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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第2話 肥料

 シェムルひとりを伴った蒼馬が向かったのは、領主官邸の一角に設けられた小さな離れ家である。それは重い石を積み上げた基礎と分厚い土壁の丈夫な建物だ。
 大事な宝物を収めておくような頑丈な造りだが、それは蔵などではない。なぜなら、そこに運び込まれるのは、とうてい価値があるとは思えない卑金属やどこから持ってきたかもわからない土や砂、そして得体の知れない粉や液体といったものなのだ。
 そのため、この離れ屋は建てられた当初から、様々な憶測を呼んでいた。
 それは、かの有名な哲学者セネスの風聞録にも、こう書き残されている。

「風に聞くところによれば、破壊の御子ソーマ・キサキの宮殿には小さな離れ家があるという。
 そこは、秘密の場所である。そこへ立ち入ることを許されたのは、大賢ソロンのみであったという。
 そして、破壊の御子と大賢は度々そこに引きこもり、人知れず何かを行っていたのである。それは死と破壊の女神アウラを崇める生贄の神事とも、ゲノバンダを崇拝する儀式とも、またはおぞましい黒魔術の宴であったとも言われ、破壊の御子を心酔するあの獣人の娘ですら、顔をしかめさせるものだったという。
 そうした噂を裏付けるかのように、ある者はその離れ屋から落雷のような轟音を聞いたと言う。またある者は、とてつもない異臭を嗅いだと言う。そして、またある者は小さな窓から夜の闇を切り裂く、閃光が洩れたのを見たと言う。
 そのため、破壊の御子と大賢がそこに引きこもるたびに、人々は善からぬことが起きるのではないかと恐怖と不安に怯えたのである。
 しかし、そこでふたりが実際に何をやっていたかは誰ひとりとして知る者はいない」と。

 そして、このような不気味な噂を肯定するかのように、その離れ屋の周りには異常な光景が広がっていた。
 まだ季節は、冬の寒さの名残を留める初春である。ようやく草木が芽吹き始めてきた時期だというのに、ぽつねんと裏庭に建つ離れ屋の周りにだけは、なぜか背の高い雑草が生い茂っているのだ。
 そんな離れ屋の分厚い木の扉を蒼馬は数度叩いてから薄く開けて中に声をかける。
「ソロンさん、いますかー? 入りますよー!」
 だが、返事はない。やむなく蒼馬は、そのまま中に入ることにした。
 離れ屋に入るなり、シェムルは顔をしかめて鼻を手で覆う。いつもながら室内に充満する異臭は嗅覚の鋭い彼女にはきついらしい。蒼馬でさえも鼻の粘膜にピリピリとした刺激を感じる。
 小さな明かり取りの窓から差し込む光に照らされた薄暗い建物の中は、確かに邪教の祭祀場と噂されてもやむを得ないといった様相であった。
 壁に設けられた棚に整然と並べられているのは、鉱物や生物の標本だ。背の高い書架には、在野の学士が見れば目の色を変えるであろう奇書がぎっしりと詰め込まれている。そして、部屋の中央に置かれていた大きな机の上に所狭しと並べられているのは、奇妙な形をしたガラスや金属の容器や器具である。
 もし、それらの器具を現代の人間が目にしたのならば、ビーカーやフラスコやピンセットなどと表現したであろう。
 後世では、怪しい黒魔術の祭儀場と言われるこの建物。その正体は、化学実験のための施設であった。
 以前、ソロンが好奇心からトロナ石と消石灰を混ぜ合わせたところ、偶然にも水酸化ナトリウムが合成されたことがある。この水酸化ナトリウムを使って作られる石鹸は、今では外貨獲得のための貴重な輸出品のひとつであり、蒼馬の生活環境の改善にも欠かすことができないものとなっていた。
 そのときと同じように、また新たな有益な物質の発見につながればという考えから、蒼馬はソロンが好きなように化学実験を行える施設として建設したのが、この化学実験室であったのだ。
「ソロンさん、いますかー?」
 すると、実験台の影から、特徴的な白く長い眉毛と仙人のような白い髭をたくわえた老人がひょっこりと顔を出す。
「おお! 小僧か。ちょうど良かったわ!」
「もう小僧と呼ぶのはやめてください、ソロンさん」
 蒼馬は抗議するが、しかし喜色満面のソロンには耳にも入っていない様子である。ソロンは蒼馬の手を取ると、実験台へと引っ張っていく。
「良いか。よく見ておれよ」
 そう言うなり、ソロンは実験を始めて見せた。
 まずは、フラスコの中に入れた液体をランプで加熱しながら、そこに金属片を入れる。すると、すぐに金属片の周りには無数の気泡が現れた。それを水上置換で小さな筒に溜めていく。気体が十分たまったところでソロンは筒の口を親指で封をしてから水の中から取り出すと、液体を加熱していたランプの火に近づける。そして、ソロンが親指を除けるのと同時に、ポンッとシャンパンのコルク栓が抜けるような音がした。
 どうだ、と言わんばかりの顔を作るソロンに、蒼馬は首をかしげる。
「ただの硫酸と金属の反応じゃないんですか?」
 今やったのは、以前ソロンにもやって見せた硫酸と金属を反応させて水素を発生させる実験そのものである。それを教えた自分に、同じことをやって見せる意図がわからず蒼馬は困惑した。
 そんな蒼馬に、ソロンは得意げに胸を張って見せる。
「ふっふっふっ。こいつは硫酸と同じようでいて、硫酸ではない。今はまだ検証段階じゃが、硫酸とは似て非なる酸じゃよ」
 蒼馬は驚いた。いまだ化学技術が発展していないこの世界に存在する酸といえば、蒼馬がマハ・ゲノバンデラで発見した硫酸を除けば、酢ぐらいなものである。しかし、今の反応からして、酢とは比べ物にならないぐらい強い酸のようだ。
 そんなものをどこで手に入れたのかと問えば、ソロンは得々と語る。
「聞いて驚け。これは硫酸に塩をぶち込んで生じた気体を水に溶かしたものよ」
 溶かす金属によって反応が異なるのではないかと、ソロンが様々な金属を用いて実験していたのは知っていた。だが、まさか金属どころか塩まで実験に使っていたとは、その発想と行動力には呆れるばかりだ。
「これをわしは塩より作った酸ということで、塩酸と名付けた」
 ソロンの言葉に、蒼馬は耳を疑った。塩酸と言えば、学校の化学実験で何度も使ったことがあるものだ。だが、この酸が本当に現代日本でいう塩酸と同じものなのか、ただソロンのつけた名前が偶然一致したものかは、さすがに蒼馬にもわからなかった。
 しかし、それは間違いなく塩酸だった。
 濃硫酸に塩――塩化ナトリウムを反応させると、塩化水素という気体が発生する。この塩化水素は非常に水に溶けやすく、その溶液は強い酸性を示すのだ。すなわち、塩酸である。
 そんなこととは知らない蒼馬は、ためつすがめつ塩酸の入った瓶を眺めた。
 塩酸の用途までは、さすがに蒼馬の知識にもない。だが、様々な化学実験には不可欠のものであるぐらいは知っている。それならば、このまま研究を進めていけば、何らかの有益な使い道が見つかるだろう。
 それはおいおい考えていくとして、今はそれよりも気になることがあった。
「ところで、ここの周りの庭に何かしました?」
 この実験施設の周りだけ雑草が異常に成長しているのは、蒼馬もまた気になっていたのである。それを問いただすと、それまで上機嫌で笑っていたソロンが激しくむせ返り始めた。そればかりか、目が激しく泳いでいる。
 あやしい。
 蒼馬とシェムルは、そろって半眼でソロンを見つめる。すると、観念したソロンは、白状した。
「熱した硫酸で骨粉を溶かしたものを捨てたかのぉ……たぶん」
「たぶんって……。そもそも、何で骨なんかを溶かしたんですか?」
 蒼馬は、呆れ返って尋ねる。ここで自由に実験させているのは、何か有益なものを生み出さないかという期待からだ。それなのに、骨を硫酸で溶かして何をしようというのか。
「ほれ、おまえに硫酸の使い道を尋ねた時、骨を溶かすと言っておっただろ」
 蒼馬は、ああっと思い出した。以前、ソロンに硫酸の用途を尋ねられた時のことだ。ただの高校生でしかなかった蒼馬が硫酸の用途などを知るはずがない。それでも何とか頭をひねって出した答えが、ミステリー小説の殺人事件で硫酸を使って骨を溶かすというものであった。ソロンは、本当にそれができるのか実践したというわけである。
「他には何を捨てたんですか?」
 なおも疑わしい目で自分を見つめる蒼馬に、ソロンは両手のひらを肩の高さまで上げて降参した。
「天地神明に誓って、それだけじゃよ。本当じゃよ、本当」
 どうやら嘘はないようだ。
 そう判断した蒼馬だが、そうなるとまた別の疑問が湧いて来る。硫酸で溶かした骨を撒いただけで、なぜ雑草が生い茂ったのだろう。
 そこまで考えてから、ふと蒼馬は思い出す。小さな畑を耕していた祖父が肥料の買い出しに行くというので、それに付き合った時のことだ。鶏糞や堆肥などの肥料が並ぶ中に、硫酸カルシウムという肥料とはとうてい思えない名前のものがあった。それを祖父に尋ねたところ、硫黄もカルシウムも肥料になるんだぞと教えてくれたことがある。
「そう言えば、シェムル。牛の骨の処分に困っていたんだっけ?」
 蒼馬の問いに、シェムルは憤慨して見せる。
「まったく。街の人間たちは、食べた牛に対する感謝を知らんな。嘆かわしいことだ」
 牛の飼育が順調に広まっているおかげで、開拓村ばかりかボルニスの街でも肉食が増えていた。しかし、それと同時に解体して肉を取った後の骨が大量に出て、その処分に困っていたのである。
 捨てる場所に困らない開拓村はまだ良いが、ボルニスの街では街道沿いに不法投棄された牛の骨が山積みとなり、景観や悪臭などの環境問題にもなっていたのだ。
 蒼馬はただ廃棄するのではなく、ゾアンの工芸品の材料に使ったり、畑に肥料として撒く骨粉にしたりと、できるだけ有効活用したのだが、それもすでに過飽和状態となっていた。特に骨粉は、畑に撒く消費量より圧倒的に供給される量が多く、余剰在庫として倉庫を圧迫しているらしい。
 それならばいっそのこと全部溶かして撒いてしまおうかと蒼馬は考えた。分解に時間がかかる骨粉より、一度溶かして撒いた方が効率も良いだろう。
 ソルビアント平原を囲む山には、火山もあるので硫黄分は土壌にも十分あるだろう。それに石灰も開拓する時に十分に撒いているはずだ。そこに硫酸カルシウムを追加しても、あまり意味はないかもしれない。
 それでも倉庫を圧迫しているという骨粉が、少しでも片付けば良いかな。
 そう思った蒼馬は、後でミシェナと相談して骨を処分する施設でも作ろうかなと脳裏の片隅に記憶したのである。
 ところが、この時、蒼馬はひとつ大きな思い違いをしていた。
 確かに、骨の主成分はカルシウムで間違いはない。しかし、より正確にいえば、ただのカルシウムではなく、リン酸カルシウムなのである。

                ◆◇◆◇◆

 近年、ソルビアント平原で行われた発掘調査において、伝説とされていた「ソーマの祭祀場」と思われる遺跡がついに発見された。
 このソーマの祭祀場とは、かつて破壊の御子ソーマ・キサキが邪悪な黒魔術によって豊穣を祈願したとされている場所である。そこには毎日のように人や動物の遺骸が運び込まれ、夜な夜な怪しい儀式が行われていたという。
 その伝説のとおり、発掘されたソーマの祭祀場跡からは、大量の骨が発見されたのである。しかし、伝説と異なるのは、そこで発見された骨の中には人間のものはなく、その大半は当時家畜として飼われていた牛のものであった。
 また、それと同時に発見されたのは、液体を溜めていたと思われる大量の壺である。分析の結果、その壺は現地では古代においてマハ・ゲノバンデラと呼ばれる山より運んできた硫黄化合物から製造された硫酸を溜めるためのものだったということが明らかになった。
 これらについて発掘調査に参加した高名な農学者ラパンは、以下のように述べている。
「これは驚嘆すべき調査結果と言えます。発掘されたものすべてが、伝説にあるように破壊の御子ソーマ・キサキが黒魔術による儀式を行っていたのではなく、骨粉を硫酸で処理して作られる過リン酸石灰を製造していたことを示しているのです。
 また、先日の発掘によって、奇跡的にも砕けずに密封されたままで発掘された壺の中から過リン酸石灰そのものが見つかりました。
 ご存知のように、植物の成長に欠かすことができない三大栄養素と言えば、窒素・リン・カリウムです。
 植物の生育は、不足する栄養素によって抑制されます。つまり、他の栄養素が豊富にあっても、たったひとつの栄養素が不足すれば植物は成長できないのです。そして、古代農法において、もっとも不足していた栄養素こそが、このリンでした。
 このリンを農作物に与えるため、古くは骨粉を肥料として用いていました。しかし、骨の主成分であるリン酸カルシウムは水に溶けにくく、骨粉として畑にまいても植物が栄養として吸収するには時間がかかります。
 ところが、このリン酸カルシウムは硫酸で処理すると、水に溶けやすい第一リン酸カルシウムになります。これによって植物は速やかにリンを栄養素として吸収できるようになるのです。
 これはもはや化学肥料と呼んで間違いないでしょう!
 驚くべきことに、堆肥が活用され始めたばかりの千数百年もの昔に、化学肥料が存在し、しかもそれをこのような大規模な施設で大量生産していたのです。
 これまで破壊の御子の統治する地域は他の地域と比べて、農作物の収穫量が突出して多かったのは歴史の謎のひとつでした。多くの歴史家たちは、これを破壊の御子が自らの支配地域の優秀さを示すために虚偽の数字を記録していたと考えておりました。
 ですが、今回の過リン酸石灰の発見は、その数値が本当のものであった可能性を裏付けるものなのです。
 まさに、今回の発掘調査は、これまでの古代農業史の定説を覆す――いや、破壊する大発見と言えましょう!」
                  UNSニュース特派員の取材記事より抜粋

                ◆◇◆◇◆

「で、わしにいったい何の用じゃ?」
 これ以上は自分の悪さを掘り起こされたくなかったソロンが、やや強引に話題を変えてきた。その意図に気づいてはいたが、もともと大事な相談があってやってきた蒼馬は、それに乗る。
「実は、ホルメアが僕らを討伐しようとしているらしいんです……」
 蒼馬はヨアシュからもたらされた報せと、自分の憶測などを交えて現状を説明した。時折、相槌を打ちながら蒼馬の話を聞き終えたソロンは、ひとつ大きくうなずいた。
「ふむ。おおよそはわかった。――で、何を相談したいと?」
「今、お尻でくすぶっている火を何とかしたいんです」
 それだけでソロンは蒼馬の懸念を理解し、なるほどと納得した。しかし、ひとり蚊帳の外に置かれたシェムルが不満を洩らす。
「なあ、ソーマ。そのお尻でくすぶっている火とは何なんだ?」
 それに蒼馬が答えるよりも早く、ソロンが意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ホッホッホッ。獣の娘にはわからんのか?」
 蒼馬の第一の臣を自認するのに、それぐらいもわからないのかと言わんばかりの口調である。
 このようにソロンには、自分が嫌われているのを承知した上でシェムルをおちょくる悪癖があった。案の定、悔しさにギリギリと歯を軋ませるシェムルに、ソロンは意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「ホルメア国と正対したときに後背に位置する勢力。――すなわちジェボアのことよ」
 ソロンの推察が正しかったことを証明するように、蒼馬もうなずいて見せる。
 ボルニスの街より南西に位置するジェボアのことならば、シェムルも知っている。ベネス内海を使った海洋交易によって繁栄する国だ。
「小僧がこの街を制圧した五年前に始まったジェボアによる小麦の買い叩きは、いまだに続いておる。まさに、燃え上がらずとも、くすぶり続けている火というわけじゃよ」
 ソロンの説明に、シェムルは疑問を呈する。
「しかし、ジェボアという連中は、他の国に攻め込むようなことはないと聞くが?」
 この五年で、シェムルも周辺諸国のことを学んでいた。それによればジェボアの実権を握っている商人ギルドは商売の自由を守るのを第一義としており、他国を侵略しようというような野望は持っていないという。
「僕も、そう思う。――でも、何らかの形で介入してこないとは言い切れない」
 蒼馬が恐れているのは、直接的な軍事介入よりも商人ギルドの莫大な財による間接的な介入である。たとえば雇い入れた傭兵らを義勇兵の名目で派遣したり、ホルメアへ軍資金の援助をしたり、こちらの軍需物資となるものの輸入を妨害したりと、下手をすれば直接介入よりも厄介な事態になりかねない。
 ジェボアに対しては、蒼馬もこの五年の間に何もしてこなかったわけではなかった。ヨアシュを通じて、ジェボアとの関係改善を模索していたのだ。だが、あまりはかばかしい成果が得られていないのが実情である。
 蒼馬は、ヨアシュさんには頑張ってもらっているんだけど、と最後に付け加えた。
「あまり、あやつを信頼しすぎてはいかんぞ」
 ヨアシュを擁護する蒼馬に、ソロンは釘刺した。
「あやつは、根っからのジェボアの商人。個人的には小僧に肩入れしていても、いざとなれば小僧よりジェボアを取るじゃろう」
 ソロンの見たところ、ヨアシュは軽薄な言動を取るが、その根っこは自由と商売を愛するジェボアの商人である。ヨアシュにとって蒼馬は、大事な商売相手以上ではないのだ。
「とはいえ、ヨアシュの奴めがわざとジェボアとの関係改善を滞らせているわけではない。問題は、ジェボアの体制にあるんじゃよ」
 ジェボアは国王を頂いているものの、国王自身には実質的な権限はない。国の実権を握っているのは、商人ギルドであり、それを動かす十人委員と呼ばれる豪商たちだ。商人ギルドは、この十人委員による合議によって運営されているのだが、ソロンはそこに問題があると指摘した。
「十人委員には最終決定権を持つ者がおらず、十人の同格の豪商による合議制を取っておる。ただひとりに権力を集中させずに話し合いによってギルドの方針を定めると聞こえは良いが、それは同時に即断力に欠け、無駄な協議に時間を浪費してしまうという欠点も抱えておる」
 十人の豪商らは、決して一枚岩ではない。外からの脅威に対しては結束もしようが、たいていは十人委員の間でも足の引っ張り合いをしているのが当たり前なのだという。
 現在も引き続き行われている蒼馬たちに対する小麦の買い叩きを決議した時も、そうであった。当時は、たかが反乱を起こしたゾアンと奴隷の集団としか見られていなかった蒼馬たちに対する報復措置ですら、十人委員のうちふたりが反対に票を投じたと言う。
 ボルニスの街を落としたばかりの五年前と大きく違い、今や蒼馬は押しも押されもせぬひとつの勢力になっている。さらに、現代日本の知識などを用いて数々のものを生産する蒼馬とは親交を深めた方が商業の盛んなジェボアにとっても有益であるのは間違いない。
 しかし、一部の商人らがそう考えていても、十人委員それぞれに別の思惑があり、なかなかギルドとしての決断に至らないのだろうとソロンは推察した。
「しかし、十人委員というのは意外とうまい組織でな。誰かが突出しようとすれば、他の者たちが協力して足を引っ張る。だからこそジェボアは大きな政変などの混乱も起きず、安定しているとも言えよう」
 ジェボアという国にとっては良いかもしれないが、今の蒼馬には大問題である。
「ですが、これから実際にホルメアと刃を交えるためには、早いところ後背の憂いは取り除いておきたいんです」
 この五年でボルニスの街は急成長を遂げたが、それでもホルメア一国を相手取って戦うには不利は否めない。ましてや後方のジェボアを気にしながら戦うなど論外である。全力をもってホルメアと戦うためにも、できれば不可侵の約定か、それが無理ならば商人ギルドとして戦いへの不介入を確約してもらいたいのだ。
 ソロンはその白く長い髭を撫でさすりながら、さてどうしたものかと思案する。
「良くも悪くも安定しておるジェボアは、まるで大岩のようなもの。これを動かそうと思うならば、強烈な一撃を加え粉砕するしかあるまい。それに、うまくすればくすぶる火を消す水が得られるやも知れん……」
 しばらくブツブツと独り言を洩らしてから、ソロンはポンッと手を打った。
「よし! ソーマよ。おぬし、ジェボアに直接殴り込め」
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