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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第9話 水

 山賊退治から帰還した翌日。早くも蒼馬はメナヘムの紹介という形をとって、十人委員の会合に呼ばれることになった。
 こんなに早く会合に招かれたのは、ちょうどこの日に蒼馬とは別件で開かれることになっていた会合に、やや強引に乗っかる形でメナヘムが蒼馬を招待したからである。他の十人委員から反発を招くのを承知の上でのメナヘムのこの行動は、山賊退治という予定外の出来事に無駄な時間を費やしてしまった蒼馬への配慮であった。
 もちろん、同時に蒼馬へ恩を売れるという算段もあってのことだが、ホルメア国が侵攻してくるまでさほど余裕がない蒼馬としては願ったり叶ったりである。
 すぐさま蒼馬は、いつもより少し派手な衣装に身を包み、十人委員たちへの土産を用意すると、シャピロ商会が用意してくれた馬車に乗り込み、街の中心にある商人ギルドの公館へ向かったのだった。
 商人ギルドの公館は、もともとは交易商や船乗りたちを相手にする両替商の邸宅だったものを改築した古い建物だ。ジェボアの王宮への配慮もあって建物の外見は控えめだが、一歩中に入れば、そこはさすが西域の経済を支配する商人ギルドの公館である。毛足の長い敷物が敷かれた通路には素人目にも良さがわかる絵画や彫刻が飾られており、蒼馬たちを圧倒した。連れてきたゾアンの戦士たちも、思わず自分らの身体を(はた)き、抜け毛を払ってから足を踏み入れたほどである。
「ここでしばらくお待ちください」
 召使に案内されたのは、今まさに十人委員の会合が開かれている大広間の手前にある控えの間であった。今、別件で来客が訪れているので、それが終わるまでここで待っているように言われた蒼馬は、用意されてあった椅子に腰を下ろそうとした。
 その時である。
 どこからか人の怒声のようなものが聞こえてきた。
「シェムル。今の聞こえた?」
「ん? ああ。――女の声のようだな。あそこの扉の向こうから聞こえているようだ」
 蒼馬の問いに耳をピクピクと動かしながらシェムルが示したのは、今まさに別の来客との会合が行われているという大広間の扉である。
 激論でも交わされているのだろうかと蒼馬が首をかしげていると、いきなり扉が弾けるようにして開いた。
「もういい! 私は帰らせてもらう!」
 その怒声とともに扉から出て来たのは、人間の奴隷男ふたりと、そして彼らが前後に並んで()げ持った二本の棒の間に渡された(おけ)のような形の輿(こし)に乗ったひとりの女性である。
 その女性の姿に蒼馬は、あっと驚いた。
 年齢は、およそ二十歳前後。長い銀髪を後頭部で一本にまとめ、凛としたまなざしの気の強そうな女である。まだ初春の肌寒い季節だというのに、その女は身体を金銀の細い鎖で飾り立ててはいるが、薄い胸を覆い隠す程度の革帯と、腰の周りを軽く覆う薄布だけしか身に着けていない。
 そればかりか乗っている桶の中には水が溜められており、女は時折その水をすくって自らの身体にかけているのだ。
 しかし、蒼馬が驚いたのは、そういうことではない。
 桶の中に張られた水の中に浸かる女の腰から下が、イルカかシャチの尾びれのような形をしていたのである。
「マーマン……?」
 それは蒼馬が初めて目にする海の種族マーマンであった。
 蒼馬の洩らした呟きに気づいたマーマンの女性が、顔を蒼馬へと向ける。
「誰だ、おまえは?」
 いきなりの詰問口調に、もともと気の弱い蒼馬は気を呑まれて言葉に詰まる。女は小さく舌打ちを洩らした。
「そうジロジロと人を観るのは、失礼ではないのか?」
 険のこもった女の声に、蒼馬は慌てて謝罪する。
「すみません。マーマンの方を見るのは初めてだったもので」
 しかし、気が立っていた女はそれだけでは腹の虫がおさまらない。さらに何かを言おうと口を開こうとした。だが、蒼馬をかばうようにシェムルが前に出ると、その姿に小さく目を見張り、しばし凝視する。
 すると、シェムルはフンッと小さく鼻を鳴らした。
「そうジロジロと人を観るのは、失礼ではなかったのか?」
 自分を見つめる女に、シェムルは仕返しとばかりに先程の言葉を返した。すると、女は面食らった顔になるが、すぐに小さく笑いを洩らす。
「確かに私の非礼であった。謝罪しよう」
 女の態度が軟化したのに、蒼馬はホッと胸を撫で下ろした。
「いえ。僕の方が先にぶしつけなまねをしたのですから」
「初めて見る異種族に目を奪われるのは当然。少々苛立(いらだ)っていてな。それを関係ないあなたにぶつけてしまった私の方こそ失礼であった」
 しばらく互いに自分にこそ非があると押し問答をしてから、蒼馬は提案する。
「では、お互い様ということにしませんか?」
 こちらが一方的に当り散らしたというのに、それに非を鳴らすどころかお互い様にしようという度量を示す蒼馬に、女も否やはなかった。
「そうだな。お互い様ということにしよう」
 女が同意したところで、公館の召使が大広間へ蒼馬を招きにきた。自分へ会釈をしてから大広間へ向かう蒼馬を見送ってから女は奴隷をうながして公館の外へ出る。
 蒼馬と入れ違うように公館の外に出た女だったが、不意に眉根を寄せると、輿を持つ奴隷たちに声をかけて立ち止まらせた。
「奴隷ではないゾアンを従える人間の男だと……? ――まさか」
 女は荷物持ちの小者(こもの)に呼び寄せると、耳打ちした。すると、小者はひとつうなずいてから小走りで公館の中に戻る。しばらくして息を弾ませながら戻ってきた小者は、女性に報告した。
「ご主人様の御推察のとおりでした。あの者が噂の――」
 小者の言葉に、女は出て来たばかりの公館を振り仰ぎ、驚きの声を洩らす。
「あれが『破壊の御子』ソーマ・キサキか!」

                  ◆◇◆◇◆

 大広間に入った蒼馬を出迎えたのは、十対の鋭い目であった。
 それに平静を装いながらも、蒼馬は小さく息を飲む。
 大広間の中央に置かれた大きな円卓に並ぶのは、いずれも一癖も二癖もありそうな男たちである。そのうち半数以上は、メナヘムの屋敷にやってきた豪商たちだ。そして、その中には、あのヤコブの姿もあった。だが、彼は蒼馬と目が合うと慌てて顔を伏せてしまう。
 それまでは率先して蒼馬に対して非難の声を上げていたヤコブが、太った身体を小さく縮こまらせて誰とも視線を合わせないように顔を伏せる姿には、十人委員の中からも失笑や冷笑が洩れる。それは当人も気づいているらしく、ヤコブは屈辱にプルプルと震えていた。
「挨拶の前に、まずはみなさんにお土産を差し上げたい」
 蒼馬の言葉を受け、手に手に土産の品を持ったゾアンたちが前に出る。
 まず、十人委員たちの目の前に、どんっと置かれたのは一枚の大皿だ。もちろん、ただの大皿ではない。ドワーフのガラス職人が手掛けたガラスの大皿である。これだけでも軽く金貨十枚は下らないであろう一品だ。
 そこにゾアンたちが人の頭ほどの袋を逆さにすると、ざざっと音を立てて小さな粒や乾燥させた葉が大皿の上に盛られる。
 十人委員たちの顔に驚きの色が浮かぶ。
 辺りに漂う独特の臭気は、間違いなくゾアンの香辛料だ。
 十人委員たちも目の色を変える香辛料だが、ゾアンたちにとっては日常的に扱っているものに過ぎない。どうしてもその扱いはぞんざいなものとなる。勢いよく大皿の上に空けられた香辛料の粒が皿の外に飛び出してしまうが、ゾアンたちは気にも留めない。
 さらに、その大皿の隣には褐色の液体が入れられた瓶が、どんっと並べられた。ゾアンの香辛料と並んで出されたのだ。これがただの酒などではないのは明らかである。おそらくは、あのヨアシュですら手に入れるのに苦労していると言われる黄金酒――うえすきーであろう。
 それに、誰のものともわからぬ固唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。
 ここにいる十人委員は、いずれもジェボアを代表する豪商たちである。今、目の前に盛られた香辛料と同じだけの砂金を盛り、ウイスキーと同じ高さの金貨を積むのもたやすい。
 しかし、こうした嗜好品は様々な相談や交渉の場において、金や銀以上の大きな武器となる。使い方ひとつでその価値以上の効果をもたらすものなのだ。
 そして、そんな貴重な品をゾアンたちは大したものではないとばかりに扱って見せる。小憎(こにく)らしい演出だが、それだけに破壊の御子が持つ豊かさとゆとりを感じさせずにはいられない。
「改めまして、ご紹介させていただきましょう」
 他の十人委員たちの反応を確かめてから、メナヘムが口を開いた。
「ソルビアント平原の全ゾアンたちの族王にして、現在のボルニスの街の領主であらせられます、ソーマ・キサキ様です。――もっとも、『破壊の御子』という呼び名の方が、有名でしょうな」
「初めまして。僕が、木崎蒼馬です」
 声に自信をみなぎらせる蒼馬は、ひそかに交渉の成功を確信していた。
 ジェボアの商人ギルドを苦しめていた山賊を退治したのに加え、自分と友好関係を結べば、こうしたガラスの器や香辛料などを取引できるのだぞと見せつけたのだ。利に(さと)い商人ならば、自分と友好関係を結ばないわけがない。
 それに反対の立場を明確にしていたヤコブ、コルネリウス、ジューダの三人のうち、その急先鋒であったヤコブは身内に山賊の内通者がいたという事実を握られたため、剣を引かざるを得ない状況だ。今も蒼馬の目を恐れて、小さくなっている。
 これならばボルニスとジェボアの友好条約を結ぶのに必要な過半数の賛成は得られる。
 そう蒼馬は考えていたのだ。
 そして、その蒼馬の予想どおり友好条約締結に反対したのは、コルネリウスとジューダのふたりだけであった。
 ところが、賛成したのもメナヘムとカイアファ老のふたりだけだったのである。他の六人はすべて棄権票を投じ、結局はボルニスとジェボアの友好条約締結は否決されたのだった。

                  ◆◇◆◇◆

「まったく、義理も恩も知らぬ連中だ!」
 会合からメナヘムの屋敷に戻ると、まずシェムルが憤懣(ふんまん)やるかたないといった風に声を荒げた。
 せっかく山賊退治までしてやったのに、友好条約を結ぼうという蒼馬の手を払われたようなものである。シェムルでなくとも文句のひとつも言いたくなるものだ。
「でも、小麦の買い叩きをやめてもらえたのが、せめてもの救いかな」
 怒り狂うシェムルをなだめるように、蒼馬は(つと)めて明るい口調で言った。
 友好条約は結べなかったが、代わりにカイアファ老の提案により、今まで行われていたボルニスの小麦の買い叩きを廃止する案は賛成多数で可決となったのである。
 しかし、小麦の買い叩きには蒼馬も頭を悩ませていたが、それをやめてもらったからといってマイナスだったものがゼロになっただけだ。実質、何も得られなかったとも言える。
 だが、今さらそれを言っても仕方がない。今は、過ぎたことよりも次の行動を考えなくてはいけなかった。
「だけど、何だか妙なんだよね……」
 会合での十人委員らの態度や言葉は、おおむね蒼馬に好意的なものであった。中には露骨に蒼馬におもねるような発言をする者さえいたし、会合の後も蒼馬を自分の屋敷に招きたいという誘いが引きも切らないほどだったのだ。
 それだけに疑問だった。
 それほど自分と友好関係を築きたいのならば、なぜ賛成に回らなかったのだろう?
 おかしいといえば、メナヘムとヨアシュにしても、そうだ。
 彼らは蒼馬との交易を独占するためにも、他の十人委員と蒼馬が友好を深めるのに積極的ではない。露見したときの信頼損失を考えれば、さすがに裏で妨害工作をしているとは思えないが、それにしても今回の結果に驚く様子はなかった。まるで、そうなると予想していたかのようである。
 そう思った蒼馬が目を向けると、ヨアシュは困った顔で自分の頬を指で掻いた。
 やはり何かあるようだ。
 そう確信した蒼馬であったが、その理由はあえて問わなかった。こちらが薄々察しているのを承知でなおヨアシュが沈黙しているのは、何か口にできない理由があるのだろう。
 その蒼馬の配慮に、ヨアシュもまた小さく頭を下げたのである。
 しかし、思った以上に商人ギルドとの交渉が難航しそうな状況に蒼馬は顔を曇らせた。
 蒼馬にとって想定外だったのが、これほどジェボアが自分との友好関係に難色を示すとは思わなかったことだ。
 商人ならば、これまでのボルニスとの経緯よりも将来の利益を取ると考えていたが、その見通しが甘かったと言うしかない。
 そして、それにもましてジェボアの情報源と交渉の窓口をヨアシュひとりに頼り切ってしまっていたのも失敗だった。
 通信機器などないこの世界では、隣の街と連絡を取り合うのにも時間と手間がかかる。ましてや隣国ともなれば、なおさらだ。そのような状況では、ジェボアに独自の情報網を築くのは難しい。それに加え、ヨアシュが自分に対して好意的かつ有能であったため、それについつい甘えてしまっていたという理由もあった。
 今さらながら、ヨアシュ以外の情報源なり交渉役を見繕っておくべきだったのではと思うが、それも後の祭りである。
 今さらながら、これからどうすればいいのか考えると頭が痛い。
 そうなると思い出すのが、ソロンの言葉である。
「水かぁ……」
 つい蒼馬は、そう口から洩らした。すると、それを耳にしたヨアシュが首を傾げながら尋ねる。
「ソーマ様。水とは、いったい何のことでしょうか?」
「ええ。――実はソロンさんから、この街に来れば現状を打開できるための水が手に入るかもしれないって言われたんですよ」
 いまだ蒼馬は、ソロンの言葉の意味がわからなかった。直接ソロンに言葉の真意を尋ねてみたのだが、「老人に教えを乞うばかりではなく、少しは頭を使え」と一喝されてしまっていたのだ。
 すると、そこへ家令のひとりがやってきた。家令はヨアシュに何か耳打ちすると、手紙のようなものを手渡す。ヨアシュはそれを開いて、ざっと目を通すと何やらひとりで納得した顔になる。
「ほう。これは、これは――」
「ヨアシュさん、どうかしました?」
「ソーマ様。おそらくは、これが水なのでしょう」
 ヨアシュはソーマに手紙を渡した。
「この街にいらっしゃるマーマンの公使の方からの食事のお誘いです」
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