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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第11話 迫害

 シェムルに連れられてきたのは、山の中腹ほどにある突き出た岩の上であった。
 岩の上に立ったシェムルに誘われてその隣に立つと、そこからは周囲の風景が一望できた。
 山々の稜線(りょうせん)に合せて波打つ、落葉した木々の森。はるか南を望めば山の裾野から、遠くかなたまで平原が広がっていた。
 シェムルはその平原を指差して言った。
「見ろ、ソーマ。あそこがソルビアント平原と人間たちが呼ぶところだ。そして、私たちゾアンの住んでいた父祖の土地でもある」
 そう言われてみれば、蒼馬にも思い当たることがあった。夜な夜なシェムルが語り聞かせてくれたゾアンに伝わる物語の舞台は、必ずと言っていいほど平原のものだった。
「しかし、数十年前から近くの人間の国から兵士たちがやってきて、私たちを平原から追い立て始めた。もちろん、私たちの父祖たちは抵抗した。だが、その力も及ばず、しだいに山へと追いやられ、ついにはこの山に隠れ住むようになったんだ」
「なぜ、人間はゾアンを平原から追い立てたの?」
「もちろん、土地を手に入れるためだ」
 同じ人間である蒼馬の手前、自分の感情を押し殺しながら話すシェムルであったが、その声はぬぐいきれない悲しみに濡れていた。
「人間たちは、平原の草を焼き払い、そこに種をまいてイモなどを育てるのだ。だが、何年も同じ場所を使うと作物の育ちが悪くなるらしい。そうなると人間は、他の場所に移動して、同じことを繰り返すのだ。そのためには、どうしても広い土地が必要になってくる。そこで目をつけたのが、私たちゾアンの住んでいた平原だったのだ」
 シェムルが言っているのは、古い焼畑農業のことである。
 現代の日本人が思い起こす農作業といえば、畑を耕し、そこに肥料を加え、農作物を育てるというものだ。
 それに対して焼畑農業は、その土地に自生する植物を焼き払うことで、そこを短期間の耕作地に変えるものである。焼畑農業は、多くの人が思うような単に植物を焼いた灰を肥料にするだけの農法ではない。酸性に偏った土壌を灰で中和することで作物の栽培に適した土壌を作るのみならず、土を焼くことで土壌を改良し、また病原菌や寄生虫などの防除などの効果もあるのだ。きわめて省力かつ効率的な農法でもあるのだ。
 しかし、ゾアンにとってみれば自分たちが生活の場としている草原に火を放つ行為は、とうてい許しがたいものだった。
「土地を追い出されたから、あんなに人間を恨んでいるんだ」
 人間も食べ物を得るために土地が必要なのは理解できる。だが、そのために土地を追い出されたゾアンが人間を恨むのは当然だ。
 そう思った蒼馬だったが、シェムルは首を横に振る。
「それだけではないのだ、ソーマ」
 次に蒼馬が連れてこられたのは、崖の上だった。
「気を付けて、下を覗いてみろ」
 シェムルが耳元に口を寄せ、声を忍ばせて言った。彼女のただならぬ緊張が伝わってくるのを感じた蒼馬は唾を飲み込むと、ゆっくりと下を覗きこんだ。
 見下ろしたそこは、ちょうど胃袋のような形をした平地だった。
 おそらく昔は今よりも川の流れが蛇行していたのだろう。その蛇行した川の水が長い年月をかけて大きく山肌を削っていたが、その後に川の流れが変わって水が引いても削られた山肌はそのまま残り、それがちょうど胃袋のような形の平地となったのだ。
 平地を胃袋とすれば、山の裾野から平地に通じる山道が腸にあたるだろう。蒼馬の記憶にはないが、途中までシェムルたちとともに登った道である。ここから見ると、道の左手には山がせまり、右手には小さな林を挟んで急流となっている。
 逆に胃袋から上にあがった食道にあたるのは、切り立った崖と急流に挟まれる細い坂道である。そこを抜けると広い範囲で木が伐採されて山肌が覗く斜面に出る。斜面には、幾重にも木の柵が立てられていた。
 おっかなびっくり平地を見回した蒼馬は、声を潜めてシェムルに問いかけた。
「人間の村?」
 蒼馬がそう思ったのも無理はない。
 その平地にいたのは、ゾアンではなく人間である。建物の中やその陰にもいるので正確な人数はわからないが、百名近くはいるだろうか。広場に数人で座り込んで絵札を使った賭け事をしていたり、たき火を囲んで談笑していたり、昼間から酒のようなものを飲んで騒いでいたりしている。
 しかし、よく見れば彼らはいずれも厚手の布に金属の破片をうろこ状に縫い付けた鎧を身に着け、腰に剣を吊るした兵士たちだ。
 隣でシェムルが小さく首を横に振ると、広場の端の方を指し示した。
 そこには最近では蒼馬も見慣れたゾアンのテントが、残骸となって積み上げられている。
 驚いて振り返った蒼馬に、シェムルは戻るように身振りで伝える。そして、安全なところまで引き返すと、シェムルは言った。
「あそこは、ほんの少し前まで私たちの村があった場所だ」
 広い平原で暮らしていたゾアンたちが逃げ込んだのは、あの狭い平地だった。広い平原の暮らしからは考えられない窮屈な生活である。テントとテントが触れ合うように立てられ、隣り合うテントに住む家族同士でいざこざを起こすことも、ざらにあった。
 しかし、平原を追われたときは自我もはっきりしない幼子であったシェムルにとっては、大人たちが口癖のように窮屈だと愚痴をこぼす、あの平地が生まれ育った故郷だった。
「突然、攻めてきた人間の兵士はみんなのテントを焼き払って、ああして自分らの宿営地を作り、我が物顔でいるというわけだ」
 シェムルは小さく息を吸い、次の言葉を言った。
「私たちゾアンを根絶やしにしようとして、な」
 一瞬、蒼馬は言葉の意味が理解できなかった。
 平和な日本で暮らしてきた蒼馬には、姿かたちは違っても、こうして同じ言葉を話す種族を根絶やしにするという考えが理解できなかった。
「根絶やしって、まさか?! なんで、そんなひどいことを!」
「人間にとって、ゾアンを含めた他の六種族は、淘汰(とうた)されるべき劣等種族なんだよ」
「淘汰されるべきって、なんだそれ?! 劣等種族なんて、そんな?!」
 まるで我がことのように憤慨してくれる蒼馬に、シェムルはまぶしいものを見るように目を細めた。
 ああ、やっぱりソーマには、人間もゾアンも変わらないんだな。
 自分の思った通り。いや、そうであって欲しいと願っていたとおりの蒼馬の反応に、だからこそこれから話すのをためらってしまう。だが、隠しておけるものではないことはわかっているため、できるだけ自分の感情を排して事実だけを伝えようと思った。
「はるか昔に、イノセントという人間の興した聖教のせいさ」
 シェムルは御子となったとき、父のガルグズとお婆様から、いつかゾアン全氏族を率いるときのために、人間や聖教のことについて教わっていた。
「イノセントと言うやつは、よっぽど人間以外の種族が嫌いだったようだ。そいつは人間の神こそが創造神の正当な後継者であり、人間こそが選ばれた種族だと言った。そして、他の種族は汚らわしい人間の出来そこないだとね」
 イノセントが生きていたのは、種族間に多少の軋轢はあるものの、同じ七柱神を崇拝する種族として互いを尊重していた時代である。むしろイノセントの主張の方が異端とされ、迫害される側ですらあった。
「だが、イノセントは執念深かった。妄執と言ってもいいだろうな」
 イノセントは自分の考えが人に受け入れられないと知ると、何と神々が住まうと言われる山に登り、そこでの二ヶ月にわたる苦行の末に、ついに人間の神と出会い、三日にわたり対話することに成功したのだ。
 そこでイノセントの主張を聞かされた人間の神は、何とイノセントを御子にしたのである。それは大陸の歴史上で類を見ない、自らを神に売り込んで御子となった人間の救世主イノセントの誕生であった。
 しかし、御子となったからといって、いきなり人間がすべてイノセントの考えを支持したわけではない。それどころか、過激な言動を繰り返したイノセントは、ついに街の太守に捕まって、騒乱罪として(はりつけ)に処せられたのである。御子である者を同じ人間が処刑したのだから、よほど目に余る行為だったのだろう。
「そして、狂人が死んで、めでたしめでたし。――そうはならなかった」
 イノセントの主張は、彼の弟子によってひそかに伝えられ、決して途絶えることはなかった。だが、あくまでイノセントの教えは異端のものというのが、人々の認識だった。
「それが大きく変わったのは、今から二百年ほど前。大陸の中央付近にある、小さな国だった」
 その小国には野心に燃える王がいたが、周りは自国よりも広い領土と多くの兵を抱える国々ばかりで、領土を広げる場所はなかった。それでも諦めきれない小国の王が見出した活路が、近くにあった山脈と広大な森である。すでにそこには豊富な鉱物資源と森林資源が眠っていることは知られていた。それを活用できれば自国の兵士たちを増強し、戦費も賄えられる。
 しかし、そんな資源が眠っていることを知りながら今まで手出ししてこなかったのは、そこにドワーフとエルフが住み着いていたからである。当時は、いくら他種族とはいえ何の理由もなく戦を仕掛けては、国民の納得が得られるわけがなかった。
「そこで、その国が目をつけたのが、聖教というわけだ」
 当時、異端として迫害されていた聖教と、ドワーフやエルフと戦をする理由が欲しかった小国。双方の利害は一致した。
「ドワーフもエルフも汚らわしい劣等種族であり、これを攻め滅ぼすのは神のご意志である。そう言ってその国は攻め込んだらしい」
 平地に住居を構える人間に対し、山に住むドワーフと森に住むエルフはそれまで多少の小競り合いはあっても、それなりに生活圏を住み分けて平和に付き合ってきた。そんな暗黙の了解を打ち破って侵攻してきた人間の軍勢に、ドワーフもエルフも戦う準備もままならぬうちに滅ぼされてしまったという。
 そして、ドワーフとエルフを制圧した小国は、そこにあった鉱物資源と森林資源ばかりか、捕虜とした数多くのドワーフやエルフを奴隷として売り払って得られた莫大な資金をもとに自国の兵士たちを増強すると、周辺の国々に戦争を仕掛けたのである。
 次々と周辺の国を攻め滅ぼし、他種族の領土を侵し、領土を急速に拡大していった小国だった国はいつしか帝国を名乗り、ついには大陸中央一帯を支配するに至ったのである。
 帝国の拡大は、同時に聖教の拡大でもあった。
 そればかりか、帝国におもねる小国や同じように他種族の土地を狙う人間の国々が帝国にならうように、次々と聖教を取り入れ始めたのである。
 そして、今では聖教はこの大陸全土でもっとも信仰されている宗教となっていた。
「セルデアス大陸では、今このときも人間によって他の種族は奪われ続けている。土地も財産も命も名誉も親兄弟、恋人、子供。何もかもだ。
 殺されるのは、まだマシな方だ。生きて捕えられれば、家畜のように首輪をはめられ、焼印をおされ、鞭打たれて死ぬまで働かされる奴隷に落とされる。
 女の場合は、さらに悲惨だ。エルフやマーマンと言った人間から見ても美しい種族の女は、人間の男どものおもちゃにされ、口にするのもおぞましい行為を強要される。他種族に犯されることに耐えられず、自ら命を絶つ者、心が壊れてしまう者も多いと聞く。人間と外見がだいぶ違う私たちゾアンの女の場合は、そういうことはあまりないがな」
 シェムルは自嘲するように鼻にしわを寄せる。
「もっとも、狩りの獲物の代わりにされることもあるので、それもいいのか悪いのか……」
「狩りの獲物の代わりって……?」
「そのままの意味だ。人間の貴族たちが催す狩りで、生きたゾアンの奴隷を野に解き放って、それを馬と弓矢を使って仕留めるのが帝国での流行らしい。それと、なんでも、どこかの国の謁見の間には、立派なゾアンの毛皮が飾られているそうだ」
 感情を押し殺して淡々と語る言葉が、よけいに真実味を帯びて蒼馬の心を打った。
 狂っている。
 もはや、蒼馬にはそうとしか思えなかった。
 しかし、こうした虐殺は世界の歴史から見れば珍しいものではない。第1次十字軍のエルサレム攻略戦、ドイツ騎士団による先住プロイセン人の虐殺、ナチスの民族浄化、アメリカのインディアン戦争など、少し調べるだけで吐き気をもよおすほどの蛮行を人間は行っている。
 もちろん、そうしたことは蒼馬も知っていた。だが、知識として知っていることと、その当事者であるシェムルの口から聞かされるものとでは、まったく違う。シェムルの言葉ひとつひとつが、まるで鉛の拳のように重く蒼馬の心を殴りつける。
「父祖の地を取り戻すどころか、隠れ住んでいた村さえ奪われ、それも取り返すこともできない。これが、かつては草原の覇者と呼ばれていた、ゾアンの現状なんだよ」
 同じ人間(この世界の人間と生物学的に同じ種かは不明だが)である蒼馬は、シェムルにかけられる言葉が見つからなかった。
 耳が痛くなるような沈黙が支配する中で、不意にシェムルの耳がピクリッと動いた。
「どうしたの、シェムル?」
「ちょっと黙っていてくれ」
 耳を澄ますと、どこからか太鼓を叩く音が聞こえてきた。
 どんっどどんっどんどん。どんっどどんっどんどん。
 一定の拍子を繰り返し打つ太鼓の音に、シェムルは顔色を変えた。
「これは、戦いの太鼓じゃないか!?」
 それは〈牙の氏族〉が戦いを始めるときに戦士たちを鼓舞するために叩かれる太鼓の拍子だった。
「人間が攻めてきたのか?!」
 真っ先に思いついたのは、人間の襲撃を受けた同胞が反撃に出たというものだ。しかし、目を凝らして人間の宿営地を見ると、驚き慌てているのは人間たちの方だった。
 山々にこだまする太鼓の音のもとをたどると、そこは宿営地から北の坂を上がったところにある山の斜面であった。宿営地の建物を建てるためか、広い範囲にわたって木々が伐採され、山肌がむき出しになったところに、十数名のゾアンの姿が見えた。
 その集団の中から、ひとりのゾアンが前に出ると、高らかに名乗りをあげた。
「我こそは、ゾアン十二氏族がひとつ〈牙の氏族〉、ウヌカの息子、ガジェタ! 我らが土地を侵す人間どもよ! 地獄で糞尿をあさる化け物に等しい貴様らにも、戦う勇気がひとかけらでも残っているのならば、我と戦えっ!」
 それは、カジェタであった。
 周囲にいたゾアンたちが、一斉に手にした山刀を振り上げ、雄叫びを上げる。
「これは、どういうことだ!?」
 シェムルは驚いた。戦いの前に名乗りを上げるのはゾアンの戦でのならいだが、それはその場で一番偉い者が代表として行うものなのだ。本来なら族長のガラムか戦士長の役割で、若者のガジェタがやっていいものではない。
「まさか、ガジェタの奴っ!!」
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