第32章:コウガと萩原
―引き続き、倉庫にて。
アスカ、ナツメ、ジン、そして萩原とオレは、真央さんとコウガに正面から向き合う形で立っていた。
オレの左肩は、まだ焼け付くような痛みを伴っているが、萩原以外、誰も気にした様子はない。
まあ、気にされても「痛い」か「大丈夫」しか言えないんだけどな。
コウガは、オレの想像した通りの少年だった。
そういえば、学校で見たことのある顔だ。
彼は、憎しみのこもった目で、ナツメを睨んでいた。
ミナミの恋人である、ナツメ。
コウガにとっては、ミナミと同じくらい憎い相手だろう。
「ジンも真央ちゃんも、コウガを連れてきてくれてありがとう。探す手間が省けたよ」
アスカの言葉に、真央さんは微笑んだ。
「いえ。当然のことです。・・・もう、お互いに傷つけあうのは終わりにしたいですし」
そう言う真央さんは、どこか吹っ切れたような表情をしていた。
「じゃあ、何を訊いても大丈夫かい?」
「ええ、多分。・・・あちらの方以外なら」
そう言って、真央さんはナツメに視線を向けた。軽く息を吐くと、真央さんはナツメに近づていった。
「ミナミ様の恋人さんですね。一言だけ、私から申し上げておきます」
「何でしょうか」
「コウガ―弟は、最初ミナミ様ではなく、あなたに復讐をしようと思っていました。その方が、ミナミ様に愛する者を失う悲しみを、味あわせることができる。そう考えたからです」
「でも、実際には、彼は俺には何もしてこなかった。何故ですか?」
ナツメが戸惑うように、それでいて真剣な表情で訊いた。
「止められたのです・・・ユキヒトに」
「ユ、ユキヒトに?」
オレは思わず、声をあげてしまい、ジロッとアスカに睨まれた。
「ユキヒトは、コウガに言ったんです。『彼はいずれ自滅する。雪花組のヤンキー少年を殺せば、ナツメもジンも終わりだ。君が彼に復讐する必要はないよ』―笑いながら、そう言ってました」
「チッ。あの馬鹿が・・!」
オレの隣で、ジンが唾を吐きながら小声で吐き捨てた。
おそらく、ユキヒトは初めから、コウガを利用していたのだろう。
ナツメ達を破滅に追い込み、
雪花組をつぶすために。
だからこそ、コウガの復讐を止めなかったんだ。
ナツメの性格からして、彼女の身に何かが起これば、犯人として真っ先に考えるのは、自分の敵の仕業だということ。つまり、彼女は自分のせいで事故にあった。ナツメなら、そう考える。そして、自分を責めてしまうんだ。
そう。自分よりも相手を大切にするナツメなら・・・・・・。
オレが考えている間も、真央さんたちの会話は続く。
「・・・ユキヒトの悪意は、すぐに分かりました。私も、コウガも利用されているということも、容易に想像がつきました。でも、それでも良かった。ミナミ様に復讐することで、コウガの気持ちが晴れるのならば。そう思ったんです」
「でも、現実は違ったんだ。そうだね?」
アスカの問いに、真央さんはうなずいた。
「ええ・・・。少なくとも、私は」
「なるほど」
アスカは一瞬考え込むような仕草をし、不意にオレに視線を向けて、言った。
「さて、ヒイラギ。出番だよ」
「え?」
「肩の痛みにもだいぶ慣れてきたようだし、そろそろ本番と行こうよ」
「ほ、本番・・・?」
意味が分からない。
「だからぁ」
あきれたような顔をして、アスカは言った。
「君に、コウガへ質問する権利を、譲ってあげるんだよ」
「コウガに質問? オレが?」
オレは、思わず右手の親指を自分に向け、訊き返した。
「そうだよ。他に誰がいるんだよ。ジンが名誉の負傷をしてまで、コウガを連れてきてくれたんだ。そうなっては、俺に質問する権利なんかないんだよ」
「・・・そういうもんなのか?」
ただめんどくさい事を、オレに押し付けようとしてるだけのような気がするんだけど。
「ヒイラギが嫌だって言うんなら、由美ちゃんにさせ」
「オレがやる」
アスカの言葉を、オレはすかさず遮った。冗談じゃない。こんな荷の重い役、萩原にさせられるか!
まあ、オレもコウガに言いたいこと、たくさんあるしな。
オレはそっとコウガに近寄った。
コウガの暗い目が、オレを見る。
悲しみと憎しみだけが宿る目。
その目と視線が合った時、オレの背筋に、一瞬だが悪寒が走った。
怖い。コウガの視線は、オレに言いようのない恐怖を与えた。
落ち着け。こいつは、オレと同い年。まだ17歳のガキなんだ。
だが、この目は怖い。生きる喜びを見いだせていない目だ。
まるで・・・昔のオレを見ているようだ。
アスカ達に出会うまでの、あの絶望の日々を送っていた頃の、オレの目だ。
昔の記憶がよみがえる。
目の前にあるコウガの表情が、6年前のあの日の、オレの表情に重なる。
萩原が、コウガのことをオレと似ている、と言っていた理由が、ようやく分かった気がした。
オレとコウガは似ている。単に雰囲気が似通っているだけではない。オレは6年前、罪を犯した。自分でも思い出したくないほどの、最悪の罪だ。
そして、コウガもまた罪を犯した。
罪の重さや理由は違えど、オレとコウガは似ている。
彼の眼を見て、初めて分かった。
コウガが、昔のオレと同じ眼をしている。ということは・・・・・・
彼は、復讐から何もつかみ取ることができなかったんだ。
そして・・・後悔しているんだ。自分の犯した罪を。
それならば、望みは、ある。
オレはコウガの目を見据えながら言った。
「コウガ。オレのこと、知ってるか? 一応、お前の同級生なんだけど」
「・・・ああ。藤峰ヒイラギだろ」
コウガの声は、想像よりも低かった。
「オレのこと、知ってたんだ」
「有名人だからな、お前」
初耳だ。ま、悪い意味での有名人だろうが。
「朝倉ミライのこと、教えて欲しいんだけど・・・」
ミライの名前が出たとたん、コウガの目が釣り上った。
「なんでそんなことを聞く。お前には関係ないだろ」
「オレは真実を知りたいんだ。どうして、この事件が起こってしまったのか。オレは、どうしても知らなきゃならないんだ。ナツメや朝倉ミナミ達のためにも。自分のためにも」
「・・・・・・」
「ミライが自殺したのは2か月前らしいな。でも、朝倉ミナミが事故にあったのは、ほんの2週間前なんだ。この空白の一ヶ月半、お前は何をしていたんだ? 言いかえれば、なぜここまで待ったんだ? 復讐なら、もっと早くにやってしまってもおかしくないと、オレは思うんだ。そこには何か、理由があったんだよな? ・・・教えてくれないか」
沈黙。
コウガは、黙ってうつむいたままだった。何を考えているのかは、彼の横顔からは読み取れない。
コウガ。話してくれ。お願いだから。
犯した罪は、吐き出してしまった方が良い。
オレみたいになりたくなければ。
そんな思いで、オレは左肩を抑えながら、コウガを見つめていた。
やがて、相変わらずオレと目を合わさないまま、コウガは口を開いた。
「・・・お前等みたいなヤツに話す必要なんかない」
「な、なんでだよ」
「笑わせんなよ。お前らはあいつの―ミナミの味方なんだろ? そんな奴等に話すことなんて一つもない。言ったところで、あんたらが俺の気持ちを分かってくれるとは思えないしな」
「・・・そんなこと、分かんないじゃねえか」
「分かるよ。俺だって、場の空気ぐらい読めるさ。お前ら全員、俺のこと馬鹿だって思ってるんだろ? 逆恨みもいいところだって。はっ。お前らみたいに悩みもなく、のうのうと生きているヤツに・・・お遊び半分で人の心の傷に付け込んでくるヤツなんかに、話す理由はねえんだよ!」
「・・・コウガ・・・」
コウガの激昂に、倉庫内がまた静まり返った。
オレは彼の剣幕に、言葉がうまく出て来なかった。
コウガは、誰も信用していなかった。おそらく、実の姉さえも。
コウガは一体、どんな人生を送ってきたんだ? そこまで人を信用せず、卑屈にさせるものって何なんだ?
とにかく、彼の誤解を正さなければ。オレがそう思った時だった。
背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
パシッ!
鋭い音が、倉庫内に響き渡った。
萩原が、コウガの頬を右手で叩いたのだ。
コウガの頬はうっすらと赤くなった。
「何しやがんだよ、お前!」
「当然の報いよ」
コウガの怒鳴り声に、萩原は静かに対応した。だが、体は怒りのせいか、かすかに震えている。
「あなたが、ヒイラギ君たちを侮辱したからよ。彼がいつ、自分はミナミの味方だって言ったの? 彼がいつ、お遊び気分で、人の弱みにつけこんだのよ。この人たちが、いつあなたを馬鹿にしたのよ。悩みもなく、のうのうと生きてるですって? そんな人、いるわけないじゃない。人はみんな、それぞれ悩みを持って、癒えることのない傷を抱えて生きているのよ! そんなことも分からないの? ・・・そんなんじゃ、ミライが可哀そうだわ」
「・・・なんだと」
コウガの目が、萩原を見下ろす。萩原も負けじと、彼を見返す。
険悪な雰囲気だ。
「いやあ、さすがカッコいいね由美ちゃんは」
「アスカ」
いつの間にか、オレの隣にアスカと、ナツメが来ていた。ジンは、真央さんと何やら話していた。アスカはおもしろげに、ナツメは半ば呆然としながら、ことの成行きを見守っている。
コウガが、低い声で萩原に詰め寄る。
「おい、萩原由美。さっきのはどういう意味だ?」
「何の事よ」
「ミライが可哀そうってどういう意味だよっ」
「そのままの意味よ」
「なにぃっ」
声を荒げて怒りをあらわにするコウガに、萩原は言った。
「あんたみたいな、人の心の痛みが分からないような奴に復讐してもらったって、ミライは嬉しくないでしょうよ。彼女は現実から逃げて自殺したのよ。その原因が何だったかなんて、私は知らない。だけど、復讐なんて、彼女は望んではいなかったと思うわ」
「黙れ! ・・・お前らに、何が分かるっ!」
コウガのあまりの剣幕に、さすがの萩原も口をつぐんだ。
倉庫内が、しんと静まり返った。
コウガは肩で息をしながら、絞り出すような声で言った。
「お前らなんかに、ミライと俺の気持ちが分かってたまるかよ・・・。ミライは・・・あいつのせいで、自殺したんだ。現実から逃げたんじゃない! ミライは・・・ミナミに殺されたも同然なんだよっ!」
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