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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第44話 舌-少年

 領主官邸の庭の片隅で、蒼馬はガックリとうなだれていた。
 灌木(かんぼく)の茂みに背中を預け、厨房からくすねてきた堅いパンをモソモソと食べる姿からは、彼が激しく落胆していることが見て取れる。
 これでも蒼馬は、ボルニスの街の領主として忙しい身だ。本当ならば片づけなければならない案件が山積みとなっている。もうしばらくすれば、自分が執務室から姿を消したのに気づいたシェムルかミシェナあたりが、自分を探しに来るだろう。
 しかし、そう思ってはみても、今の蒼馬には何かをする気力が湧かなかった。
 そんなことになってしまった事の起こりは、せっかく広めようとしていた堆肥を農民らが忌避しているという報告であった。
 ゾアンへの土地の借用料として、また耕作の重要な動力源として牛の牧畜は順調に進んでいた。それにともない大量に出る牛の排泄物は、堆肥(たいひ)として活用する。これまで耕作地と休耕地とローテーションを組んで地力を回復させていたのを施肥(せひ)によって補おうというのが蒼馬の計画であった。
 それなのに、いまだゲノバンダの伝説によって糞尿への忌避感が強い農民らは、せっかく堆肥を作っても、それを畑に使おうとはしていなかったのだ。
 土地を開拓する際に、土に灰や腐葉土などを混ぜ込んであるため施肥を行わなくても数年ならば問題ない。だが、このままではいつかは地力を失ってしまい、作物が育たなくなってしまう。
 何とか堆肥を普及させようと考えた蒼馬の脳裏に閃いたのは、フランスのパルマンティエがジャガイモを普及させた故事である。
 「国富論」で有名なアダム・スミスに「小麦の三倍の生産量がある」とまで評価され、多くのライトノベルで取り上げられる作物の代表格とも言えるジャガイモ。現代ではごく普通に食べられているが、原産地であった南米アンデス山脈からヨーロッパに広まった当初は、芽に毒が含まれていることや聖書に載っていないという理由から「悪魔の実」と呼ばれ、食べると疫病の原因となるとまで言われていた。
 そんなジャガイモを普及させるためにパルマンティエが取った方法とは、ジャガイモ畑を兵士に厳重に警備させることだった。それを見た農民らは、よほど貴重なものが植えられているのだろうと思い、夜になって警備の兵士がいなくなると、こっそりとジャガイモを盗み出して自分らでも栽培するようになったという。
 それにヒントを得た蒼馬は、自ら行商人の風体を装い、開拓村を回って放置されていた堆肥をタダで回収していったのだ。
 通信の発達していない時代において、街から離れた場所にある開拓村にとって時折訪れる行商人は貴重な情報源である。行商人が訪れれば村長は酒席を設けて歓待し、代わりに諸国の情勢や新しい技術などの情報を得ていたのだ。
 そんな行商人が、誰もが忌避する堆肥を引き取って行くといえば、気にならないわけがない。当然、そんなものを引き取ってどうするのか尋ねてくる。それに最初は答えを渋っておきながら、歓迎の席で酒に酔ってつい秘密を洩らしてしまったふりをして「堆肥は畑にまけば作物が良く育ち、街の近くの農民たちは高い金を払っても欲しがる」という噂をばらまこうという算段である。
 権力者から頭ごなしに命令されれば反発したくなる農民らも、つい洩らしてしまった秘密の話には関心を覚えるに違いない。
 その蒼馬の目論みは的中し、それから一年後に再び堆肥を回収しに行くと農民らに堆肥を渡すのを拒まれ、蒼馬はこっそりとほくそ笑むことになる。
 余談だが、外部から訪れる行商人が歓迎されるのは、商品や情報をもたらすばかりではない。狭い村の中で血が濃くなりすぎるのを回避するため、こうして訪れた行商人や旅人に若い未亡人をあてがい、その子種をもらうという目的もある。
 だが、酒に酔ってつい秘密を洩らしたふりをするために苦手な酒を呑んだ蒼馬は本当に酔っぱらってしまい、どこの開拓村でも毎度酔いつぶれてしまった。そのため、せっかく未亡人を用意した村長から「若いのに役に立たない」と陰で言われていたのは、蒼馬も知らない話だ。
 そして、そのような開拓村のひとつを蒼馬が訪れた時のことである。歓迎の席で、村長から勧められた酒をちびちびと舐めていた蒼馬は、村の女たちが料理を作る光景に、あっと驚いた。
「あれは、もしかして味噌ですか?!」
 それは女がスープ鍋に入れようとしていた茶褐色のペースト状のものである。見た目は、まるっきり味噌だった。早くも酒精が回って顔を真っ赤にしていた蒼馬にものすごい形相で迫られた村長は驚きながらも、それは「ミトゥ」という食べ物だと教えてくれる。この辺りの開拓村では、ぶつ切りにした野菜や肉を煮たところに、このミトゥとヤギの乳を入れ、さらに煮込んだものをスープとして良く食べるらしい。
 それを聞いた蒼馬は、愕然としてしまう。
 味噌にヤギの乳? 何たる神をも恐れぬ冒涜的行為!
 日本人としては、とうてい許しがたい所業への憤りとそこに酒の勢いも加わり、蒼馬は村長に啖呵を切ってしまう。
「そのミトゥを売ってください!」
 そうして無理やり買い取ったミトゥを抱きかかえてボルニスの街に戻った蒼馬が、さっそく始めたのは味噌汁作りである。
 豆腐や油揚げといった味噌汁の代表的な具は諦めるとして、味噌汁を作る上で問題だったのは出汁(だし)をどう取るかだ。
 この世界で手に入るキノコはあってもシイタケのような出汁が取れるかはわからない。内陸であるため、昆布は手に入らない。かつお節にいたっては論外である。
 そんな中で唯一、手に入りそうなのが煮干しであった。
 さすがに蒼馬も詳しい製造方法は知らないが、名前からして小魚を煮て干せばいいのだろう。それならば簡単である。小魚も川魚で代用できなくはないはずだ。
 蒼馬は、さっそく煮干し作りに着手した。河で魚を取る漁師を紹介してもらうと、大量の小魚を分けてもらう。それを大鍋で煮た後、数日かけて風通りの良い場所で乾燥させたのである。
 それは大変な苦労であった。何しろ蒼馬は暇ではない。煮干し作りができるのは、忙しい領主の政務を何とかやりくりし、その合間を何とかこじ開けて作ったわずかな時間だけである。
 そればかりではない。乾燥させている間は、少し油断をすれば鳥などの略奪者もやってくる。そして何よりも、煮干しを酒のつまみにしようと襲来する酒飲みどもを追い払わなければならなかった苦労は涙なくしては語れないぐらいだ。
 そんな苦労の果てに、ついに煮干しらしきものが完成。いよいよ念願の味噌汁を作れるようになった。
 厨房からスープ用の鍋を借り、まずは煮干しで出汁を取る。十分に出汁が取れたところで煮干しを引き上げ、そこにミトゥを溶かす。すると、見た目は、具のない味噌汁らしきものができた。
 しかし、味見がてらに、ひと口すすった蒼馬は首を傾げる。
 まずくはない。だが、何かが物足りない。しばし考え込んだ蒼馬は、それが旨味であるのに気づいた。それとは逆に、ずいぶんと甘い気がする。
 これでは味噌汁というより、とっても薄い魚介風味のホワイトシチューというのが、率直な感想だった。
 一緒に味見をしたシェムルは「悪くはない」と言ってくれたのだが、本物の味噌汁の味を知る蒼馬にとっては、それはとうてい味噌汁とは言い難いものである。
 その原因は、すぐに判明した。
「ミトゥでスープをお作りになられているのですか?」
 蒼馬へ政務に戻るように泣きついてきたミシェナが、ミトゥが入った木桶を覗き込んで、そう言った。
「ミシェナさん、これ知っているの?」
「はい。この辺りの農村で良く食べるものです。蒸かした芋をすり潰し、塩を混ぜてから数日寝かせて作るんですよ」
「芋? 大豆じゃなくて……?」
「はい。芋ですが、それが何か?」
 あっけらかんとミシェナが答えたのに、蒼馬は愕然とする。
 道理で違うはずだ。
 味噌の旨味は、大豆のたんぱく質が分解されてできたものである。それに対してイモ類はデンプン質がほとんどでタンパク質は少ない。旨味が足りず、甘味が強いと感じたのも当然であった。
 せっかく念願の味噌が手に入ったと思っていたのに、この結末である。蒼馬が気落ちしてしまったのも無理はなかった。
「考えてみれば、大豆は食べられてなかったんだよなぁ……」
 落ち着いて考え直せば、自分が栽培させるまでは大豆は食用とみなされていなかったのだ。それなのに大豆を用いた食品があるわけがない。それに、ミトゥを分けてもらったその場で作り方を聞いていれば、こんな誤解はなかっただろう。
 酒に酔っていたとはいえ、そんな単純なことすら思いつかないほど味噌が見つかったと浮かれていた自分が恥ずかしい。
 しかし、それも無理はない。
 蒼馬がこちらの世界に来てから、早一年以上が経過していた。
 ゾアンの村の夜襲に始まり、火攻め、砦落とし、街の制圧、そして最高の将軍と呼ばれたダリウス将軍との戦いと、わずかな間にギリギリの戦いの連続だった。それからも未経験の街の統治に四苦八苦しながら、平原開拓や産業新興などにも着手。さらには平原のゾアンたちの族王になるなど、振り返れば本当にいろいろなことがあった。
 まさに、脇目もふらず必死に駆け抜けてきた一年であろう。
 しかし、平原のゾアン全氏族の協力を得られたのに加え、平原の開拓やガラスや石鹸などを製造する工房の稼働状況も順調なこともあり、最近になって少しばかり蒼馬の気持ちにもゆとりができてきた。
 そして、それとともに蒼馬の中に、ある渇望が湧くようになった。
 それは、日本食である。
 主食である米に、味噌や醤油といった日本食を代表する味に飢えて来たのだ。
 現代でも、海外で暮らす人が味噌や醤油を渇望するようになると耳にしたことはある。しかし、まさか自分が異世界で同じ目に遭うとは思いもしなかった。
 別にシェムルが作るゾアンの料理に不満があるわけではない。香辛料の利いた肉はおいしい。この世界の一般的な料理を考えれば、ゾアンの料理が存在してくれたことに何度感謝したかわからなかった。
 だが、それと同時に思うのだ。
 これを白米と一緒に食べたい、と。
 また、団子にしても醤油味をつけたらもっとおいしそうだ。内臓を煮込んだスープも、味噌を入れたら良いんじゃないか。
 食事のたびに、そんな思いがムクムクと胸の奥から湧いてくるのだ。
 すでにヨアシュなどに日本食に似たものはないか探してもらってはいるが、いまだはかばかしい返事は返って来ていなかった。
 いっそのこと自分で作ってやろうかとも考えたこともある。
 残念なことに米のような作物は、いまだ見つかっていない。だが、大豆ならある。大豆さえあれば、味噌や醤油が作れるのではないかとも思った。
 しかし、肝心な味噌や醤油の作り方を蒼馬は知らない。
 それならば研究開発あるのみだ。
 だが、いくら多少のゆとりが生まれたとはいえ、いまだ蒼馬は街の統治者として様々な政務を処理しなければならない立場である。そこで自分の代わりに味噌と醤油の開発担当として白羽の矢を突き立てたのは、ドワーフたちであった。
 多くのファンタジー小説の中のドワーフ同様に、この世界のドワーフも食い意地が張っている。そんな彼らならば、自分がもたらしたわずかな知識を基に蒸留酒を作ったように、きっと味噌や醤油も開発してくれるだろう。
 ところが、そんな蒼馬の目論みは失敗に終わった。
 何とドワーフたちは、味噌や醤油を開発してもらうために渡した大豆を塩茹でにして、全部食べてしまったのだ。そればかりか、塩茹での大豆がおいしいと知ったドワーフたちは、まだ収穫前の青い大豆にまで手を出し、蒼馬が教えるまでもなく枝豆の味を覚えてしまった。それに蒼馬が苦情を言うと、かえってドワーフたちから「せっかくの食い物を腐らせてしまうとはもったいない」とたしなめられてしまう始末である。
 今にして思えば、いくら食い意地の張ったドワーフたちと言えど、いきなり発酵食品を作らせようとしたのは失敗だったかもしれない。
 あれほど好きな酒ですら、ドワーフたちは自ら小麦や葡萄から造ろうとはしていなかった。食べ物となると、うまいに越したことはないが、どちらかといえば質より量を求めているようだ。ついついドワーフならば何でも作れると思い込んでいたが、食品開発に彼らはどうにも不向きな気がした。
 それに味覚はその人の生い立ちによって大きく変わるものだ。父親が知人からもらってきたという海外のお菓子を食べたところ、とてもじゃないが舌が受けつけられなかった経験が蒼馬にもある。
 国が違うというだけでも、そうなのだ。これが異世界ともなると、果して日本の味覚が通じるか疑問である。こちらの世界の人に日本の味の再現をお願いするのは土台無理な話だったのだ。
 もし、そのようなことができるような人がいるならば、それはきっとドワーフ以上に食い意地が張っていて、柔軟な考えと味覚を持つ人だろう。
 そこまで考えてから、蒼馬はふっと自嘲する。
 いまだ食糧事情が悪いこの世界では、食事は腹を満たすことが優先される。こんな世界の中で、食事に量よりも味を求める。そんな都合が良い人が、そうそういるはずがない。
 やはり、こちらの世界で日本食を食べるのは無理なのだろうか。
 蒼馬は、深々とため息をもらした。
 しかし、無理だと思えば思うほど、日本食が恋しくなる。
 いや。もう贅沢は言わない。日本食じゃなくてもいい。せめて現代日本で食べていたのと同じレベルの食べ物が食べたい。
 このパンだって、そうだ。
 蒼馬は手にした食べかけのパンに目を落とす。
 まるで小麦粉の塊を焼いただけのような硬いパン。贅沢を(つつし)むため、兵士と同じパンを出すように言ったのは自分だが、このパンはないんじゃないかと思う。これではまるでビスケットと同じだ。現代日本のふかふかで柔らかいパンとまでは言わない。せめて、もう少しマシなパンを食べたい。
 そんな想いが、つい口から洩れる。
「「ああ、美味しいものが食べたいなぁ……」」
 蒼馬は、目をしばたたかせた。
 今、自分の言葉に誰かの声が被ったような気がした。蒼馬は立ち上がると、背中を預けていた茂みを振り返る。
 すると、蒼馬に合わせるように、茂みの向こうから立ち上がった人と目が合う。
 それは蒼馬とさほど変わらぬ年頃の少年であった。
 いかにも人が良さそうな穏やかな茶色の目に、低い鼻、そしてふくよかな頬。茂みを抜ける時についたのか、赤茶色の髪を乱雑にハサミで短く刈り込んだ頭の上に青い葉っぱを一枚乗せている姿は、何となく童話に出てくるタヌキを思い起こさせた。
 蒼馬は何となく片手を上げて挨拶をした。
「やあ……」
 すると、少年も片手を上げて挨拶する。
「こんにちは……」
 そうしてふたりはしばらく互いを見つめ合うのだった。
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