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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第23話 金貨

 その日、ホルメア王ワリウス・サドマ・ホルメアニスは、ホルメア王宮を訪れた使節や有力者たちの謁見に応じていた。
 それは王としての政務の一環であり、いつもと変わらぬ王宮の光景である。ワリウス王もなれたもので、使節の者と会談し、有力者たちの陳情に耳を傾け、それらに問題があれば居並ぶ大臣らと協議するなどし、淡々と政務をこなしていた。
 そして、その日ワリウス王への拝謁を許された最後のひとりが、謁見の間に通された。
「ヨーホー! 偉大なるホルメア国王ワリウス・サドマ・ホルメアニス陛下に、こうして拝謁でき、感激です!」
 謁見の間に入るなり、大げさな身振り手振りで挨拶をしたのは、ヨアシュ・シャピロである。
 まるで道化のような軽薄な物言いに眉をしかめたワリウス王は、そばに控えている侍従に、こいつは誰だと問う。すると、侍従はこっそりと耳打ちした。
「シャピロ商会の大うつけにございます」
 ワリウス王も「シャピロ商会の大うつけ」の噂は耳にしていた。そのような愚物に貴重な時間を割かねばならないのは苦痛であったが、ジェボアの商人ギルドで十人委員のひとりであるメナヘム・シャピロの商会では無下にもできない。
 ワリウス王は不満を隠し、遠路はるばるホルメア王宮を訪れたヨアシュを労い、その目的を尋ねた。すると、ヨアシュはまず当たり障りのない時候の挨拶から入り、ジェボアの商人ギルドがボルニスの街を通行できずに困っていることを訴え、早急に通商路の復活を懇願する。
 反乱を起こした奴隷にボルニスの街を制圧されたままにしておくのは、ワリウス王としても腹立たしいものだ。明確にいつまでとは言わないが、早急にボルニスの街を取り戻すことをワリウス王は確約する。
 そんな王と商人が交わす社交辞令のような会話から、ヨアシュは一気に本題を切り出した。
「実はボルニスの街に立ち寄った際に、陛下の弟君であらせられますヴリタス殿下に拝謁を賜る栄誉に与れたばかりか、こうして殿下より手紙を託されました」
 ヨアシュの口から飛び出した王弟の名前に、ざわりと謁見室の空気が揺れた。
 その中で、ヨアシュは船乗りとして鍛えた咽喉を使って、ヴリタスの手紙を読み上げる。
 ヴリタスは愚鈍で暗愚ではあったが、どうやら詩作の才能だけはあったようだ。手紙は、まず兄弟の情に訴えることから始まり、我が身に訪れた不運を嘆き、今の境遇の辛さを情感たっぷりに切々と語るものであった。それには、ヴリタスを毛嫌いしている廷臣らも思わず胸を詰まらせるほどである。
「このままでは、あまりにも殿下が哀れでなりませんでした。そこで私は、()の地を不法に占拠する反乱奴隷の頭目であるソーマ・キサキなる男に、王弟殿下の解放を懇願したところ、次のように言われました。『これまで王弟殿下をお預かりしている間にかかった費用を支払ってもらえば、それもやぶさかではない』と」
 ようは遠回しに身代金を要求しているのだな、とワリウス王は解釈した。
「なるほど。事の次第は分かった。――で、奴隷どもはどれほどの金を要求しているのだ?」
「さすれば、金貨五万枚」
 ヨアシュの提示した金額に、ワリウス王は絶句した。
「あの豚めに、そのような大金を……?」
 しかし、ヨアシュの提示した金額は、王族ひとりの身柄と考えれば、決して高いものではない。むしろ王族の身代金の要求としては、低すぎて恥をかかさないギリギリの金額と言えよう。
 だが、親兄弟といえど玉座のためには互いを蹴落とし合い、時には暗殺の刃すら向ける王族では、兄弟の親愛の情は薄い。ましてや、弟など肥え太った豚ぐらいにしか思っていなかったワリウス王には、それでも慮外(りょがい)な身代金の額であった。これならば本物の豚に支払った方が、まだ肉を食べられるだけマシというものだ。
「おのれ、奴隷どもめ……! 余に逆らったばかりか金まで要求するとは、厚顔にもほどがあるわっ!」
 ギョロリとした目を飛び出しそうなほど見開いたワリウス王は、握りつぶそうとするような力で肘掛を掴んで全身をわなわなと震わせる。
 その様子にヨアシュは、これはまずいな、と思った。
 ワリウス王の癇癪(かんしゃく)は知っていたが、まさかこれほどとまでは思わなかった。
 このままヴリタスをボルニスの街に囚われたままにしておくのは、ホルメア国にとって内外の問題を残したままになってしまうというのに、それすらも気づいていない。
 ワリウス王とヴリタスは、やはり血を分けた兄弟である。王弟のヴリタスは暗愚で有名であったが、頭に血が上ると物事が見えなくなるワリウス王もまた、国を預かる君主としては暗愚であった。しかも、この暗愚は王権という刃を持っているのだから、なおさらタチが悪い。
 しかし、ここでヴリタスの身柄を買い取る利をこんこんと説いても、ワリウス王はかえって癇癪(かんしゃく)を引き起こすだろう。
 ホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスをたった一度の敗戦だけで、諸将の前で痛罵(つうば)し、一切の抗弁も許さず謹慎を命じたことからも、ワリウス王が自分より優れた者への妬心(としん)が強いのは明らかである。
 しかし、この手の人間は自分よりも劣っていると思えば、むしろ自分の優秀さをひけらかすために、こちらの話に耳を傾けるものだ。
 他人の思惑通り動くのは(しゃく)だったが、ヨアシュは蒼馬の策に乗ることにした。
 ヨアシュは、さも自分がホルメアのために良いことをしたと信じて疑っていない態度を装う。ワリウス王の激怒の理由を勘違いし、自分の功績にお褒めの言葉を賜るとばかり信じ込んでいる、噂通りの大うつけのふりだ。ヨアシュはわずかな表情や口調の変化だけで、それを演じて見せた。
「お怒りになるのは、ごもっとも。ホルメアの高貴なる血筋の身代金に、わずか金貨五万枚とは侮辱と思われるのも無理はありません。ですが、それはこの私の弁舌で勝ち取ったものとお思いください」
 しかも、金貨五万枚をわずかと言い切り、それを拒絶すれば恥を晒すことになるぞと言外に匂わせるのも忘れない。
 これには、さすがのワリウス王も癇癪を抑えるしかなかった。
 さらにヨアシュは得意げになるうつけを演じながら、さらりと重大な情報を洩らす。
「仲介料もいただくことになっておりますが、当然、奴隷の頭目からせしめるつもりです。その証拠に、すでに奴らからロドニア金貨を手付金としてせしめております」
 それには、ワリウス王のみならず居合わせた重臣らもギョッとした。
 ロドニア金貨は、仇敵ロマニア国の貨幣だ。一般的に流通している銀貨や銅貨ならばともかく、金貨は大口の商談や恩賞を下賜する際にしか使われない貨幣である。金貨五万枚の身代金交渉の手付金として払われたとなると、それなりの額になるはずだ。そのすべてがロドニア金貨として支払われたとなれば、それはロマニア国の手が反乱奴隷たちに及んでいるとしか思えない。
 そうなると、捕虜となっているヴリタスの身柄の価値が変わってくる。
 これまでホルメア国が蒼馬たちにヴリタスの身柄を要求しなかったのは、奴隷ごときと交渉できるかというワリウス王の見栄ばかりではなかった。ホルメア国にとって、ヴリタスの身柄にあまり価値がなかったからである。
 それは彼自身の品性と素行に問題があっただけではない。ワリウス王が健在であり、成年の王子もいるホルメア国では、王位継承権があっても王弟であるヴリタスに王位が回ってくる可能性はほとんどなく、王の代用品としての価値も低かったのだ。
 しかし、それでも王位継承権を持つ王族に変わりはない。
 もしロマニア国がヴリタスの身柄を得れば、彼をホルメア王に擁立(ようりつ)し、ワリウス王に退位を迫るだろう。そして、それを突っぱねれば、ロマニア国はホルメア王ヴリタスの要請に応じたという大義名分を掲げて、ホルメア国に攻め入って来るのは必定だ。
 そうなれば、それがロマニア国の策謀とは分かっていても、名目上では兄弟による玉座の奪い合いである。一致団結してロマニア国を迎え撃たなくてはいけないとは理解していても、ホルメア国の諸侯らはワリウス王とヴリタスのどちらにつくべきか大いに動揺するだろう。そればかりか、ロマニア国に近い地域の諸侯らの中には、これを機にロマニア国に鞍替えする者が出る恐れすらある。
 ワリウス王もそれがわかるだけに今は何とか癇癪を抑えこんでいるが、それもいつまで保てるかはわからない。今も顔を赤黒く染め、全身をプルプルと震わせていた。
「陛下! 言上(ごんじょう)いたします!」
 ワリウス王の様子に危険を覚えた大臣のひとりが慌てて声を上げる。
「ヴリタス殿下の身柄の話となれば、国家の大事。早急にはお答えできぬかと存じます。ここは、いったんヨアシュ殿にはお下がりいただき、重臣一同と協議した上でご返事するというのは、いかがでしょうか?」
 それにワリウス王は、ギクシャクとした動きで首を縦に振った。

             ◆◇◆◇◆

「おのれっ! あの豚め! とっとと自害しておれば良いものを……!」
 ヨアシュが退室するなり、ワリウス王の怒声が謁見室に響き渡った。
「陛下、どうかお怒りをお鎮めください。幸いにも、ぶ……いえ、ヴリタス殿下の御身柄は、いまだロマニアの手には落ちておりません」
 さらに大臣は、ボルニスからロマニアへ行くにはホルメア国を横断しなければならないため、王弟として顔が知られるヴリタスをロマニア国へ移すのは困難であると説明を加え、何とかワリウス王を落ち着かせようとする。
「たわけ! ただ擁立し、王を僭称(せんしょう)させるだけならば、手許に置かずともできるわ!」
 しかし、ワリウス王は激昂(げっこう)して叫んだ。
「おのれ、老いぼれのドルデアめ! 狡猾(こうかつ)なロマニアめ! 汚らわしい奴隷どもと手を結ぶとは、そこまで堕ちたか!」
 (ののし)れば罵るほど、ワリウス王は怒りが増す。ついには、その怒りが理性を駆逐する。
「よかろう、ロマニア王ドルデアよ! 余、自らが軍を率いて、まずは奴隷どもをねじ伏せ、次いでロマニアに攻め込んでくれるわ!」
 それに重臣らは血相を変え、口々にワリウス王を(いさ)める。
「陛下! それはなりません!」
「ボルニスの街にいる反徒どもは、所詮はネズミにございます。我らが本気を出せば、簡単にひねり潰せましょう。ですが、ネズミをひねり潰そうと獅子が背中を向けるのを待ち構える老いた狼をお忘れになってはなりません!」
 獅子とは、それを国旗に描くホルメア国のことである。そして、老いた狼とは同じくそれを国旗に描くロマニア国と老王ドルデアのことだ。重臣らはボルニスの街を攻めようとすれば、手薄になった東からロマニア国が攻めてくると言っているのである。
「左様にございます! 奴隷どもの反乱の手際の良さから考えますれば、もしかすると最初からロマニアの策謀と言う可能性もございます。その手に乗ってはなりません!」
 それは、まったくの見当違いだったのだが、これまで砦や街を次々と攻め落とし、ホルメア最高の将軍と讃えられたダリウス将軍すら打ち破ったことを考えれば、ロマニアからの支援を受けていたと言われた方が、ただのゾアンや奴隷の反乱より納得できる話である。
 他の重臣たちも口々にワリウスに自制を求める発言をした。
 そうした重臣たちの中で、特に強くワリウス王へ自制をうながすのは、事前にヨアシュから自分らの子弟らが生存している可能性を耳打ちされた者たちである。
 彼らが今まで自分らの子弟らを取り戻す交渉を自粛していたのは、ワリウス王がヴリタスを放置していたからだ。まさか王弟より先に自分らの子弟を取り戻すわけにはいかず、彼らはワリウス王がヴリタスを無視するのをやきもきして見ていたのである。そこへ、せっかく向こうから身代金交渉を切り出してきたというのに、それをワリウス王に拒絶されては元も子もない。
 それだけに、彼らは必死だった。
 そして、いくらなんでもそれがわからぬワリウス王ではない。
 顔を真っ赤にし、目を血走らせながら、ギリギリと歯を食いしばるワリウス王は、やおら玉座から立ち上がる。
()きにはからえ!」
 そう吐き捨てると、ワリウス王は謁見の間を後にしてしまう。それに、何とか思い留まっていただけたとホッと胸を撫で下ろした重臣たちであったが、次の瞬間、ワリウス王が去った通路の向こうから激しく物が打ち倒される音に首をすくめたのであった。

             ◆◇◆◇◆

 ホルメア王宮の入り口から、ひとりの男が足音を荒げて出てきた。
 ちぢれた焦げ茶色の短髪に、いかつい顔には濃い顎ヒゲを生やした男である。上等な衣服の上に、ジャラジャラと騒がしい音を立てるほど装飾品を身に着けているが、どこかの野盗か山賊の(かしら)を思わせる野卑(やひ)な雰囲気を身にまとっていた。
 この男の名前は、ピレモン。ホルメア王宮に出入りを許された奴隷商人である。
「旦那様、どうかされましたか?」
 王都の広場に待たせてあった屋根つきの輿(こし)に乗り込んだピレモンに、彼に手代として仕えている男が恐る恐る尋ねる。四人の奴隷たちが輿を担ぎ上げるのに身体を揺らしながら、ピレモンは忌々しそうに吐き捨てた。
「『シャピロ商会の大うつけ』め。余計なことを吹き込みやがって……」
 ピレモンは、大陸中央から西域では珍しい奴隷を買い入れ、また逆に大陸中央では珍しい種族の奴隷を売ることで、これまで莫大な富を築いてきた。
 ところがボルニスの奴隷の反乱によって、大枚をはたいて買った奴隷たちを奪われたばかりか、その後はジェボアへの通商路が閉ざされ、大きな損失を被っていたのである。
 そこで一日でも早く通商路を復活させるために、これまでホルメア王宮に莫大な金をばら撒いてボルニス奪還を()きつけていたのだが、ヨアシュがボルニスの奴隷たちとロマニア国の関与をほのめかしたため、それもすべてご破算となってしまった。鼻薬を嗅がせた大臣らが言うには、ボルニスを奪還するのには数年はかかるだろうという話である。
 主人からボルニス奪還が遠のきそうだと聞かされた手代は、周囲を気にするような素振りを見せてから、ピレモンに耳打ちした。
「それは困りました。――帝国の皆さまは、やはり『魚』が食いたいと申しております」
 それをピレモンは笑い飛ばした。
「はっ! 勝手なもんだな。自分らで追い払っておきながら、見かけなくなると欲しがるのだからな!」
「そのおかげで、うちは儲けているんですがね」
 下卑(げび)た笑いを浮かべる手代に、ピレモンもまた同種の笑みで応じる。
「違ぇねえ」
 それから真剣な面持ちになると、ピレモンは声を潜めて言った。
「ジェボアの『漁師』に伝えな。何としてでも、こっちに『魚』を送れってな」
「ですが、ボルニスを通さずに、どう運べば……?」
 手代の言葉にピレモンは苦虫を噛み潰した顔になる。
「それも考えろと伝えておけ! ボルニスの南に、道を作っているだろ? 最悪、そこに投資したって良い。出費は痛いが、目玉商品がなければ帝国に売り込みにも行けやしねぇ」
 ピレモンは輿の上に敷かれたクッションの中に身体を沈める。
「帝国からの荷はロマニア国を経由して運べばいいが、『魚』の仕入れ先だけはジェボアしかねぇ。まさか、『魚』を海路で運ぶわけにはいかねぇしな。――ボルニスの奴隷どもめ。この借りは、いつか倍にして返してやるからな」
 ピレモンは盛大に舌打ちを洩らしたのだった。

             ◆◇◆◇◆

「金貨五万枚。確かにお渡しいたしますよ」
 ホルメア国からせしめた金貨が詰まった壺をボルニスの領主官邸に運び込んだヨアシュは、満面の笑みで蒼馬にそう言った。すぐさま待機していたミシェナが部下とともに金貨の質と枚数を確認し始める。
 それを横目にしながら、蒼馬はヨアシュに感謝の言葉を述べる。
「ホルメアとの交渉、助かりました」
「いえいえ、こちらにとっても良い取引でございました。――さっそくで申し訳ありませんが、殿下の身柄をお引渡しいただきたい」
 ヨアシュの要請を快諾(かいだく)した蒼馬は、そばに控えていたエラディアにヴリタスの身柄をヨアシュに引き渡すように指示をする。
「引き続き、捕虜としている貴族の人たちの身代金の交渉をお任せしたいのですが、良いでしょうか?」
 蒼馬の頼みに、ヨアシュは大きく腕を広げて歓迎の意を示す。
「ヨーホー! もちろんでございます。では捕虜となっている人の名簿をいただけますでしょうか?」
 蒼馬は用意してあった捕虜の名簿を差し出した。それをヨアシュが受け取ろうとした瞬間を見計らい、蒼馬は不意打ちをしかける。
「ヨアシュさんは、ホルメアの貴族から何を引き出すつもりなんですか?」
 今回の交渉の仲介役を頼むとき、蒼馬は王弟ヴリタスの身代金交渉をしたいとしか言っていない。それなのに、先日の交渉の最後に、ヨアシュは口にはしなかった他の捕虜について尋ねたことが蒼馬は気になっていた。
 ヨアシュほど頭が回る男が話を聞き間違えたとは考えにくい。むしろ、最初からヨアシュの目的はヴリタスではなく、貴族の子弟らの身柄にあったのではないかと蒼馬は思ったのだ。
 そして、その理由を考えたとき、思い当たったのがシャピロ商会は海上貿易が主体であり、陸まで手を広げていないというヨアシュの一言だった。
 もし、これまで海上貿易が主体だったシャピロ商会が陸の上に商売の手を広げようとしたとき、その土地の権力者たちの庇護は欠かせないだろう。
 しかし、そこには他の商人が収まっていて、とうてい新参者の立ち入る隙はない。
 だが、その権力者の子弟らがボルニスの捕虜となっていたとしたならば話は別だ。交渉の仲介役として権力者らに恩を売るもよし、身代金を立て替える担保にその土地での専売権を要求するもよし。蒼馬が支払う仲介料よりも、はるかに大きな利益をシャピロ商会は得るだろう。
 ただし、これはあくまで蒼馬の推論であり確証はない。
 何のことかと突っぱねられてしまえば、それで終わってしまう。
 さて、どう返してくるかと蒼馬が見守っていると、ヨアシュはニッコリと微笑んだ。
「いやぁ~。バレてしまいました?」
 ヨアシュは悪びれることもなく、あっさりと認めた。
 まるで、ちょっとした悪戯(いたずら)がバレてしまった子供のように照れくさそうな笑みを浮かべるヨアシュに、蒼馬も苦笑を洩らす。
「商会の取引相手も増やした上で、僕から仲介料を取るのはズルくないですか?」
「いやはや、これは申し開きできませんね」
 ヨアシュは、ポンッと手を打った。
「では、こちらの仲介料はなし、ということでいかがでしょうか?」
「それだけですか?」
 仲介料を無料にするだけでは納得できないという蒼馬に、ヨアシュは「何をお求めですか?」と尋ねた。すると、蒼馬ははっきりと言う。
「友好を」
 それに、ヨアシュは小さく目を見張る。
「ヨーホー! 友好とは! これは大きく出られましたね。――しかし、友好ほど高いものはない。ましてや相手が私たち商人ならば、自分に価値があることを常に示し続けねばなりません」
 あなたにそれができますか? とヨアシュは言外に挑発する。
 それに蒼馬は笑顔で応じた。
「もちろん。僕たちは、もっと大きくなりますよ」
 ヨアシュはジッと蒼馬の目を見つめた。まるで眼球の奥を通り越し、その脳髄まで見透かそうとでも言うようなヨアシュの視線にも、蒼馬は動じず見つめ返す。
 そして、しばらくしてヨアシュは、ふっと微笑んだ。
「商人ギルドとしては無理ですが、私個人とならば友好を結ばせていただきましょう。それで、いかがですか?」
 そう言って差し出されたヨアシュの右手を蒼馬はしっかりと握り返す。
「これからは、どうか僕たちに力を貸してください」
「ヨーホー! それもこれも、あなたがお示しになる価値次第ではありませんか?」
 最後まで悪びれることがないヨアシュに、蒼馬は呆れてしまうしかなかった。

             ◆◇◆◇◆

 ヨアシュが領主官邸から立ち去ると、それまで我慢していたシェムルが爆発した。
「まったく、腹立たしい!」
 先日、エラディアから大きな釘を刺されていたため、決して口出しはすまいと我慢していたシェムルだが、蒼馬を騙しておいて謝罪どころか悪びれもしないヨアシュの態度に憤りを隠せない様子であった。
 騙された当の本人よりも、カンカンになって怒るシェムルに、蒼馬は思わず苦笑を洩らしてしまう。すると、それを見咎めたシェムルの怒りの矛先が蒼馬に向けられてしまった。
「ソーマ! おまえは、甘すぎる。あいつにコケにされたのだぞ。ああいう奴には、ガツンッと言ってやれば良いのだ! 何なら、私が言ってやっても良いのだぞ?」
 ガツンッと言うだけではなく、山刀まで持ち出しそうなシェムルの剣幕に圧されながらも、蒼馬は「まあまあ」と彼女をなだめる。
「でも、あの手の人は、何を言ってものらりくらりと逃げちゃうからダメだよ。今回は、こっちを騙そうとしたのを帳消しにしてやって、貸しをひとつ作れて儲け物ぐらいに思っておけば良いよ」
 さすがに、いきなり関係改善とまでは行かなかったが、それでも敵対するだけであった商人ギルドとの交渉の窓口ができたのだ。今後はヨアシュを通じて、自分らの価値を売り込んで行けるようになる。これは、大きな前進と言っても良いだろう。
 そうまで言われてしまえばシェムルには何も言えなくなってしまう。それでも()ねたように鼻にしわを寄せて見せるシェムルに、蒼馬は右手の拳を握って見せる。
「今は馬鹿にされようが、我慢して力を蓄えよう。僕たちは、もっと強くなれる。そのために、こうして資金を手に入れたんだからね」
「何だ。おまえは、まだ何かやるつもりなのか?」
 すでに平原の開拓にドワーフの工房への投資と、様々なことを手掛けている。それなのに、この上さらに何をやるのかとシェムルが尋ねると、蒼馬はニッコリと微笑んで見せた。
「うん。この街に、孤児院と学校を作ろうと思うんだ」
黙っていればわからないだろう・・・
次話「海魔」
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