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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第19話 荷検め

 メナヘムから譲り受けた駿馬(しゅんめ)を駆った蒼馬たちは、ほどなくして先に街を発っていたジューダの隊商の姿をとらえた。
 しかし、蒼馬はすぐに接触するのではなく、距離をおいて馬の歩を緩めさせた。
 ジューダの隊商がマーマンの子供たちを密輸しているという確たる証拠はない。あくまで疑惑の段階である。相手がジェボアの商人ギルドを率いる十人委員のひとりだけあって、蒼馬も慎重にならなければならなかった。
 蒼馬が馬の速度を落としたのに合わせ、四つ足から二本足になって歩いていたシェムルが横に並ぶ。
「どうする、ソーマ? 奴らのところへ行くか?」
 その時ジューダの隊商は街道から少し離れた平地に円陣を組むように荷車を止め、休憩しているところだった。
 隊商の足を止めるときは、他の隊商の通行の邪魔にならないように街道から外れるのが常識だが、それにしてもいささか街道から離れすぎている気がする。それに隊商の規模の割に、やけに護衛の兵士の数も多いようだ。隊商が野営などをする時は、野盗などからの襲撃に備えて荷車や馬車を防壁代わりにして作った円陣の中で人々は休むのが当たり前だが、今の蒼馬の目にはまるでさらったマーマンの子供らを隠しているように見えた。
 やはりあの隊商には、何かある。そう蒼馬に思わせた。
 しかし、蒼馬は首を横に振る。
「やめておこう。今でも、あれだけ警戒しているんだ。下手に近づかない方が良い気がする」
 街道をゆっくりと進みながら、遠くから眺めているだけだというのに、ジューダの隊商は警戒もあらわにこちらの様子をうかがっていた。護衛の兵士が手にする槍は穂先を保護するため巻きつける布がほどかれ、まさに臨戦態勢である。
「ソーマよ。力づくで荷を押さえるか?」
 ガラムのその言葉に、他のゾアンの戦士たちは無言で山刀に手を添える。
 この時、同行してきたヨアシュは、なれていない乗馬での強行軍に精根尽き果てて馬の上でぐったりしていたが、慌てて飛び起きると制止の声を上げた。
「それはおやめください。ジェボアの商人は自衛権を有するという不文律がございます。戦いになりますよ」
 いまだ街の外では無法がまかり通っている世界である。多くの金品を抱える隊商は盗賊団の格好の獲物として狙われやすい。そればかりか、ひどいときには地方領主が盗賊のふりをして領内を通る隊商に襲い掛かってくることすらある。
 そのため隊商には不用意に近づく集団に対して武力で抵抗しても良いという不文律が存在していた。
「なあに。あの程度の護衛ならば、問題ない」
 ズーグは抵抗するならば叩き潰すのみだとうそぶくが、ヨアシュはそれを(いさ)める。
「もし、隊商の中にマーマンがいたとしても、下手をすれば口封じに殺されかねません」
 マーマンの子供たちを蒼馬に確保されてしまえば、密輸の大事な生き証人になってしまう。そうなるよりかは殺してしまった方が良い。まさに死人に口なしだ。さらには、いきなり襲撃して来た蒼馬たちが自分らに冤罪(えんざい)を着せるために、マーマンの死体を押し付けたと強弁される恐れがある。
「私たちが、そのような下劣なまねをするか!」
 ひどい侮辱だとばかりに激昂するシェムルに、ヨアシュは諭すように言う
「真実がどうあれ、世間がどう判断するかが問題なのです。はっきり申さば、どこの者とも知れないソーマ様とジェボアの十人委員のひとりジューダ殿では、世間はジューダ殿の言い分を重く見ます」
 そんな馬鹿な話があるかとヨアシュに食ってかかろうとしたシェムルであったが、当の蒼馬本人が「世間から見たら、僕は反乱奴隷の頭目だからね」とあっけらかんと言ったのに、ムスッと不機嫌そうに黙り込んだ。
「では、どうすれば良いのだ?」
 人間たちのやり方は面倒なものだと呆れながら、ガラムは尋ねる。
「まず、最優先すべきはマーマンの子供たちの確保です。そして、できるだけ多くの人々がいる場でマーマンの子供たちを救い出せれば言うことありません」
 蒼馬とマーマンが口裏を合わせているという非難をかわし、なおかつ万が一マーマンたちが殺されてしまった場合に証人となってくれる第三者がその場に居合わせてくれた方が都合は良い。そうヨアシュは言った。
「つまりはボルニスの街でってことだね」
 蒼馬の解釈に、ヨアシュは「それが最良でしょう」と同意した。
 ボルニスの街ならば住人はもとより、他の街から訪れた行商人なども多い。そこでならば証人に事欠かないだろう。
「よし。今は、一刻も早くボルニスへ戻ろう!」

                  ◆◇◆◇◆

 馬を駆ってボルニスの領主官邸に帰還した蒼馬をエルフの女官らを率いたエラディアが出迎えた。
「ソーマ様。無事の御帰還をお喜び申し上げます」
 優雅に一礼したエラディアは、馬から降りた蒼馬にするりと近寄ると、流れるような所作で蒼馬の旅埃にまみれた外套を外して、それを隣に控えていた女官に渡した。
 それに蒼馬は、苦笑いする。
 たかが外套を外すのに他人の手を(わずら)わすのは大げさに思える蒼馬だが、いつも止める間もなく外套を奪われてしまうのだ。この有能な女官長は、追剥(おいはぎ)に転職したら後世に名を残す女大盗賊になるんじゃないかと、馬鹿なことを考えてしまう。
「ソーマ様のお手紙により、おおよその経緯(いきさつ)は承知しております。これからいかがされますか?」
 ジェボアを発つ際に、これまでの簡単な経緯を書いた手紙をハーピュアンに頼んで出していたが、無事に届いていたようだ。
「明日か明後日には隊商がやってくるので、それまでの間に対策を練りたいです。これまでジューダの隊商が街を通った時の話が聞きたいので、その時の門衛の人を探して呼び出してもらえますか?」
「承知いたしました。――すでに門衛の隊長を呼んでおきましたので、ソーマ様のご都合が良い時に」
 すでに手回しはすんでいたらしい。わずかな時間も惜しい蒼馬にとってはありがたいことだ。
「では、今すぐに。みんなにも知恵を出してほしいので、広間に集まってもらってください」
 蒼馬はその足で広間へと向かう。すでにそこにいたミシェナやソロンから自分が不在だった時の簡単な報告などを受ける。そうしている間に、エラディアが呼んでおいていた門衛の隊長という男がやってきた。
 呼び出された門衛の隊長は、山賊のような強面(こわもて)に無精ひげを生やした中年の男である。しかし、自分を呼び出したのが、巷では恐ろしい魔の力を振るうと言われる破壊の御子とその側近たちとあって、その強面を青くし、大きな身体を小さく縮こまらせていた。
 その様子に、蒼馬は「気軽にしてください」と一声かけたのだが、かえって緊張させてしまう。これはしかたないと早々に諦めた蒼馬は、単刀直入にこれまでのジューダの隊商が街を訪れた時のことを尋ねた。
「あ、あの隊商は、俺――わたくしも常々怪しいと思っていた――おりましたです」
 緊張のあまり何度も言葉をつっかえながらも門衛の隊長は説明した。
 それによると、ジューダの隊商はいつも街には留まらず、素通りしているらしい。
 それだけでも十分に怪しい話だ。何しろボルニスの街は、隊商が何日もかけてやっとたどり着いた街である。隊商の者たちも久しぶりに壁や屋根のあるところで休みたいだろう。また、携帯食ではない暖かい食事や酒も欲しいはずだ。
 それなのにジューダの隊商は、わき目もふらずに街を通り抜けて行ってしまうのである。そのために、わざわざ街の目の前に来て小休止して大竜に餌や水まで与えてから街の門をくぐるという手の込みようだった。わずかでも街に留まりたくないと言わんばかりの行動である。
 当然、そんなジューダの隊商には、門衛の隊長も不審を抱いていた。
 そこで、毎回念入りに荷物を検めていたのだが、これまで一度として不審なものは見つかっていないという。ましてやマーマンの姿など、影も形もなかったと断言したのである。
「荷車に載せてあった壺や樽も叩いて音を確認いたしましたが、間違いなく中は酒で満たされている様子でした」
 語り終えた門衛の隊長は、何かマズかったでしょうかと蒼馬を上目使いに見やった。蒼馬は、その不安を払拭させるようにねぎらいの言葉をかけると、ささやかな謝礼を与えて帰した。
 コメツキバッタのように何度も頭を下げる門衛の隊長が退室すると、蒼馬はみんなの顔を見回してから尋ねる。
「みんな、どう思う?」
 それにまず答えを返したのはズーグである。
「キナ臭くて煙も出ているというのに、火は出ていないと言われるぐらい怪しいわ」
 ズーグの意見にガラムもうなずきながら疑問を述べた。
「俺も同感だ。――だが、そう思ったあの門衛の奴が念入りに調べたのに、それでも見つからなかったというのが、俺は気になる」
 それは、蒼馬も気になっていた。ジューダの隊商を疑って調べたのは、門衛だけではない。同じジェボアの商人が徹底的に隊商を調べたというのに、同様にマーマンを見つけられなかったのだ。それが蒼馬には引っかかった。
「たとえば荷車や乗せた荷物に、マーマンの子供を隠す細工があるとか?」
 細工といえば、この場で一番詳しそうなのがドワーフのドヴァーリンである。蒼馬が問いかけると、ドヴァーリンはムスッとしかめ面を作る。
「いくらでも細工は考えられるが、実際に近くでものを目にせねば、それが可能かどうかはわかりゃせんわ」
 卓越した技術を持つ職人とはいえ、見もしないものの細工まで見破れるはずがない。ドヴァーリンはそう愚痴ったが、そこにジャハーンギルが鼻息も荒く口をはさむ。
「我に任せろ。全部バラバラにしてしまえば、きっとマーマンも出て来るだろう!」
 そんな力任せな提案をさも名案とばかりに息巻いた。確かにジャハーンギルが言うとおり、荷車もそこに載せてある荷もすべて粉砕してしまえば、マーマンも見つかるだろう。ただし、それは必ずマーマンが隠されているという前提があっての話だ。
 すかさずエラディアが苦言を呈する。
「ソーマ様。疑惑は、あくまで疑惑でございます。『灯りを取らんとし、指先を焼く』との(たと)えもございます。どうか熟慮くださいませ」
 エラディアが言う「灯りを取らんとし、指先を焼く」とは、セルデアス大陸に伝わる格言である。闇夜を照らす灯りを取ろうとして手を伸ばしたところ、誤ってその灯りの火で指先を焼いてしまったという故事から、希望にすがろうとして何かに頼ったところ、かえって痛い目を見るという意味だ。
 せっかくの自分の妙案に難癖をつけられたとでもいうように、ジャハーンギルは不機嫌そうに尻尾をひたひたと床に打ち付けた。
 しかし、この誰もが恐れるディノサウリアンの狂戦士の憤懣(ふんまん)の様子にも、そのたおやかな外見とは裏腹に肝の据わったエルフの美女はすまし顔で黙殺する。
「わしもこのエルフの女子の意見に同感じゃよ」
 白い顎鬚を撫でながらソロンが言う。
「状況から見るに、マーマンの子供をさらっておるのは間違いあるまい。が、それがこの街を通ると盲目的に思っておれば、足許をすくわれるぞ」
 ソロンの指摘も、もっともだ。
 ボルニスの南には、蒼馬がボルニスを制圧したことで街を迂回するためにジェボアとホルメアの商人らが出資し合って切り開いた道がある。そこを通ればボルニスを通過せずにすむ。
 しかし、話に聞くところによれば、それは獣道に毛が生えた程度の狭い道で、とうてい大きな馬車や荷車は通れるようなところではないという。また、ローマンコンクリートで舗装した街道――「ソーマの道」が敷設されてからは拡張どころか整備もされず、人が歩くのも大変なほど荒れているらしい。
 そのような道では、マーマンを隠せるような大きな荷物や荷車などは通れはしないだろう。だが、荷車だけをボルニスに向かわせて人の注目を引いておき、肝心のマーマンの子供だけをそちらからボルニスを通過せずにホルメアへ運ぶ可能性も否定しきれない。
 蒼馬は南の道の監視のために、数名のハーピュアンを向かわせるように指示した。また、それと同時にボルニスの街の中央を流れる河の上流と下流にもゾアンの戦士らを巡回させる。
 そうして街を通らずにホルメアへ渡ろうとするのを防ぐ手を打ち、蒼馬は万全の体勢でジューダの隊商を待ち構えた。

                 ◆◇◆◇◆

 蒼馬より二日遅れてジューダの隊商はボルニスの街に到着した。しかし、門衛の隊長が言うとおり、ジューダの隊商はすぐには街に入らない。街門より離れた場所でわざわざ一泊し、翌日になってからボルニスの門へとやって来たのである。
 門の外で宿営しているところへ強襲をかけてみてはという意見も出たが、蒼馬はそれを却下した。おそらくジューダの隊商も強く警戒しているだろう。そんなところに強襲をかけても成功はおぼつかない。やはり予定どおり、多数の証人が得られる街の門のところでマーマンの子供を見つけ出した方が得策と考えたからだ。
 この時、ボルニスの門ジューダの隊商を率いていたのはグロースという神経質そうな()せぎすな男であった。
「これは、いったいどのようなことでしょうか?」
 グロースが険のこもった口調で尋ねるのも無理はない。ボルニスの街の門では、今日に限って常にはなく厳しい荷検(にあらた)めが実施されていたのだ。当然、それはジューダの隊商を狙ってのものだが、それを馬鹿正直に話すつもりはない。
「密偵狩りをしているんです。どうかご協力してください」
 門衛だけではジェボアの商人ギルドの強権を振りかざして押しとおられる可能性を考え、自らその場に足を運んでいた蒼馬は、そう説明した。
 蒼馬が厳しい荷検めの理由として持ち出したのは、ホルメアの密偵が街の内部攪乱を図って潜入してくるという話である。当然グロースはそれが作り話であり、荷検めの狙いが自分らにあると気付いていた。しかし、ホルメアとの緊張が高まる現状においては否定し切れない話なだけに、強くは抗弁できない。
 それでもグロースは、負け惜しみのように言った。
「我々はジェボアの商人ギルドの商人。しかも、十人委員のひとりジューダ様の商会に所属する隊商です」
 隊商に立てられた商人ギルドとジューダの商会の旗を指し示す。下手な真似をすればジェボアの商人ギルドすべてを敵に回すのだぞと、ほのめかしているのだ。
「そして、ここにある酒はホルメアの王宮や諸侯の方々へ納める品です。それを良くご理解ください」
 荷車に詰まれた葡萄酒の樽の中には、ワリウス王への献上品も含まれているのだ。癇癪持ちのワリウス王ならば、反乱奴隷の頭目と嫌悪している蒼馬の手が触れた葡萄酒など飲めるかと突っ返されてしまいかねない。そうしたことを理解して荷検めを行えという、言外の圧力である。
 それに蒼馬は「わかってます」と答えつつも、荷検めは徹底的に行わせた。
 隊商の先頭車となる移動中の食糧の運搬や仮眠を取るための馬車からは乗っていた全員が降ろされ、載せてあった袋はひとつひとつ口を開けて中身を確認される。後ろに続く大竜の曳く五台の荷車は、すべて雨避けにかけられた布を取り外され、載せられていた大きな酒樽ひとつひとつを兵士らが叩いて異音がしないか調べられた。さらには馬車や荷車の下まで覗かれ、板は槍の石突で突いて空洞がないか確認するという念の入りようである。
 その厳しい荷検め様子をグロースは内心の苛立ちを表すようにしきりと親指の爪を噛みながら、血走らせた目で睨みつけるようにして見守っていた。
 しかし、荷検めが四半刻(およそ三十分)もすると、ついにグロースの我慢の限界が来た。
「もう十分お調べになったでしょう! もういいではないですか!」
 大竜五頭も使った大きな隊商とはいえ、マーマンが隠せるような場所は限られている。とっくに怪しいと思われるところは調べつくされていた。もはや、同じ場所を繰り返し調べているという状態では、グロースの抗議も当然だ。
 これがただの商人ならば領主の権限で黙らせられる。しかし、これは十人委員のひとりでもあるジューダの隊商だ。これを相手に強権を下手に振りかざせば、ジェボアの商人ギルドの面子に泥を塗ることになりかねず、蒼馬は躊躇(ちゅうちょ)する。
 また、厳しい荷検めを行っている状況も悪くなっていた。ジューダの隊商を狙い打ちにしたものではないという建前から、他の行商人や隊商に対しても同様の荷検めを実施させていたのだが、そのせいで荷検めを待つ大渋滞が発生してしまっていたのだ。
 とりあえずは、もうすぐ終わりますとグロースをなだめると、それ以上の追及をかわすために、そそくさとその場から離れると、必死になって頭をひねる。
 やはりこの隊商の中にはマーマンの子供はいないのか?
 それとも、この隊商自体が囮なのではないか?
 実は本命が別のルートからホルメア国へ向かっているのではないか?
 いくつもの仮説が浮かび上がるが、いずれも明確な答えにはならない。蒼馬の思考は空回りし続けた。
「おい、ソーマ。そろそろマズイんじゃないか?」
 さすがにシェムルも状況が悪くなっているぐらいはわかる。
「うん。それはわかっている。――エラディアさん。ピピさんから連絡は?」
 ボルニスを避けてホルメアへ行こうとする不審な集団が見つかれば、空を巡回するハーピュアンを率いているピピから連絡が来る手はずになっていた。
 しかし、蒼馬の問いに、エラディアは首を横に振る。
 すると、やはりこの隊商のどこかにマーマンの子供がいるとしか蒼馬には思えなかった。しかし、その肝心なマーマンの子供が見つからない。いったいどこに隠されているのか?
 蒼馬は視線をちらりと大竜の曳く荷車の荷へ向けた。
「やっぱり酒樽なのかな……?」
 載せられた酒樽は、大人でも入れるぐらい大きい。マーマンの子供ならば余裕で入るだろう。
 しかし、封を開けて中身までは確認できなかったが、外から叩いて音を聞いた限りでは酒樽の中は酒でいっぱいだった。叩く場所を変えて音を聞き比べてみても異常はなく、二重底のような仕掛けはないように思える。
 これ以上調べるとなれば、中の酒を抜いて樽をばらさなければならないだろう。
 引きつった笑いを浮かべ、蒼馬はシェムルに同意を求める。
「今さら、あれだけの数の樽をばらすのは無理だよね?」
 時間と手間もあるが、それ以上にグロースが許すとは思えない。それにシェムルはため息をひとつつくと、腰に手を当て「無理に決まっているだろう」と言いかけた。
 しかし、それよりもわずかに早く、誰かが答える。
「我にならば、簡単なことだ」
 ジャハーンギルである。
 この勝手気ままなディノサウリアンの戦士は、隊商の荷検めの場にやってきたものの、何もやることはなく、それまで暇そうに蒼馬の後ろをついて回っていたのだ。
 しかし、普段から何かと自分の後ろについて回るジャハーンギルに慣れっこになっていた蒼馬は、目の前の問題ばかりに気を取られて、その存在をすっかり失念していた。それは周囲の者たちも同様である。
 だからこそ、ジャハーンギルが鎖のついた鉄球を振り回し始めたのに、とっさに制止できなかった。
「ちょ、ちょっと待って! ダメダメダメッ!」
 ようやく我に返った蒼馬が制止の声を上げるが、それは遅かった。
 ジャハーンギルの口から蛇やトカゲが出す威嚇音のような声がほとばしるのと同時に鉄球が大気を引き裂きながら投じられる。投じられた鉄球は、一台の荷車に載せられていた大きな酒樽ふたつの横っ腹を爆発したような音を立ててえぐった。
 突然の出来事に悲鳴と怒号が飛び交う中をジャハーンギルは悠々とした足取りで酒樽に近づくと、鮮血のような赤い葡萄酒が洪水のように流れ出している破砕口に両手を突っ込んで、力任せにそれを広げる。
「ん? いないではないか」
 しかし、そこにマーマンの姿はなかった。
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