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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第39話 ガラス

 ガラス。
 現代日本では、食器や窓ばかりではなく様々な素材として用いられる物質である。もはや現代生活には欠かすことができない物質であり、それと同時に現代人にとっては身近にありふれたものであるとも言えよう。
 しかし、かつてガラスは宝石や貴金属と並び輝いている時代があった。
 現代では、原料である硅砂とアルカリを高温で溶融させて直接良質のガラスが大量に製造されている。しかし、科学技術が劣っていた古代において、ガラスの製造とは多大な困難と労力をともなうものだった。
 そのため、古代においてガラスは非常に希少価値の高いものであり、宝石や貴金属の代用品として用いられてきたのだ。
 そして、このセルデアス大陸においても、ガラスの製造技術はドワーフたちの秘匿する秘術である。それに加えて昨今の聖教による亜人類排斥により、ドワーフのガラス職人の減少やドワーフとの交易の縮小を招き、流通するガラスが激減したため、その希少性はさらに高まっていた。
 そうした希少価値に加え、ドワーフたちの手による美麗な装飾とあいまって、ガラス製品は王侯貴族のみが使う最高級品として高い値で取引されていたのである。
 そんな状況の中で、ボルニスの街に目玉となる産業を興したい蒼馬と、種族の秘術を復興させたいドヴァーリンの願いが一致した結果、このドワーフのガラス工房が建設されたのだ。
 しかし、その建設には、とてつもない苦労がともなった。
 とりわけ大変だったのは、窯を作るための煉瓦と、原料を中で溶融させてガラスを作るためのルツボの製作である。いずれも高温に耐えられるだけではなく、ルツボについては溶融ガラスの高い浸食性にも耐えられるものでなくてはならなかった。
 そうした耐火物は、ただ粘土を焼いてできるものではない。厳選された天然の岩石や粘土を使うのはもちろんのこと、耐熱煉瓦やルツボの欠片を砕いて粉にしたもの――シャモットが必要となる。
 そして、幸運にもドワーフたちは、このシャモットとなる煉瓦やルツボの欠片を持っていたのだ。
 冶金やガラス製造に欠かすことができない高温に耐えられる窯炉(ようろ)やルツボは、ドワーフの命である。その窯炉やルツボを不慮の事態により失ったときの備えとして、セルデアス大陸のドワーフたちには、その年の最初に焼いた煉瓦やルツボなどの耐火物やガラスなどの欠片をお守りとして持つ風習があったのだ。
 大半のドワーフは奴隷になった際に奪われたり、なくしたりしてしまっていたが、わずかに隠しおおせた者たちが互いに所持していた煉瓦やルツボの欠片を出し合い、シャモットを作ったのである。
 しかし、それはドワーフにとっても苦汁の決断だった。
 ドワーフにとって、煉瓦やガラスは遠い父祖より連綿と受け継がれてきた一族の技術の結晶なのだ。そこには父祖たちが血と汗と涙を流して研究し開発した添加物やその配合率など、その一族独自の技術がすべて注ぎ込まれている。それを他の一族のものと混ぜるなど、受け継いできた特質を均一化させ、失わせるものに他ならず、本来ならば決して許されるものではない。
 だが、あえてドヴァーリンらは次の言葉とともに、それを断行したのである。
「これより、わしらは新たなひとつの一族となる」
 セルデアス大陸各地から様々な運命を経てボルニスの街に集ったドワーフたち。彼らは自らの一族を捨て、蒼馬の下で全員が新たなひとつの一族として生まれ変わろうという決断だったのである。
 それだけに、このガラス工房の完成には、ドヴァーリンも胸に迫るものがあった。しかし、それを誤魔化すため、あえて不満を口にする。
「じゃが、まだまだよ。原料の砂も、満足できるものではない。本当は水晶のクズか砂漠の砂が良いんじゃが……」
 蒼馬に渡した壺が濃い緑色をしているのは、原料の砂などに含まれる鉄分のせいである。他にも含まれる金属などの不純物によってガラスは様々な色がついてしまう。最高級品とされる透明なガラスを作るには、そうした不純物が極力含まれていない原料を探さなくてはいけないのだ。
「そちらは手を打ってあります。砂が届き次第、こちらに持って来させますね」
 どこからガラスのことを嗅ぎつけて来たのか、取引を持ちかけてきたヨアシュに、各地から砂を手に入れるようにお願いしてある。特にドヴァーリンが求める砂漠の砂は、ベネス内海を隔てた大陸の南から取り寄せなくてはいけない。その点、海洋交易に大きな力を持つヨアシュの協力が得られたのは幸いだった。
「ところで、ソーマ殿。このガラス製造の最大の功労者を紹介したい」
 ドヴァーリンは近くにいたドワーフのひとりを呼び寄せる。
「こいつの名前は、ナール。ホルメア国の北からきた同胞じゃ」
 てっきりドヴァーリンらと同じ帝国から売られてきた奴隷のひとりとばかり思っていた蒼馬は、驚いてシェムルに尋ねる。
「ねえ、このあたりにドワーフの人たちがいたの?」
「忘れたのか、ソーマ。こいつは――」シェムルは自分の腰の山刀をポンッと叩く。「――私たちの父祖がドワーフに頼んで打ってもらったものだぞ」
 そう言われてみれば、奴隷商から買い取ったドヴァーリンたちをガラムらと初めて対面させた時、ズーグがそのようなことを言っていたのを思い出した。
「確か、この近くにいたドワーフの人たちは人間に追われて姿を消してしまったとか……」
 その時のシェムルの言葉を思い出しながら蒼馬は独り言のように呟くと、それを聞いたナールは大きくうなずいた。
「はい。私はかつてこの辺りの山々に住んでいたドワーフの血族のひとりです」
「こやつがガラスを作るための秘薬を提供してくれたのよ」
 ドヴァーリンは、ナールの功績を強く主張する。
「ガラスを作る秘薬……ですか?」
「そうだ、ソーマ殿。それがなければ、ガラス製造にはもっと時間がかかっただろう」
 ガラスを作る秘薬とは、溶融ガラスを作る際にシリカ砂の融点を下げるために加えられるアルカリのことである。セルデアス大陸では多くの場合、このアルカリには植物を燃やした灰などが使われていた。ドヴァーリンも当初、そうした灰を使うつもりでいたのだが、ナールのもたらした秘薬の存在が、それを変えた。
「トロナ石の鉱床があるのです」
 トロナ石とは、大河や塩湖の周辺から産出する炭酸ソーダを主成分とする鉱物のことだ。古くは、古代エジプトにおいて干上がった塩湖の湖底から採掘されていた物質である。
 ナールはシェムルを一瞥してから、躊躇(ためら)いがちに言葉と続けた。
「私たちはゾアンと山刀の交易をする合間に、ひそかにソルビアント平原で見つけた鉱床からトロナ石を採掘し、ガラスを製造しておりました」
 シェムルは、自分らがいた平原にそんなものが眠っていたのかと驚く。
 このナールの一族が見つけたトロナ石鉱床は、近代のセルデアス大陸において採掘が続けられる天然ソーダの一大鉱床である。
 この鉱床は、かつてソルビアント平原を囲むドーナス山脈を形成した大陸プレートの衝突の過程で陸地に閉じ込められた大量の海水のひとつである。そのうち北部のものは、そのまま岩塩となったのだが、平原の中央付近に閉じ込められた海水は濃縮する過程で地下からの炭酸ガスを多く含む火山性ガスや微生物の影響によって炭酸ソーダ――トロナ石となったのだ。それが地殻変動により地表近くまで隆起していたものをナールの一族が発見し、ひそかに採掘していたのである。
「それで、僕へのお願いって?」
 ドヴァーリンの言い分を信じれば、このナールという名のドワーフの功績はとてつもなく大きい。蒼馬は多少の無理は聞くつもりだった。
 そんな蒼馬の前で、ナールは突然ひざまずく。
「私たちの一族をお救いください!」
 突然の申し出に、どういうことかと困惑する蒼馬に、ナールは自分の一族の現状を語った。
「私たちの一族は、ホルメアという国の人間たちによって、マーベン銅山に囚われているのです」
 マーベン銅山とは、ホルメア国の北部の山にある銅山である。そこから採掘される銅はホルメア国内のみならず大陸の西域で流通する銅の大半を担うという、西域でも有数の銅の採掘量を誇る銅山だ。
 しかし、もともとはナールたちドワーフの一族のものだった。ところが五年程前に、ホルメア国はドワーフが劣悪な銅を売りつけたと難癖をつけて軍隊で攻め入り、ドワーフの集落ごと占領してしまったのだ。
 そうした経緯を教えられて驚く蒼馬に、ナールは言葉を続ける。
「以来、私たちは奴隷として鉱山で働かされてきました。男たちは毎日休まず銅を掘らされ、少しでも逆らえば鞭や棒で叩かれます。与えられる食べ物は少なく、薬もありません。そのため多くの同胞たちが怪我や病でバタバタと死んでいるのです。しかし、それでも、女子供を人質として隔離されているため反抗すらできません」
 ナールの声には、隠し切れない無念さと怒りが込められていた。
「そんな中で、人間の看守どもからここの話を聞き、一族の一縷の望みを託された私が、同胞たちの亡骸に紛れて、たったひとり、こうしてここまで逃げてまいりました」
 ナールは、蒼馬に懇願する。
「どうか……! どうか、我ら一族をお助けください!」
 祈るように組まれた節くれだった両手の指には、無数の傷やひび割れがあり、袖から覗く太い腕にも鞭で打たれた傷や焼きゴテを押し当てられたような火傷の跡があった。
 その痛ましい姿に、蒼馬は目許をゆがませる。だが、一度唇を固く引き結ぶと、落ち着いた口調で言葉を選びながらナールに告げた。
「今の僕たちは、自分たちを守るので精いっぱいです。あなたたちを救うために、ホルメアと戦争することはできません」
 ナールたちには悪いが、それが蒼馬たちの実情である。
 いくらダリウス将軍を打ち破ったとはいえ、いまだホルメア国は二万以上の兵力を有するのだ。そこへ攻め入って戦えるほど蒼馬たちは力を持っていない。
 その答えに、ナールばかりかドヴァーリンたちの顔にまで失望の色が浮かぶ。
 しかし、蒼馬は悲しげだった顔を微笑ませた。
「ですが、そう遠くない日にホルメアと決着をつける時がきます。その時、きっとあなたの願いどおりになるでしょう」
 その言葉に感極まったナールは感涙を浮かべ、再び床に額をこすりつけるようにして頭を下げた。それを周りで見ていたドワーフたちも、小さく鼻をすする。
「見とれよ。わしらが最高のガラスを作り、ソーマ殿の力となってやるわい!」
 目尻に浮かぶものをごまかすように、その厚い胸を張ってガハハッと笑うドヴァーリンだった。
 ところが、そこに水を差すような呟きが洩れる。
「そのために、いくつ森をつぶすのやら……」
 エラディアの毒のこもった言葉に、蒼馬は驚いた。
 エラディアもつい口にしてしまったようで、蒼馬がどういう意味かと尋ねても最初は言葉を濁すだけであった。しかし、重ねて蒼馬が尋ねると、言葉を選びながら答えた。
「このガラスというものを作るのには、大量の木材を使用するのでございます――」エラディアは工房を見回した。「――おそらく、ここ以外にも工房があるのではありませんか? しかも、ここよりもっと大量の木を燃やす工房が」
 ドヴァーリンは、ぎょっとした。
 確かにエラディアが言うとおり、ここ以外にもガラス製造のための工房が存在していたのである。
 現代のように、直接原料を溶かしてガラスを製造するだけの高温を技術的に得られなかった時代では、ガラスを作るには三段階の工程を経なければならなかった。
 まず、原料となるシリカ砂とアルカリを高温で溶融させ、それを急冷して粉砕したガラス粒――フリットを作成する第一工程。次に、このフリットと廃ガラス片――カレットを高温で溶かして原ガラスを作成する第二工程。そして、この原ガラスを溶かし、着色や成形して製品を作る第三工程だ。
 ドヴァーリンらドワーフたちは、このうちもっとも高い温度が求められ、大量の木材を燃料として必要とする第一と第二工程を木がたくさんある北部の山の麓に建設した別の工房で行っていた。そして、今いる工房は第三工程のみを行う場所で、河を使って別の工房で作った原ガラスを運び入れ、それでガラス器具を製造していたのである。
 そうしたことを聞かされた蒼馬は驚いた。
「ガラスを作るのには、そんなに木材を使うんだ……」
 現代ではガラスを溶融する高温を得るためには石油やガスを使っている。だが、そうしたものがなかった古代や中世では、作られるガラスの二十倍から五十倍もの木材を必要としていたという。中世ヨーロッパにおいて原生林が急速に減っていったのも、ガラス工業の発展によるものだという説すらあるのだ。
 しかし、いまだ手つかずの原生林も多いこの世界において、森林伐採に対して危機感を抱いているのは、そこに暮らすエルフぐらいのものだっただろう。また、エルフ自身も自分らの生活圏としていた森にドワーフが踏み込むことへの嫌悪の方が強く、森林がなくなってしまうという認識は少なかった。
 だが、熱帯林の伐採による環境破壊などが叫ばれている現代日本で生きてきた蒼馬は、これは大問題だと考えた。
 しかし、だからと言って、いきなり森林伐採をやめさせるわけにもいかない。こちらの世界に来て身をもって知ったことだが、木材は燃料として人の生活に欠かせないものである。これから町がどんどん発展していけば燃料の需要はうなぎのぼりに上がるだろう。いくら自然保護のためとはいえ、いきなり木材の使用を制限してしまい、今ある街の暮らしそのものが成り立たなくなってしまえば、元も子もない。
 そこで蒼馬はエラディアに妥協案を提示した。
「エラディアさん。植樹ってできませんか?」
 森林保護と言えば、蒼馬が真っ先に思いついたのが植樹である。
「しょくじゅ……とは、何でございましょう?」
 聞いたこともない言葉に、エラディアは首を傾げる。
「僕がいた世界では木を伐採した後、森がなくなってしまわないように苗木――木の子供を植えることになっているんです」
 確執あるエルフとドワーフであるはずのエラディアとドヴァーリンが、思わず互いの顔を見合わせてしまった。
 この世界では植樹など思いもしない発想である。
 麦などの農作物と違い、木は植えた苗木が育ち、薪などの燃料として使えるまでには二十年や三十年はかかってしまう。これでは、いまだ平均寿命が五十年程度でしかないこの世界の人では、その前に寿命を迎えてしまいかねない。そのため、木を育てるという発想が育たなかったのである。
 また、寿命の長いエルフにとっても、樹木は自然のものだ。それを自らの手によって木を植えて育てるなど、想像外ですらあった。
 戸惑うエラディアに、蒼馬は現代日本で聞きかじった知識を披露する。
「森は木が過密になると、木も細くなり、他の植物が育たなくなるって聞きます。過密にならない程度に木を伐採すれば、木は太く立派に育つし、他の植物も育つそうです。それに、伐採した木は木材として利用できます」
 それはエラディアにとって初耳だった。
 しかし、エラディアは漠然とだが、蒼馬の言うことも理解できた。古い森では大きな樹ばかりが生え、その根元にはあまり植物が育たない。しかし、時折強い風や落雷などによって倒木が起きると、その隙間を埋めようと多種多様な植物が繁茂するというのは幼い時に父親に教わった森の知識だ。いわば、それを自分らの手で起こそうというものだとエラディアは理解する。
「それは、できないことはないと思うのですが……」
 しかし、原理を理解するのと、それを受け入れられるのかはまた別の話である。エラディアは森を自分たちの目的のために作り替えることに抵抗を感じてしまう。
「難しいと思いますが、何とかできませんか? ガラスのためだけではなく、街の人の生活にも木材はなくてはならないものですから」
 そうやって蒼馬にお願いされては、エラディアも無下には断れない。
 さらに蒼馬は、ドヴァーリンにもお願いをした。
「木材の代わりに石炭(燃える石)は使えないでしょうか?」
 現代日本では、木材の代わりに石油やガスなどの化石燃料が使われている。今のところ石油らしきものは見つかっていないが、この世界にも石炭はあるようなのでそれを使ってみてはどうかと提案した。
 すると、ドヴァーリンは渋る。
「いや、それは、のぉ……。ガラスや金属を腐らせる臭い煙が出るので、あまり使いたくはないのじゃが」
 臭い煙とは、石炭に含まれた硫黄が燃焼して生じる硫黄酸化物を含む煙のことである。この硫黄酸化物は、製錬する金属やガラスを腐食させることもあり、製鉄やガラス製造などにおいては敬遠されていたのだ。
「そこを何とかお願いします」
 蒼馬は両手を合わせてドヴァーリンを拝むようにお願いした。その仕草の意味はわからないドヴァーリンであったが、蒼馬が懇願しているということはわかる。奴隷から解放されたばかりか、数々の技術や知識を教えてくれた蒼馬に懇願されれば、ドヴァーリンも嫌とは言えない。
「わかった。わかったわ! ――まったく、ソーマ殿にはかなわんわ」
 大げさにぼやくドヴァーリンに、この時ばかりはエラディアも同感だった。
 この時、蒼馬が燃料を木材から石炭へと転用させたことが、後にタールや硫黄などを取り除くために石炭を蒸し焼きにしたコークスの開発へとつながるのだが、それはまた別の話である。
 とりあえず、ふたりの同意を得られて安堵した蒼馬は、改めてガラス工房の中をぐるりと見渡した。
「だけど、この世界のガラスってこうやって作るんですね」
 家族旅行の際にガラス工房を見学したことがある蒼馬は、その時に見た現代科学によって効率化されたものとはまったく違う工房の様子に感嘆の言葉を口にした。
「なんじゃい。ソーマ殿はガラスの作り方を知っておるのか」
 ドヴァーリンの口調には落胆の響きがあった。ガラスの製造は、ドワーフたちにとっては自慢の秘術である。これまで蒼馬から教えられる数々の道具や技術に驚かされてばかりいたドヴァーリンとしては、このガラス製造で蒼馬の度肝を抜いてやろうと思っていただけに、期待が外れてがっかりした。
 それに蒼馬は、慌てて両手を振って否定する。
「知っているといっても、ガラスを作っている工房を見学した程度ですよ。それに、そことはだいぶ作り方も違いますし……」
「作り方が違うじゃと?」
 蒼馬の言葉を聞きとがめたドヴァーリンが眉根を寄せて尋ねる。
「はい。僕の知っている方法だと、こうやって――」蒼馬は棒状のようなものを握るように両手の拳をつなげて口に当てる。「――ぷぅっと息を吹き込んで作るんです」
 ドヴァーリンは、しわだらけの顔をきょとんとさせた。
「息を吹き込むじゃと?」
「はい。金属の筒の先に溶けたガラスを巻いて、それでぷうっと」
 ドヴァーリンは難しい顔で腕組みをした。
 息を吹き込んでガラスの器を作るという話は聞いたことはない。しかし、これまで蒼馬に様々な道具の製作を頼まれたが、そのいずれもがドワーフでも及びもつかない高い技術の産物であることは容易に想像できた。そのため、この息を吹き込んでガラスを作るという蒼馬の話も、一概に笑って聞き流せるものではないとドヴァーリンは考える。
「おい! 何か手ごろな金属の筒のようなものはないか?」
 ドヴァーリンが工房で働く職人らに声をかけると、そのうちひとりが一本の鉄の棒を持ってきた。それは溶けたガラスを巻きとるために使う鉄の棒である。重量を軽くして取り回しが良いようにし、溶かしたガラスから熱を奪わないために、その棒は中空になっており、両端を切り落とせばちょうど良い長さの筒になった。
 いったい何を始めるのかと興味津々のドワーフたちが衆人環視する中で、ドヴァーリンはその筒の先端に溶かしたガラスを巻きつけ、息を吹き込んだ。
 すると、オレンジ色のガラスが、風船のように膨らむ。それを見守っていた周囲のドワーフたちから驚きの声が上がる。
 しかし、その声は、膨らんだガラスが重力に引かれて地面に垂れ下がってしまうと、失望のため息に変わってしまう。
「えっと、確かこう棒をクルクルと回しながらやってたと思います」
 慌てて現代日本のガラス工房で職人がやっていた様子を思い出して助言する蒼馬に、ドヴァーリンはぼやく。
「ソーマ殿。そういうことは、先に言ってくれ」
 二度目の挑戦である。次は棒を回転させながら何度かに分けて息を吹き込む。すると、今度は垂れ下がらずに膨らませられた。さらにそれをどう筒から切り離すか、さんざんもめたが、冷めた後のガラスに傷をつけて軽く叩くことで切り離せるのが判明した。
「……できた」
 そうしてできたのは、ひょうたんか茄子を立てたような不格好な形のものである。だが、間違いなくそれはガラスの器であった。
 ドヴァーリンはすぐさま各工程を差配する工匠頭たちを集める。
「今のを見て、どう思ったかを正直に言ってくれ」
 そうドヴァーリンが発言を促すと、まず一番年配のドワーフが言う。
「それにはまず、実際にやってみたおぬしが感じたものを言うべきではないか?」
 その言い分はもっともだったので、ドヴァーリンはしばし考え込んでから、自分の中で意見を吟味しながら述べる。
「おそらく……いや、確実に今の方法でガラスの器はできる」
 その答えに、工匠頭たちは小さく「おおっ!」と感嘆の声を上げる。
「しかし、あのような方法は邪道じゃ!」
 そう反対意見を言ったのは、ガラスを巻く粘土の型を作る工程を受け持つ工匠頭であった。
「邪道は百も承知だ。だが、わしはあの方法に恐ろしい可能性があると思う。――考えても見ろ。これまでひとつの器を作るのに、いったいどれだけの時間がかかっていた?」
 その言葉に、工匠頭たちは一様にうなる。
 まずは金属の棒の先端に、粘土で器の芯を作る。それを乾燥させてから、溶かしたガラスに直接浸けるか、紐状にしたガラスを巻きつけて再度加熱してガラスを一体化させる。それをゆっくりと冷やして固めた後に、芯の粘土を掻き出して、ようやくひとつの器ができるのである。
 ところが、蒼馬の提示した方法は、溶かしたガラスを棒につけて息を吹き込むだけだ。
「おそらくは、これまでの十倍――いや、数百倍も作業効率が上がるだろう。それだけではない。これをよく見よ」
 ドヴァーリンは、先ほど吹いたガラスを示す。
「どうだ、この薄さ。今までの方法で、これほどの薄さのものを作れたか?」
 ドヴァーリンが言うとおり、これまで作っていたガラスは透かして見れば向こう側の光が何とか見える程度だったのに対し、吹いて作られたガラスの容器はそのまま向こう側が透けて見えるほど薄い。
「これまでとは比較にならぬ手間の少なさ。そして、この薄さ。――わしは、これはとてつもない技術だと思う」
 これまでドワーフたちが行っていたのはコアテクニックと呼ばれるもので、古代エジプトなどで行われていたガラスの製法である。
 それに対して現代日本でガラス工芸と言われれば多くの人が思い浮かべるであろう、鉄のパイプに息を吹き込んで先端に付けた溶けたガラスを膨らませる技法は、ローマ帝国時代に発明されたとされる、「吹きガラス技法」だ。
 この「吹きガラス技法」は、数千年を経た現代でもガラス工芸で用いられているばかりか、最先端の工場でも人の手から機械式に変わったもののガラス容器製造をする基本技法である。現代日本人が、ごく当たり前に思っている「吹きガラス技法」は、ガラス工芸における一大技術革新と呼ばれる画期的な技法だったのだ。
 ドヴァーリン以外の工匠たちも直感的に、これはとんでもない技術だと悟っていた。
「これまでの技法を今すぐ捨てろとは言わん。しかし、わしはこの技術を学び、研鑽すべきと思うが、どうじゃろう?」
 ドヴァーリンの提案に、今度は誰からも否やの声はなかった。
 ドワーフたちが難しい顔を突き合わせる後ろで、蒼馬はそろそろ街に戻ろうかと考えていた。見たかったガラス工房もひと通り見られたし、いい加減に街へ戻らなければやらなければならない政務が溜まってしまう。
「僕はそろそろ仕事があるので戻りますね」
 そう言って街に戻ろうとした蒼馬の肩をドヴァーリンががっしりと掴む。
「まあ、ソーマ殿。慌てることはない。もうしばらく、わしらとじっくりと話そうではないか」
 いきなり肩を掴まれた蒼馬は「え?」と口を開いたまま固まってしまう。さらに、その右手を別のドワーフが掴む。
「そうじゃ、そうじゃ。特にガラスのことについて、じっくりと話を聞かせてもらおう」
「他に何か知っておることはないかのぉ?」と、左手を掴まれる。
「些細なことでもええわ。何ぞ他に知っておらんか?」と、服の裾を掴まれる。
「とにかく、きりきり吐いて――いや教えてもらおう」と、腰紐。
 そして、ずるずると工房の奥へと引っ張られていった。
 しばらくそれを茫然と見守っていたシェムルだったが、はたと我に返る。
「貴様ら、ソーマを持っていくなぁ!」

               ◆◇◆◇◆

「……何をしているのだ、あいつらは?」
 戦の備えについて蒼馬と相談したいことがあったガラムだったが、いつまで待っても蒼馬が領主官邸に戻ってこない。それに、ついにしびれを切らし、わざわざガラス工房までやってきたのだが、そこでガラムは呆れ返る。
「貴様ら、ソーマを返せ!」
「そうです! ソーマ様を返しなさい!」
「うるさいわ! ソーマ殿は、わしらとゆっくりと語り合うのじゃ!」
 工房では蒼馬を取り囲むドワーフたちと、それに物凄い剣幕で食ってかかるシェムルとエラディアの姿があった。
 ドワーフたちに取り囲まれた蒼馬は、ガラムと目が合うと、苦笑を浮かべて小さく手を振って寄越す。
 この理解不能な状況に、困り果てたガラムは一緒に来ていたズーグに問うように視線を向ける。するとズーグもまた困惑しながら、自分の頬を指でポリポリと掻きながら言った。
「俺には、ガキどもがオモチャを取り合っているようにしか見えんのだが……」
 そのあまりに的確すぎる表現に、ガラムはため息をつくしかなかった。
 しかし、この騒動の裏側で、ひとりの老人がコソコソと工房へ忍び込んでいたことに、その時は誰も気づかなかった。
「ほうほう。これが噂に名高いガラスを作る薬か。まこと興味深い……」
 ソロンはトロナ石の粉を手に、にんまりと微笑んだ。
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