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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第13話 島

「よし、引き上げろ。――そーれっ!!」
 甲板の上で声を合わせてゾアンたちが(つな)を引くと、海面から丸く膨らんだ(あみ)が引き上げられた。
 その網の中に入れられているのは、ぶつ切りにされた大量の魚である。今朝揚げられたばかりの魚をぶつ切りにして網に放り込み、その口を縛っているのだ。
 海から引き上げられた網より一拍置いて、それを追いかけるようにして海面を割って何かが飛び出してきた。
 (さめ)である。
 全長はおよそ六から七メルト(一メルトは約一メートル)ほどもある大きな鮫だ。しかも、それ一匹ではない。船の周りを見回せば、波間からいくつもの鮫の背びれが突き出ているのが見つけられるだろう。
「これが、さめという奴か……!」
 平原最強の勇者と名高いガラムですら緊張でその全身の毛を逆立てていた。
 何しろソルビアント平原で生息する肉食獣といえば狼か山猫の(たぐい)で、その大きさはどんなに大きくても二メルトほどである。しかし、今船の周囲を回遊する鮫たちは小さいものでも三メルト、大きいものとなれば八メルトはあろうかという巨大な鮫までいるのだ。ガラムならずとも緊張せずにはいられなかった。
 そんなゾアンたちに蒼馬は声を張り上げて指示を出す。
「網を食い破られないように気をつけてね! せっかく集めたのに、餌を奪われたら台無しだから」
 この鮫たちを集めたのは、魚の血と脂であった。網に入れる魚をぶつ切りにする時にそれらを集め、海に撒いたのだ。海に撒かれた血と脂は海流に乗り、この辺り一帯の鮫たちをおびき寄せたのである。
 そうして集めた鮫を船首に吊るした餌で誘導し、船の周りに引きつけたまま島を目指そうというのが蒼馬の作戦だった。
「なあ、ソーマ。本当に、これでマーマンの連中は船に近づけないのか?」
 今も船の周囲を回遊する鮫たちを不安そうな眼差しで見るシェムルが疑問を呈した。
 マーマンといえば、海の王者である。海の王者が同じ海に生息する生き物を怖がるとは思えなかったからだ。
 それに蒼馬は笑って返す。
「でも、ゾアンだって平原の覇者とか呼ばれているのに、狼を怖がるじゃないか」
「怖がってなどいない!」
 つい声を荒げてしまったシェムルだが、すぐに口調を改める。
「危険なものを危険と認めぬのは、勇者を装った愚者のやることだ。――なるほど、それと同じことだな。うむ、納得したぞ」
 もちろん、蒼馬は勝手な推測だけで鮫を集めたわけではない。オルガが子供の失踪原因のひとつとして、鮫に襲撃された可能性を上げていた。つまり、マーマンにとって鮫は人を襲う狼や虎などの猛獣に当たるんだという確証をもっての作戦である。
 血に狂った鮫たちが周囲を回遊する船の状況は、さながらサファリパークでの車のツアーのようなものだ。餌がもらえると思ったライオンや虎などの猛獣が、車の周囲に群がるっていると思えば良い。もしそんな状況で、猛獣たちを掻き分けて車のタイヤをパンクさせてこいと言われても、自分ならばごめんこうむる。
 マーマンたちも同じように船に近づくのを思い止まってくれれば良いのだが。
 蒼馬はオルガたちマーマンを心配する。
 オルガには無理はしないように言っておいたが、意地になって船底に穴を空けようとして鮫に襲われでもしたら、蒼馬にとって寝覚めの良いものではない。
「オルガさんは、無理をしなければいいんだけど……」

                  ◆◇◆◇◆

 蒼馬から心配されているとは知らないオルガは、怒声を上げていた。
「奴らめ! この辺りの鮫どもを集めたのかっ!」
 自らも海に潜り、集まった鮫のあまりの多さに蒼馬たちが乗る船に近づくことすらままならないのがわかったからだ。
 マーマンにとって、鮫は天敵である。海の王者を名乗り、海の中ならばいかなる者にも負けないと豪語するマーマンであったが、それはあくまで陸に住む他種族に対しての言葉だ。相手が同じ海の生物となれば話は違う。何しろ例年少なからぬ同族の者が、この鮫たちによって命を落としているのだ。
 蒼馬が思ったとおり、マーマンにとって鮫とは凶暴な猛獣だったのである。
 しかも船の周りに集められた鮫たちは血の臭いにひどく興奮しているらしく、中には共食いまで始めている奴までいた。そのような鮫どもが群れている中で、尾びれを止めて船底に穴を空けるなどできるはずがない。
 それは、もはや危険を通り越して自殺行為だ。
「いかがします?」
 言外に、ご命令があれば命を賭して船底に穴を空けてきますという気迫を込めて尋ねる女戦士に、オルガは首を横に振った。
「やめろ。これは女王陛下の(たわむ)れにすぎない。そのために、あたら有能な戦士を死なせるわけにはいかない」
 本気で島への来訪を拒絶するならば、そう明言すればいい。そうはせずに無理難題を吹っかけたのは、女王のお遊びだ。まさか女王とて、そのようなことに大事な戦士たちに命を懸けろとは言わないだろう。
「すべての責は、私が取る。誰か、案内するのでいったん停船するように合図を送りなさい。あのまま鮫どもを引き連れて島まで来られては、民が迷惑する」
 それからしばらくして、オルガの命を受けた女戦士のひとりが船の前方で停戦と水先案内をするという意味の旗を振った。
 それを見ながらオルガは小さく唇を笑みに形作る。
「さすがは『破壊の御子』。やるではないですか……」

                  ◆◇◆◇◆

 マーマンたちの島は、ジェボアの港より南東に四クイリ(およそ十二キロメートル)のところに位置する大きな島だ。東西よりやや南北が長い楕円の形をしたその島の面積は、およそ一・五平方クイリ(約十二平方キロメートル)。これを現代日本風に(たと)えれば、東京都の千代田区とほぼ同じ面積である。
 そんな島に、五千を超すマーマンたちが住んでいた。それ以外にも、マーマンの陸上生活を補助するために連れてこられた他種族の奴隷も住んでいたが、その数は決して多くはない。
 その理由は、この島がマーマン以外の種族が大勢で居住するには不便な土地だからだ。
 この島はもともと、太古の海底火山活動によって生まれた島で、その面積のほぼすべてが剥き出しとなった玄武岩の岩場である。わずかに島の上に見られる緑も地衣類がほとんどで、樹木はもちろんのこと草と呼べる植物もほとんど見受けられない。
 海の幸は豊富だが、それ以外の食物をジェボアからの輸入に頼らなければならないこの島は、おのずと抱えらえる人の数に限界があったのだ。
「これが、マーマンの島か……」
 マーマンの女戦士に先導される船の上で、シェムルと肩を並べて島を眺めた蒼馬は感嘆の声を洩らした。
 マーマンの島は、まさに奇勝(きしょう)である。遠目では絶壁に無数の縦縞(たてじま)が入っているように見えるが、それは地層などではない。近くに寄れば、人の手で彫り出されたような石柱でびっしりと埋め尽くされているのがわかる。
 それは柱状(ちゅうじょう)節理(せつり)と呼ばれるものだ。
 熱い溶岩が冷却されて固まる時、それにともなって起きる体積の縮小により、まるで人の手で作ったかのような規則的な割れ目――節理が生じる。そうした節理の中でも、このように柱のように細く長く割れているものを柱状節理と呼ぶのだ。
 しばし時を忘れて、この溶岩が作った天然の美術品を眺めていた蒼馬だったが、その耳にカンカンと何かを打ち合わせる音が聞こえてきた。そちらの方に目をやると、そこでは海面から頭を出したマーマンの女性が大きな貝を石と打ち合わせて割ろうとしているところだった。貝殻を割り、取り出した中の身を口にしたところで、蒼馬たちが乗る船に気づいたその女性は慌てて海中に隠れてしまう。
 驚かしてしまったかなと気が(とが)める蒼馬にシェムルが声をかける。
「ソーマ、見ろ! マーマンたちがいっぱいいるぞ」
 船べりから身を乗り出すようにしてシェムルが指差したのは、崖が途切れてできた海岸である。岩が剥き出しになった岩礁海岸には、こちらを眺める多くのマーマンたちの姿があった。
「あれは何だろう?」
 蒼馬が指差したのは、マーマンたちの後ろにインターネットカフェの個室かカプセルホテルのように整然と並ぶものだ。
 それは、奥行きがあるU字の形に石を人間の腰ほどの高さに積み上げたもので、上に木の板や海草などを被せている。U字の口が開いている海に面した側には、まるで暖簾(のれん)のように海草をいくつも垂らしていた。
「あれは、マーマンたちの家だよ」
 そう教えてくれたのは船長である。
 出航時にはぶっきらぼうだった船長の口調が和らいでいた。マーマンの恐ろしさをよく知る海の男だけに、そのマーマンにひと泡食わせた蒼馬に敬意を抱いたようだ。
「マーマンどもは、ああして海岸に石を積んで壁を作って家にするんだ」
 蒼馬とシェムルは、ふむふむとうなずいて見せる。
 下半身が尾びれとなっているマーマンでは、島の内陸まで移動するのも、家を建てるために材木を切り出すのも難しいだろう。それでも家を建てようと思えば、海岸に手ごろな大きさの石を積むしかあるまい。そして、立ち上がれないとなれば、インターネットカフェの個室のような背の低い仕切りのような壁になるのも当然である。そのような理由からウナギの寝床ならぬマーマンの寝床となるわけだ。
「ほう。人間の姿も見えるな」
 わずかに驚きを込めて呟くガラムの視線を追えば、海岸に槍を手にして鎧を身に着けた人間の姿が見受けられた。武装をしているところから、おそらく島への侵入を防ぐ衛兵なのだろう。
「おい。あそこにも人間の姿があるぞ」
 そう言ってズーグが指差したのは、島の北側にあるやや小高い丘であった。その丘から海岸へと通じる道には、(おけ)をかついだ人間の奴隷と(おぼ)しき男たちが何人も行き来している。
「ドヴァーリンさん、ちょっと」
 その光景にピンッときた蒼馬はドヴァーリンを呼ぶと、あることを尋ねた。甲板の中央で、念仏のような祈りを唱え続けていたドヴァーリンであったが、蒼馬に声をかけられては無視するわけにもいかない。いかにも渋々といった様子で顔を上げると、島の様子を確認してから、ふむと顎ヒゲを撫でる。
「まあ、作れんことはない。頑丈に作るか、何か工夫を加えねばならんがな」
 ドヴァーリンの回答に満足する蒼馬を乗せた船は、島の北側にある断崖(だんがい)へと案内された。
 てっきり断崖に接舷させられるのかと思いきや、マーマンたちが案内したのは、その断崖の根元にぽっかりと空いた洞窟である。
 帆柱を立てた丸い船がすっぽりと収まるほど大きなその洞窟は、長い年月をかけて波浪によって岩が浸食されてできた海蝕洞(かいしょくどう)だ。
 帆を畳んだ船が(かい)で水を掻いてゆっくりと洞窟内に入ると、そこには神秘的な光景で待ち構えていた。
 崖と同じく六角形をした柱状節理の岩で埋め尽くされた洞窟の壁面は、腕の良い石工たちによって作られた建造物のようだ。それが海に反射してわずかに青色を帯びる光に照らされる様は、まるで古代の神殿のような幻想的な光景を生み出している。
 洞窟内に設けられた船着き場に、蒼馬たちを乗せた船は軽い衝撃とともに接舷した。船員と船着き場にいた奴隷たちが協力して船を係留する間に、蒼馬たちは渡し板を渡り、洞窟の壁を削ったキャットウォークのような細い通路に降りた。
 そんな蒼馬たちを一足早く船着き場に来ていたオルガが、人間の男奴隷に抱きかかえられて出迎える。
「我らが島へ、ようこそおいでくださいました。『破壊の御子』ソーマ・キサキ殿。――女王陛下のところまで、ご案内いたしましょう」
 奴隷に抱きかかえられたオルガの後についていくと、岩壁に空けられた穴の手前に案内される。
 その穴は、人が少し背をかがめて通れるぐらいの高さしかないが、横幅が広く、中は緩い上り坂となっているようだ。
 ヨアシュからマーマンの王宮は洞窟の中にあると聞いていたが、おそらくはこれが船着き場から王宮に向かう通路なのだろうと蒼馬は推測した。
 しかし、それにしても奇妙な通路である。床面にちょうど人ひとり分の幅がある丸い溝が掘ってあり、上から少量の水が絶え間なく流れ落ちているのだ。それはまるでプール施設にあるウォータースライダーのようだった。
「陸のものとはだいぶ(おもむき)が異なりますが、これより先が我らの王宮となります」
 そう説明したオルガを奴隷が穴の手前に置かれた大きなシャコガイのような貝の殻の上に載せる。そして、壁に吊るされていた木槌で木の板を叩いくと、貝殻に穴を空けて通されていた縄が通路の中へスルスルと引っ張られ、乗っていたオルガごと貝殻が上へと引き上げられていく。
 蒼馬は、なるほどと納得した。
 このウォータースライダーのような通路は、足がないマーマンの身体を考えて作られた通路なのだ。上に行くときは、こうして貝殻に乗って奴隷たちに引き上げてもらい、下へ行くときはまさにウォータースライダーのように滑り降りるのだろう。
 蒼馬たちもオルガの後を追うように、坂を上っていく。溝の両脇には足のある種族が上るための道も確保されていたため、足を濡らさずにすんだ。
「ここが、女王陛下のいらっしゃる『女王の間』です。――くれぐれも失礼がないようにお願いいたします」
 ふたつほどそうした坂になった通路を抜けただけで、すぐに女王の間の前までたどり着いた。
 それにしても、マーマンを支配する女王がいる場所へ、こんなに簡単に着いてしまって良いのかと蒼馬も心配になってしまう。だが、陸の上では移動もままならないマーマンのことを考えると、いつ来るかわからない侵入者の危険性よりも普段の利便性を優先した結果だろうと考え直す。
「女王陛下。『破壊の御子』ソーマ・キサキ殿をご案内いたしました」
 両手で地面を押すようにして身体を前へと滑らせて女王の間に入るオルガの後に蒼馬たちも続く。
 すると、まず蒼馬たちを出迎えたのは入り口の真正面の壁にかけられた大きな銅鏡の反射光である。天井近くに設けられた採光用の穴から射し込む光を女王の間に入ったところへ反射するように鏡を設置してあるのだ。
 古代日本にいたとされる邪馬台国の女王・卑弥呼は、鏡の反射を利用して太陽神の巫女の力を演出したという説もあるが、それと似たような目的だろう。
 まぶしさに目を細めながら女王の間に足を踏み入れた蒼馬たちは、ようやくまぶしさから解放されて開いた目を今度は驚きにさらに大きく見開いた。
 天井近くにある亀裂から時折、脈打つように勢いを増して流れ落ちる水で濡れるのは、船着き場となった洞窟と同じ柱状節理の岩でできた壁だ。その根元には、キラキラと輝く金銀財宝が山と積まれていた。そこに両手を突いて上半身を起こし、好奇心に目を輝かせてこちらを見つめるのは、美しいマーマンの姫たちである。
 そして、見る者を圧倒する珊瑚の玉座で王冠を模した黄金の額飾りをつけ、手に黄金の錫杖を持って蒼馬たちを迎えるのは女王テーテュースだ。
「ようこそ、我が島に。(わらわ)がこの島を統治する女王テーテュースです」
 まず蒼馬が自己紹介の挨拶と、島に迎え入れてくれたことへの感謝の言葉を述べると、女王は鷹揚にうなずいてから手を一振りした。
 すると、奴隷たちが簀子(すのこ)のような木の板を床に()く。女王の間には、人の足のくるぶしが浸かる程度の浅さだが、海水がたまっている。そんなところに腰を下ろせば、自ずとびしょ濡れになってしまう。この木の板は陸から訪れた客人の衣服を濡らさないための配慮だろう。
 女王にうながされて木の板の上にそのまま腰を下ろした蒼馬は、どうやって自分らと友好を求める内容に話を持って行こうかと考えていた。だが、それよりも先にテーテュースが口を開く。
「まずは、あなたに惜しみない称賛を与えましょう。妾の戦士たちの守りを破り、船で島を訪れた勇気と知恵は、まさに勇者と呼ぶにふさわしい。そのような勇者を招くことができ、妾も大変うれしく思います」
 称賛の言葉に照れくささを感じる蒼馬の前で、テーテュースは手をふたつ打ち鳴らす。すると、蒼馬たちが入ってきたのとは別の入り口から人間の奴隷たちが手に手に盆や皿を捧げ持って入ってきて、それを蒼馬たちの前に次々と並べていく。
「……! こ、これは……?」
 その盆や皿の上に載せられていたものに、蒼馬たちはギョッと目を剥いた。そして、困惑の色を浮かべて身近な者たちと目配せを交わす。
 その蒼馬たちの反応に、テーテュースの(あで)やかな唇が笑みを形作る。
「さあ、島を訪れた勇者たちよ。遠慮せず、妾の心ばかりのもてなしを受けておくれ」
 無論、拒絶するのは許しませんよ、とテーテュースは言外に告げていた。
マーマンの島のモデルは、フィンガルの洞窟です。
検索すると、本当にこれが自然にできたものなのかと目を疑うような柱状節理の洞窟の画像が見つかると思います。

(; ゜Д゜) 今回は先を読みやすい展開だけど、先読みするなよ! 絶対先読みするなよ!
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