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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第4話 驚愕

 馬車から下りたメナヘムの足の下は、薄い灰色のもので覆われていた。靴を通して感じられる感触は、ただの固めた土のものではない。それよりももっと固いものだ。腰をかがめて直接手で触れてみると、その手触りは石としか思えなかった。
 立ち上がったメナヘムは、ボルニスの街がある方を見やる。
 すると、その薄い灰色のもので覆われた道が、はるか先まで延々と続いていた。
「これが噂に聞く、『ソーマの道』か……!」
 ソルビアント平原の開拓と並行する形で、破壊の御子が大規模な道の整備工事を行っていることはメナヘムも耳にしていた。領主が領内の道を整備するのは、おかしなことではない。しかし、それがメナヘムの記憶に強く印象づけられていたのは、そこに信じられない噂が(まぎ)れていたからだ。
 破壊の御子が魔法を使って、石で造られた道を作っている。
 この噂を聞いた時は、メナヘムも「まさか」と鼻で笑ったものだ。おおかたドワーフの高い土木技術によって、完成度の高い石畳を敷設したのだろう、ぐらいには思っていた。
 しかし、これは噂程度のものではない。
「このようなものをどうやって作ったのだ……?!」
 何しろ目の前にあるのは、石畳程度のものではないのだ。髪の毛一本が入る隙間どころか継ぎ目ひとつすら見当たらない。これではまるで、本当に一枚の巨大な岩を街道の形に切り出してきたとしか思えないものだった。
 そうメナヘムが驚くのも無理はない。
 この「ソーマの道」とは、コンクリートで舗装された道だったのである。
 ここで使われているコンクリートとは、現代日本で使われているカルシウム系バインダーのポルトランドセメントではない。マハ・ゲノバンデラから運ばれた火山灰や軽石と生石灰などの天然素材を混ぜて作られるアルミニウム系バインダーを用いたジオポリマーコンクリートだ。
 これははるか古代ローマ帝国で建造され、今なおもその形を留めるパンクラテオンやコロッセオなどの建築に使われた古代のコンクリート――ローマンコンクリートと呼ばれるものと同種のものである。
 この世界のドワーフたちは、古代ローマ人と同様に火山灰・軽石・石灰を混合したものが、石のように硬くなるのをすでに発見していた。しかし、洞窟や坑道を住居とする定住型の生活をするドワーフたちは、もっぱらそれを住居の補強材としてしか使っていなかったのである。
 それを道路の舗装に使うのを思いついたのは、蒼馬だった。
 現代日本では安価で工事期間が圧倒的に短いアスファルト舗装が大半を占めるが、タイヤチェーンによる摩耗が激しい雪国などでは耐久性が優れたコンクリート舗装を取り入れている地域もある。そうしたところへ旅行した時の記憶が、蒼馬にコンクリート舗装の道路敷設を思いつかせたのだ。
「父上。いかがですか、『ソーマの道』は?」
 父親がどれほどの衝撃を受けているか承知した上でのヨアシュの言葉だった。
 この時代では、主要な街道といえど、たいていは邪魔になる大きな石をどけた程度のものである。そのため、少し雨が降れば雨水が川のように流れ、場所によっては泥濘(でいねい)となって馬車の車輪を奪う。
 ところが、この「ソーマの道」は違う。
 天候に左右されないばかりではない。ほとんど凹凸がない平坦で強固な道は、そこを走る馬車への負担も小さくなるだろう。それは、その馬車に乗っている荷物の損傷も少なくなるのを意味していた。
 さらには、馬車もこれまで以上に速度が出せる。
 普通の道ならば凹凸で荷馬車が跳ね上がってしまう速度でも、この「ソーマの道」ならば問題ない。時間は金では買えないというのがジェボアの格言だが、この「ソーマの道」を使えばこれまでとは比べ物にならないほど輸送にかかる時間を節約できるのだ。
 走行時の馬車への負荷の軽減により修理の頻度が減るのも考慮すれば、目的地が遠方であればあるほど、その恩恵も大きくなるだろう。
 以前、商人らが出資し合い、ボルニスの南に新しい道を作る話があった。ところが、それも頓挫(とんざ)してしまったと聞いている。しかし、これを見れば、それも納得だ。このような道を見せられれば、これよりはるかに劣る道をわざわざ大変な費用と労力を払って切り開く意欲など消え失せてしまうに決まっている。
「……この『ソーマの道』は、どれほど作られているのだ? どこまで作る気だ?」
 誰へともなく半ば茫然と呟かれた父親の言葉に、ヨアシュはひょいと肩をすくめて言った。
「今はまだ、ボルニスからジェボアとホルメアまでの途中と、ソルビアント平原への主要な道だけです。ですが、ソーマ様はこれを支配する領域すべてへ網のように広げるつもりだとか」
 この「ソーマの道」は、蒼馬が終生をかけて行った一大事業だった。この後も蒼馬の支配地域拡大とともに広がり、全盛期にはボルニスを中心とした一大交易路として西域のほぼすべてに及ぶようになる。
 しかし、そこに投じられた建設費は莫大であり、時には重臣らから懸念の声が上がるほどだったという。だが、それでも蒼馬はひたすら「ソーマの道」の建設を続けたのだ。
 それについて、破壊の御子研究の第一人者であるマーチン・S・アッカーソンは、このように述べている。
「いまだ手許(てもと)にある金銀の量で豊かさを()(はか)っていた時代において、破壊の御子だけが豊かさとは人や物や資金がよどみなく動くことだと理解していたのである。そのため彼は、物流の基本となる道路などの整備に莫大な資金を投じたのだ。そして、それは後の彼の強大な勢力を支える基礎となったのである」
 しかし、それほどの資金を投じて作られた「ソーマの道」だが、その大半は大改革において破壊されてしまい、ソルビアント平原の僻地(へきち)などにわずかに残されだけとなってしまう。
 千数百年の時を経て現代セルデアス大陸にも残る「ソーマの道」は、今なお地元住民の重要な生活道路として利用されるなど、建設された当時の高い技術を物語っている。大改革によって建設時の記録や製法が焚書され、ドワーフの匠人らの口伝も(つい)えた暗黒時代においては、破壊の御子が呼び出した魔物に作らせた道と信じ込まれていたのも無理はないだろう。
 ()くことなく「ソーマの道」を見続けるメナヘムに、ヨアシュは苦笑する。
「さあ、父上。この程度で驚いていては身体が持ちませんよ。これも、まだまだ序の口なのですからね」

                ◆◇◆◇◆

 ヨアシュの言葉どおり、メナヘムの驚愕はボルニスの街に着いてからも続いた。
 まず驚いたのが、とにかく街が清潔であることだ。
 他の街のように、道端に汚物が落ちていたり、路地から強烈な糞尿の臭気が漂ってきたりするといったことがない。街を観察していると、馬や牛が糞を落としても、どこからか小さな子供がやってきて(ほうき)と塵取りで器用にそれを回収していくのだ。
「ソーマ様は潔癖な方でしてね。所定の場所以外で糞尿をした者は罰金刑にされるのですよ。家畜の糞も、ああして孤児たちが回収するようになってます」
 数年前の猛暑だった夏の時に、あまりの悪臭に蒼馬が「改善されなければ政務は街の外でやる」と半泣きで抗議したという。まさか領主を悪臭で追い払ったという汚名をもらうわけにはいかない街の名士たちは、急ぎ環境改善に奔走した。
 その結果、ボルニスの街では大陸で初となる公共用便所が設置されたのである。しかも、それは蒼馬の発案とドワーフらの力によって、街の中央を流れる河から地下水路を引いて汚物を逃す水洗式の便所というものだった。
 これによって街の生活環境は劇的に改善されたという。
 そればかりではない。街や周辺諸国の時事をまとめた「新聞紙」なるものも驚きであった。商人の街ジェボアでも字が読める者は決して多くないというのに、このような街でそんなものが売れるのかと聞けば、孤児院の子供たちのところへ持っていけば小遣い程度のお金で代読をしてくれるらしい。
 他にも珍しいものを見つける度に説明を求める父親をなだめて、ようやく別宅に着いたヨアシュは、まず使いの者を領主官邸へと走らせて、蒼馬への謁見を求めた。そして、その返事の使者が来るまでの間、旅塵を落とすために父親を風呂へと誘う。
 ヨアシュの別宅に備え付けられた風呂は、この世界で一般的な蒸し風呂ではない。大きな浴槽に湯を張るものであった。これもまた破壊の御子が広めたらしい。
「領主官邸には、ソーマ様のために建造された、それは見事な大浴場があるんですよ」
 大量の湯を沸かす大浴場は自分ひとりで使うにはもったいないと、親しい者たちと一緒に利用しているという。また、自分らが入浴を終えた後では一般の兵士らにも開放され、多くの者たちから好評を得ているそうだ。
 それを聞いたメナヘムは、屈強な若い男たちが裸で集まるとは何と不道徳な、と顔をしかめる。
 それは勘違いですよと苦笑するヨアシュとともに湯から上がり、謁見のための正装に着付けていると、そこへ家令から迎えの馬車が来たことを告げられた。
 謁見の許可を伝える使者が来るとばかり思っていたメナヘムは、わざわざ迎えの馬車まで寄越した厚遇ぶりに、わずかに驚く。それに得意げな顔をして見せる息子とともに別宅を出ると、そこにはひとりのエルフの美女が待っていた。
「ヨーホー! 女官長自ら迎えに来ていただけるとは光栄です」
 息子の大げさな口振りに、このエルフの美女が破壊の御子の宮廷を取り仕切る女官長エラディアだと知る。
「ヨアシュ様ならば、当然のことにございます。我が主より、いついかなる時もヨアシュ様のためならばボルニスの門は開いていると言付かっております」
 エラディアは優雅に一礼すると、後ろに停めてあった馬車を手で示す。
「どうぞ、馬車にお乗りください。お二方がいらっしゃるのを我が主は首を長くしてお待ちしております」
 エラディアにうながされて、ふたりは馬車に乗り込んだ。
 領主官邸に着くまでの間、笑顔で息子と語り合うエラディアに、メナヘムはこれが悪名高い妖女エラディアかと納得する。
 こうしてただ会話しているだけだというのに、彼女の身体からは匂い立つような色気が感じられた。しかし、それが下品に感じられないのは、会話の端々から伝わる聡明さ、指の動きひとつからも感じられる優雅さと気品からだろう。
 これならば国のひとつやふたつ傾けたという話もうなずける。
 しかし、それよりもメナヘムには気になるものがあった。
 ついにメナヘムは好奇心をこらえきれずに、エラディアに尋ねてしまう。
「失礼だが、その服はどのようになっているのか?」
 この時代の女官の衣服は、ゆったりとした貫頭衣を紐やピンで留めた古代ギリシアのキトンのようなものである。ところがエラディアが身に着けているのは、細い袖を持つ厚手のブラウスのような衣服であった。
 決して肌の露出が多いわけではない。むしろ、これまでのものより露出が少ないだろう。しかし、これまでのゆったりとした衣服より身体の線を浮き出てしまうため、むしろ(なま)めかしくすら感じる。
 エラディアはクスリと笑った。
「あら? メナヘム様は商売一筋のお堅い方とお(うかが)いしておりましたのに」
 いきなり初対面の女性に対して、その着ている服の構造を尋ねるなど失礼極まる話だ。しかも、彼女はもと娼姫である。性的な関係を求めていると思われても仕方ない。
 慌てて弁解するメナヘムに、エラディアは承知していると答える。
「何しろご子息のヨアシュ様からも、以前同じことを()かれましたから」
 エラディアは右手を差し出すと、袖口についた小さな丸いものをメナヘムに見せる。
「これは、ソーマ様が作られましたボタンというものです」
 エラディアにボタンの説明を受けたメナヘムは感嘆した。その仕組みは、ひどく単純なものだ。しかし、その機能は素晴らしい。
 何しろ、いまだ伸縮性のある布がない時代である。衣服の袖や襟は手や頭を通すために大きく開いてなければならない。それでは、どうしても保温性を損なってしまう。そこで、たいていは紐などで縛ったり、布を詰めたりして隙間を塞いでいる。
 ところが、このボタンは、そうするよりも簡単だ。それに紐のように余った部分が邪魔になるようなこともない。また、服の装飾としても工夫できるだろう。
 ジェボアに戻ったら、すぐになじみの服屋に作らせねばと思案していると、横でヨアシュが(せき)払いをする。
「父上。メイヤート爺さんが、すでにいくつか試作品を作っていますよ」
 ヨアシュが挙げたのは、今まさにメナヘムが思い浮かべていたなじみの服屋の職人の名である。ボタンに興奮してしまっていたが、落ち着いて考えれば、この抜け目がない息子がこれほどのものを放置しているわけがなかった。
「この街には、ずいぶんと面白いものが多いですな」
 気恥ずかしさを誤魔化すようにメナヘムが言うと、ヨアシュは大げさに肩をすくめて見せた。
「面白いのはいいのですが、こういったものは先に私へ声をかけて欲しいものです。それをあの方に言うと、決まって『そんな大したものじゃないと思っていた』っていうのですから、たまったものではありませんよ」
 盛大にぼやく息子に、メナヘムは眉根を寄せる。
 これまでの服飾を大きく変えようかというものを「大したものじゃない」と言い切るとは、信じがたかった。よほど物の価値がわからぬ大馬鹿か、自分らの尺度では量り切れない大人物なのか。メナヘムは判断に迷う。
 そうこうしているうちに馬車は領主官邸へと到着した。
 ふたりが馬車を下りると、美しいエルフの女官らの出迎えを受ける。ここはどこの大国の後宮かと見まがうような光景には、諸国の王宮に出入りするメナヘムですら、やや圧倒されてしまう。
「ソーマ様は、庭の離れ屋でお待ちしております」
 エラディアの言葉に、メナヘムはわずかに眉をしかめた。
 まだ肌寒い季節だというのに、官邸の中ではなく庭に案内するとは、こちらをもてなす気がないのかと思ったのだ。
 ところが息子のヨアシュは「できたばかりのあそこですか! それは楽しみだ」とうれしげな様子である。どういうことかと目で問うが、放蕩息子は悪戯めいた笑みを浮かべるだけで答えようとはしない。
「あちらに、ソーマ様がいらっしゃいます」
 官邸の通路の角を曲がったメナヘムは目の前に広がった光景に息を呑んだ。
「これは、何と……!」
 驚いたことに、領主官邸の庭に大きな池があり、その中に浮かぶようにして、陽光をキラキラと反射させる一軒の離れ屋が建てられていたのだ。
 庭園に水を引いて池を作るのはジェボアでも珍しいものではない。しかし、それはあくまで自然の河から水路を引いて作られたものだ。河より高い位置にあるこの領主官邸に、どうやって水を引いているのかわからなかった。
「あれにございます」
 そう言ってエラディアが指し示したのは、風車である。
「あれによって下の河から、この池へ水を汲み上げているのです」
 メナヘムは、なるほどと納得した。彼もまた蒼馬がソルビアント平原の開拓村に作った風車の話は聞いている。
 だが、わざわざ風車を使ってまで、ここまで水を引き上げているのは、単に景観のためだけではないだろう。
 岸から離れ屋へと()けられた小さな橋の上から池を見下ろすと、思ったよりも()んだ水の中で何匹もの大きな魚が悠々と泳ぐ姿があった。
 おそらくは、この池の水は非常時の飲料水として利用する目的もあるのだ。また、そこで飼われている魚も非常時の食料になるのだろう。
 しかし、それにしても、そのためだけにわざわざ水を汲み上げてまで庭に池を作るとは、無駄がすぎる。いや、これも余裕の表れなのかもしれない。
 それから離れ屋の方に目を転じると、そこにはひとりのゾアンを従えた人間の青年の姿があった。
 遠目ではあるが、後ろに付き従うゾアンは蔦を編み上げて作った胴鎧の胸の部分が盛り上がっているところから、女性のようだ。
「あら? どうやら我が主が、メナヘム様の到着を待ちきれなかったようです」
 エラディアの言葉にメナヘムは、やはりと思う。
 常にゾアンの女戦士を従える人間の青年。
「あれが、『破壊の御子』ソーマ・キサキ殿ですな……」
( ;゜Д゜) みんな、ローマンコンクリートを知りすぎ……

没ネタ
シェムル「立派な道ができたな、ソーマ。これをもっと広げるのか」
蒼馬「うん。できれば僕の手が及ぶ範囲すべてにね。ソーマの道はすべてに通じるってね」
シェムル「? 何だ、それはどういう意味だ?」
蒼馬(ローマの道はってのをもじったけど、わからないのは当然か)
ソロン「おお! なるほど、そういうことか!」
シェムル「どういうことだ、クソ爺」
ソロン「これほど便利が道があれば、誰もが使いたがるはず。そして、この道はすべてボルニスを起点とする。すなわち、この道を使って坊主は人・物・金のすべてを我が物とするということじゃ!」
一同「「おおーっ!!」」
蒼馬「え? いや、そういうんじゃなくて! 今のは忘れて!」
ソロン「おお! なるほど、こういったことは秘密裡にやらんといかんというわけじゃな」
シェムル「さすが、ソーマだ。深く考えているな!」
蒼馬(言えない……。今さら冗談でしたとは言えない)
 後世において「ソーマの道を築く」とは、大きな陰謀を秘密裏に遂行するという意味の格言になったのは、これが由来ある。
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