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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第18話 洞窟

 まさに捜索しようとしていた矢先に、海岸で起きた不審な火災とその焼跡から人が潜伏していた形跡がある洞窟が見つかったとの報せに、部屋の中にはどよめきが満ちた。
「ソーマ! これはひょっとすると……」
 シェムルに言われるまでもなく、蒼馬の直観はそれらがマーマンの子供誘拐に関係していると訴えていた。
「ヨアシュさん。その洞窟を見てみたいのですが、お願いできませんか?」
 それにヨアシュはふたつ返事で引き受けると、手際よく案内人と移動のための馬車を手配する。ほどなく用意された馬車にヨアシュとともに乗り込んだ蒼馬は、海岸へと馬を走らせた。
 案内人が言うには、火事が起きたのは街道や漁村などからも離れた海岸で、普段は人気のない場所だという。しかし、蒼馬たちがその海岸に到着すると、そこにはすでに多くの人が集まっていた。
 それは火事の話を聞きつけた漁民たちと、彼らが現場に立ち入らないように制している街から派遣された兵士らである。
 さてどうやって現場を見させてもらおうかと心配していた蒼馬だったが、それは杞憂だった。ゾアンを見慣れぬ漁民たちは、蒼馬たちが近づくだけで預言者の割った海のように道を空けてくれた。それに気を良くしたズーグなどは、牙を剥いた獰猛な笑みを周囲に振り撒いては漁民らをさらに(おび)えさせている。
 しかし、それもさすがに兵士にまでは通用しなかったようだ。かえって手にした槍を構えて、警戒もあらわに蒼馬たちの前に立ちふさがった。
 ところが、蒼馬たちに先んじて歩み寄ったヨアシュがシャピロ商会の名を告げた途端、兵士たちはその態度を一変させる。槍の穂先を下げると、こびた笑みを浮かべて腰を低くし、蒼馬たちのために道まで作ってくれた。
 さすがは十人委員の一角を占めるシャピロ商会の威光と感心しながら、ゾアンたちを引き連れて兵士らの間を抜けた蒼馬の鼻を辺りに漂っていたキナ臭い空気がかすめる。
 火事場となったのは、海に面した洞窟のようだ。岩場の海岸にせり出した小さな崖によって海岸沿いに走る道からは死角になったその根元に、洞窟の入り口はあった。キナ臭い空気は、そこから漂ってきているようだ。
 洞窟の中に入ると、内部は意外と広かった。岩壁に残るノミで削られたような跡から、もとからあった洞窟を人の手によって拡張されたようだ。
 洞窟の入り口とその手前の辺りは激しく燃えた形跡がある。しかし、発見と消火が早かったのか、それとも手前が激しく燃えたために、かえって空気が遮断されて酸欠状態となり火が回らなかったのか、洞窟の床にクッションとして敷かれていた干し草が奥へ行くほど燃えずに残っていた。その乾草の濡れたように色が濃くなった部分に鼻を近づけると、キナ臭さとともに油の臭いが鼻をつく。それはこの火事が失火などではなく、何らかの意図をもってつけられた火によるものである証拠だった。
「おい、ソーマ。こっちに来い」
 先に洞窟の奥に行っていたシェムルから呼ばれた蒼馬は、そちらへ足を運ぶ。
 洞窟の奥は、太い木を格子状にして縄で縛った柵で仕切られていた。柵につけられた扉をくぐると、その向こう側ではシェムルが片膝をついて地面を指し示している。
「見ろ。水がたまっている」
 シェムルの指差す先の地面は人の手によって掘り下げられた窪地(くぼち)となっており、そこには水がたまっていた。蒼馬が手を突っ込んでみると、意外と水は深い。肩口まで水につけて、ようやく指先が底に届くほどだ。
 水から手を引きぬくと、その指先に何かが絡まっているのに蒼馬は気づいた。入り口から射し込む光に照らしてみると、それが銀色に輝く一本の長い髪の毛だとわかった。
「まさか、これは水浴び場じゃないよね?」
 冗談めかして蒼馬が言うと、シェムルが鼻をひくつかせる。
「馬鹿を言うな。これは海の水の匂いだ。わざわざ海の水で水浴びなんてやるものか」
 初めて目にした海に興奮して波と(たわむ)れたのは良いが、後で乾いた海水のせいで身体中の毛がベトベトして大変な想いをしたシェムルは実感を込めて言う。
 それに蒼馬もうなずいた。
「だよね。――たぶん、さらったマーマンの子供たちを一時監禁しておくところだね」
 そうでもなければ、わざわざ岩を海面より深く掘り下げ、こうして海水が染み出してくるような水場を作るはずがない。
「おい、ソーマ。ここに変なものがあるぞ」
 他の場所を調べていたガラムから声をかけられた蒼馬が彼のところへ行くと、おかしなものを手渡された。
「……これは何だろ?」
 それは大きな筒状の袋であった。袋は数枚の皮を重ねて縫い合わせた頑丈な作りで、その大きさは蒼馬の身体よりやや小さい程度。これならば小さな子供なら、頭からすっぽり入ることができるだろう。
 皮の袋を触っていると、指に硬い感触のものが触れた。それを確かめてみると、どうやら丈夫な鉄の輪を皮と皮の間に挟み込み、縫い付けてあるようだ。そんな鉄輪が袋にはいくつも入れられており、まるで袋は蛇腹のようになっていた。
 蒼馬は、その袋に手を入れてみる。すると中は濡れていた。濡れた手を嗅いでみると磯の臭いがする。
 水袋にしては大きすぎる。それに飲み水を入れる袋に、まさか海水を入れておくはずがない。おそらくは、運ぶときにマーマンの子供たちを入れる袋なのだろうか。
「ずいぶんと慌てていた様子だな」
 袋を確かめる蒼馬の横でシェムルが辺りを見回しながら言った。
 彼女の言うとおり、怪しい皮の袋だけではなく、木製の机や椅子、そして木の器などが床に敷かれた枯草の上に散乱しているところから、慌ただしくここを引き払ったのがうかがえる。
「たぶん、僕がマーマンの島に渡ったせいかも」
 蒼馬は、そう推測した。
 子供たちが奴隷としてさらわれていると何度も訴えていたマーマンのところへ奴隷廃止宣言をした蒼馬が接触したのだ。両者の間で、さらわれたマーマンの子供たちについて、何らかの話し合いがもたれたと思われても不思議ではない。
「しかし、ここが見つかっていたわけでもないのだ。もっと密かに証拠隠滅を図ってから逃亡した方がよかったのではないか?」
 シェムルの疑問ももっともだ。蒼馬がマーマンたちと接触したのは、昨日の今日である。マーマンからさらわれた子供の救出を依頼されたとしても、すぐにはここを見つけ出せるはずがない。それなのに、ここまでずさんな証拠隠滅までして逃走を図るのは、いくらなんでも性急すぎる。
 何か気になると考え込んだ蒼馬だったが、ハッと閃いた。
「もしかしたら陽動かも!」
 洞窟に火を放ったのは証拠隠滅のためだけではない。この火事で自分たちの気を洞窟へと逸らしている間に、マーマンの子供たちを街から運び出そうとしているのではないか。
 そう考えた蒼馬は洞窟を飛び出した。
「急いで街へ戻るんだ!」
 シェムルたちも慌てて蒼馬の後に続く。
 蒼馬たちは呆気に取られているジェボアの兵士たちを尻目に馬車へと飛び乗ると、馬を走らせた。
 蒼馬の体感では来たときの倍以上の時間をかけて、ようやく街に戻ると、すぐさまヨアシュが街の正門の門衛に話を聞きに行ってくれた。
 門衛に話しかけるヨアシュの後ろ姿を焦りの火にジリジリとあぶられながら馬車の中から見守っていた蒼馬だったが、聞き込みを終えてヨアシュがこちらへ振り返ると、とたんに我慢ができず馬車から飛び降りた。
「ヨアシュさん、どうでしたか?」
 勢い込んで問いかける蒼馬に、ヨアシュは苦い顔で首を横に振る。
「手遅れでした。つい先程、ジューダ殿の隊商が街を出立されたそうです」
 それに蒼馬は思わず、「くそっ!」と罵声を洩らす。
 こんな単純な陽動に、まんまとひっかかってしまった自分に苛立ちを覚える。しかし、今さらここで悔やんでみても仕方がない。とにかく行動に移らねばと気を切り替えた蒼馬は、急ぎメナヘムの屋敷に戻った。
 隊商を追跡するにしろ、他の手段を講じるにしろ、いずれにしても十人委員のジューダが相手なのだ。同じ十人委員であるメナヘムに一言相談しなければならない。
 屋敷に戻った蒼馬が急ぎ取り次ぎを願うと、多忙なはずのメナヘムだったが、すぐに会ってくれた。
 しかし、息子のヨアシュから一連の事情を説明されると、メナヘムは渋い顔になる。
 自分と懇意にしている蒼馬が、同じ十人委員のジューダにマーマン誘拐の嫌疑をかけるだけでもシャピロ商会への風当たりは悪くなってしまう。そればかりか、もし蒼馬がジューダの隊商を押さえたり、()(あらた)めを強行したりすれば、風当りどころの話ではなくなる。
 蒼馬に大きな価値を認めているメナヘムだったが、だからといって商人ギルドの中での自分の立場をないがしろにしてまで協力するするつもりはない。
 どうしたものかと思案する父親に、ヨアシュが声をかける。
「父上。急ではありますが、例の話を進めましょう」
 息子の言葉に、メナヘムはハッと目を小さく見開く。それから、しばし考え込んでから、ひとつうなずいた。
「良いだろう。――ヨアシュ、今ここでおまえを勘当する」
 これで蒼馬の行動が商人ギルドで問題視されて糾弾を受けたとしても、メナヘムは息子のヨアシュともどもすでに関係を切っていたと申し開く口実となる。
 見え透いた手ではあるが、そうした口実があるのとないのでは大違いだ。
「父上、無理を言ってすみません。餞別(せんべつ)はまた後日受け取りにきますが、とりあえず馬を何頭かいただきますね」
「良いだろう。遠慮せず持っていくがいい」
 突然、親子の縁を切ったメナヘムとヨアシュに、蒼馬たちは驚いた。
 しかも、勘当されたはずの当のヨアシュは平然としているばかりか、餞別まで要求し、メナヘムはそれを快諾するのだ。蒼馬たちは、どう反応していいか困惑してしまう。
 そんな蒼馬たちをヨアシュは叱咤する。
「何を(ほう)けているのですか? さあ、早くジューダ殿の隊商を追いますよ」
 そう言うや否や、ヨアシュは部屋から飛び出して行った。その勢いに釣られるようして蒼馬たちも、その後に続く。
 しかし、部屋の出口に差し掛かったところで、我に返った蒼馬は慌ててメナヘムへと振り返る。
「すみません、メナヘムさん。ご迷惑をおかけしてしまって」
 律儀に頭を下げて謝罪する蒼馬に、メナヘムは闊達に笑って見せた。
「まったく、良い迷惑です。これは、今度お会いする時には『あいす』なるものの作り方ぐらいは教えてもらわなければなりませんぞ」
 メナヘムの冗談に、蒼馬も笑顔で返す。
「わかりました。おまけに、プリンの作り方もお教えします!」
「ふりんなるものが何かは存じませんが、楽しみにしております」
 メナヘムに見送られて、今度こそ蒼馬は部屋を飛び出していった。

                  ◆◇◆◇◆

 ホルメア国の首都ホルメニアにある豪邸。
 その豪邸の奥まった部屋に、ちぢれた焦げ茶色の短髪に、いかつい顔に濃い顎ヒゲを生やした男がいた。
 まだ陽も高い日中だというのに、その男は多くの奴隷女たちをはべらせ、上機嫌で酒を(あお)っている。時折、半裸の女奴隷の乳房に手を伸ばしては、嬌声(きょうせい)を上げさせては、脂下(やにさ)がった顔を作っていた。
 この男が、この屋敷の主人であり、王宮御用達の奴隷商人のピレモンである。
 そこへピレモンの下で働く手代(てだい)のひとりが、一通の手紙を捧げ持って入ってきた。
「旦那様。ジェボアの『漁師』から手紙が届いております」
 面倒くさげに手紙を受け取ったピレモンだったが、手紙に目を通すと、ムスッと顔をしかめる。そして、手を振って奴隷女たちを遠ざけると、手代に酔い覚ましの水を持って来るように命じた。
「何か()からぬ報せでも?」
 井戸水で冷やした果実水をピレモンに手渡した手代が尋ねると、嫌悪感もあらわにピレモンは吐き捨てる。
「ボルニスの奴隷の頭目が、ジェボアの街に来ているらしい」
 ボルニスの奴隷の頭目――すなわち、蒼馬のことだ。その手紙は蒼馬たちがジェボアにやってきた時にジューダが出した手紙であった。
「しばらく『魚』を獲るのを控えたいっていうのと、場合によっちゃ予定を繰り上げて出荷したいとさ」
 馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らしたピレモンは、近くの燭台の火で手紙を焼き捨てた。念入りに手紙の灰を踏みにじって細かく砕いていたピレモンに、へつらった笑みを浮かべて手代は言う。
「ジューダの奴も用心がすぎますね」
 自分の支配する街でマーマンが密輸されているのに、それを露とも知らない間抜けな奴がジェボアを訪れたというだけだ。それでせっかくの取引を控えたいとは、いくらなんでも先走りすぎだろう。
 そう思っていた手代をピレモンは笑う。
「確かにジューダは、商才の欠片もねぇ野郎だ。だが、俺は奴に買っているところがひとつだけあるんだぜ」
 それは何でしょうと尋ねる手代に、ピレモンは言った。
「臆病さ、さ」
 ピレモンはこらえきれないように、クククッと笑いを洩らす。
「あいつは、ちっとでもヤバいと思えば、すぐにケツをまくる。とんだ臆病者さ。だが、こういうヤバい(あきな)いを続けるには、そういう臆病さも大事なんだぜ。今まではバレずにやれた。だが、次も大丈夫とは限らねぇ。人間ってのは、ついついそういうことを忘れちまう生き物なのさ」
 そんなものですかと、あんまり納得していそうもない手代に、ピレモンは秀逸な例えが思い浮かんだとばかりに得意げな顔で言う。
「博打だってそうだろ。ずっと負け続けているより、大勝ちした後の方が怖い。あれだけ勝っていたんだから次は大丈夫って思っちまう。だが、そういう奴に限って、翌朝は河で冷たくなって浮いちまっているもんだ」
 ピレモンは自分の例えがよほど気に入ったのか、腹を抱えてゲラゲラと笑い始める。
 しかし、手代の方は、こわばった顔を何とか笑みの形に引きつらせるのが精一杯であった。
 なぜなら、商売敵や金持ちの御曹司を賭場に引き込み、最初は大勝ちさせておいて、後でその身代(しんだい)を丸ごと引っぺがすのはピレモンの常とう手段であったからだ。これまでこの手にかかり、首をくくったり、家族ごと奴隷として売り払われたりした者を何人も知っているだけに、手代はとうてい笑えるものではなかった。
「だが、商いをやっていくなら時には、ヤバいとわかっていても渡らなきゃいけない橋もある。あいつには、それを渡る度胸ってのがねぇ。だから商売人としては、下の下なんだがな」
 そう言ってからピレモンは、よいしょと腰を上げた。
「手紙にあったビビり具合なら、ジューダから近いうちにマーマンの奴隷が届けられるだろう。早めに帝国へ向かう船の手配をしておくか」
「今回も無事に届けられるでしょうか?」
 次も大丈夫とは限らないというピレモンの言葉に、にわかに不安を覚えた手代が言う。
 すると、ピレモンはニタリッと笑った。
「しばらくは大丈夫だろう。まさか、あんなところに隠して運んでいるとは、鳥の神様の目だって見通せるものかい」
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