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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第32話 予知(前)

 巫女頭が首に当てた山刀を横に引くと、大量の鮮血があふれ出した。
 蒼馬と同様に薬で眠らされていた生贄の兎は、咽喉を掻き斬られても鳴き声ひとつ上げず、ただ身体を小さく痙攣(けいれん)させるだけだった。
 巫女頭は、蒼馬の周囲に兎の血で大きな円を描く。さらに、残った血を指先につけると、眠りこけている蒼馬の額や頬に複雑な文様を描いていった。
 そして、小さな香炉、牙や骨などを数珠のようにしてつないだ飾りなどを手際よく並べると、巫女頭は横たわる蒼馬の脇にあぐらをかくように座り込んだ。
 火をつけられた香炉から、怪しげな煙と匂いが漂う中で、巫女頭は天を仰ぐと、朗々とした祈りの声を上げる。
「偉大なる獣の神に、忠実なる巫女の頭たる我が、ここに伏して願い奉る!」
 人には、超常の力はない。
 しかし、祈ることはできる。その祈りが神に届き、それが受け入れられれば神はその御力を振るってくださるのだ。
 そして、このマハ・ゲノバンデラは、ソルビアント平原では聖地ロロと同等か、それ以上にゾアンからの畏怖を集める土地。人が恐れ敬う土地には、不思議な力が宿る。そうした土地は、人の世への無用な干渉を避ける神々も訪れやすい。
 ここならば誰にも邪魔をされず、また誰にも見られることなく、神へ祈りを届けられるだろう。
「さあ、あんたのすべてを観させてもらうよ」
 おそらくは獣の神も、この少年にはただならぬ興味を抱いているはずだ。それならば、かなり高い確率で、獣の神がその奇跡を示してくれるだろう。
「まず初めに原初の創造神あり! 唯一無二にして全能なる創造神、その孤独ゆえに命を絶ち、七柱の神々を生む! そは――」
 創世の神話を語り、この地に神の降臨する場を形成していく。
 そうして祈り始めて間もなく、獣の神を象った小さな像がカタカタと震え始めた。その振動は、しだいに大きく、激しくなる。それとともに何か強大な気配が訪れた。
 獣の神が、ご降臨なされた!
 祈りを続けながら巫女頭は驚愕する。
 獣の神も興味を示すだろうと思ってはいたが、まさかこれほど早く反応が返って来るとは思わなかった。それだけ獣の神が、この少年に興味を示している証拠である。
 しかも、それだけではない。
 巫女頭の鋭敏な感覚は、その他にも五つの強大な存在の気配を感じていた。しかも、それらは巫女頭が良く知る獣の神の気配と比べても、何ら遜色のない強大な気配である。
 間違いない。これは他の七柱神たちだ。
 獣の神だけではなく、おそらくは他の人間の神を除いた五柱の神までもがこの場に集っているのだ。
 これならば確実に、成功する!
 他の七柱神まで現れたのに驚愕しながらも、そう確信した巫女頭は、祈りの声にさらに熱を込める。
 そして、その熱が絶頂を迎えた瞬間、巫女頭の視界が暗転した。

             ◆◇◆◇◆

 そこは、暗黒だった。
 いや、暗黒ではない。黒いもので目の前を覆われているのだ。そう認識したとたん、後ろに引くようにして視界が(ひら)けていった。
 そこにあったのは、漆黒の大旗である。闇夜のような漆黒に染め上げられていた大旗が視界を遮っていたのだ。
 そこは、どこかの山の上なのか。強い風にあおられた漆黒の大旗は、大きな音を立てて、はためいていた。
 その漆黒の大旗の中央に施されているのは、銀糸で数字の8と∞を組み合わせたような意匠である。
 それは間違いなく死と破壊の女神アウラの刻印だ。
 それでは、この旗はあのソーマという少年の旗なのだろうか?
 そう疑問に思った巫女頭が旗をよく見ると、その旗は長年使い込まれてきたように、わずかに色あせ、そして、泥と埃にまみれて汚れていた。そればかりか、ところどころに刃物で切り裂いたような傷もあり、突き立ったままの矢まである。
 だが、巫女頭が驚愕したのは、その旗の根本だ。
 そこには、おびただしい数の(むくろ)が積み重なって、山を作っていた。そこに積み重なる骸は、人間のものもあれば、ゾアンやドワーフなどのものもある。彼らは全身を無数の矢でハリネズミのようにし、息絶えていた。
 しかし、それだけでは巫女頭は驚かなかっただろう。
 巫女頭を驚かせたのは、死者たちの表情である。
 彼らの顔に浮かんでいるのは、苦痛にゆがんだ苦悶の表情ではない。ましてや、自分の命が失われることへの絶望の表情でもない。
 そこにあったのは、喜びの笑みである。
 全身に矢が突き立っているというのに、そこに積み上げられた死者たちの顔には、明らかな歓喜の笑みが刻み込まれていたのだ。
 その異常な光景に、唖然とする巫女頭の視界が再び暗転する。

             ◆◇◆◇◆

 次に、巫女頭の前に広がった光景は、灼熱の太陽が照りつける巨大な街だった。
 いったいどれほどの人が居住しているのか、平原の世界しか知らぬ巫女頭には想像すらできないほど巨大な都市である。
 街の中心から放射状に広がるのは、馬車が何台も横に並べられるぐらい広い街路。その両脇には煉瓦(れんが)造りの家々が(のき)を連ねている。中でもとりわけ大きな建物は、神殿なのであろうか。その入り口には、これまた煉瓦を積み上げて造った巨像が街を見守るようにして立っていた。
 そして、そんな街を取り囲んでいるのは、見上げるほど高い巨大な壁だ。その高さと厚みから、さながら山に取り囲まれているようにすら感じるほどである。
 この堅牢で巨大な都市の光景に圧倒されていた巫女頭の耳に、どこからかゴゴゴゴッと大気を震わせるような音が聞こえてきた。しだいにその音は大きくなり、ついには大地を震わせるまでになる。
 そして、次の瞬間、壁が崩れた。
 あれほど巨大で分厚かった都市の壁が、いきなり激しい音を上げながら崩落したのである。
 しかも、それだけには終わらない。崩落した壁のところから、さらにその前にあった建物も崩れ始める。大気を震わせ、地鳴りを上げながら、宮殿が、神像が、家々が、そして城壁が崩れていく。
 その光景は、まるで見えない巨人が壁を打ち破り、建物をなぎ倒しながら押し寄せてくるようだった。
 崩落していく町並みを茫然と見つめるしかなかった巫女頭の背後に、人の気配が湧く。
「な、何ということだ! ()の街が! 余の神殿が! 余の壁が! すべて崩れ落ちる!」
 姿は見えないが、その声からはありありと恐怖の色がうかがえた。
「これが、本当に人の(わざ)なのか?! 人が()せる(わざ)なのかっ?!」
 その言葉に、巫女頭は驚愕する。
 この目の前で今なおも続く街の崩壊は、天災ではなく、何者かが為したものだと言うのだ。
「貴様は、神なのか?! 魔なのか?! 貴様は、いったい何者なのだっ?!」
 その叫びのとおり、まさにこれは神か魔の所業である。
 いったいいかなる力をもってすれば、この天変地異ともいうべき街の崩壊を引き起こせるというのだ?
 もはや驚き尽くしたと思っていた巫女頭は、さらに次の叫びに驚愕する。
「破壊の御子ぉー!!」
 この街の崩壊を起こしたのが、蒼馬であるという叫びに、巫女頭は耳を疑った。
 まさに神か魔の所業としか思えない街の崩壊をあの見るからに人が良いだけの人間が引き起こしたとは、とうてい信じられるものではない。
 しかし、その真実を見極める間もなく、巫女頭の意識は次の光景へと飛ばされる。

             ◆◇◆◇◆

 耳が痛くなるほどの静寂が辺りに満ちていた。
 そこは、どことも知れない平野である。まだ夜が明けて間もないのか、白い絹のような朝靄がゆったりと辺りを漂っていた。
 しかし、静かすぎる。
 いくら朝とはいえ、そこはあまりに静かすぎた。鳥の鳴き声ひとつとして聞こえない。そればかりか、どこかにいるはずの虫の息吹すら感じられないのである。
 そのとき、びゅうっと一陣の風が吹き抜けた。
「……! これは……?!」
 風によって切り払われた朝靄の下から覗いたのは、無数の骸であった。
 その多くは見たこともない鎧や剣を身に着けた人間の兵士たちである。
 だが、それだけではない。
 そこでは馬も牛までも息絶え、その骸を晒していたのである。
 その異常な光景に息を呑む巫女頭の耳に、かすかな物音が聞こえてきた。
 そちらに目を転じると、そこには剣を杖代わりにし、力ない足取りで歩くひとりの人間の兵士の姿があった。
 何かよほど強い恐怖でも体験したのか、その兵士の視点の定まらない目と、荒い息をつくその姿からは、精神に何らかの異常を来しているようにも見える。
 そして、その口からは鮮やかな真紅の血が垂れ流されていた。
「呪いだぁ!」
 その兵士は口から血の泡を飛ばしながら叫んだ。
「人も馬も牛も死んだ! 何もかも死んだ! 何もかも腐った! 剣も鎧も兜も、みんなみんな腐った! 恐ろしい! 恐ろしい魔物の力だ! 呪いだ! 魔の呪いだ!」
 ここに転がるおびただしい数の死体は、ただ殺されたのではない。
 何か恐ろしい力によって殺されたというのだ。
 いったい、これほどの人間や動物をどのようにして殺したというのだ?
 巫女頭はその力を想像し、恐怖に身体を震わせる。
「こんなところに来るのではなかった! あんな恐ろしい奴を打ち倒そうとするのではなかった!」
 そして、その兵士は血とともに、その名を叫ぶ。
「破壊の御子めぇ!!」
 その叫びが兵士の最後の息吹だったのか。兵士はその場で前のめりになるようにして、バタリッと倒れると、大地に広がる骸の仲間となった。
 そして、再び辺りには耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。

             ◆◇◆◇◆

 今度、巫女頭の前に広がった光景は、どこか石でできた館の一室のような場所である。
 夜なのか薄暗い部屋の中には、乱雑に置かれたものが積み重なってできた山が影となって見えた。
 その部屋の中に置かれた豪奢(ごうしゃ)な椅子に深々と腰を掛けるのは、人間の男である。
「人は我らに、影を感じるだとっ?!」
 人間の身分には詳しくはない巫女頭だが、その男が着る服は金糸や銀糸で様々な意匠が施され、かなり地位の高い人間に思えた。
「では、貴様が仕える奴は、いったい何だと言うのだ! 私は感じるぞ、あ奴の闇を! あ奴の底知れぬ闇をな!」
 しかし、その顔は真っ青に青ざめていた。
 そして、それとは対照的に赤く映える液体が口からあふれ出て、胸元をどす黒く染めている。
「あ奴は異常だ! あんな奴が存在()るわけがない! 存在()て良いはずがない!」
 もはや消えかけた最後の命の火を燃やしながら、男が訴える。
「あいつこそ闇だ! あいつこそが、怪物なのだ!」
 男は、ごぶりっと赤い液体を吐いた。
「破壊の御子めっ!!」

             ◆◇◆◇◆

 巫女頭は混乱していた。
 次々と目の前に映し出される光景は、信じられないものばかりである。
 このソーマという少年の言うとおり、平原のゾアンが未来を勝ち取るためには、大きな犠牲を払わなければならないと、巫女頭とて理解していた。そして、ゾアンたち異種族を排斥しようとする聖教を信じる人間と戦えば、そこに悲惨な出来事が生じることも想像に難くない。
 しかし、これまで巫女頭が幻視した光景は、そのいずれもが彼女の想像をはるかに超える異常なものだった。
 そして、そこに共通するのは、あの「破壊の御子」と呼ばれる少年への異常なまでの恐怖。
 だが、今まで観た光景はすべて、蒼馬に敵対する者たちの視点である。とある氏族では英雄と讃えられている戦士が、別の氏族では怨敵と罵られているのは、ゾアンでもままあることだ。
 それに、あの少年に常に付き従っているのは、あの気高さでその名を平原に知られる《気高き牙》ファグル・ガルグズ・シェムルである。相手が自分の「臍下の君」とは言え、あの彼女が唯々諾々と従うわけがない。たとえ相手が自分の「臍下の君」であろうと――いや、「臍下の君」であればこそ、彼女はその暴挙を許すはずがない。
 そう思った巫女頭は、幻視の中で未来のゾアンの姿を求めた。
 すると、その疑問に応える様に、またもや新たな幻視が目の前に現れた。

             ◆◇◆◇◆

 小さな焚き火を座り込んだゾアンの戦士たちが囲んでいた。
 いずれのゾアンも戦の守りや化粧をしているところから、どこか戦いに行くか、まさにその戦いの最中であることがうかがえる。
 しかし、負け戦なのだろうか。彼らの顔には、暗い影がこびりついていた。
 そのうちひとりが、ぽつりとこぼした。
「陛下は、やっぱり死と破壊の女神の御子だったんだ……」
 巫女頭は困惑する。
 陛下とはいったい誰のことだ?
 死と破壊の女神の御子といえば、あのソーマという少年のこととしか思えない。それならば彼は将来、本当に国を興すというのだろうか?
 しかし、陛下と呼び敬うっているというのに、なぜかその口調から感じられるのは恐怖の感情であった。
 仲間のひとりがそいつに、「やめろよ」と小さく声をかける。しかし、声を震わせながら訴えるゾアンの口は止まらない。
「これほど殺して、殺して、殺しても、まだ飽き足らないのか、あの方は?」
 再度、仲間が先程よりやや強く「やめろ」と声をかける。だが、それでも止まらない。
「あの方がいてくれたら、きっとソーマ様を止めてくれるのに……」
 それに今まで小さな声で注意していた戦士が怒鳴る。
「もう、いなくなられた方のことを言ってもしかたないだろッ!」
 その場が、しんっと静まり返る。
 泣き言を言っていた戦士も怒鳴ってしまった戦士も、顔をしかめて黙り込んでしまった。気まずい沈黙の中で、パチパチと火がはじける音だけが聞こえる。
 しばらくして、誰かが小さく呟いた。
「……御子様」
 いったい、これはどういうことだ?!
 巫女頭の困惑は、さらに深まる。
 いなくなるとは、いったいどういう意味だ?
 御子とは、いったい誰を指しているのだ?
 いったい何があったのだ? いったい、あの少年は何をしたのだ?!
 そして、巫女頭の目の前に、(ごう)っと炎が(おど)った。
先週半ばから風邪をひいてしまい執筆時間がとれなかったので、前半部分のみ更新します。
しばらく寝込んでいたため感想欄の返信が遅れたことをこの場でお詫びいたします。
気温が激しく変動しているため、皆様も体調管理にはくれぐれもご用心。
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