第33章;コウガの独白
そもそもの始まりは、偶然姉の真央と再会したこと。
そう。それさえなければ、俺はユキヒトに出会うことはなかった。
こんな風に、復讐をした後も苦しむことなんてなかったんだ。
姉貴と再会したのは、深夜の繁華街を歩いている時だった。
俺は一人だったが、姉貴は一人じゃなかった。えらく美形の男と一緒だった。
それが、俺とユキヒトとの出会いだった。
姉貴は、自分はヤクザの仲間だと言った。あまりほめられた仕事をしていないのは、容易に察しがついた。
でも、別に俺はそんなこと、気にしていなかった。
俺だって、同じような立場だったから。
姉貴は、俺がほとんど学校に行かなくても、怒らなかった。
「あなたの生きたいように生きなさい」
その言葉は、俺の中に残っていたわずかな罪悪感を、吹き消した。
毎日毎日、ケンカばかりしていた。
たまに学校へ行くことはあったが、行ったって楽しいことなんか一つもない。
ケンカばかりしていたら、ある日報復にあった。
いくら俺がケンカ慣れしていても、数が多すぎた。
殴られ、蹴られ、袋叩きにされた。
その時、俺を助けた3人の男女。
男一人に少女二人。
男はなかなか二枚目で、少女2人はそろって同じ顔をしていた。
すぐに分かった。
クラスメートの朝倉ミライとミナミ。有名な双子だ。
金持ちのお嬢さんで、見るからに幸せそうな表情をしていたのを覚えている。
ミナミは俺の体中の傷を見ると、同伴の男に家まで運ぶように言った。ミナミは男のことを「叔父さん」と呼んでいた。
「叔父さん」は俺に肩を貸して、自宅へと運びこんだ。
そして、ミナミが俺の傷の手当てをした。
その間、姉のミライはずっと無言だった。ただじっと、妹に手当てされる俺を見つめていた。
朝倉ミライ。
俺は彼女のことをよくは知らなかった。ミナミの双子の姉、というくらいにしか分からない。
クラスでも、いつも俯いて、誰とも話をしようとしていなかった。
ミナミと同じ顔立ちだったが、性格は真逆だった。
どうして彼女はこんなに暗いんだろう。
ずっと不思議だった。金持ちのお嬢さんで、自慢できる妹もいて、不自由なんてなさそうなのに、どうしてこんなにも、暗いオーラを放つのか。
でも、俺を見下ろすその眼を見て、何となく分かった。
彼女は、幸せを感じていない。
一見無表情だが、その瞳には限りない憎悪が映っているんだ。
周りへの、憎しみ。
それは、妹のミナミにも向けられていることに、俺は気づいた。
それからというもの、俺とミライはよく話をするようになった。
ミライは、最初こそ口数は少なかったが、だんだんと笑ってくれるようになった。
俺は彼女の笑みを見るのが、大好きだった。
彼女の眼は暗いままだったけど、それでも嬉しかった。
俺は学校へ行くのが楽しくなってきた。
そんなある日のことだ。俺とミライは、公園に来ていた。俺とミライを引き付けた、思い出のある場所だ。
ベンチに並んで腰かけると、唐突にミライは言った。
「ねえ、コウガ君・・・」
「なんだ」
「この世に神様っていると思う?」
「全然」
俺は即答した。神なんているわけがない。こんなに不公平な世の中なんだから。
「おまえはどうなんだ?」
俺が訊くと、ミライは長い髪をかきあげながら言った。
「いるわけないっ! って思ってたよ。・・・昔はね」
「ってことは、今は・・・」
「もちろん。いると思ってるよ」
「なんでだよ。こんなに不公平な世の中なのに?」
俺は信じられない思いで、彼女の顔を覗き込んだ。
ミライは、いつもの暗い目に、ほんの少し光をのぞかせながら言った。
「だって、コウガ君に会えたもの」
「・・・!」
顔が赤くなっているのが分かる。ヤバイぞ。
今のは、すごく嬉しかった・・・。
ミライは視線を空に向けて、語りだした。
「私ね、小さい時から、いつもミナミと比べられてたの。同じ顔の同性の双子だもんね。比べられて、当たり前。・・・でも、私はミナミに勝つことができなかったの。どうしてだか、分かる?」
俺は首を横に振った。
「ミナミはね、大人の心をつかむコツをちゃんと知っていたのよ。でも、私はそんなこと、知らなかったし、できなかった。嫌いな人に、義理の笑顔を見せる余裕なんて、小学生にあるわけないじゃない? もちろん、それだけじゃなかったわ。ミナミは親の期待通りのレールを走っていたわ。でも、私はそうじゃなかった。いっつも、親の引いたレールから脱線ばかりしていたわ。おかげで、私はいつも怒られてばっかり。私たちを生んだ親でさえ、私だけを嫌ってた」
「・・・・・・」
「いつも比べられてたわ。成績も、体力的なことも、学校での態度や生活態度も・・・。朝倉家には、個性なんてなかった。ただ親の言うとおりにしていれば良かったのよ」
ミライは一息ついてから、再びしゃべり出した。
「私は何一つ、ミナミには勝てなかった。彼女は誰からも愛されていたわ。もちろん、最初は悔しかった。・・・でも、最近はそうでもないのよ」
「どうして?」
「だって、ミナミは皆に愛されるだけの魅力を持っていたんだもの。ミナミの目はね、いつも澄んでいるのよ。穢れを知らず、人の憎しみとか嫉妬とか、醜い感情をあの子は知らないのよ。そんな天使みたいな子に、勝てるわけないわ。むしろ、私は誇りに思うわよ、そんな子が自分の妹だなんてね」
そう言って、ミライは笑った。
すがすがしい笑みだった。
「大人なんだな、ミライは」
俺が思ったままに言うと、ミライは微笑んで首を横に振った。
「そんなことないよ。今でも、あの子がうらやましいし、憎いのは変わらないもの。ただ、考え方を変えただけよ。・・・これも全部、コウガ君のおかげよ」
「俺のおかげ!?」
「そうだよ」
「マジで・・・・・・」
俺はふ抜けた顔で、ミライを見つめる。
「コウガ君と出会って、私は変わったのよ。コウガ君は、人を外見だけで判断したりしないでしょ? コウガ君に会って、初めて自分に自信が持てたの。コウガ君は、私に生きる希望をくれたのよ」
生きる希望・・・・・・。
それは俺も同じだった。ミライの笑顔に、俺は救われたんだから。
「ねえ、コウガ君。私さ、生きてもいいのかな? ミナミの姉、じゃなくて、一人の人間として。朝倉ミライとして、幸せになっても、許されるのかな?」
どう思う? 首をかしげながら、彼女は俺に言った。
その瞳は不安げで、思わず抱きしめたくなる。
俺は抱きしめる代わりに、強く言い聞かせた。
「当たり前だろ! お前は、一人の人間なんだ。幸せになる権利はある。・・・俺は、お前に生きていてほしい。幸せになってほしいんだ。俺・・・ミライが好きだから」
俺の不器用な告白に、ミライは目を見開いた。
その瞳から、水滴がポタポタと流れ落ちる。
「ミ、ミライ!?」
「・・・ありがとうっ、コウガ君・・・。本当に、ありがとう・・・」
「ミライ・・・」
俺の隣で、笑みを浮かべながら、ミライは涙を流していた。
俺はそっと、彼女の肩に手を置いた。
もし、この瞬間に死ぬことができたら・・・最高だ。
俺はミライが好きだ。だから、不器用だったけど、告白した。
彼女は喜んでくれた。
少しずつでも良い。2人でゆっくりと、人生を歩みたい。
彼女の傷を癒す、心の支えとなりたい。
ミライもきっと、そう思ってくれているのだろうな。
一緒にこれからの未来を生きていく。
そう思ってたのは、俺一人だけだったのか?
俺が告白をしてから、わずか3日後。
ミライは死んだ。
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