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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第49話 シェムルの怒り(後)

「こらっ! 暴れるな、ソーマ! 薬が塗れないじゃないか!」
 蒼馬の背中に軟膏を塗っていたシェムルは、暴れる蒼馬を叱りつける。しかし、シェムルの指が背中に触れるたびに、痛みのあまり悲鳴も上げられない蒼馬はジタバタと足をばたつかせるのだ。
 処刑が終わった蒼馬は、すぐさま領主官邸に運び込まれた。
 その頃になって、ようやく意識を取り戻したシェムルは、意識を取り戻すなり蒼馬の名前を呼んで飛び起きる。そして、自分の隣にうつぶせになって寝かされている蒼馬の姿に一度は安堵するが、その背中の傷を見るなり形容しがたい声を上げた。
 そして、治療の準備をしていたエルフの女官らから軟膏を奪い取ると、今にも泣き出しそうな表情で蒼馬の背中の治療を始めたのである。
「シェムル様。これでソーマ様のお背中の傷を冷やしてください」
 井戸水で冷やした布をエラディアから受け取ったシェムルは、それをできるだけ優しく背中の傷に当てる。それだけでも、蒼馬は必死に苦鳴を噛み殺さねばならなかった。
 幸いにも骨折したときに見られる異常な腫れや痛みなどはないため、蒼馬の怪我は打撲だけですんだようである。それだけでも当面は起き上がることすらできない重傷ではあったが、皆はホッと安堵のため息を洩らした。
 そこに、ひとりのエルフが固い声で来客を告げる。
「ソーマ様、ソロンがお見舞いと申して参っております」
 空気が、ざわりと動いた。
 それまで傷ついた蒼馬への気遣いに満ち溢れていた部屋の空気に、まるで毒が混じったような変わりようである。それは蒼馬の了解を得て、ソロンが部屋に通されると、一層悪化した。シェムルは当然のことだが、平静を保っているように見えるエラディアも退路となりそうな扉や窓の前に女官たちを移動させるところから、内心ではグツグツと怒りが煮えたぎっているようである。
 しかし、それに気づいているはずのソロンはというと、まったく悪びれないどころか、むしろ愉快気ですらあった。
「小僧の怪我の具合はいかがかな?」
 自分で棒叩きにしたのに、この発言である。これにシェムルは軟膏の入った壺を放り投げて山刀に手をかけた。エルフの女官たちも逃がしてはなるものかと、ソロンの周囲を取り囲むように動く。
「貴様っ! その皺首を叩き落としてやるっ!!」
 今まさにソロンに跳びかかろうとしたシェムルに、蒼馬の鋭い声が飛ぶ。
「やめて、シェムル! ソロンさんに何かしたら、本気で怒るよ!」
 蒼馬の言葉に、シェムルはたたらを踏んで止まる。
「しかし、こいつはおまえを……」
「ソロンさんは、正しいことをしたんだ! それを咎めるのが、シェムルの誇りなの?!」
 蒼馬の叱責に、シェムルは言葉に詰まる。彼女とて、ソロンへの怒りは義憤ではなく、私情であることは分かっていた。気後れしたシェムルに、さらに蒼馬は叫ぶ。
「僕を『臍下(さいか)(きみ)』にしたのは、《気高き牙》だ。シェムルが《気高き牙》をやめるなら、僕も『臍下の君』をやめる! 二度と、僕の前に顔を出すな!」
 最後通牒ともいうべき蒼馬の言葉に、シェムルは半べそをかいた。「臍下の君」からそれをやめると言われるのは、ゾアンの戦士にとっては想像すらできないほどの恥だ。それならば、この場で首を掻っ切れと言われた方が、万倍もマシである。
 まるで、段ボール箱に捨てられ、雨に打たれる子犬のような目になるシェムルに、蒼馬は表情を和らげて尋ねた。
「シェムル。僕は、まだ君の『臍下の君』でいられる?」
 シェムルはさんざん迷った末に、ついに観念して肩を落とす。
「……もちろんだ。ソーマは『臍下の君』で、私は《気高き牙》のままだ」
「うん。良かった」
 すっかりしょげ返ってしまったシェムルに、蒼馬はさらに言った。
「でも、僕が無茶をできるのも、シェムルがいるからだよ。シェムルなら、絶対に僕を助けてくれると信じているし、頼りにしているからね」
「ふん! そうやっておだてて私の機嫌を取ろうとしても無駄だからな」
 すねたようにそっぽを向いたシェムルだったが、笑みが浮かぶのを必死に抑えるのに、口許がムニュムニュと動いてしまっていた。
 そんな主従の微笑ましいやり取りをソロンは目を細めて眺めていたが、それに気づいたシェムルが噛みつく。
「ヘラヘラするな、クソ爺! 今すぐソーマに()びろ! さもなくば失せろ!」
 怒鳴り散らすシェムルをなだめようとした蒼馬であったが、それよりも早くソロンが動いた。ソロンはその場に膝をつくと、流れるような動作で蒼馬へ向けて深々と頭を下げたのである。
「まずは、御身を打擲(ちょうちゃく)したことを深くお詫びいたします」
 ひねくれ者のソロンらしからぬ謝罪に、皆は一様に目を丸くした。
「されど、あなた様が目指される国を作るには必要なことだったのです」
 その場にいた蒼馬とソロンを除いた者たちの顔に、一様に「それはどういうことなのか?」という疑問が浮かぶ。
「あなた様は、誰もが平等に暮らせる国を作ると宣言なされた。当初、私めは、あなた様がおっしゃる平等とは、あなた様の支配の下にすべての種族を等しく扱うものと思っておりました」
 ソロンが、そう思ったのも無理はない。
 群雄が割拠し、諸勢力がしのぎを削る時代である。誰もが至尊の座を掴もうとしている中で、ゾアンをはじめとした異種族をまとめ上げて一国に反旗を翻した男が、新たな国を興すと宣言したのだ。至高の玉座を我が物にせんという野望を抱いていると考えて当然である。
「ところが、それは間違いでした」
 そう悟らせたのは、蒼馬とともに法の原案を作っていた時である。
 蒼馬はまず法の第一義として、国は民のものであると明記した。それはとりもなおさず、国の舵取りをする王などの権力者に対して、民への奉仕を法によって義務付けたことに他ならない。
 それは王や神の権利を第一義に唱える他国とは異なり、法によって権力者の義務を明確にし、恣意的な(まつりごと)を制約するものであった。つまりは、王や神よりも上に法を置くことに他ならない。
「すなわち王威(おうい)でも神威(しんい)でもなく、法による統治」
 それは現代日本では当然のものである法治主義の考えである。
 ソロンは、かつてロマニア国王ドルデアの暴挙ともいうべきホルメア出征によって息子を失い、またそれが原因でロマニア国を出奔せねばならなくなった過去を持つ。そんなソロンにとってみれば、王の暴挙を法によって(いまし)める法治の考えは、まさに身震いするほどの感銘をもたらしたのである。
「法を国の(いしずえ)。国の骨子(こっし)とするならば、それを決して揺るがしてはなりません。ましてや軍規ともなれば言わずもがな」
 兵士の大半は、若い男である。そうした力も欲も持て余した男たちが戦場という生死が入り混じる極限の状態に陥ったとき、自制を失って略奪や暴行に走ってしまうことはままあることだ。
 そうならないためにも、平時から軍規を徹底し、厳しく戒めねばならなかった。
 かの有名な孫子こと孫武。王から宮中の女官を使って軍の指揮を見せて欲しいと言われた時、孫子は自分の命令に従わなかった寵姫ふたりを王が止めるのも聞かずに斬り殺し、軍律の厳しさを知らしめたと言われている「孫子姫兵を(ろく)す」の故事。
 さらに、国士無双と讃えられた名将・韓信。彼は厳しい軍律を敷き、遅刻してきただけで将である殷蓋(いんがい)に死罪を言い渡した。また、それを聞いて死罪をやめさせようとした主君である劉邦の使者を軍営の中を馬で走った罪として、これまた死罪にしたという。
 そうした故事を知っていた蒼馬は、ソロンの言葉にうなだれるしかなかった。
 そこでソロンは堅かった語気と表情を緩める。
「されど、温かい血が通わぬ骨子は、冷たい骨――ただの(むくろ)にございます。法の厳格さのみをもって治めれば、国は堅くなれども同時に(もろ)くもなりましょう」
 法治の考えに深い感銘を覚えたソロンであったが、同時にその危うさもまた感じ取っていた。
 いまだこの世界の法は、現代のような()に入り細を穿(うが)つような法ではない。あくまで大まかな事例と、それに下される処罰を表しただけのものである。それらを基に、素人の蒼馬が作った法もまた同様であった。
 そうした不完全な法を厳格に適用しすぎれば、かえって混乱を招くこともある。
 中国最初の皇帝となった秦の始皇帝もまた法治主義者であり、厳格な法を敷いていたが、それがかえって国を乱すことになってしまったという。
 その最大の例が、秦の崩壊の発端ともなった「陳勝・呉広の乱」である。乱の首謀者であった陳勝と呉広のふたりが反乱を決意したのも、大雨に遭って道が水没してしまい期日までに到着するのが不可能となってしまったが、いかなる理由があろうとも期日までに到着せねば死罪という厳しい秦の法があったためだという。
「寛大なる御心をもって裁きを下すのもまた、(とく)というものでございましょう。法という骨子を徳という温かい血肉によって動かしてこそ、初めて生きた国となると愚考いたします」
 そこでソロンは再び語気を堅いものにする。
「ですが、徳も過ぎれば毒となりまする。私めが考えまするに、法と徳とは戦車の両輪のようなもの。同じ大きさのものがふたつ揃ってこそ、まっすぐ走れるのです。
 されど、ソーマ様は徳ばかりを示され、法の厳しさを示そうとはなさいませんでした。これはまさに、大きさの異なる車輪をつけて走るようなもの。それでは国はいつか道を外れ、泥濘(でいねい)へと転がり落ちてしまいます。
 さらに、いまだ法による統治のなんたるかを知らぬ民は、ソーマ様の統治を他国と変わらぬものと見るでしょう。これではいつまで経っても、法による統治は理解されません」
 ソロンは酷薄な笑みを浮かべた。
「法の厳格さを示すのは、いと容易(たやす)きこと。容赦なく罪人どもの首を()ねなされ。棒で叩きなされ。鞭で打ちなされ」
 ソロンの笑みと言葉に、蒼馬は圧倒された。
 先に挙げた孫子や韓信の故事に(なら)うべきだという考えも浮かぶ。だが、そう簡単に割り切れるようなものならば、このような事態にはなっていない。
 ギュッと拳を握り締め、堅く口を引き結んでしまった蒼馬に、ソロンはため息を洩らす。
「とはいえ、ソーマ様はそれができる方ではございません。――ならば、自らが(はん)をお示しなされ。誰よりも厳格に、自らを罰しなされ。自らに厳しい法を適用するソーマ様のお姿を見れば、民もこれまでのご処置は決して法を軽んじるものではなく、道義からの御仁慈によるものだと思われることでございましょう」
 他人を傷つけるぐらいなら自分を傷つけた方が何倍もマシだ。
 蒼馬は、そう思った。そして、それと同時に、はたと気づく。
 もしやソロンは、そんな自分を(おもんぱか)り、わざわざ自分が恨みを買うような真似までして、あの場で強硬に刑を執行したのではないのだろうか?
 そう思った蒼馬は、ソロンの真意を見抜こうと彼の目を見据えた。すると、ソロンは柔らかく微笑むと、蒼馬に向けて再び頭を下げる。
「しかし、いかなる理由があろうとも、ソーマ様を棒で打擲したのは事実。どうか、この皺首ひとつで怒りをお鎮めくだされ」
 そう言うと、殊勝な態度で首を差し出したのだ。
 それにシェムルが「よし! 私が叩き落としてやろう!」と嬉々として叫ぶ。だが、それを蒼馬は苦笑しながら手で制した。
 せっかく棒叩きの苦しみに耐えて法の徹底を図ったというのに、ここでソロンを殺せば、その忍耐も水の泡だ。それがわからぬソロンではないだろう。
「ダメだよ、シェムル。――それにソロンさんも、悪い冗談はやめてください」
 案の定、顔を上げたソロンは「堅苦しい真似をすると、こう肩が凝っていかんわ」とケラケラと笑った。そればかりか、ぬけぬけと蒼馬に次のような要求を出す。
「ところで小僧。わしを取り立てよ」
 この時、ソロンは明確な役職などは与えられていなかった。ソロンの人柄を考えると、堅苦しい役職を与えるより相談役といった曖昧だが自由が利く立場にした方が良いだろうと蒼馬は考えていたからである。
 それにソロンもまた納得していたようだっただけに、この場になってから取り立てろと言われるとは思ってもみなかった。
 驚く蒼馬に、ソロンは滔々(とうとう)と語る。
「これよりこの街は一層発展するじゃろう。それにともない、多くの人材がここに集おう。しかし、中には甘言(かんげん)(ろう)して小僧に取り入ろうとする者も必ずや出てくる」
 そうした者たちは、たとえ蒼馬の執政に不満や不備を見出したとしても、蒼馬の不興を買うのを恐れ、決して口にはしない。それでは蒼馬が自らの執政を改めたいと考えていても、その機会を失ってしまう。
 しかし、ここで法を徹底するためとはいえ蒼馬を棒叩きにしたソロンを重用すれば、人は不興を買うのを恐れることなく進言するようになるだろう。
 蒼馬はソロンの提案に感心するのと同時に、もしやこれまで自ら役職を求めなかったのは、このような機会を待っていたからではないかと思った。
 ところが、それを確かめるよりも前に、ソロンは軽薄な口調で言う。
「まあ、後はわしにまかせろ。小僧は身をもって法の厳格さを示したのじゃ。裁きを他の者に任せたからといって、無責任のそしりを受けはすまい」
 その言葉のとおり、これより後に蒼馬は裁きの大半をソロンに任せるのだが、それをそしるような言葉は聞かれるようなことはなかった。また、厳格に法を適用するソロンに対しても、自ら法を遵守した蒼馬の前例もあり、民たちも粛々(しゅくしゅく)とその裁きを受け入れたという。
「良いか、小僧。人は天を見上げれば足元がおろそかになり、足元を見ていれば天の動きを見失う。人とは同時にふたつのことをできるほど器用ではないのじゃよ。はるかな天の高みを見続けるのは、小僧にしかできぬこと。その足元は他の者に任せるがよい。それもまた、人の上に立つ者の義務と言うものじゃてな」
 ソロンの言葉に深く感じ入った蒼馬は頭を下げた。
 これで終われば、さすがは賢人と思っただろう。だが、やはりソロンである。ソロンの言も一々もっともだと頭では理解しているものの、いまだに感情を制しきれずにふくれっ面のままのシェムルに、ソロンは人の悪い笑みを向ける。
「どうじゃ、獣の娘よ。おぬしよりわしの方が、小僧の役に立っておるようだぞ。これでもわしを斬るか?」
 おちょくられたシェムルは、ガッと牙を剥く。
「そうまで言うのならば、おまえがまずは法に裁かれろ!」
 シェムルが怒鳴ったのも無理はない。これまでソロンはさんざん好き放題にやってきて、何度も問題を起こしては蒼馬の取り成しによって事なきを得ていたのである。そうした騒ぎもまた厳密に法に照らせば処罰を受けなくてはならないはずだ。
 しかし、ソロンはケロリとした顔で答える。
「そうしたいのは山々じゃが、な。ほれ、すでに小僧が裁断を下しておる。今さらそれを覆すなど、わしには(おそ)れ多くてできんわい」
 ソロンが言うことは、もっともである。ゾアンとドワーフの酒場での乱闘騒ぎの一件と同様に、いかに誤った判断であろうとも、一度判決を下してしまったものを安易にひっくり返しては、かえって蒼馬の信頼と法の重さが揺らいでしまう。
 だが、それを当の本人が言うのだから、タチが悪い。
 シェムルは怒り心頭といった様子で、ギリギリと牙を鳴らす。そんなシェムルを蒼馬は、まあまあとなだめる。
「落ち着いて、シェムル。これも僕のためになると思って」
 そう言われてしまえばシェムルも我を張れない。
「だが、言っておく!」
 しかし、ここで素直に退いては煮えくり返った(はらわた)が治まらない。シェムルは鉤爪の生えた指をソロンに突きつけ、こう叫んだ。
「私はおまえが大っ嫌いだ!」
 シェムルは、この一連の出来事がよほど腹立たしかったようである。
 字を習う時や公式の場を除けば、シェムルは露骨にソロンを毛嫌いし続けた。それを蒼馬に何度たしなめられるのだが、たいていの事ならばふたつ返事で蒼馬の言葉に従うシェムルも、これに限っては頑として譲らなかったという。
 後年、さすがに申し訳なく思った蒼馬が、代わってソロンに詫びたことがある。ところが、ソロンは呵々(かか)と笑うとこう言った。
「高い地位にいると、とかく愛想笑いを貼り付けて美辞麗句を並べる輩ばかりに囲まれまする。そうした(やから)と比べれば、何と小気味よいものでございませぬか」
 さらにソロンは続けて言った。
「それは、陛下が一番ご存知のはずでは?」
 これには蒼馬も、深くうなずいたという。

               ◆◇◆◇◆

 自ら処刑台に立つ。
 セルデアス大陸では、人に何かを()いるときはまず自らが率先して行うべしという意味の格言である。これはあまり知られていないことだが、「破壊の御子」ソーマ・キサキがボルニスの街で「大賢」ソロンによって棒叩きにあった故事に由来する故事成語だ。
 従来、「破壊の御子」の軍勢は各地で破壊と虐殺と略奪の限りを尽くし、またその治世は苛酷であり、厳格な法によって縛られた民は息すらつけなかったとされてきた。
 しかし、当時の世情を(かんが)みれば、占領地での虐殺と略奪は決して珍しいものではない。
 むしろ古代から中世にかけては、攻め落とした街や村を兵士らが略奪するのは当然のことである。また、勝者となった王が、戦に加わった諸侯や傭兵らの恩賞として期間を定めて略奪を容認するのも珍しくはなく、そうした略奪を許可された兵士らの乱暴狼藉は目に余るものであったという。
 ところが、先の故事からもわかるように、「破壊の御子」ソーマ・キサキは自らの軍勢に厳しい軍規を課していたのがうかがえる。そして、それは特に被征服地の民を保護することに重点が置かれ、戦術として略奪は命じることはあっても、それ以外での民への略奪や暴行は軍規にて固く禁じられていたという。
 それは当時としては、まさに異例のことである。
 また、それは建前だけのものではなかったようだ。
 制圧したばかりの街の酒場でゾアンやドワーフたちが飲み食いをした時のことである。飲み食いを終えた彼らが代金を支払おうとすると、征服者の機嫌を損ねるのを恐れた酒場の主人は酒代を受け取ろうとしなかった。すると、兵士らは受け取ってもらわなければ自分らが処罰されてしまうと血相を変え、酒場の主人に平身低頭で酒代を払ったという逸話が残されている。
 この逸話からも「破壊の御子」の軍は、末端の兵士に至るまで厳しい軍規を守っていたことがわかるだろう。
 また、実際に「破壊の御子」の執り行った治世については、千数百年の歴史の流れの中で多くの資料が喪失し、その全容は今なお明らかになっていない。
 しかし、わずかに残った資料をつなぎ合わせると、そこに浮かび上がってくるのは(ちまた)で広く認知されているような民に対する苛酷な政治ではない。むしろ、自分を代表とする権力者を法によって厳しく戒める法治国家の姿である。
 こうしたことから歴史学者の中には、「破壊の御子」ソーマ・キサキの治世こそ、後に大陸西域で発展することになる法治主義の芽生えであるとする者もいるのだ。
 しかし、実際に「破壊の御子」ソーマ・キサキを法治主義の先駆者であると評するのは、ごく限られた一部の歴史学者だけでしかない。
 その他の多くの歴史研究家たちは、これは「破壊の御子」ソーマ・キサキによる近隣諸国の統治を否定するためのものに過ぎないと断言する。
 また、それを証明するかのように、こうした「破壊の御子」ソーマ・キサキの法治の考えは、当時の近隣諸国や教会などから、天地を逆順するがごとき妄言と猛烈な反発を受けていたという。
 それほど「破壊の御子」ソーマ・キサキの治世は、まさに当時の大陸社会の否定であり、支配体制の転覆するような考えだったのである。
 しかし、旧い体制が新しきものを受け入れられず、それを否定するのはこの世の常だ。ただそれだけをもって「破壊の御子」の思想を法治主義の芽生えではないと否定できるものではない。
 それを考慮してなお、彼の思想が法治主義の芽生えではないと断じられている最大の理由。
 それは、後に「破壊の御子」ソーマ・キサキ自身が、自ら定めた法を踏みにじるからに他ならない。
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