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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第13話 苦境

 陽が暮れ、夕闇が訪れた山の中では、ゾアンたちが祈祷所に集まっていた。
 昼間の戦いで傷ついた若い戦士たちが寝かされ、そばには家族が付き添っている。
 全身に包帯が巻かれた若い戦士の容態を看ていたグルカカが、ガラムが来たことに気づき、彼のもとにやってくる。
「あいつも、明日の朝日は見られないだろう」
 そのグルカカの報告に、ガラムはその若い戦士に付き添っている年老いたゾアンの夫婦に何と言葉をかけてやればいいのかわからなかった。
「ガジェタについて行った若い戦士十八名のうち、戻ってこられたのは一〇名だが、そのうちあいつを含めた三名は……」
 最後の言葉を濁したが、グルカカが言いたいことはわかった。
 ガラムが負傷者を見て回っていると、祈祷所の一番端にあるたき火のそばに、ひとりだけ座り込んだガジェタの姿があった。いつもなら彼の周りにいる取り巻きたちも、今はどこにもいない。
「ガジェタ、申し開きがあるなら聞こう」
 ガラムがそういうと、ガジェタは牙をむいて吠えた。
「申し開きなどない! 俺たちはゾアンの勇敢な戦士として、村を取り戻す為に戦った! 臆病風に吹かれ、村を取り戻そうともしないおまえたちに、とやかく言われる筋合いはない!」
「ガジェタ……!」
 憤怒の形相でガジェタに殴りかかろうとしたグルカカをガラムは腕を上げ制止する。さらにガジェタは言いつのる。
「おまえたちが、あのとき加勢していれば、柵を破れたのだ! そうすれば人間の兵士どもなど……!」
「俺たちが加勢をすれば、本当に柵を破れたと思っているのか?」
 ガジェタとは対照的に冷ややかな物言いでガラムが言うと、ガジェタは言葉に詰まった。
「それは……!」
「仮にもゾアンの戦士であるおまえが、あのときの状況がわからぬわけではあるまい。おまえ自身が信じておらぬ言葉で、誰を説き伏せられるというのだ?」
 ガラムに反論する言葉がなかったガジェタは、忌々しそうに舌打ちをすると目をそらす。
 次の瞬間、ガラムの拳がガジェタの横面に炸裂し、ガジェタは殴り飛ばされる。
「ガジェタ! 今は、ひとりでも戦士が欲しい。今はこれで許しておいてやる。ことが終わったら、そのとき改めて処分を下す。覚悟しておけ」
 グルカカを連れて立ち去るガラムの背中に、ガジェタの吐き捨てた言葉が届いた。
「ことが終わったら? そのときは、みんな死んでいるぞ」
 さすがのガラムも、何も言えなかった。
 ただでさえ少ない戦士をさらに失ってしまった。もともと村を取り戻すことさえ難しかったというのに、それはより困難になってきた。それに万が一、村を取り戻せたとしても、次に待っているのは砦からやってくる八百もの軍勢だ。
 いったいどうすればと天を仰いだガラムのもとに、戦士のひとりが駆けてきた。
「族長! 使者が、〈爪の氏族〉へ使者に出した者が戻ってまいりました!」
「すぐに連れて来い!」
 このタイミングで使者が帰還するとは、神は我らをお見捨てならなかったか。
 ぬか喜びはすまいと思いつつ、ガラムは連れてこられた使者のもたらすものに期待せずにはいられなかった。
 使者に出ていた戦士は、おそらくは一時でも早く報告を届けようと、この冬の山を強行軍で戻ってきたのだろう。見るからに疲労困憊といった様子で、仲間に肩を貸してもらわねば歩けないという有様だった。
「族長! 遅参いたしましたが、ただいま戻りましたぁ!」
「よい! それより、〈爪の氏族〉は何と?」
 使者はその場に膝と手をつき、額を地面にこすりつけた。
「も、申し訳ございません!」
 それに氏族の同胞たちから失望の声が上がる。
 ガラムはため息をひとつ洩らした。もともと〈爪の氏族〉とは平原にいた頃より、互いの縄張りをめぐっていざこざを起こしてきた相手である。お互いの氏族を守るだけで精一杯のところに、そんな相手の世話まで見ることは無理だったのだろう。
「気にするな。もとより、簡単には受け入れられるとは思っておらぬ。おまえが気にすることではない」
 そう使者をねぎらったのだが、
「いえ、族長。〈爪の氏族〉は老人や子どもを受け入れてもよいと。また、必要ならば戦士を加勢に出すことも、やぶさかではないと」
「なにっ?!」
 それは、ガラムたちが予想だにしてなかった反応だった。〈爪の氏族〉の現族長クラガ・ビガナ・ズーグは戦いだけが取り得の粗暴な男と聞いていたのだが、さすがに人間に攻め滅ぼされようとしている同族を見捨てるような真似はしないようだ。
「で、ですが、それには条件があると」
「条件だと?」
「老人や子どもの受け入れも戦の加勢も、〈爪の氏族〉全体にかかわる大きな問題。それゆえ、受け入れる老人や子供を連れてくる際には、〈爪の氏族〉のもとに族長自ら訪れ、その口から〈爪の氏族〉の者たちに説明していただきたい、と」
「族長が頭を下げに来い、だと!」
 話を聞いていた戦士たちが歯をむき出し、うなり声をあげる。
「俺が頭を下げれば氏族が助かるというなら、そうする。だが……」
 ガラムは族長だ。自分の小さな誇りを捨てるだけで氏族の者が助かるなら、そうしよう。
 だが、今はいつ人間が攻めてくるかわからぬ状況だ。族長がここを離れるわけにはいかない。〈爪の氏族〉の族長もそれぐらいのことはわかっているだろう。これは遠まわしな拒絶に違いない。
 それも当然だな、と諦めかけたガラムに、使者はさらに言葉を続けた。
「まだ、その続きが……」
「なんだ?」
「もし族長が訪れることは無理ならば、御子さまが代わりでもかまわない、と」
 そのとたん、氏族の者たちが一斉に罵声を上げた。
「ふざけるなよ、〈爪の氏族〉めが!」
「族長の代わりなどと、よくもぬけぬけと!」
「もとから御子さまを手に入れる算段ではないか!」
 〈爪の氏族〉の意図は、明らかだった。
 御子であるシェムルの身柄こそが、本当の狙いなのである。
 これまでにもゾアン全氏族が連合を組み、一丸となって人間に立ち向かうべきだという話は氏族間の話し合いの中で何度となくあった。しかし、いつもどこの氏族が仕切るかでもめ、いずれのときも話は物別れに終わっている。
 そうした中で、数年前にシェムルが御子になったことで、全氏族連合軍の話が再燃したことがあった。
 ゾアンが崇拝する獣の神に認められた御子ならば、旗頭となってすべてのゾアンを統率することができると大いに期待された。だが、シェムルは御子であると同時に、当時の〈牙の氏族〉の族長ガルグズの娘だ。御子を(よう)した氏族として〈牙の氏族〉がゾアン全氏族連合軍を仕切ることを懸念した〈爪の氏族〉はその後何かと理由をつけ、氏族会議の開催を拒んだため、ゾアン全氏族連合軍の話は立ち消えとなっていたのである。
 先日、ガラムがシェムルを〈爪の氏族〉への使者に立てようとしたのは、〈牙の氏族〉が人間に滅ぼされても御子さえ生き残れば、最大勢力である〈爪の氏族〉によって立ち消えとなっていたゾアン全氏族連合軍が実現できる。そうすれば〈牙の氏族〉は滅びれどもゾアンは生き残れるという、苦渋の決断があったからだ。
 ゾアン全氏族のことを思えばと、それだけの覚悟を決めていたというのに、〈爪の氏族〉は〈牙の氏族〉の勢力が弱ったとみれば、その弱みにつけ込み、臆面もなく御子をこちらに寄越せと要求してくる。
 一度はシェムルを送り出すことに苦渋の決断を下していたガラムも、目の前が真っ赤になるような怒りを覚えた。
 おのれ、ズーグめ! この期に及んで、まだ現状が見えていないのか?!
 ガラムは記憶の中の〈爪の氏族〉の族長に、ありったけの罵詈雑言を浴びせた。
 怒り狂う氏族の同胞たちの中から、ひとりの老人が立ち上がった。
「わしは、もう十分に生きた。御子さまを差し出してまで、この命を永らえたくはない」
 それを皮切りに、老人たちがひとり、またひとりと立ち上がり、同じことを言う。
 老いたとはいえ、彼らもまた誇り高きゾアンである。氏族は違えども同じゾアンの危機に対するこの〈爪の氏族〉のやり方に激しい怒りを覚えていた。
「だが、子供たちはどうする?」
 しかし、誰かが発した、その一言であたりは静まり返る。
 戦士たちが死ぬのはいい。
 老い先短い老人が死ぬのはいい。
 だが、子供たちはどうする?
 しばらくして、幼い子供を抱えていた母親が、ぽつりと言った。
「御子さまを犠牲にしたら、この子は一生それを背負うことになってしまいます」
 ゾアンは誇り高い種族だ。みんなが助かるためとはいえ、崇拝する獣の神の御子を他の氏族に差し出したとなれば、〈牙の氏族〉は今後嘲笑の的になるだろう。子供たちが生き延びたとしても、彼らは一生そのことを背負い続けることになる。
 誰からともなく声があがった。
「俺たちだけで戦おう……」
「そうだ。誇りを失ってまで生きるより、誇りとともに戦って死のう!」
「〈牙の氏族〉の誇りを見せよう!」
「人間どもにゾアンの勇気を見せてやる!」
 戦士たちは山刀を振り上げ、意気を上げた。
 老人たちもそれに合わせて拳を突き上げる。
 その中で、何が起こっているのか分からないで、きょとんとしている子供たちを目に涙を浮かべた母親が抱きしめた。そして、その肩を父親が抱く。
 そんな誰もが死を覚悟し、戦いに身を投じようとした中で、ひとりだけそれに反対する者がいた。
「みな、死に急ぐな!」
 それはシェムルであった。
「戦士たちよ! 戦士の誇りとは、ただ戦って死ぬことか?! ただ戦うだけでは、それは《狂乱の牙》タバヌヌと変わらぬではないか!」
 神話の時代にいたとされる、伝説のゾアンの戦士タバヌヌ。彼は並び立つ者がいないゾアン最強の戦士であったが、自分の力に酔った彼は、ささいな誤解から友人と恋人を手にかけてしまった。それにタバヌヌの心は壊れ、彼は誰彼かまわず目についた者に襲いかかる狂戦士となっていずこかに消え去ったという伝説がある。
「私は、父に……先代の族長に教わった。戦士とは、弱い者の代わりに戦う者であると。戦士の誇りが傷つくときは、守るべきはずの者を守れなかった時だと! だから、だから……」
 シェムルはまるで血を吐くように、次の言葉を振り絞った。
「私は〈爪の氏族〉に下る! あいつらがこの頭を下げろと言うなら、いくらでも下げよう! 芸をしろというなら、裸で踊ってやろう! それで氏族の者がひとりでも多く救われるのならば、それでみんなが助かるのならば、私の誇りなど何度でも捨ててやる!」
「御子さま……!」
 それが他の者ならば、あるいは恥知らずと非難する者もいただろう。
 しかし、シェムルは《気高き牙》だ。その場にいる誰もが彼女の誇りの高さを知っている。その彼女が、このような屈辱的な要求を突きつけられ、それでもそれを甘んじて受け入れると言っているのだ。
 それも自分のためではなく、氏族の同胞たちのために。戦えない弱き者のために。
「みんな、死に急がないでくれ。おまえたちを笑う者がいれば、私が命をかけてやめさせる! 後ろ指をさされるというならば、私がその前に立つ!」
 いつしか、シェムルの目からは涙があふれていた。
「だから、お願いだ。みんな生きて欲しい……」
 シェムルの言葉に、その場にいた同胞はすべてうなだれた。聞こえるのはすすり泣きと、状況がわからない子供が無邪気に「みんなどうしたの?」と母親に尋ねる声だ。
 いつしか氏族の者たちの視線は、自然と族長であるガラムへと集まる。
 族長よ、私たちはどうすればいいのか?
 族長、私たちに道を示してくれ!
 そうした無言で問う氏族の同胞たちの視線を一身に集めながら、ガラムは黙考した。
 俺はいったいどうすればいい? ただの戦士ならば、皆と一緒に死のうと言った。誇りを胸に、見事に散ろうと言った。
 だが、俺は族長だ。この〈牙の氏族〉すべての者の命を預かる族長だ。
 俺の言葉で、この場にいる氏族の同胞たちの命運が決まるのだ。
 親父よ、先代の族長よ。俺はどうすればいいのか教えてくれ。
 誰でもいい。俺を導いてくれ!
 苦悩するガラムの耳に、その声はまるで天啓のように聞こえた。
「なぜ、勝とうとしないんですか?」
 決して大きな声ではなかったが、その声はやけによく聞こえてきた。その場にいたすべてのゾアンたちが一斉に声がした方へと振り向く。
 たき火の明かりが届かぬ山の中から、誰かが下りてくる。
 誰だ? 神の使いか? 先祖の亡霊か?!
 ガラムは大きく目を見張る。
「あなたたちは勝てるのに、なぜ勝とうとしない?」
 山の中からたき火の明かりの中に出てきたのは、シェムルが養っていた人間の子供、木崎蒼馬であった。
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