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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第14話 ご馳走

 テーテュースがもてなしといって出してきたものを目の前にし、蒼馬たちは困惑していた。
「いかがしました? これは(わらわ)がそなたたちのために用意したご馳走です。ささ、遠慮せずにお食べなさい」
 さもおかしそうにコロコロと笑うテーテュースは、蒼馬たちをなぶるように言う。
「これが、ご馳走だと……?」
 目の前に出された皿を凝視しながら、シェムルは半ば茫然と呟いた。
 それもそのはずである。皿の上には料理とは名ばかりで、ただ魚が並べられているだけなのだ。いずれも獲れたばかりの魚らしく、口と(えら)をパクパクと動かしていた。鮮度だけを見れば、新鮮な魚と言えよう。
 しかし、そんなことは何の慰めにもならない。ゾアンたちは一様に怖気(おぞけ)を振るうように、全身の毛を逆立てていた。
「おや? (わらわ)が用意したご馳走に、何か不満でも?」
 シェムルたちが困惑しているのも承知した上で、テーテュースは尋ねた。
 これから友好を願おうとする相手であるマーマンの女王がご馳走と言って用意したものである。それにケチをつけるわけにもいかず、ぐうっと唸ったきりでシェムルたちは何も言えなくなってしまった。
「女王陛下。陸の上の者では、魚の食べ方も知らないのでは?」
 蒼馬たちをからかう女王に合わせ、同席していた姫が空々しく口添えする。
「なるほど。それも道理でしょう」
 臭い演技で姫に応じたテーテュースは、皿の上から一匹の魚を手に取る。
「では、妾自らさばいて差し上げましょう」
 テーテュースは慣れた手つきで、刃物を用いずに指と爪だけで魚を瞬く間にさばいてしまう。内臓や骨を取り除き、皮もはぎ取られて身だけになった魚を近くに控えていた奴隷を介して、蒼馬へと渡した。
「さあ、遠慮せずお食べなさい」
 ただでさえ女王が歓迎のために用意した食事である。しかも、それを女王自らが食べやすいようにとさばいたのだ。もしこれを拒絶すれば、マーマンすべてを侮辱することになってしまう。
 ニヤニヤと人の悪い笑みでマーマンたちが見守る中で、蒼馬は後ろにいるマルコに声をかける。
「マルコ! あれを!」
「……! あ、は~い!」
 一瞬、マルコはキョトンとした顔になるが、すぐに蒼馬の意図を読み取り、慌てて(ふところ)から手のひらに乗るほどの小さな壺を取り出して蒼馬へ渡す。
 それを受け取った蒼馬は、しばし何かを探すようにあちこちへ視線を向けていたが、目の間にある盆の上に飾りとして置かれていた小さな貝殻に目を留める。
「これを使うことをお許しいただけないでしょうか?」
 その貝殻と壺を示して了解を取る蒼馬に、テーテュースはそれがいったい何なのかはわからなかったが断る理由もなく、また何をやるのか興味もあったので認めてやった。すると、蒼馬は貝殻を小皿代わりにして、そこへ壺から黒い液体をつうっと垂らす。
 それから女王からもらった魚の身をその黒い液体にちょんとつけて口にした。
「お……!」
 蒼馬の口から小さなうめき声が洩れる。
「ソ、ソーマ!」
 シェムルが悲痛な叫びを上げる。ガラム、ズーグ、ドヴァーリンもここで戦闘するのも辞さない覚悟で腰を浮かす。
「おいしい!」
 だが、蒼馬の口から飛び出したのは、苦悶ではなく喜びの声だった。
「初めて食べた魚ですけど、脂が乗っていておいしいですね! それとも鮮度が違うからかな?」
 誰もが目を真ん丸に見開いて驚く中で、蒼馬は自らも素手でさばこうと魚を手にする。だが、恩寵のせいか、もともと不器用なせいかはわからないが、やはりうまくはいかない。
 それを魚がさばけずに食べられないという下手な芝居と思ったマーマンの姫が、そのような手が通じるものかと声を上げる。
「私がさばいて差し上げましょう」
 あっという間に魚をさばくとマーマンの姫はニッコリと、しかし毒のこもった微笑みとともに蒼馬へと差し出した。
「さあ、お食べなさい」
 ところが、蒼馬は「ありがとうございます」と笑みを浮かべてそれを受け取ると、再び黒い液体をちょっとつけてから、パクリと口にする。
「う~ん。弾力のある歯ごたえで、これもおいしいですね」
 無理をしているどころか、とろけるような笑顔で味の寸評まで始める蒼馬に、皆は唖然としてしまった。
 これは手ごわい!
 そう思ったテーテュースは、奥の手を出す。
「あれを持っておいで!」
 しばらくすると奴隷たちが大きな板の上に、何かを乗せてやってきた。水に浸かる床に板が置かれ、その上に乗せられたものを見ることができたゾアンたちは、いっせいに驚愕と嫌悪に身を震わせる。
「な、何だ、その怪物は?!」
 シェムルが悲鳴のような叫びを上げたのも無理はない。
 そこにいたのは、まさに怪物だった。毛も鱗もない、ぬめぬめとした皮膚。まるで内臓のようにブヨブヨとした袋状の身体。さらには、そこから蜘蛛のように八本の脚が伸びている。しかも、その脚がミミズのようにグネグネと(うごめ)いているのだ。
 シェムルたちゾアンがこれまで見たこともない悪夢のような生物。
 それは(たこ)であった。
「どれ。妾が、自ら食べやすいように切ってあげましょう」
 シェムルたちが怖気(おぞけ)を振るう様子に満足げな笑みを浮かべたテーテュースは、刃物を手にすると、蛸をぶつ切りにして貝の皿に盛り、蒼馬へと差し出した。
「こいつ、まだ生きているのか?!」
 差し出された皿の上で、ぶつ切りにされてもまだグネグネと動き続けている蛸に、シェムルは悲鳴を上げる。
 これには豪胆なガラムやズーグですら、あわや上げかけた悲鳴を呑み込むが精いっぱいで、後ろに退こうとする身体を抑えきれずにいた。
「さあ、遠慮なくお食べなさい」
 さすがにこれは食べられないだろうと自信を持って差し出した皿だが、蒼馬は躊躇(ちゅうちょ)なく蛸の脚をひょいとつまむと、黒い液体をつけてパクリと口にする。
「くぅ~。わさびが欲しくなるなぁ」
 蛸の足のコリコリとした歯ごたえがたまらない。それだけに、ここにわさびがないのが悔やまれる。
「わ、わしゃび……?」
 半ば茫然と尋ねるテーテュースに、蒼馬は「はい」とうなずく。
「僕の故郷で魚介類などを食べる時に使う香辛料です。特に、蛸のぶつ切りと合わせたものをタコワサっていうんですよ」
 さらに蛸の足をもうひとつ摘まんで口に入れた蒼馬は、ようやくシェムルたちが魚に一切手を付けていないのに気づいた。ごくりと口の中の蛸を呑み込んでから不思議そうに尋ねる。
「食べないの、シェムル? おいしいよ」
 蒼馬に命じられれば自らの首を切って落とすことすら辞さないシェムルである。だが、この時ばかりはさすがの彼女も無意味に口をパクパクと開閉させるだけであった。
 すると、いきなりテーテュースは笑い出した。
 今度は蒼馬が唖然とする前で、テーテュースは上品に手で口許を隠しながらひたすら笑い続ける。ひとしきり笑い終えたテーテュースは、よほどおかしかったのかその目尻に涙まで浮かばせていた。
「これは参りました。妾の負けです」
 突然の敗北宣言に、いったい何がと目を丸くする蒼馬に、テーテュースは尋ねる。
「ソーマ殿と言われましたね。そなたの生国はいずれに? いずこかの島か海沿いでしょうか?」
「えっと……ここよりずっと遠くですが、まあ島国です」
 こちらの世界の人に、どうやって日本を説明したらよいのだろうと蒼馬は言葉を濁す。しかし、テーテュースにはそれで十分だったようだ。
「なるほど。それで、妾たちの食事にも抵抗がなかったのでしょう」
 テーテュースはわずかに自嘲を唇に浮かべて続ける。
「陸の者ならば、そなたの連れの者たちの反応が普通なのです」
 そう言われた蒼馬がシェムルたちを見やると、皆は一様にバツが悪そうに顔をしかめたり、目を逸らしたりした。
 それに、蒼馬もようやく思い至る。
「もしかして、生の魚はダメだった?」
 蒼馬の問いに、皆は返答に窮して「おまえが答えろ」と無言の牽制をし合う。結局は、自らの「臍下の君」の質問を無視するわけにはいかないシェムルが、皆を代表して答える。
「ああ。さすがに魚を生で食べるのは、どうかと思うぞ」
 シェムルの答えに、蒼馬は納得した。確か、現代日本にいた時は海外でも日本食ブームで刺身や(すし)などが受け入れられていたが、以前は外国人の中には魚を生で食べるのに抵抗があったと聞く。
 それだけではない。初めてマルコと出会った時、彼は他の料理については大喜びで聞いてくれたのに、生の魚を食べる刺身や鮨の話だけは不評だったではないか。
 あの食い意地が張ったマルコですら魚を生のまま食べることは受け入れがたいことなのだから、他の人については言うまでもない話だ。
 しかし、それではせっかくご馳走といって出されたものを半ば拒絶したようなものである。マーマンたちの機嫌を損なってしまったのではないかと蒼馬はテーテュースの顔色をうかがう。
 ところが、テーテュースは不機嫌どころか好意に溢れた笑みを浮かべていた。
「先程も言ったように、それが普通なのです。妾たちも、それはよく承知しています」
 そこでテーテュースは、またもや小さく噴き出した。
「それだというのに、そなたときたら『おいしい』と言って、パクパクと食べるのですから……!」
 テーテュースばかりか居合わせた姫やオルガたちまで、クスクスと笑い出す。
 何だか恥ずかしさを覚えた蒼馬は顔を真っ赤にして身体を縮こまらせる。そんな蒼馬の姿が、さらにマーマンたちの笑いを誘う。
「誰か。客人らに、新しい料理をお持ちしなさい!」
 テーテュースは必死に笑いを噛み殺しながら、手を打って命じた。
「ところで、ソーマ殿。その黒い液体は、何なのでしょうか?」
 テーテュースに問われ、蒼馬は手にしていた貝殻の小皿に目を落とす。
「えっと……。これは醤油もどきです」
「そーゆも、どき?」
「大豆を発酵させて造った調味料です」
 蒼馬は大豆を使ったミトゥの製造を平原の開拓村に強く推奨していた。そうして作られ始めた大豆のミトゥだが、いまだその日も浅く技術も(つたな)いため醸造に失敗し、腐敗してしまったり、他の雑菌が繁殖してしまったりとダメにしてしまうものも多い。
 そうした失敗作と思われたミトゥの中に、使った材料の水分が多かったのか、やけに水気が多くべちゃべちゃとしたミトゥがあった。
 その程度ならば水気を絞れば食べられるだろうと思った蒼馬が布に入れて絞ったところ、何と香りの良い濃い褐色をした液体が得られたのだ。これを興味本位で舐めたところ、驚いたことに非常に醤油に近い味だったのである。
 そこで、蒼馬はそれを「醤油もどき」と呼び、醤油の代用品としていたのだ。
 しかし、木桶で醤油として作られる本格醤油しか知らない蒼馬はわかっていなかったが、それは味噌の醸造過程で出る上澄み液を集めた「たまり醤油」――すなわち、醤油と呼んで間違いないものだった。
「ほう。見た目は魚醤(ぎょしょう)に似ていますが、それよりも癖のないさわやかな味ですね。それに何と言っても、生臭くない」
 蒼馬から差し出された醤油を小指の先につけ、ひと舐めしたテーテュースは感心した。
 この世界にも、魚醤と呼ばれる魚を発酵させて作る調味料は存在する。しかし、現代のような精錬された技術があるわけでもなく、またその時に手に入る雑多な素材で作られるこの世界の魚醤は、とても生臭くて味にも独特の癖があり、どうしても蒼馬は好きになれなかった。
 そんな蒼馬にとってこのたまり醤油は、今や大豆のミトゥと並んで蒼馬の食事に欠かせない調味料となっていた。
 しかし、今のところ偶然できた水気の多いミトゥからわずかに絞り取れるものだけに、その量は少ない。あくまで蒼馬が個人的に楽しむためだけの貴重なものだった。
 このたまり醤油を蒼馬がどれほど渇望していたかは、わずかに残る当時の記録に次のように残されている。
「大豆のミトゥを醸造する職人らがミトゥを絞った汁を献上したところ、破壊の御子ソーマ・キサキは『これは、偽物(もどき)である』と言い、大いに喜んだ。そして、職人らに褒美を与えると、また同じものができたら必ず献上するように言い渡したという」
 多くの歴史研究家らは、これを「破壊の御子は、大いに偽りを好む」と解釈し、ソーマ・キサキの不誠実さをあげつらう根拠としていたが、それは誤りである。ここに書かれている「偽物(もどき)」とは、蒼馬が「醤油もどき」と呼ぶ、たまり醤油のことなのだ。
 そんな大事なたまり醤油をテーテュースばかりかマーマンの姫たちまでもが興味を示し、指につけて舐めたり、蒼馬の真似をして魚につけて食べたりし始める。
 そんな遠慮ない使い方に蒼馬はハラハラしながら見ていると、そこに新たな料理が運び込まれてきた。しかも今度は生魚ではなく塩を振って串焼きにしたり、鍋で煮たり、油で揚げたりと調理されたものだ。
 これには食い意地の張ったズーグやドヴァーリンらから歓声が上げる。
「さあ、遠慮なくお食べなさい」
 そうテーテュースに言われるや否や、ズーグは素揚げした魚を鷲掴みにし、頭からバリバリと音を立てて丸かじりにする。
「おい、ズーグ。不作法だぞ」
 ここはゾアンの土地ではないのだ。さすがにズーグの荒っぽい食べ方を見るに見かねたガラムが肘で小突いて注意した。しかし、ズーグはけろっとした顔で言う。
「こいつは絶品だぞ、ガラム。鱗までうまい」
 それにはガラムも同意見だった。高温の油で素揚げにされ、ささくれのように逆立った魚の鱗は、サクサクとした歯ごたえとともに口の中で砕ける。また、身の方も噛みしめると魚肉の甘みがにじみ出し、油のうまみと混ざり合って舌をとろかすのだ。
 鍋のスープも格別だ。様々な魚や貝や蟹などを煮込んだだけの料理だが、それぞれの素材からにじみ出した旨味が混然一体となり、得も言われぬうまさである。
 大きな湖や大河がないソルビアント平原に住まうゾアンたちにとっては、これら海の幸をふんだんに使った料理は、まさにご馳走だった。
「しかし、だな……」
 それでもガラムは、ズーグを(いさ)めようとした。
 本当ならば自分も遠慮なく料理にかぶりつきたいところだ。だが、これでも平原のゾアンを代表する大族長の身である。この時ばかりはそれが恨めしくてならないが、他種族の前で恥を掻くような同胞を諌めぬわけにはいかない。別に、自分が遠慮している横で、こいつにガツガツ食われるのが無性に腹立たしいわけでは決してないのだ。
 そう思ったガラムがズーグへ口を開きかけたところに、テーテュースが声をかける。
「良いのです、獣の勇者よ。妾も、これほどおいしそうに食べてくれるのならば歓待した甲斐があるというもの」
 それにズーグが「ほれ、みたことか」と目で言うのに、ガラムは自分も油で揚げた小魚をまとめて口に放り込み、バリバリと噛み砕く。その顔は、小魚を噛み砕いているというより、苦虫を百匹噛みしめているのではないかと思うぐらい渋い顔だった。
 それにテーテュースも、口許に手を添え上品な笑い声を上げる。
「妾たちマーマンにとって、火を使う料理を振る舞うのは最大級の歓迎を意味します。ソーマ殿も遠慮なく食べてくだされ」
 先程とは打って変わって料理に手を出そうとしない蒼馬に、テーテュースは料理を勧める。
 それに蒼馬は不安げな表情を浮かべると、上目遣いにテーテュースを見上げて言った。
「えっと……もしかして、今まで僕らは歓迎されていませんでした?」
 今さら何をと言わんばかりに隣で盛大なため息をつくシェムルに、蒼馬はよけいにあたふたする。
 そんなふたりの様子に苦笑を洩らしたテーテュースは、手にした直角貝のような貝殻の杯に満たされたワインで唇を湿らせると、重苦しい口調で告げた。
「もはやそなたに隠し事はできません。――妾が、そなたを追い返そうとした理由を明かしましょう」
先読みするなと言ったのにぃ!ヽ(`д´)ノ ウワァァァン
感想欄を見ると、私の作品の読者の方々は本当に容赦がないというのが、よくわかりましたw
というわけで、さっそく更新です。

今回出た「たまり醤油」ですが、当初の予定にはないものでした。
最強の腐敗呪文ナットウの話の後に感想欄で「たまり醤油」についての指摘を受けました。そこで私の母親に聞いてみたところ、母親の実家では昔は味噌を作っていたのですが、そのときたまにできる水っぽい味噌を絞って醤油の代用品としていたという話が聞けたのです。
そうした経緯があって、今回「たまり醤油」が登場したというわけでした。
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