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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第1話 始動

 ホルメア国王ワリウスの反徒討伐宣言は、風のようにホルメア国中を駆け巡った。
 そして、宮廷の片隅や酒場や街角など、いたるところで人々は寄ると触ると反徒討伐の話題で持ちきりとなったのである
 そうした宮廷雀や街のにわか論者たちの話題の焦点は、いつ討伐軍が派遣されるのか、いつ反徒たちは討伐されるのか、いったい誰が一番の功績を挙げるのかといった内容で占められていた。
 このことからもわかるように、おおかたの人々は今度こそ本腰を上げたホルメア国によって、反徒たちは討伐されると見ていたのである。
 しかし、それも無理はあるまい。たかだか一地方都市を占拠する反徒と、西域の雄と呼ばれたホルメア国である。まともにやりあえば、その結果は火を見るよりも明らかだった。
 ところが、その話題に入ると必ず誰かが、ある者の名を告げるのだ。
 すると、きまって人々は毒でも口にしたように顔をしかめると、周囲の小さな物陰の中に何者かが潜んではいないかと辺りをうかがい、吹きすさぶ風に聞かれぬように声を潜めて語り合うのである。
 殲滅寸前だった獣人種族ゾアンと奴隷たちを扇動し、ホルメア国へ反旗を(ひるがえ)した反逆者のことを。
 討伐部隊を蹴散らし、難攻不落の砦を落とし、攻められることのない街を攻め落とした侵略者のことを。
 あのホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスすら退けた魔性の者のことを。
 そして、これまで秘されていた恐ろしい死と破壊の女神と、その御子のことを。
 今日もまたいずこかで、ささやかれているのだ。
「あの『破壊の御子ソーマ・キサキ』が、また恐ろしいことをするのではないか」と。

                ◆◇◆◇◆

「もう。僕らなんて放っておいてくれればいいのに」
 そう盛大にぼやいたのは、その「破壊の御子」と呼び恐れられている木崎(きさき)蒼馬(そうま)その人である。
 現代日本から、このセルデアス大陸に落ちてから早五年。ただの高校生だった彼もすでに二十歳を迎え、少年から青年へと成長していた。あの貧弱と言っても良かった身体は、今ではややたくましさすら感じさせるものとなっている。しかし、その顔立ちは昔の面影を強く残し、どこか夢見がちな少年を思わせた。
 また、自分のことをいまだに「僕」と呼ぶところも、子供っぽさを感じさせる。それは本人も気にしていたようだ。数年前に一時期だが、「俺」と呼び変えていたこともあった。ところが、それに対して周囲の者たちは、何とも微妙な表情を浮かべたという。
(われ)には、尻に卵の殻がついた子供が背伸びしているように聞こえるぞ」
 皆が一様に批評を遠慮する中で、ひとりだけ周囲の空気を読まなかったある者の弁である。これにひそかに傷ついた蒼馬は、自分の呼び方を「僕」に戻したという。
「嫌だなぁ。また戦いになるのか……」
 (ちまた)では世界を支配しようとする極悪人とか血と破壊を求める殺戮者と噂される彼だが、当の本人はむしろそうしたことが嫌いであった。前の領主が(しつら)えた領主の椅子があるというのに、わざわざ広間に円状に座布団を用意し、呼び集めた者たちと並んで腰を下ろしているのも「ひとりだけ高い位置の椅子に座るのは偉そうで嫌だ」だからである。
 それにホルメア国との対立関係も、でき得ることならばこのまま街を発展させ、ホルメア国を圧倒するだけの力を蓄えてから、その威をもって戦わずして独立を勝ち取りたかったというのが本音だ。
 そう(なげ)く蒼馬をたしなめたのは、美しい栗色の毛並みをした獣人種族ゾアンの娘であった。
「まったく。我が『臍下(さいか)(きみ)』ともあろう者が情けない。戦いこそ、戦士が(ほま)れを示す最上の場ではないか」
 その豊かな胸を張って、誇らしげに語るゾアンの娘の名前はファグル・ガルグズ・シェムル。獣の神の御子にして、蒼馬に自らのすべてを捧げる女戦士である。
「えっと……僕は戦士じゃないんだけど」
「そんなことはわかっている。私が言っているのは、心意気の話だ」
 蒼馬の弁解をシェムルは一言の下に切り捨てる。
「だいたい、おまえも言っていたではないか。私たちが強くなれば、ホルメアも無視できなくなり、いつかは戦いになる、と」
 それをいつまでウジウジと女々しいと糾弾され、蒼馬はぐうの音も出なかった。
「そんなことより、今後の対策はどうするのだ?」
 ふたりの会話に割って入ったのは、眉間から鼻筋を通って右頬に刀傷が走った黒毛のゾアンである。
 彼の名前はファグル・ガルグズ・ガラム。シェムルの兄にして平原最強の戦士と呼び声高い勇者であるばかりか、ソルビアント平原の全ゾアンを()べる大族長である。そんな責任ある立場にある彼としては、自分の妹と(たわむ)れていないで、早くやるべきことを指示して欲しいのだろう。
 蒼馬もまた、真剣な面持ちになる。
「ホルメアは、あくまで僕たちを倒すべき敵と見定めた段階でしょう。今すぐに戦いが始まるというわけではありません」
 本格的な戦いとなれば、その計画の策定や兵の動員、糧食や武具の準備、新兵らの教練等々と、それ相応の時間が必要となる。いくら大国ホルメアといえど、すぐには攻めてこないだろう。
 しかし、それはこちらも同じだ。
「とにかく、急ぎゾアンの戦士たちを招集しましょう」
「それならば、すでに足に自信がある戦士たち数名を各氏族のところへ向かわせている。早い者ならば、一週間もすれば来るだろう」
 そう言ったのは、左目が醜い傷痕で潰れた赤毛のゾアン――クラガ・ビガナ・ズーグだ。平原ではガラムと並び称せられるほどの戦士だが、落ち着いた風格を漂わせるガラムとは対照的に、ゾアンの中でもさらに獣じみた凶暴さを感じさせる男である。
 しかし、その印象とは裏腹に、こうした手配りも抜かりなく行う器用さも持ち合わせており、蒼馬も(あつ)い信頼を寄せていた。
 ズーグの手際の良い手配に満足げにひとつうなずいた蒼馬が次に顔を向けたのは、背丈は人間の子供ほどしかないが、(いわお)のようなガッチリとした体格に、深いしわの刻み込まれた顔に濃い髭を蓄えた大地の種族ドワーフの戦士である。
「ドヴァーリンさんは、ドワーフ戦士団の編成をお願いします。工房を休ませるわけにはいきませんが、負けては元も子もありません。その辺りの調整をお願いします」
 ドワーフの戦士長であり各工房を取り仕切る熟練の職人でもあるドヴァーリンは、偏屈なドワーフらしく短く「うむ」とだけ答えた。
 蒼馬の下にいるドワーフたちは、戦士であるのと同時に各工房の貴重な職人だ。現在では人間などにも技術の手ほどきをして職人を育てているが、今なお各工房の中核はドワーフらによって占められている。そんな彼らを戦いに引き抜いてしまえば、各工房の生産力がガタ落ちになってしまう。
 それを調整しろと簡単に言ってくれるわ、とドヴァーリンは内心でこぼしていた。
 そんなこととは知らない蒼馬は、続けて別の人にも指示を出す。
「ピピさん。至急、偵察部隊を編成し、ホルメア国の偵察を行ってください。あなた方なら空からホルメア国内まで偵察できるでしょう。――ですが、決して無理して深入りはしないでください。あと、必ず偵察はふたり一組でやるように」
 それに元気の良い声で「わかりました!」と声を上げたのは、両腕が美しいコバルトブルーの羽根を持つ翼になった有翼の種族ハーピュアンの少女ピピ・トット・ギギだ。ただし、少女と言っても、それは外見だけの話である。飛行に特化したハーピュアンは身体が小さく、人間から見ると子供の様に見えてしまう。彼女もまた、これでもれっきとした大人の女性である。
「マルクロニスさんは、開拓村から志願兵を集めてください。あと、その兵士の教練と編制をお願いします」
 続いて蒼馬が声を向けたのは、初老の人間の男であった。それまでの戦歴を物語るように幾筋(いくすじ)もの刀傷が顔に刻み込まれた男の名前は、マルクロニス。元ホルメア国軍において中隊長補佐を務めていた歴戦の兵士である。
「心得た。セティウスとともにやろう」
 この場にいない自分の部下の名を挙げ、マルクロニスは了承した。
「軍資金や兵糧の蓄えは、どうなっています?」
 いきなり蒼馬から話を振られたのは、赤みを帯びたオレンジ色の髪をボサボサにした女性であった。上級官吏を示す上質の衣服を身にまとっているが、どうにも野暮ったさを感じさせる女性である。
「は……はい! ソーマ様の御指示どおり、いつ戦いとなっても良いように準備は怠っておりませんです。はい!」
 緊張に声を上ずらせる、この女性の名はミシェナ。下級官吏であったところを蒼馬に見出され、それ以来は官僚たちの頂点に立ち、ボルニスの財務を一手に引き受ける女性だ。落ち着いて黙々と仕事をこなすのは得意だが、こうしていきなり問われるなど突発的な出来事には弱いところが玉に(きず)だ。
「例の兵糧の手配は、どう?」
 ミシェナの次に蒼馬が声をかけたのは、赤茶色の髪をしたふくよかな体型の青年である。
 彼の名前は、マルコ。蒼馬直属の料理人だ。数年前より、さらにふくよかになった頬の肉を震わせ、マルコはおっとりとした声で答える。
「みんなで、い~っぱい作ってますよ。――でも、せっかくならゆっくり味わって欲しかったなぁ。味には自信があったのに……」
 これから戦いが始まるというのに、自分が調理したものをゆっくり味わって欲しかったと緊張感の欠片もないことをぼやくところが、いかにも彼らしい。
 それに苦笑をこぼしながら、蒼馬はマルコにさらなる増産を命じる。現在、生産には就労目的で未亡人や戦災孤児らをあてがっているが、必要ならば他の労働者を雇うように指示も出す。そうなった時の手配を手伝うように言われたミシェナが、ただでさえ忙しいのにと泣きそうな顔になったのは、あえて黙殺した。
 そして、さらに言葉をかけようとした蒼馬は、その相手の姿がないことに気づく。
「エラディアさん、ジャハーンギルさんはどうしました?」
 キョロキョロと周囲を見回しながら蒼馬が尋ねた相手は、後ろに控えていた美しいエルフの女官長エラディアである。五年前とは変わらぬどころか、さらに磨きがかかってきたとすら思わせる美貌を困惑気味に曇らせながら、エラディアは答えた。
「それが、声をおかけしたのですが、どこかへ行かれてしまいまして……」
 すると、そこにジャラジャラと無数の軽い金属を打ち合わせるような音と、ずしんずしんといった地響きのような足音が聞こえてきた。
 それに皆はげんなりとした顔になり、ただひとり蒼馬だけが「やっと来た」と顔をほころばせる。
(いくさ)だそうだな! いよいよ、この我の出番がきたか!」
 広間に入るなり興奮が抑えきれぬ声で、そう言ったのは体長が二メルト(約二メートル)もある二本脚で立つ爬虫類と人間を掛け合わせたような種族――ディノサウリアンだった。
 彼の名前はジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージ。ディノサウリアンでもっとも獰猛と呼ばれるティラノ種であり、蒼馬麾下(きか)では最強と目される戦士だ。
 その尻尾で激しく床を打つジャハーンギルは、今にもホルメア国に攻め入らんばかりに身を戦装束に包み、手には愛用の鎖付きの鉄球が握られていた。遅れてやって来たのも、この戦の準備をしていたためだろう。
「えっと……戦いになるのは、もうちょっと後ですよ」
 何だか期待させて申し訳なく感じながら蒼馬が告げると、ジャハーンギルはしばらく目をパチクリとさせる。
「……そうなのか?」
 相変わらずディノサウリアンの表情はわかりにくいが、先ほどまで興奮に激しく床を打っていた尻尾が、ぺたりと力なく床に落ちていた。
「話ではホルメア国も僕たちのところへ攻め込むための計画や準備を始めたばかりだそうです」
「そうか。戦はまだ先か」
 表情は変わらないように見えるが、意味もなく鉄球を手でこねまわしている仕草から、落胆しているようだ。それにいたたまれなくなった蒼馬は、とりつくろうように慌てて言葉を続ける。
「それに僕たちにも、急ぎ解決しなければならない問題があるんです」
 その場に居合わせた者たちは皆、その顔に疑問符を浮かべるが、それにはあえて答えずに蒼馬は立ち上がった。
「ソロンさんは、またあそこ?」
 蒼馬の言葉に、エラディアは小さく頭を下げて肯定する。
「女官を遣わして、お呼びいたしましょうか?」
「う~ん。――いや、僕から会いに行くよ。ちょっと知恵を借りたいからね」
 エラディアの申し出を断った蒼馬は歩き出す。その後ろに当然のごとく付き従っていたシェムルだが、露骨に嫌な表情をその顔に浮かべる。
「なあ、ソーマ。あのクソ爺に、何の用なんだ?」
 相変わらずソロンを毛嫌いしているシェムルに、蒼馬は苦笑とともに答えた。
「まずは、僕たちのお尻で今もくすぶっている火を解決しなくちゃいけないんだよ」
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