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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第12話 船

 地引網漁をしていた海岸から、その足でマーマンの公館を訪れた蒼馬は、オルガへの接見を求めた。
 この急な来訪にオルガは驚いた。せっかくこちらに好意を示してくれたのに、態の良い拒絶の言葉を伝えたばかりである。それなのに間を置かずに顔を合わせるのはバツが悪かったが、なおさら追い返すわけにはいかない。オルガは渋々と蒼馬を迎えたのである。
 ところが、そんなオルガとは対照的に、蒼馬はニコニコと笑みを浮かべていた。
「明日、島を訪れようと思うので、女王様によろしくお伝えください」
 それにオルガは顔を曇らせた。
 蒼馬はジェボアの人間ではない。そのため、自分が伝えた女王の言葉の真意が伝わらず、額面どおりに受け取ってしまったのだろう。
 そう考えたオルガは、噛み砕くように言う。
「悪いことは言いません。女王陛下への謁見は諦めた方が良いでしょう」
 さらわれた妹を見つけることを快く引き受けてくれた蒼馬には、個人的には好感を抱いている。しかし、オルガは公使であり、マーマンの戦士長だ。許可なく島に近づく者は誰であろうと排除しなければならない。
 できれば蒼馬にそのようなまねをしたくないオルガは、言葉を選びながら島を訪れるのを断念するように説得した。
 しかし、蒼馬はケロリとした表情で、大丈夫ですと言い張るのだ。
 これにはさすがのオルガも、ムッとした。
 オルガは、海の王者を自負するマーマンの女だ。しかも、その武勇は女王より戦士たちを預かるほどである。その自分が許可なく島に近寄れば、容赦なく追い払われてしまうと言っているのに、それを大丈夫だと言い切られては気を悪くするなというのが無理な話だった。
「良いでしょう。私自らが、あなたを歓迎いたしましょう!」
 島に渡ろうとするならば、自らがそれを阻止して見せようというオルガの宣言である。
「はい。あまり無理はなさらないでくださいね」
 しかし、蒼馬は恐れ入るどころか逆にオルガを気遣ったのだ。蒼馬は本気で心配していたのだが、それがなおさらオルガの怒りを掻き立てる。
「それはこちらの台詞でしょう。このオルガは不調法者ゆえ、歓迎が手荒くなってしまうやもしれません。くれぐれもご注意ください」
 オルガは召使に「客人のお帰りだ」と吐き捨てると、さっさと公館の中へと戻って行ってしまう。それは日本ならば「塩を撒いておけ」と言わんばかりの態度だった。
 しかし、公邸の召使たちによって半ば追い立てられるようにして外に出た蒼馬は、きょとんとした顔で首をかしげる。
「……何か悪いことを言ったかな?」
 本気で不思議そうに呟く蒼馬に、シェムルは大きなため息をついた。
「我が『臍下の君』よ。あなたは無自覚で人を傷つける天才だな」

                  ◆◇◆◇◆

 翌朝、蒼馬たちはヨアシュに連れて行かれたジェボアの港で、一隻の船を紹介されていた。
 それは船体中央に横帆(おうはん)をあげる帆柱を一本立てた小型の帆船である。
 しかし、小型といってもその全長はおよそ十八メルト(およそ十八メートル)もある。船首と船尾がともに高くなった浴槽のような独特な形状の船だ。思ったよりも喫水が深く、その船体は浸水防止のための瀝青(れきせい)で黒く塗られていた。
 これが後世ではジェボアの丸い船と呼ばれている船だ。
 古代を調べる上で貴重な文献となる「ホーマーの叙事詩」の中で、ジェボア人を謳った次のような文がある。
「奴ら(注釈:ジェボア商人のこと)が来た。黒い船の腹いっぱいに商品を積んだ強欲なイカサマ師」
 ここで謳われている「黒い船」とは、このジェボアの丸い船のことである。古代ジェボアの商人たちが、この丸い船を使ってベネス内海での海洋交易で莫大な富を築いた事実をよく物語る文である。
 そして、この船の船長としてヨアシュが蒼馬に紹介したのは、山賊か海賊の頭目にしか思えない荒くれ者の男であった。
「シャピロ商会の坊ちゃんに頼まれちゃ断れねぇ。――だが、な。ちょいとでもヤバそうなら、俺たちは船を引き返すぞ」
「わかりました。でも、大丈夫だと思いますよ」
 船長としては脅しも兼ねて凄んで見せたのだが、逆に蒼馬は心配しないでくださいとばかりに笑って見せた。
 とうてい、これから海でマーマンを相手にするという奴の態度ではない。こいつはよほどの大馬鹿か、とてつもない大人物なのか。
 蒼馬の態度を量りかねた船長は困惑する。しかし、もともと頭で悩むより腕っぷしに物を言わせて物事を解決してきた男だ。すぐに、それを割り切ってみせる。
「俺も商人だ。もらった金の分だけは、きちんとやってやる。だが――」
 そこで船長は自分の船に目をやる。船の甲板の上には、大量の魚が載せられていた。それは蒼馬の策を聞いたヨアシュが、「それならば獲り立ての魚の方がよろしいでしょ」と言い、漁師らと交渉してわざわざ今朝早くに獲ったばかりの魚を網ごと買い上げたものだ。
「――あんなに魚を用意して、どうしようってんだ?」
「う~ん。手土産みたいなものかな?」
 魚を獲るのが得意なマーマンに、魚を手土産にするとは何を考えているのだと呆れ返る。
 だが、あくまで自分らの契約は、マーマンの島へ送り届けるだけだ。途中、マーマンたちの妨害に遭えば、その場で引き返して良いという確約ももらっている。
 ここでとやかく言うよりも、さっさと仕事を片付けようと思った船長は、蒼馬たちに船に乗るように指示を出した。
 そして、船に乗り込もうとした蒼馬に、ヨアシュが声をかける。
「では、ソーマ様にメリネの祝福を」
 確か、メリネの祝福とは先日地引網漁をしているのを見ていた時に教えられた言葉だ。いったいどういう意味かと悩んだのが顔に出たのか、ヨアシュが説明してくれる。
「メリネの祝福をとは、本来は豊漁を祈願するための言葉なのですが、今では海全般での幸運を祈る意味でも使われるんですよ」
 そこでヨアシュは、苦笑を浮かべる。
「でも、これをマーマンに言うと笑われてしまいますけどね」
 陸上の人にはわからない海底の海流変動も、海に住むマーマンたちにとっては気づいて当たり前の自然現象だ。当然、魚が集まるのも乙女メリネが生贄となったからではなく、この変動によるものだということも知っている。そんな自然現象をメリネの祝福と大げさに呼んでいる陸上の人々の無知さを馬鹿にしているらしい。
「ソーマ様、期待させていただいております。あなた様なら、海でのことならば陸上の者には負けないと豪語するマーマンの高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってくださると」
 そうして胸に手を当てて軽く頭を下げるヨアシュに見送られ、蒼馬たちを乗せた船は緩やかに出航したのである。
 船が港から遠のくにつれ、初めて海に出たゾアンたちの反応は二極化した。
 一方は、底の見えない深さと、その広大さに恐れおののき、少しでも海から遠ざかろうとして船の中央に固まっている者たちだ。ちなみに身を寄せ合うように固まるゾアンたちの中心にいるのは、出航してからずっと目をつぶって念仏のような祈りを唱えるドヴァーリンである。
 そして、もう一方は、ドヴァーリンらとは対照的に興奮してはしゃぐ者たちだ。
 その後者の代表は、言わずと知れたズーグである。
「おお! すごいな、本当に底が見えんぞ!」
 その片目を好奇心で輝かせる赤毛の巨漢は、船べりから必死に下の海を覗き込んでいる。普段ならば、それを(いさ)めるはずのガラムも、この時ばかりは一緒になって海を見下ろしていた。
「ああ。まったくだ。海という奴は、どれだけ深いのだ?」
 子供に返ったふたりの後ろで、シェムルが得意げに、ふふんっと鼻を鳴らした。
「海という奴は、深いところとなれば山が全部沈んでしまうような場所まであるのだぞ」
 それにズーグは「おお!」と歓声を上げて感心したが、ガラムは忌々しそうに顔をしかめて言った。
「どうせ、ソーマの受け売りだろう」
 図星である。シェムルは、ぐうの音も出なかった。
 そんなシェムルたちのやり取りを笑ってみていた蒼馬に、船長が声をかける。
「おい、客人。そろそろマーマンたちの領域に入るぞ」
 その声に釣られて船の前方を見れば、マーマンの島までだいぶ近づいていた。港からは小さく見えていた島が、その全幅を見渡すには、首を左右に動かさなくてはならないほどだ。
「わかりました。この辺りで、いったん船を泊めてください」
 蒼馬の言葉を受け、船長は船員に指示を出す。すると、船員たちは甲板の上を慌ただしく動き回り、風をはらんで膨れていた帆を(たた)むと、一抱えもある大きな石に縄を巻きつけた(いかり)を海に投げ落とした。
「さあ、準備にかかろうか」
 蒼馬の一言で、甲板にいたゾアンたちが動き始める。策の発案者として、率先して働くところを見せたかった蒼馬だが、その前に立ちはだかったシェムルが甲板の端を指差した。
「おまえは邪魔だから、あそこにいろ」
「邪魔って……。誇り高き戦士が、自分の『臍下の君』に対して言う言葉じゃないよ」
 抗議をした蒼馬だが、シェムルは大げさな身振りで嘆いて見せる。
「ああ、嘆かわしい。我が『臍下の君』は、自らの恩寵も忘れる間抜けだったとは」
 そこで、ニッと牙を剥いて笑って見せた。
「何か異論はあるか? 我が『臍下の君』よ」
「……ありません」
 シェムルに抗議を一蹴された蒼馬は、しょんぼりと甲板の片隅に体育座りで座り込む。目の前では、山刀を振り回して作業を行うゾアンに交じって、あのマルコですら「もったいない、もったいない」と文句を言いながらも作業に加わっているのだ。シェムルが言うとおり役に立たないとはいえ、ただ傍観しているだけでは身の置き所もない。
 そこで何か手伝おうかと聞いて回ったが、誰もが示し合わせたように「邪魔だからおとなしく見ていろ」というのに、蒼馬はいじけてしまう。
「おい、ソーマ!」
 瀝青(れきせい)を塗った黒い板の上に、「の」の字を書いていじけていた蒼馬をシェムルが呼ぶ。蒼馬が顔を上げると、そこではシェムルがその目を大きく見開き、全身の毛を逆立てていた。
「何なんだ、これは?!」
 その声も緊張のためか、かすかな震えが感じられる。
 それに、ようやく準備が整ったのを覚った蒼馬は、すっくと立ち上がった。
「よし! じゃあ行こうか!」

                  ◆◇◆◇◆

「オルガ様。あいつらは何をしているのでしょうか?」
 立ち泳ぎで海面から顔を出し、蒼馬たちが乗る船を見つめていたオルガに、同じように海面から顔を出した配下の女戦士が問いかけた。
 ジェボアの港から蒼馬たちを乗せた船が出港したのは、港を監視していたマーマンの戦士によって、すぐさまオルガの許へ伝えられていた。
 その戦士によれば、やって来るのは小型の商船が一隻だけだという。それに、私たちも舐められたものだとオルガは憤慨した。たかが船一隻である。それを沈めるのならば、自分ひとりだけでも十分だ。だが、あえてオルガは二十人もの戦士たちを引き連れ、万全の体勢で蒼馬が乗る船を待ち構えたのである。
 ところが、ようやくやってきた船はマーマンの領域の手前で停泊し、先程から動こうとはしないのだ。
「私にもわからない。だが、嫌なところに船を泊めてくれるものだ」
 オルガは舌打ちとともにこぼした。
 今、船が泊まっているのはジェボアとの盟約で定められたマーマンの領域ギリギリの場所である。もっと明確にマーマンの領域に入ってくれれば手も出せた。だが、あそこでは後々ジェボアの商人ギルドに因縁をつけられる恐れがある。かといって、まったく無視するには近すぎる距離だ。
「とにかく、気を抜くな。私たちが油断したところに、一気に突っ込んで来る策かもしれない」
 そうは言ってみたものの、その可能性はかなり低いとオルガは思っていた。いくら船足が早い船だろうと、マーマンの泳ぎには及ぶまい。たとえ一時自分らの警戒線を抜けたとしても、すぐに追いつき、船底に穴を空けられるだろう。それぐらいのことがわからぬはずがない。
 いったい何を考えているのかと監視していると、船の上で動きがあった。いよいよ自分らの防衛線を強行突破してくるのかと、マーマンの女戦士たちの間に緊張が走る。
 しかし、遠目では甲板の上で何やら作業をしているだけで、船が動く気配はない。
「奴ら、毒を撒いているのでしょうか?」
 そう女戦士が指摘したのは、時折、甲板の上から(おけ)を使って何か液体のようなものを海面に撒いていたからだ。
 それをオルガは鼻で笑う。
「だとしたら、何と無駄なことをするものだ」
 マーマンを倒すために海に毒を撒くのは、陸の者が使う古典的な策だ。だが、それが有効なのは、もっと閉鎖的な水域――入り江や湾に限られている。このようなところで毒を撒いたとしても、海流によってすぐに薄められてしまうだけだ。
「どうやら私は『破壊の御子』を買い被っていたらしい」
 オルガが自嘲を込めて呟いているうちに、船の上ではまた新しい行動が見受けられた。
 今度は船首付近で、何かを海に下ろしたり、上げたりを繰り返しているようだ。遠目でははっきりとはしないが、どうも魚が入った網のようである。
「漁でもしているのか?」
 自分でそう言いながらも、オルガは「そんな馬鹿な」と思う。
 確かに、この辺りの海は岩礁も多く、たくさんの魚が集まってくる豊かな漁場である。しかし、マーマンの島に乗り込むと宣言しておいて、ここでいきなり漁を始める理由がわからない。
 まさか、島に渡るのを諦めたが、せっかく船を出したので、せめて魚でも獲って帰ろうというのか? それとも、そう思わせておいてこちらを油断させてから、やはり強行突破してくるつもりか?
 オルガは蒼馬の思考が読めず困惑してしまった。
 そんなオルガの困惑を断ち切るように、配下の女戦士が叫んだ。
「オルガ様! 船が碇を上げております!」
 その女戦士の言葉のとおり、船の後方では船員が投げ入れていた碇を上げているところだった。
「警戒せよ! 強行突破を目論んでいるやも知れぬ!」
 指示を受けた数名の女戦士たちが海に潜ったかと思うと、海中に浸るオルガの身体に重く低い振動が伝わってきた。
 それは先程潜った女戦士たちが上げる警戒の声だ。
 マーマンたちは体内で循環させた空気で咽喉全体を震わせて作る振動を利用し、水中でも簡単な意志伝達が可能なのである。
「ずいぶんと私たちを舐めてくれたものだ」
 すでにこちらが警戒態勢を取っているのに気づいているはずだ。それなのに船が島に向けて動き出したのにオルガは舌打ちを洩らす。
 しかも、こちらを誘っているのか、はたまた見くびっているのか、やけにゆっくりと船を進ませているではないか。
 さすがのオルガも、ここまでコケにされては戦士の矜持(きょうじ)が許さない。一気に強硬手段に出る。
「船底を叩いてやれ! それでも引き返さぬようならば、船底に穴を空けろ!」
 連れてきた戦士の中でも、特に腕が立つ者を選ぶと、蒼馬たちが乗る船へ向かわせた。
「これで、貝が泳ぐだろう」
 天敵のヒトデなどに襲われると、貝殻を開閉する勢いで泳いで逃げるホタテ貝がいるが、この世界でもそれと似たような貝が存在する。この「貝が泳ぐ」という言い回しは、そこから転じて「無様に逃げる」や「必死になって逃げる」というマーマン独自の言い回しであった。
 ジェボアの船乗りならば、自分らマーマンに船底を叩かれようものなら、確実にそうなる。
 オルガは、そう思っていたのだ。
 ところがである。海中で続けざまに警戒と避難を意味する声が上がったのだ。そればかりか、船に向かったはずの戦士までもが引き返してきた。
「オルガ様! ダメです! 船に近寄れません!」
 海面に頭を出した女戦士が、必死の形相で叫ぶ。
「何だと?! それは、どういうことだ!」
 たかが一隻の船ごときを止められないなど、海の王者マーマンの戦士としては許されない話である。
 不甲斐ないと激昂するオルガに、女戦士は顔を青ざめさせながら言う。
「それが、オルガ様。あいつらよりにもよって……」
 女戦士は一拍の間を置いて、こう言った。
「船の周りに(さめ)どもを集めているのです!」
読者に策がバレたので、速攻で更新してやったぞヽ(`д´)ノ ウワァァァン
ちなみに元ネタはDVD「ウォーキングwithダイナソー ~恐竜時代 太古の海へ~」で史上最大のサメ・メガロドンをおびき寄せる作戦です。
元ネタとなるのが普通のサメの生態調査のドキュメンタリーではなく、恐竜DVDなのが私らしいw
ついでにジェボアの丸い船のモデルは、地中海の海洋交易で栄えたフェニキアの丸い船です。
+注意+
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