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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第43話 一石六鳥

「小僧がわしに褒美を出すと?」
 その日、家を訪れた官吏の男から告げられた言葉に、ソロンは素っ頓狂な声を返した。
「ええ。ですので、すぐに領主官邸まで来て欲しいと」
 その官吏の男が言うには、ソロンが法を作るのに協力してくれたことへ感謝を示すために蒼馬が褒美を出そうという話になったらしい。そこで急な話で申し訳ないが領主官邸まで御足労を願いたいという。
 それにソロンは感激した。さっそく信賞必罰を実行しようとしているのは当然として、自分に褒美を出すというのが何とも素晴らしいではないか。
「おお! わかった、わかった。急いで行くわい」
 蒼馬の気が変わったら大変とばかりに、椅子から飛び上がったソロンは官吏の男を急き立てて領主官邸へ向かおうとした。
 その時である。
 ソロンは部屋の片隅から、視線のようなものを感じ、足を止めた。そちらへ目をやると、そこにあったのは一枚の銅鏡である。借金取りの襲来に備えて家の入口に向けられていた銅鏡が、きらりと光を反射していた。
「どうか、されましたか?」
 ほんの寸前まで自分を急き立てていたソロンが足を止めたのに、官吏の男は(いぶか)しげに尋ねた。しかし、ソロンは顔をしかめてうなったかと思うと、いきなり態度を変える。
「褒美を与えるのにすぐに来いとは、失礼な話じゃ。まずは、それなりの場を(もう)けよ。そうじゃな。明日の朝、わしの方から出向くと伝えよ」
 ソロンを連れてくるようにと言われていた官吏の男は、それでは困ると難色を示したが、ソロンに追い立てられ、渋々と立ち去って行った。
 官吏の男を追い払ったソロンは、いつもは開けっ放しの家の扉を閉めると、銅鏡を手に取り、それを覗き込んだ。
 そこに映っているのは、手入れもせずに伸ばすに任せたボサボサの白髪と長い髭の老人の顔である。長年の飲酒がたたり、顔は酒焼けで赤く、目の下のクマも色濃い。
 そして、身に着けている衣服もみすぼらしかった。長年着続けた服は色あせた上に泥と垢で黒ずんでおり、もはや元が何色だったのかすらわからない。いたるところにかぎ裂きや穴が空いており、もはやボロ布と変わらぬ有様だ。
 普段は気に留めもしない自分の風体に、ソロンは腕組みをしてうなる。
 しばらくそうしていたソロンだったが、何を思ったのかやおら立ち上がると、奥の部屋から箱を引きずり出した。
「残しておくのは未練と思っておったが、まさか再びこれを使う時が来るとは……」
 ソロンの顔に浮かぶ自嘲の笑みの中に、かすかな喜びがにじんでいた。

                 ◆◇◆◇◆

「あのクソ爺は、よけいな手間を増やす。ソーマは忙しいのだぞ」
「まあまあ。今後の予行練習と思えばいいよ」
 先ほどからぶつくさと文句を垂れるシェムルを蒼馬は、そういってなだめた。
 そこは領主官邸にある謁見の広間である。隣国ジェボアからの使節を受け入れられるように内装や調度品にも手がかけられた謁見の間は、褒賞授与の場としても十分に使える場所だ。
 そこには今、蒼馬やシェムルだけではなく、ガラム、ズーグ、ドヴァーリン、ジャハーンギル、エラディアなどの蒼馬の陣営の主だった面々が一堂に集められていた。
「ふん。あのクソ爺相手じゃ練習にもならないぞ」
 だが、シェムルが文句を言うように、普段のソロンの乱行を知る者たちはそろってここまでやる必要があるのか懐疑的だった。
 氏族の取りまとめや練兵などで忙しいガラムやズーグ、ガラスや石鹸の工房のために日夜奔走(ほんそう)するドヴァーリンはもとより、昼寝ばかりしていてやることがないはずのジャハーンギルでさえ、早く終わらせてしまいたいという態度を隠さない。
「ソロンさんをお通しして」
 ジャハーンギルの尻尾が床を叩く音の間隔がしだいに短くなっているのに、これは手早く終わらせた方が良いと思った蒼馬は、すでに控室で待っているであろうソロンを案内するようにエルフの女官に告げた。
 しばらくして、謁見の間に入ってきたエルフの女官は、一礼してから声を上げる。
「ソーマ様に申し上げます。街の学士、ソロン様をお連れいたしました」
 それに、蒼馬は違和感を覚える。
 エルフの女官の態度がおかしな気がした。いつもは彼女らを率いるエラディア同様に、感情を表には出さず、常に微笑んでいるはずのエルフの女官が、何やら動揺しているように見えたのだ。
 そして、それが気のせいではなかったのだと、すぐに蒼馬自身も理解する。
 女官の後に続いて謁見の間に入ったソロンの姿に、蒼馬はあっと驚いた。
 普段はボサボサに伸ばされた白髪は香油でしっかりと固められ、長い髭もきれいに切りそろえられている。
 まるでボロ布のようだった衣服も、真っ白な布を身体に巻きつけるトガのようなものに代わっていた。さらにその上には、鮮やかな刺繍が施された藍色の肩掛けをはおっている。
 そして、その凛とした立ち姿は、どこか風格すら漂わせていた。
 ソロンは一礼をしてから広間に入る。そして、いつもの千鳥足はどこにいったのか、しっかりとした足取りで広間の中ほどまで進むと、その場に両膝をついた。それから曲げた右腕を腹部に軽く当てると、そこを支点とするように上半身を折り、軽く頭を下げる。
 これまでにないソロンの立ち居振る舞いに、広間にいた全員が唖然としてしまう。
 蒼馬もどうしたら良いのかわからず、いまだに頭をあげようとしないソロンを前にして、目をパチクリとさせるばかりであった。
 その場で一番先に我に返ったのは、エラディアである。彼女はあわてて蒼馬に耳打ちした。
「ソーマ様。あれは学士の正式な拝謁の礼です。頭を上げるようにおっしゃってください」
「わかった。――ソ、ソロンさん。頭を上げてください」
 当初、蒼馬は感謝の言葉を告げて銀貨の詰まった袋を渡すぐらいに思っていた。しかし、今この場の雰囲気は、それを許してくれそうもない。どうすれば良いか戸惑う蒼馬に、エラディアがすかさず助け船を出す。
「ソロン様。この度、新しき法を制定するにあたり、その功績は大なり。よって、ソーマ様より褒美が下されます。どうぞお受け取りください」
 エラディアは即興で褒賞授与の文言をひねり出した。それから銀貨の袋を手ずからソロンに渡そうとした蒼馬を制し、その隣にいたシェムルに小さく声をかける。
「シェムル様。ソーマ様の代わりに、これをソロン様へお渡しください」
「わ、私がか?」
 突然の指名に、シェムルは焦る。
 普段のソロンの言動から、エラディアも堅苦しい作法を抜きにした褒美の受け渡しだとばかり思っていた。だが、ソロンが正式な礼を取るのならば、こちらもそれ相応の作法に則らなければならない。
「ソーマ様が手ずから渡されては、ソーマ様が軽く見られてしまいます。ですが、女官程度がやっては、今度は逆にソロン様とその功績を軽く見ていると取られかねません」
 ここは宰相や侍従長なりが務める場面である。だが、そうした役割の人物がいない今、蒼馬がもっとも信頼し、その身近に仕えさせ、自他ともに認める蒼馬の第一の臣であるシェムルが行うのが無難である。
「ここはシェムル様がソーマ様の代理を務められるべきです」
 エラディアに強く断言され、シェムルは動揺しながらもコクコクとうなずいた。
「あ、ああ。わかった」
 報奨の銀貨が詰まった袋を手にしてソロンの許へ歩いて行くシェムルは、はたから見てもガチガチに緊張していた。褒美をいただくはずのソロンが平然としているのに、与える側のシェムルが緊張にギクシャクと手足を動かす光景は滑稽であった。
 しかし、その場にいる誰もが、それを笑うほどの余裕はなかった。皆、その場の空気に呑まれ、事の成り行きを見守っている。あのジャハーンギルでさえ、尻尾をピンッと伸ばしていたほどだ。
「う、受け取れ……取るがいい?」
 シェムルが意味不明な言葉とともに差し出した褒賞の詰まった袋をソロンは軽く手を上げて押しとどめる。それから蒼馬に向けて再び深く一礼をすると、こう言った。
「ソーマ様。褒美をいただく代わりに、ひとつ献策することをお許し願えませんでしょうか?」

                 ◆◇◆◇◆

 数日後、街の要所に立てられた立て札の前に多くの住人たちが集まっていた。
 そこへ遅ればせながらやって来た男が人垣の中にいる知り合いを見つけて声をかける。
「おい、これはいったい何の集まりだい?」
「領主様の御触れだよ。何でも、新しい法だそうだ」
 とたんに男から興味が失せた。法などというものは、支配者にとって都合の良い決まりの押し付けであり、自分たちのような金もない連中にはあまり関係のないものだったからだ。それに立札の後ろの壁いっぱいに書かれている新しい法というのも、あまりの文量に読む気にすらなれない。
 しかし、それにしてはこれほどの人が集まっているのが不思議だったので、それを尋ねる。
「それがな。この法を丸々覚えて領主様の前でそらんじられれば、褒美が出るんだとよ」
 褒美と聞いて男の目の色が変わる。
「褒美だって? そいつは、豪儀(ごうぎ)だ。で、どれぐらいもらえるんだい?」
「銀貨百枚だとよ」
「銀貨百枚?! ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとそいつは本当なのか?」
 この当時の一兵卒の年給がおよそ銀貨四十枚なので、褒賞金は一兵卒の年給の二倍半にあたる。これを現代日本の金銭感覚に置き換えれば、現代日本の平均年収がだいたい四百万円なので、その二倍半――およそ一千万円となるのだ。
 ただ法をそらんじるだけで、誰もが一千万円もらえると考えれば、男の驚きも理解できるだろう。
「ついさっきまでいた布告官がそう言っていたぜ。しかも、全部は無理でも、少しでもそらんじられれば、それに応じた褒美がでるらしいんだ。だから、みんなこうして集まっているんだよ」
 これに男も乗り遅れては大変とばかりに、爪先立ちになって人の頭越しに御触れの立て札を見る。ところが、男は文字が読めなかった。
「おいおい、誰か字が読める奴はいないのか?」
 男の言葉に周囲にいた者は皆顔を見合わせるばかりで、誰も名乗り出ない。さて困ったぞと思っていたところに、偶然その近くを孤児院の子供が通りかかった。
「おい。そういえば、孤児院では文字を教えているんじゃなかったっけ?」
「そういや、そうだ。――おい、小僧」
 呼び止められた少年は、ビクッと身体を震わせる。厄介者扱いされていた孤児たちは、街の人に呼び止められる時は、たいてい折檻(せっかん)か八つ当たりされるものと決まっていたからだ。
「待て待て、別にお仕置きしようってわけじゃねぇんだ。おまえ、文字は読めるのかい?」
「はい。それほど難しくなければ……」
「おお、そうか! それなら、あれはどうだ?」
 その子を通すために群衆が割れて道ができる。そこをビクビクしながら通り抜け、貼り付けられた法令を目にした子供は、ホッと安堵した。それは最近孤児院で読み書きの教材として使われているものと同じだったからだ。
「大丈夫です。これなら読めます」
「そりゃ、良かった! よし、お駄賃をやろう。その代りに、おじさんにあれを読んでくれないか?」
 銅貨を握らされた子供は、「では」と前置きしてから法を読み上げ始めた。
 この日から、ボルニスの街ではいたるところで孤児院の子供たちが法を読み上げるのに続いて、大人たちが声を上げる姿が見受けられるようになったのである。

                 ◆◇◆◇◆

 それからさらに一週間ほど後。
 領主官邸で開かれた法を暗唱する試験に、街の人々が長蛇の列を作っていた。その光景を領主官邸の一室から見下ろす蒼馬は、ソロンが献策した時のことを思い出していた。
「作った法を街に貼り出して、それをそらんじられた人に褒賞金を出すんですか?」
 褒美の代わりに献策を申し出たソロンに、まず蒼馬はどのような策なのか尋ねると、ソロンの答えは今蒼馬が口にしたものだった。
「さようでございます。それによって、ソーマ様は五つの利を得られるでしょう。
 第一の利は、法の周知。いくら法を作ったとはいえ、それが民に知られなければ意味はありません。法をそらんじることで褒賞がいただけると知れば、街の人々は率先して法を読み覚えようとするでしょう。
 第二の利は、褒賞の認知。お触れどおり、法をそらんじた者に分け隔てなく褒美を下すことで、ソーマ様が功績には必ず報われる方だと人々に認められるでしょう。さすれば人々は自ら法を守り、功を挙げようとするはずです」
 そこで蒼馬が疑問を挟んだ。
「ですが、街の人々は文字が読めないのではないですか?」
「さよう。しかし、お忘れではありませんか? この街には、今まさに読み書きを必死に習い覚えている者たちがいることを」
 蒼馬は、はっと気づく。
「……孤児院の子供たちですね」
「そのとおり。読み書きができない街の者たちは、子供たちに法を読み聞かせてもらわなくてはなりません。自分らが見下していた孤児たちが読み書きできるという事実。それによって街の人々の中にある孤児院の子供たちへの偏見を払拭できますでしょう。さらに、法を読むことで駄賃が得られるとわかれば、孤児院の子供たちの勉学への意欲にもつながります。これが第三と第四の利」
「では、第五の利は?」
「街の人々への読み書きの普及にございます。これまでごく一部の者にしかできなかった読み書きが、多くの孤児たちにもできると知ります。これまでは難しかった手紙のやり取りや記録といったものが、街の人々の生活の中に入り込むのです。読み書きは、この街においてより身近な存在となり、それは発展へとつながるでしょう」
 理路整然と自分の提案を説明するソロンの姿に、その場にいた全員が唖然としてしまった。目の前にいるソロンが、本当にあの酔いどれの老人なのかと誰もが疑ってしまう。
 その中で、唯一ソロンを高く評価していた蒼馬だけが、感心しきった様子で何度もうなずいて見せた。
「なるほど。一石二鳥ならぬ、一石五鳥ってわけですね」
「はて? 石ひとつで鳥を五羽? それは何でしょうかな?」
 ソロンが首をかしげるところを見ると、どうやらこの世界では一石二鳥という言葉はないらしい。
「僕の故郷では、ひとつの方法でふたつの成果を得られるのを一石二鳥と言うんですよ。一個の石を投げて、二羽の鳥を得るっていう意味です。今回はひとつの方法で五つの成果を得られるので、一石五鳥かなって」
「なるほど、なるほど。これは、さしづめ一石五鳥……いや、一石六鳥の策ということになりますかな」
 それに、蒼馬は首をかしげる。ソロンは五つの利しか挙げなかったのに、わざわざ六鳥と言い直したのが気になった。しかし、それを何度尋ねてもソロンは「実際にやってみればわかります」の一点張りで、答えようとはしなかった。
 そんなことを思い出しながら行列を眺めていた蒼馬のところへ、官吏が試験の様子を途中報告しにやって来る。
 やはり一週間程度では、法をすべて暗唱できる者は出なかったようだ。参加した住人の大半は序文の数行をそらんじられるぐらいで、半分も暗唱できた者は数えるほどしかいなかったという。
 しかし、蒼馬は布告どおり、そうした人々にも分け隔てなく褒美を与えるように命じた。
 参加した大半の人々は銅貨数枚程度しかもらえなかったが、それでも人々は大喜びで帰っていったという。
 おそらく、今夜は街のいたるところで褒美の銅貨で買った酒壺を片手に蒼馬の名を称える乾杯の声がいくつも上がることだろう。
 そんな光景を思い浮かべて微笑んでいた蒼馬のところへ、喜びに声を弾ませたシェムルがやってきた。
「ソーマ! おまえの読みどおり、行列の中に交じっていたぞ!」
 喜色満面のシェムルの後ろ手に掴まれて連行されてきたのは、炭で髪や髭を黒く染めて変装していたソロンであった。
 ソロンが語らなかった六鳥とは、もしかして法を熟知している自分自身が試験に参加し、銀貨百枚をせしめることではないか?
 そう推察した蒼馬は、鼻の利くシェムルに行列の中にソロンが交じっていないか監視をお願いしていたのだ。すると、案の定、見つけられたというわけである。
「ダメですよ、ソロンさん。あなたが参加するのは、ズルになってしまいます」
 シェムルに放り捨てられたソロンに、蒼馬は苦笑をもって諭した。
 しかし、それに対するソロンの反応は劇的だった。
「ど、どうかお許しくだされぇ~! この哀れな年寄りに、ご慈悲を! 罰金を払えるだけの蓄えも、罰に耐えられるだけの力もございません! この老いぼれの残り少ない寿命が尽きるまでお仕えしますので、何卒お許しくだされ~!」
 このソロンの大げさな命乞いに、蒼馬は目を丸くする。
 別段、ソロンは参加をしてはならないと決めていたわけではない。単に法を作った本人が参加するのはズルになってしまうとたしなめようとしただけである。それがまさか、これから一生お仕えしますなどと、大げさな命乞いをされるとは思っても見なかった。
 困惑する蒼馬の前で、ソロンは大げさな謝罪をピタリとやめると、
「ただし!」
 と、鋭い気迫のこもった声を上げる。
「わしは、おまえがやることなすことすべてを批判し、怒らせよう。耳を背けたい話ばかりをし、不愉快にさせよう。それでも良ければじゃがな」
「……わかりました」
 急な変わり身に圧倒され、言われるがままに了承した蒼馬に、ソロンは歯のかけた口でニカッと笑って見せる。
「よし。ならば、この非才なる身のすべてをもって、民草が陽気に酒を飲み、昼寝ができる太平な国を作るのに力をお貸しいたしましょう」
 蒼馬は、はたと気づいた。
 もし、うまく銀貨百枚を得ても、それはソロンにとってはたったひとつの利に過ぎない。せいぜい、この提案によって蒼馬たちの尊敬が得られることを加えても、たったふたつだけだ。それでは一石六鳥にはならない。
 そもそも街の人に法を周知させるなどの五つの利益を得るのは、蒼馬である。
 それはつまり――。
「ソロンさん。あなたが六羽目の鳥だったんですね?」
 蒼馬の問いに、ソロンは視線を横にそむけると、
「さて、何のことじゃろう?」
 そう、すっ呆けたのである。

                  ◆◇◆◇◆

 かくして、後に「大賢」とも呼ばれるソロンが破壊の御子ソーマ・キサキの幕下(ばくか)にその名を連ねたのである。
 従来の慣習をことごとく打ち破り、飛躍的な革新を断行したといわれる破壊の御子ソーマだが、それは戦術や技術開発などの分野に限られ、内政については不得手にしていたという。
 事実、最初の拠点となったボルニスの初期の施政において、当時は下級官吏に過ぎなかったミシェナ・エルバジゾが台頭できたのも、ソーマの強引な改革によって官吏らに混乱が生じたからに他ならない。
 それについて多くの歴史家らは「ソーマ・キサキの本質は破壊であり、安定ではかったからだ」と説いている。
 それが真実かどうかは定かではない。だが、破壊の御子ソーマ・キサキが内政を得意としていなかったのは、間違いようのない事実である。
 そして、そうした弱点である内政面から破壊の御子ソーマ・キサキを支えたのは、「大賢」と呼ばれたソロンであった。
 彼は法を整え、それをもって国に規律をもたらしたばかりか、アラビア数字の使用を推奨し、孤児たちに教育を施すなど、ソーマの国の基礎を築いたと言っても過言ではない。まさに、破壊の御子ソーマ・キサキが述べたように、「彼がいなければ、国そのものが成り立たなかった」のである。
 だからこそ、ソーマが最大の功労者とミシェナを挙げているというのに、後世の多くの人々が三角筆頭にソロンの名を挙げるのだ。
 そのため画聖ヌマリの描いた「破壊の御子ソーマ・キサキ」の像の中で、ソロンが与えられたのは、額の右から天を突くかのように伸びた一本の角である。他のどの角よりも雄々しくそそり立つ様は、三角の中でもっとも目立つ功績を上げたことを表しているのだ。
 最後に、ひとつ余談を付け加えよう。
 破壊の御子ソーマは、ソロンの功績を高く評価して重用していた。だが、彼の半身とも呼ばれるゾアンの娘シェムルはソロンを毛嫌いしていたことが良く知られている。そんな彼女が残したとされる、次のような言葉がある。
「あいつが賢いことは認める。だが、その人となりは最悪だ。賢者とも賢人とも呼びたくはない」
 ソロンを「大賢人」とも「大賢者」とも呼ばず、ただ「大賢」と呼ぶのは、これが所以(ゆえん)である。
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