鼻をひとつ鳴らす。
「偉大なる竜の末裔たる我に槍を向けるとは、死にたいらしいな。猿どもが」
 ジャハーンギルの目が、完全に護衛たちを敵と認識した。じゃらりと音を立てて鉄球のついた鎖を握りなおしたジャハーンギルが、足を一歩前へと踏み出す。
 まずい!
 そう思った蒼馬は、とっさに声を上げる。
「やめろ、ジャハーンギルッ!」
 それは蒼馬が思ったよりも強い声となってほとばしった。
 完全に戦闘態勢に入っていたジャハーンギルが、思わずたたらを踏んだ。彼を取り囲んでいた隊商の護衛たちも、驚いて蒼馬へと視線を向けた。
 その隙に蒼馬は両者の間に割って入ると、ジャハーンギルへ背を向けて立つ。
「これは僕の配下の者だ! この者の行動の責は、この僕にあるっ!」
 目をパチクリとさせるジャハーンギルの視線を背中に感じながらも、蒼馬は毅然(きぜん)と言い放った。
 やってしまった。
 そんな想いがあるのは、否定できない。この場を最小の被害で治めようとするのならば、ジャハーンギルの独断として彼を切り捨てるのが最良の選択だろう。
 しかし、ジャハーンギルがこのような暴挙に出たのも、自分の不用意な発言のせいだ。
 もともとディノサウリアンでは最上位の貴族階級にあったジャハーンギルは、かつての権威をかさにかかり、無理を押し通そうとする癖がいまだにある。そんなのは、わかり切っていたことだ。
 そうでなくても前日には、隊商すべてをバラバラにしてしまえばマーマンが見つかると発言したばかりである。それらを踏まえれば、このような暴挙に打って出るのは予想してしかるべきだった。それを怠った自分の落ち度なのだ。
 だが、それでもなお大事の前の小事として、ジャハーンギルを切り捨てるのが正しい道だろう。
 すでに蒼馬の身は、自分だけのものではない。平原のゾアンたちはもとより、解放した異種族の奴隷だった者たちや平原の開拓民や街の人々など、数えきれない多くの人々への責任を背負っている。
 ホルメア国との戦いを前にし、後背に位置するジェボアとの間に大きな軋轢(あつれき)を生じさせるわけにはいかない現状では、ジャハーンギルを切り捨てても、この騒動の影響を最小に抑えなければならない責任があった。
 しかし、そう思う蒼馬の耳に甦るのは、祖父の言葉である。
『こんなことで下の者を切っちゃ、おしめぇだなぁ』
 それは祖父がテレビで見ていた国会の答弁の場で、違法献金の疑惑を追及された政治家が秘書に責任を被せる発言をした時の言葉である。
『秘書に責任を押し付けたって、それで追及が止むわけじゃねぇ。こういうのを姑息(こそく)っていうんだ。こんな姑息なことで切られた下の者はたまったもんじゃねぇ』
『でも、じーちゃん。秘書って、こういうときに政治家の罪をかぶるためにいるんでしょ?』
 学校の友達から聞きかじったことを言う小さかった蒼馬に、祖父は頭をポンポンと叩いてから言った。
『ええか、蒼馬。それで満足するのは、上の言いなりになるしかない弱い奴だ。本当に力がある奴ほど、自分の力を使い切りたい。使い潰してもらいたいもんだ。それをこんなくだらないことで切り捨てられちゃ、たまったもんじゃねぇ。こういう奴には、本当に力がある奴はついてこねぇぞ』
 この世界に落ちてから五年も経ち、もはや祖父の顔もおぼろげにしか覚えていない。しかし、いまだに祖父の言葉は蒼馬の耳と、そして何よりも心に強く焼き付いていた。
 それが本当に正しい選択かはわからない。
 だが、さもそこが自分の居場所だというように、無言のまま自分の横に立ち、毅然(きぜん)と胸を張るシェムルの存在が蒼馬の不安を吹き飛ばす。
 どう対処すれば良いか判断に迷う隊商の護衛たちを掻き分けるようにして蒼馬の前に出て来たグロースが、唾を飛ばしてわめき散らした。
「あなたは何をされたのか理解されているのですかっ?!」
 しかし、蒼馬の決意とは裏腹に、事態は最悪である。
「あ、あ、あなたは今、我々ジェボアの商人ギルドを敵に回したのですぞ!」
 商人ギルドは、加盟している商人の保護を第一義に掲げて設立した互助組織である。それに加盟している――しかも十人委員のひとりであるジューダの隊商の荷を損壊させるなど、商人ギルドへの敵対行為に他ならない。
 蒼馬は、ジェボアの商人ギルドを敵に回してしまったのだ。
 グロースの敵という言葉に、蒼馬の後ろでジャハーンギルがグルグルと咽喉を鳴らし始めた。
 またここで暴れられては大変なことになってしまう。どうにかしてジャハーンギルを下がらせようと考えていると、ようやくその場にニユーシャーとパールシャーのふたりの息子が駆けつけてきて、父親をなだめながら連れて行ってくれた。
 しかし、それだけでは事態は好転しない。
 もはや商人ギルドも黙ってはいないだろう。世間にギルドの威を示すためにも、徹底的に蒼馬を叩き潰そうとするはずだ。最悪の場合、ホルメアとの戦いの最中に後背から軍事介入してくることも考えられる。
 それを未然に防ぎ、ギルドとの関係改善を図ろうと思えば、今度は何を要求されるかわからない。それこそ商人ギルドはかさにかかり、多額の賠償金はもとより様々な特権や不平等な条約を求めてくるに決まっている。そんなものを言われるがままに受け入れれば、今度は蒼馬の勢力を支える屋台骨が傾いてしまう。
 しかし、それ以外に商人ギルドとの戦いを回避する方法は、とっさには浮かんでこない。
 とにかく、今はひたすら謝罪をするしかなかった。
 ところがグロースは、そんな蒼馬の謝罪には見向きもしない。
「このことは大至急ジェボアに報告します。覚悟していただきたい!」
 グロースは隊商の護衛のひとりを馬に乗せると、蒼馬が止める間もなくジェボアへと走らせてしまった。
 それに、その場に居合わせたエルフの女官のひとりが、エラディアにお(うかが)いを立てるように目だけを向ける。次いで、その視線を近くの門衛が背負っていた弓矢へと移す。
 この事態がジェボアに伝われば、蒼馬が苦境に追い込まれる。その前に伝令を射殺しますか、という意味だ。
 しかし、エラディアは小さく首を左右に振って、その女官を止めた。
 ここで伝令の者を射殺しても何の解決にもならない。何しろこの場に居合わせるのは、蒼馬の味方ばかりではないのだ。荷検めを待つ行商人や隊商の人間など、多くの人間に目撃されている。それなのに、さらに彼らの前でジェボアへの伝令を射殺せば、かえって事態を悪くするだけだろう。
 そうこうしている間に、伝令の姿は矢の届く距離より先へ行ってしまった。もはやこの場の騒動がジェボアに伝わるのを防ぐすべはない。
「とりあえず謝罪とお()びをしたいので、領主官邸にお寄りください」
 自分でも姑息な手だと思うが、歓待して機嫌を取っておこうと蒼馬は(うたげ)に誘う。だが、かえってグロースは怒声を上げる。
「ふざけないでいただきたい! もはや、このような街には一刻たりともいたくはございません!」
 けんもほろろとは、このことである。グロースは早く街を立ち去りたいの一点張りで、蒼馬がいくら言葉を重ねても取り合おうとはしなかった。やむなく蒼馬は、兵士たちを使って街の雑踏を整理し、隊商のための道を開けさせるなどして少しでもグロースの心証を良くしようと努めたが効果はない。
 これでは先が思いやられる。
 ジューダはもちろんのこと、コルネリウスとヤコブまでこれ幸いとばかりに蒼馬を厳しく糾弾してくるだろう。シャピロ商会に仲裁を頼んでも、どれほどの効果があるだろうか? いや、それよりもジェボアを出立したときのメナヘムとヨアシュのやり取りを見ていれば、これを機にシャピロ商会が蒼馬たちより手を引く可能性の方が大きい。
 まさに暗澹(あんたん)たる想いだ。
 さすがに、ジャハーンギルの奴には後で文句のひとつも言ってやらないと気がすまない。
 そう思って後をついてくるジャハーンギルの方を見やる。すると息子たちに囲まれたジャハーンギルが、蒼馬の視線に気づくなり、身体を小さく震わせた。
 どうやら息子たちに教えられ、ようやく状況が理解できたようだ。その巨体を何とか小さく縮こまらせようとして身もだえ、いつもは悠然と大きく左右に振っている尻尾も、まるで鉄の棒でも入ったかのようにピンッとまっすぐに伸ばしている。
 いつもの傲慢(ごうまん)な姿との落差に、こんな状況だというのに蒼馬は思わずおかしくなってしまった。
 本人も十分反省しているようだし、後で小言のひとつも言えばいいだろう。
 そんなことを考えられるだけの余裕が生まれたせいなのか、蒼馬はあることに気づいた。
 それは、グロースがボルニスの門から一歩外に踏み出した時である。
 グロースの口から、ホッと吐息が洩れたのだ。
 それに蒼馬は、違和感を覚えた。
 ホルメア王宮に納める大事な商品を台無しにされたのだ。自分に責がないとはいえ、それをこれからホルメア王宮に説明しなければならないと思えば、憂鬱にもなるだろう。気落ちして、ため息のひとつも洩らすだろう。
 だが、今のは違った。
 あの吐息はそういったものではない。
 あれは安堵(あんど)のため息だ。
 なぜ、ホッとする? なんで、ホッとした?
 本当に冤罪(えんざい)だったとしたら、怒ることはあっても安堵はしない。濡れ衣を着せられた挙げ句に大事な商品をダメにされたのだ。そんなことまでされて安堵するような奴はいない。
 それでは、隊商を囮とする作戦が無駄にならなかったと安堵したのか?
 それも違うと蒼馬は思った。相手がまんまと罠にかかったのである。してやったりと、ほくそ笑むことはあっても安堵はしない。それにマーマンを運んでいるふりをする必要がなくなったのだ。こんなに慌てて街を出ようとする必要はないし、ましてや街から出られたことに安堵するわけがない。
 では、なぜ安堵したのか?
 蒼馬の脳裏に、閃光が走る。
 やはり、この隊商のどこかにマーマンの子供たちがいるんだ! グロースは、隠されたマーマンの子供たちが見つからずにすんだことに安堵しているのだ!
 蒼馬は、そう確信した。
 しかし、問題なのが、それがどこかわからないことだ。荷車は徹底的に調べた。ジャハーンギルによって酒樽の中にもいないことは明らかになった。
 では、どこにいる? どこに隠されている?
 蒼馬は必死に考えたが、思いつかない。それに悠長に考えている暇もない。もう隊商は街の外に出て行ってしまう。
 もう、ダメでもともとだ。
 蒼馬はそう決断すると、険しい口調で叫んだ。
「おい! 何だ、それはっ?!」
 それは賭けであった。
 もし本当にマーマンの子供たちをどこかに隠しているとしたならば、グロースはそこが気にならないわけがない。しかし、そこばかり気にかけていれば、隠し場所を自ら暴露するようなものである。そうならないように、意識して隠し場所から目を遠ざけていただろう。
 だが、街の外に出て安堵した、この瞬間。
 それまで張り詰めていた気がわずかに緩んだこの時に、こんな言葉を投げかけられれば、取りつくろう間もないだろう。
 必ずやマーマンの子供たちを隠している場所へ目を向けてしまうはずだ。
 もはや後がない蒼馬は、(いち)(ばち)かの賭けに打って出たのだ。
 そして、蒼馬の狙いどおり不意を打たれたグロースは激しく動揺した。
「え?! な、何を?!」
 まず、グロースは驚き、蒼馬へと顔を向ける。次いで、動揺もあらわに、その顔を荷車の方へと向けた。
 蒼馬はわずかな動きも見逃すまいと、その目を追う。
 そして、蒼馬の見つめる前で、グロースの目はあるものへと注がれていた。
 しかし、蒼馬は一瞬それが理解できなかった。
 なぜ、それを見る? なんで、そこを見るんだ?
 蒼馬の脳裏に疑問符が(あふ)れ返る。
 その間にグロースは我に返ると、慌てて蒼馬へと向き直った。
「い、いったい、何のことですか? こ、これ以上の言いがかりはお互いにとって良くありませんよ」
 グロースの声は、かすかに震えていた。それまで厳しい態度で蒼馬を糾弾していたというのが嘘のように泡を食い、今の失態を誤魔化すように視線をあちらこちらへとさまよわせている。
 しかし、グロースの言い訳など、すでに蒼馬は耳にも入っていなかった。
 あれはどういう意味だ? なぜ、それを見たのか?
 そんな自問自答が蒼馬の頭の中をグルグルと回り続けていた。
 まさか、あれの中にいるのか?
 しかし、その考えを蒼馬はすぐさま否定する。
 あんなところに生きたマーマンを隠せるわけがない。短時間ならばともかく、街を抜けるまでの間、ずっとあんなところに隠していられるわけがないのだ。
 だが、その否定の闇に覆われていた蒼馬の脳裏に、一筋の光が差し込む。
 それは、とある知識の光だった。
 その光に照らされて蒼馬の脳裏に浮かび上がるのは、これまで見聞きしたマーマンのことである。
 蒼馬が直接目にした、マーマンの姿かたちとその行動。そして、彼女らが語ったマーマンの歴史や生活など。ありとあらゆるマーマンに関するものが蒼馬の脳裏を駆け巡る。
 そして、それはついにひとつの解を導き出した。
「もしかして、マーマンって……」
 蒼馬の中に、ある仮説が生まれた。
 しかし、それは蒼馬の知識――現代日本によるものである。
 異世界であるこのセルデアス大陸に、地球の常識が当てはまるとは限らない。しかし、もはや蒼馬は、それにすがるしかなかった。
 次の瞬間、蒼馬は叫ぶ。
「こいつら全員を拘束しろっ!!」
 あまりに突然の蒼馬の叫びに、誰もが反応できずにいた。唯一の例外は、蒼馬に全幅の信頼を置き、その言葉ならば迷いなく従うシェムルだけである。
 シェムルは獲物の咽喉笛に食らいつく獣のような俊敏さでグロースに飛びかかると、有無を言わさず腕をひねり上げ、地面に押さえつけた。グロースは非難の声を上げかけるが、それをシェムルが突きつけた山刀と怒声が遮る。
「死にたくなければ抵抗するな! ――おまえたちも早く取り押さえろ!」
 言葉の後半は、呆気に取られて硬直しているガラムたちに向けられたものだ。シェムルの声に打たれたガラムとズーグは、すぐさま周囲の戦士たちに同様の指示を飛ばしながら、自らは護衛の中でも強そうな奴に狙いを定めて飛びかかった。
 それまで丁重に街から送り出そうとしていたところからのこの襲撃に、隊商の護衛たちはなすすべもなく制圧されてしまう。
 シェムルに押さえ込まれたまま、グロースは抗議の声を上げる。
「な、何を?! こ、これ以上の狼藉を働くならば、本当に商人ギルドを敵に回しますぞ!」
「うるさい、黙れ!」
 しかし、蒼馬は一喝して、グロースを黙らせた。
 この荒れた時代の権力者としては、異例ともいっても良いほど温和な性格をしている蒼馬が、このように声を荒げて叫ぶのは珍しい。蒼馬を知る者ほど、驚きと困惑で固まってしまう。
 だが、それを斟酌(しんしゃく)している余裕は蒼馬にはなかった。
「早くっ! どんな手を使ってでも良い! 急いで口を割らせろ! 何としてでも吐かせるんだ! 今すぐに!」
 一刻の猶予もない。
 焦る蒼馬の指示を受け、周囲の者たちが慌ただしく動き始める。
 その中にあって蒼馬は、自分の心臓が胸を突き破らんばかりに暴れているのを感じていた。もはや勘違いなどではすまされない。もし、これでマーマンが見つからなければ自分は破滅だ。
 蒼馬には永遠とも思える時間が経過した。しかし、それは実際にはゆっくりと百を数えるほどの時間でしかなかった。
 そして、ついにその声が上がる。
「い、いたぞ!」
 次いで、小さなどよめきが上がった。
「マーマンだ。信じられん! 生きているぞ!」
 どよめきは爆発するような歓声へと変わる。
 その巻き起こる歓声の中で、蒼馬はホッとした。
 それと同時に、その腹の底から強い感情が湧き上がってくる。その感情のおもむくままに蒼馬は歓声を上げるゾアンたちの輪から抜け、シェムルに押さえつけられているグロースのところへ行く。
 完全に顔から血の気を失ったグロースの鼻先の地面に、蒼馬は音を立てて足を落とした。
「これは、どういうことか説明してもらおうか!」
 蒼馬は激怒していた。
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