第35章:復讐という名の「逃げ」
―再度倉庫にて。
コウガの告白は、オレ達一人一人に強い影響を与えた。
特に、ミライの遺書の話の時は、女性2人が涙を流した。
萩原はハンカチを目に当て、真央さんは声も出さずに、ただ涙を流していた。
アラガキ氏は、遺書はなかったと言っていた。
だが、ミライの遺書はあったんだ。
彼女が最も信頼し、愛する人に送られていたんだ。
ミライは憎悪や絶望で自殺したのではなかった。
自分の心が一番綺麗なとき。
好きな人とも両想いになれて、やっと光が見えてきた、まさにその時。
幸せの絶頂で、彼女は自ら命を絶った。
確かに、綺麗な思い出だけを抱えて、彼女は旅立つことができたんだろう。
だが、残されたコウガはどうだ?
遺書を受け取りながらも、コウガは自分の手を汚した。
復讐という、一番人間の醜い感情をむき出しにして。
今の彼の表情を見ている限り、彼は辛そうだ。
きっと、自分が犯した罪への虚しさ、若干の後悔。
そして、もう二度と戻れないという、絶望感。
6年前のオレと一緒だ。
「・・・それで?」
沈黙を破ったのは、やはりこの男、アスカだった。
「君はどうして、ミナミを轢いたんだい? ミライは自分から死を選んだ。妹を憎み、絶望感の中で死んだわけじゃない。そんなこと、君はすでに分かっているはずだ」
アスカの言葉に、コウガは憎々しげに吐き捨てた。
「そんなこと、分かってるさ。だがな、そう簡単に割り切れないのが、人の心ってもんだ。少なくとも、俺にはできなかったよ。好きなヤツが自殺して、周りは好き勝手に彼女を中傷する。双子の妹は、わずか一ヶ月で立ち直って、年上の恋人とラブラブだからな。ほんと、最初の涙はどこへ行ったんだって感じだよ」
コウガの皮肉交じりの言葉に、ナツメが目を伏せた。
それにしても、腹の立つ言い方だ。
まるで、ミライのことを分かっているのは自分だけ、とでも言いたげだ。
不意に、コウガの目がオレに向けられた。
「藤峰ヒイラギ。俺がなぜ、一ヶ月半もの間、待っていた理由が分かるか?」
「分かるわけないだろ」
超能力者じゃあるまいし。そんなに簡単に、人の心何て読めるわけないだろ。
コウガは軽く息をついてから、話し始めた。
「・・・一ヶ月前、ミナミに恋人ができたと聞いた。その時点で、俺はもうやるしかない、と思っていたよ。双子の姉が死んで、たったの一ヶ月だぜ? あり得ねえだろ、普通。
2週間待ったのは、ミナミの身辺調査に、思いのほか手間取ったからだが、それだけじゃない」
その理由が、何となく、分かるような気がした。
「俺は、ミナミの平穏な暮らしを、ぶち壊したかったのさ。年上の男とラブラブで、幸せいっぱいの時に、殺してやりたかった。人生、思い通りにならないことだってあることを、あいつに教えてやりたかったんだよっ」
コウガは逃げている。
そう思った。
コウガは、周りが見えていない。ミライが自殺した。その事実を、きちんと受け止められていない。自ら死を選んだミライを、理解できていないんだ。
いや、本当は分かっているのかもしれない。
彼女が自殺したのは、誰の責任でもない。彼女自身が決めたこと。
彼はもう、そのことを分かっているはずだ。
それなのに、コウガはそれを認めようとはしていない。
その責任を誰かに負わせようとしているだけだ。
誰かに押し付けないと、彼は生きていけないのだろう。
おそらく、愛する人を失って、彼は復讐だけを生きがいにしていたんだろう。
そうやって、自分の生きる意味を保とうとしていたんだ。
「俺の話はこれで終わりさ。ミナミが死ななかったのだけが、心残りだけどな。まあ、仕方ねえか。・・・もう、俺の役目は終わった。俺に生きている意味はない。潔く死なさせてもらうぜ。ミライの傍に行きたいからな」
そう言って、コウガは肩をすくめた。
彼の眼には、希望も夢もない。
そして、これからの生きる未来も。
その時だった。
ツカツカと、コウガに歩み寄る男がいた。
ドカッ!
コウガの腹に、男のブーツが食い込んだ。
「うっ・・・!」
おそらく激痛が走ったんだろう。コウガはうずくまった。
「コウガッ! 大丈夫ですか?」
すぐさま、真央さんが駆け寄った。
オレは蹴った男―ジンを見上げた。
ジンがヤクザ以外の人間に手を出すのは、初めてだ。
「あ〜あ。本気で怒らせちゃった。俺もう知らねー」
どこまでも面白がる、アスカの声を背中で受け止めながら、オレは責めるようにジンを睨んでいた。オレと同じような視線を送っている人間が、他にも2人いる。ナツメと、萩原だ。
ジンがコウガに手を出すなんて、オレには信じられなかった。
もちろん、ジンも人間。怒るときだってあるだろう。だが、相手はまだ高校生だぜ? 萩原のようにビンタならまだ分かるが、ジンはつま先が尖ったブーツで蹴った。まるで、汚いものを見るかのような目で。
オレには、許し難い行為だった。
ヤクザでもない少年の腹を蹴るなんて、一端の副長がすることではないはずだ。
「ジンさん。私はあなたに言ったはずですよ。コウガに手を出したら許さないと。私の言葉が聞こえていなかったのですか!?」
真央さんの殺気の混じった声に、ジンは静かに答えた。
「もちろん、聞こえていた。だから、連れ出す時にあんなに抵抗したのに、こいつは無傷だったろう? 俺は約束を守る。・・・だが、今は別だ。このガキに遠慮できるほど、俺は甘くはねえよ」
ジンはうずくまったコウガを一瞥し、軽蔑した眼で言った。
「・・・この甘ったれ小僧が」
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